「……ななな、なんだこれはぁぁぁぁぁっ!!」
慎一は開口一番そう絶叫すると、恵理子を睨みつけた。
「どう?なかなかデキた秀作でしょ?」
恵理子は得意げに腕組みしながらふんぞり返る。
「全然秀作じゃない!!駄作だ!!」
「それはおかしいなぁ?あたしの渾身の作品の良さがわからないなんて、先輩って全然文才ないでしょ?」
「そーゆー問題じゃない!!」
慎一はバンと机の上に、持っていた原稿をたたきつける。
「何するのよ!?」
恵理子は当然の如く、非難めいた眼差しを慎一に投げかける。
ここは恵理子の店の秘密部屋。
四方を本に囲まれてるところから判断すると、どうやら書斎のようだ。
そんなところへ慎一は、恵理子に『ちょっと面白いものがあるから』と言われて、半ば強制的にここに連行されてきたりする。
そして突然『これを読んでみてくれ』と言われて読まされたのがこの作品だったりするのだが……
なんだよありゃ!?
それが慎一の第一感想であった。
あんなのつばめにバレたら一発退場、即ダウトでオシオキ直行だ。
まったく……執筆に凝るのはいいが、俺を巻き込まないでほしいもんだ。
そして次に思い浮かんだのが、自分の身の安全だったりする。
「お前、ホント懲りないよな。そんなにつばめにオシオキされたいのか?」
「失礼な!あたしは、タダ興味本意で書いてみただけだもん!!」
「その興味本意の結果が……これか?」
「まぁ、レディースコミックを参考にしたからね」
「やっぱりお前……チャレンジャーだよ」
慎一はいつものことながら、ため息をつかずにはいられなくなる。
なんだって俺とつばめのニャンニャンな小説を書いてるんだこいつは。
書くことだったら他にもたくさんあるだろうに……
ああ……実際こうなればいいんだけどな……って、いかんいかん。
すると恵理子は、まるで慎一の考えを見透かさんばかりにニヤリと笑う。
「先輩の考えてることなんてわかるもん。だからあたしは、それを書いたんじゃない」
「な、なんだと?」
「つまり、それを枕の下に置いて眠ると、1週間後に書かれたことが現実になるのよ」
「なにぃっ!?」
慎一は恵理子の言葉に驚愕した。
書かれていることが現実になる?
つまり、慎一とつばめはあんなことやこんなことをすることになるわけで……
「!!」
慎一は本能的に原稿を取りあげた。そして素早く後ろに隠す。
「無駄だよ」
しかし恵理子は、まるで慎一の行動を予測済みといわんばかりにほくそ笑む。
「その原稿に、この魔法の液体を一滴垂らさないと、現実にはならないんだよね」
「魔法の液体だぁ!?」
「うん。古代アステカ帝国に伝わる幻の秘薬。詳しくはいえないけど、あたしも試してみたら現実になったから、効力に関しては間違いないと思うよ」
「マジかよ!?」
「ふふん。詰めが甘いわよ先輩。切り札は、最後まで手元に置いておかないと」
恵理子はチッチッチッと人差し指を振る。
「……わかったよ。いくら払えばいいんだ?」
慎一は原稿を机の上に置くと、財布を取り出そうとした。
「あーストップストップ。お金はいらないよ」
しかし恵理子は、そんな慎一の動作を制止する。
「お金が要らないって?」
「今日は気分がいいから。この問題を解けたら、タダであげる」
「タダぁ?」
「うん。解けるかわからないけど」
怪訝そうに聞き返す慎一に、恵理子は問題用紙を手渡す。
恵理子の奴……一体何を企んでいる……
慎一は警戒しながらその紙に書かれている問題文を読んだ。
「なになに……『ここ聖丘学園では冬場になるとプールが使えなくて毎年困っていましたが、親愛なる恵理子将軍様が室内プールを作ってくれたおかげで、みんながいつでも気軽にプールを使えるようになりました。将軍様は聖丘学園の救世主です。さて、室内プールの近くにある樹木に5羽のスズメがとまっており、それを見かけた猟師が鉄砲を撃って1羽のスズメを撃ち殺しました。木に止まっているスズメは何羽でしょう』……って、なんだこりゃ!?」
「どう?なかなかイカした問題でしょ?」
「イカれたの間違いじゃねーか?」
慎一は呆れながらその問題文を恵理子につき返す。
まったく、なんだよ『恵理子将軍様』って?
それに、このイカれた文面。
小学校1年生でもわかるような問題をこんな風に書きやがって……俺をバカにしてるのか?こいつは。
慎一はまるで馬鹿にされたようで、少しだけ憤慨した。
「それじゃあ、答えは何?」
「4羽に決まってるだろ。5−1は4だからな。正解したんだからさっさとよこせ」
「ブー!!ハッズレー!!」
しかし恵理子は大きく手を交錯させてバツを作った。
「正解はゼロだよ」
「はぁ!?」
「いい?猟師の鉄砲の音に驚いてスズメは全て飛び立ち、木に止まってるのはいなくなる、ってわけ。オッケー?」
「……………………」
やられた……
慎一はそう思わずにはいられなかった。
まさかこんなひねくれた問題を出してくるとは……もっと深く考えるべきだった……
「まぁ、そんなに気を落とさない。ハズレたのは先輩がおバカさんなだけ、だから」
恵理子は慰めにもならない、むしろ人を小馬鹿にしたような言葉をかけてくる。
「それじゃあ、もう一回だけチャンスをあげよう。ちょっとこっちに来て」
「へいへい」
もはや反論する気力もなく、慎一は恵理子の招く方向へと移動する。
「その机の引き出し、開けて」
「これか?」
慎一は恵理子に言われたとおり、机の引き出しを開けてみた。
中には白い錠剤がぎっしり詰まった薬ビンがひとつ入っている。
「なんだこれ?」
「それを一粒つばめに飲ませたら、先輩に魔法の薬をプレゼントしちゃう」
「この薬を……」
慎一はその薬ビンを手にとってしげしげと眺める。
どこにでもあるような、普通の白い錠剤だ。
「これを飲むと、どうなるんだ?」
「それはね……女でありながら男になるのよ」
「女でありながら男になる?」
慎一はその恵理子の不可思議な言葉に首を傾げる。
女でありながら男になるって、一体どーゆーことだろ?
女でありながら男……女でありながら男……あっ!
「ひょっとして、つばめを性同一性障害にでもする気か?」
「はぃ?」
「だってそうだろ?つばめを苦しめることができるし、自損症の症状がでる人もいるって聞くし……」
「ちがーう!!なんであたしがそんな回りくどいことしなければいけないのよ!?」
「違うのか?」
「違う!!」
恵理子はプンプンと怒り出す。
「じゃあ一体何の薬なんだ?」
「ふふーん。コレは、フタナリになる薬なのよね」
「フタナリ?」
「そう。専門用語でフタナリ、英語でインターセックス、医学用語で半陰陽者、難しく言えば両性具有のことよ。まぁ平たく言えば……これを飲むとつばめの股間からニョキニョキッと、生えてくる、と」
「ふーん……生えてくるねぇ……はぁ!?」
慎一は自分でも驚くくらいの素っ頓狂な声を出して恵理子を見る。
「生えてくるって……まさか……」
「そのマサカ」
恵理子はコクンと頷いた。
オイオイ……なんっつーモン仕入れてくるんだ恵理子の奴は。
いくらつばめに仕返ししたいからって、ここまでやることはなかろうに……
恵理子の執念に、流石に慎一は引いてしまう。
「いい?明日の昼食、先輩はつばめを学食に誘うの。そして隙を見て飲み物にその錠剤を混入するのよ。水溶性だからすぐ溶けるから」
「それで?」
「それでつばめが飲んだら、計画は完了。次の日目が覚めたら、二城家につばめの悲鳴がこだまする、と……」
恵理子はその光景を思い浮かべながらクククと笑う。
「それじゃあつばめがかわいそうだぜ……」
「大丈夫よ心配しなくっても。薬の効果は24時間で切れるから。それに、先輩は欲しくないの?古代アステカの秘薬」
「うっ……」
恵理子の言葉に、慎一はどもってしまう。
ま、まぁ……少しはつばめも、オシオキされなくちゃいけないよな、うん。
俺達ばっかオシオキされるのは不公平だし……そうだ、うん。そうに決まってる。
「わかった。やらせてもらおう」
慎一はコクンと頷いた。
「さっすが先輩。話がわかる。それじゃあしっかり頼んだわよ。明日の昼食、学食でその錠剤をつばめの飲み物に混入、と」
「そして、私が飲む前に計画が発覚して、オシオキされちゃうんですよね?」
「いっ!?」
「あっ!?」
慎一達は声をそろえてその声の発する方角を見る。
そこにはるんるんとした様子でつばめが立っていた。
「ダメじゃないですか。恵理子も楠瀬先輩も。また悪巧みなんかしちゃって。オシオキしちゃいますよ♪」
つばめはニコニコと笑いながら慎一達に近づいてきた。
「あれ?これ……」
そして机の上に置かれいる原稿を発見し、手にとって無言のまま目を通す。
「つ、つばめ……ソレは……」
「そ、その……ただの妄想小説であって……」
「……………………」
つばめは慎一達の言葉にはまったく答えようともせず、黙々と読み続ける。
やがて一通り読み終えたつばめは、無言のまま顔を上げてニコッと笑った。
次の瞬間、物凄い勢いで原稿がビリビリに引き裂かれる。
「ああっ!!」
「あ、あたしの原稿が!!」
慎一と恵理子は床に舞い落ちる原稿の紙ふぶきを見ながら絶句する。
つばめは一転して、恥ずかしさに身体を震わせながら、頬をほんのり赤く染めて慎一達を睨んだ。
「楠瀬先輩!!」
「は、はいっ!!」
「恵理子っ!!」
「は、はいっ!!」
つばめの言葉に、慎一達は姿勢を正す。
「いつもいつもこんなことばっかりして!!今日という今日は、許しません!!」
つばめは竹刀を構えるとゆっくりと近づいてきた。
「今日こそ更生してもらいます!!」
そして……静かな放課後の惨劇は、今日もその幕を開けるのであった……