「こっちこっち」
 恵理子は『つばめ生着替え事件』の時と同様、慎一を店内の奥へと案内する。
 慎一は一抹の不安を抱きながら恵理子の後を追った。
 そして慎一は、とある部屋へと案内された。
 以前案内された殺風景な部屋とは違い、この部屋はピンクを基調とした華やかな装飾が施されている。
 さらにヌイグルミなどの小物や、ベッド、クローゼットといった生活感を感じさせるものなどがいろいろと置かれている。
 そして部屋の中央に、つばめがこちらをじっと見据えるようにたっていた。
「それじゃあごゆっくり〜」
 恵理子は気をきかせてか、そそくさと部屋を出ていく。
 心臓の鼓動が聞こえそうなくらい静かな中で、慎一とつばめ、二人が見つめあう。
「つばめ……」
 慎一はそのままつばめに近づいた。
「……………………」
 つばめは無言のまま、じっと慎一を見ている。
 慎一の鼓動はバクバクと高鳴っていった。
「な、なぁ、つばめ……今日はいい天気だな……」
「……………………」
「そ、その、なんだ……つばめが俺のこと、待っててくれてたみたいだから……」
「……………………」
「つ、つばめ、俺は、君の事を……」
「……………………」
「……つばめ……?」
 慎一はようやく、つばめの様子がおかしいことに気がついた。
 右手を二度三度つばめの目の前で振ってみるが、何の反応も示さない。
「…………?」
 鼻の辺りに手を持っていくと、つばめは息をしていなかった。
「!?」
 慎一は慌ててつばめの両肩を掴むと、激しく揺さぶった。
「つ、つばめ!!しっかりするんだ!!」
 しかしつばめは慎一の呼びかけに、何の応答も示さない。
「あっはははははははははは!!」
 突如、恵理子の愉快そうな笑い声がとびこんできた。
「先輩ってばおもしろーい。人形相手に告白しようとするなんて」
「に、人形だぁ!?」
 慎一は慌てて、つばめを見直した。
「こ、これが人形……?」
「どう?精巧にできてるでしょ?まぁ、あたしが作った渾身の作品だから、見間違うのも無理はないけど」
「は、はぁ……」
 慎一はその人形のほっぺたを指で触ってみた。
 プニプニした肌の弾力が跳ね返ってくる。
 それはまさに、気味が悪いほどよくできた人形であった。
「何でこんなもん作ったんだ?」
「それはもちろん、つばめのことをよく研究するために決まってるじゃない」
「研究だぁ?」
「うん。親友のあたしが言うのもなんだけど、つばめのことよくわかってなかったんじゃないかなぁって。だからもっとつばめのことをよく知るために、ね」
「はぁ……」
「だから決して、商売の邪魔されたくないとか、そーゆーことじゃないから」
「……やっぱそっちが本心じゃねーか」
「違うってば。あたしだっていろいろと研究とかしなくちゃいけないことあるんだから。だからこの部屋も特別仕様にしたんだし」
「特別仕様だぁ?」
「うん。先輩、ちょっと倒れてみてよ。そのままの態勢で」
「はあ!?なんで!?」
「いいからいいから。じゃないとわかってもらえないと思うから」
「……わかったよ……」
 慎一はつばめの人形から手を離すと、恵理子に言われた通り前のめりに倒れた。
 するとどうだろう。
 ポム、っと床がめり込み、衝撃を吸収するではないか。
 それはまるで、羽毛布団に寝ているような感覚であった。
「すごいな……なんだこれ??」
 慎一は仰向けに体勢を変え、覗き込むようにしている恵理子に話しかけた。
「どう?すごいでしょ?詳しいことは企業秘密だけどね」
 恵理子はしたり顔になってウンウン頷いている。
「まぁ、確かにすごい造りではあるが……」
 慎一は感心しながらゆっくりと立ち上がった。
「というわけで、早速練習を始めよう!」
「練習だぁ?」
「そう、練習。そのためにその人形もこの部屋も作ったんだから。ぶっちゃけ実験」
 恵理子はいつの間にか白衣に着替えており、研究者気取りなのか眼鏡をかけている。
「じゃあ先輩、早速つばめを抱っこしてみて」
「はぁ!?」
「『はぁ!?』じゃないの。結構重要なことなんだから」
「何が重要なんだか……」
「あっ、普通の抱っこじゃなくって、お姫さまだっこね」
「随分と指示が細かいんだな……」
 慎一はつばめの人形を慎重に抱えあげる。
 ズシリとした重みが両腕にのしかかった。
 ひょっとして……これがつばめの体重、なのか?
 なんかちょっと幸せかも……
 人形とわかってはいるが、なんだか変な気分になってしまう。
「ちょっとちょっと。人形相手に欲情しないでよね?それとも先輩って、そっち系の趣味の人?」
 そんな慎一の心情を見透かしたのか、恵理子が意地悪く笑う。
「だ、誰が欲情なんかするか!!」
 憤慨した慎一はつばめの人形をおろすと、そのまま部屋を出て行った。
「あっ!?ちょ、ちょっと!!どこ行くの!?」
 慌てて恵理子が後を追いかけてくる。
「つきあってられるか!俺は戻る!!」
「ま、まあまあ。そう言わずに」
「大体、俺はつばめが待ってるっていったから来たんだぞ?嘘言いやがって!!」
「あたしはつばめ本人が待ってるなんて一言も言ってないよ?ちゃーんとつばめの人形が待ってたじゃない」
「そういうのを屁理屈というんだ。とにかく、俺は戻る!!」
「ま、待ってよぉ!お願い!!この通り!!」
 恵理子は慎一の前に回りこむと、両手を合わせてぺこぺこと頭を下げる。
「……しょうがないなぁ……今回だけだぞ?」
 慎一はため息をつくと、きびすを返して元の場所へと歩を進めた。
「わあい先輩ありがとう!だから先輩って好き!!」
 恵理子は嬉しそうに、店の方へと何かを取りに走っていく。
 まったく……俺も人がいいよな……
 決してつばめの人形に未練があるわけではないが、慎一は恵理子に協力すべく部屋へと戻った。
「……わっ!?」
 そして部屋に足を踏み入れた慎一は、何かに躓いて、人形に覆いかぶさるようにしながら前のめりに倒れた。
「…………」
 しばらくの間、慎一は無言になってしまう。
 目の前にあったものは、つばめの顔がドアップであった。しかも、後数センチで唇が触れるという至近距離。
 いくら人形とわかっていても、心臓がドキドキバクバクしてしまう。
 押し倒した時に悲鳴を上げたような気をしたが、おそらく気のせいだろう。
 頬も心なしか赤く染まってるような気もしたが、これも気のせいだろうと慎一は思った。
「な、なにやってるの!?」
 そんなところへ、恵理子の素っ頓狂な声が飛び込んできた。
「なに……って、躓いた」
「えっ……ひょっとして躓いたって、アレに……?」
「アレ……?」
 慎一は恵理子の指差すものをみて、言葉を失った。
 それは紛れもなく、寝かされていたつばめの人形であった。
「……ってことは……」
 恐る恐る、慎一は自分が覆いかぶさっているものを見る。
 それは頬を赤らめて、瞳がじんわりと潤んでいた。
「わわっ!?」
 慎一は慌てて飛びのいた。
 人形と思われていたつばめは、ゆっくりゆっくりと立ち上がる。
「つつつ、つばめ!君だったのか!?」
「な、なんでここに!?」
「楠瀬先輩のお姿をお見かけしたので、挨拶をしようとしたら……でも酷いです。楠瀬先輩が、恵理子にあんな人形作らせてこんなことなさってるなんて……」
「ち、違うんだつばめ!!これは恵理子が勝手にやったことで!!」
「あー!ズルい先輩!!先輩だって喜んで協力してたじゃない!!」
「バ、バカ言え!!でたらめを言うんじゃない!!」
「ウソつきウソつき!!」
「二人とも……おしゃべりはそこまでです……」
 つばめの声に、慎一達はそれぞれの自己弁護をピタリとやめる。
 いつのまにかつばめの右手には、竹刀がギュッと握り締められていた。
 つばめはゆっくりとした動作で、竹刀を構える。
「二人とも、オシオキです!」
「!!」
「!!」
 慎一達は一目散に逃げ出そうとするが、つばめの気迫に気圧されてか、体が思うように動かない。
「楠瀬先輩のバカ……」
 つばめは小さく呟く。
 そして……三度惨劇は繰り返されるのであった……


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