店内への奥へと進み、廊下を少し歩いて、慎一が連れ込まれた部屋は、何もない殺風景な小さな部屋だった。
 正面の壁が他の壁と違って灰色になってること以外は、これといった特長がない。
「おい……俺をこんなところに連れ込んでどうするつもりだ?」
「まあまあ。先輩にいいもの見せてあげようと思って」
 訝しげに尋ねる慎一に、恵理子はにやついた表情になりながらその壁をコンコンとたたいた。
 すると突然壁が動き出し、全面ガラス張りにかわった。
「あっ!?」
 慎一はその光景を目の当たりにして、思わず息を呑んだ。
 そこには体操着姿のつばめが立っていた。
 つばめは慎一に向かって、いろいろとポーズをとっている。
 腕を伸ばしたり、前かがみになったり、腕組みしてみたり。
 慎一はそのまま、思わずその光景に見惚れてしまった。
 つばめ……いつの間にこんなに大胆になったんだ……
 あの恥ずかしがり屋のつばめが慎一の目の前でこんなことすること自体、慎一には到底考えられないことであった。
 もはや先程まであった黒い疑念はすっかり吹き飛んでいた。
「つばめ……かわいいなぁ……」
「どう?気にいってもらえた?」
 恵理子はニタニタと笑いながら話しかけてくる。
「先輩にはいろいろと買ってもらってるから、たまには恩返しっていうか、サービスしないとね。でもあんまり大きな声とか出さないでね。これ、マジックミラーだから、大きい声とか出すとばれちゃうから」
「へぇ……マジックミラー……」
「そう。マジックミラー」
 恵理子はそう答えると、天井から垂れ下がっている紐を引っ張った。途端に元の灰色をした壁に戻ってしまう。
「あっ!?何するんだ!?」
「さて、これからが本題なんだけど」
 非難に声を上げる慎一に、恵理子は腕組みをしながら目を瞑って、静かな口調で話し始めた。
「実はね、先輩。これからつばめには、来年からこの学園で採用されるかもしれない体操着を試着してもらうことになってるの」
「し、試着!?」
 恵理子の刺激的な言葉に、慎一の心臓がドキンと高鳴る。
「先輩、みたいでしょ?」
「えっ?そ、それは……」
「そっかそっか。見たくないんだ。じゃあこの話は……」
「わっ、ま、待て!!見たい!!是非とも、見たい!!」
 静かに去ろうとする恵理子の前に、慎一は立ちふさがって正直に本音を言った。
「ふふ〜ん。やっぱりそう言うと思った。じゃあそういうわけで」
 恵理子はしたり顔になって右手を前に差し出す。
「まさか……見物料とでも言うんじゃないだろうな?」
「プラス、試着した体操着代。あたしがこのセッティングするのにどれだけ苦労したと思ってるの?それに最近、先輩が買い物してくれないせいで赤字続きだから。金欠なのよね」
「俺だって金欠なんだが……」
「先輩の財政事情なんかあたしの知ったことじゃないもん。で、見たいの見たくないの?ハッキリしてよね!!」
 恵理子はまるで悪徳業者が気弱な人間に押し売りするかのように、慎一に迫る。
「……ったく……がめついやつだな……」
 慎一は渋々財布からお札を一枚取り出し、恵理子に渡した。
「ヘヘ。毎度アリィ〜」
 恵理子は上機嫌になってお金を受け取ると、壁をコンコンとたたいた。
「それじゃあつばめの生着替えタイム、始まり始まり〜」
 親友を酷い目に合わせているのにもかかわらず、罪悪感ゼロな感じで恵理子は嬉しそうに言う。
 慎一はジーっとその壁の先に視線を集中させた。
 つばめに知られたらそれこそ絶命モノだろうが、ばれなければどうってことはない。
 要は騒がなければいいのだ。
「……あれ?」
 しかし、慎一は、目の前に広がる光景に、我が目を疑った。
 先程までいたはずのつばめの姿が、まるで空気にでもなってしまったかのように消えてしまったのだ。
「どーゆーことだこれは?」
「さ、さあ……あたしに聞かれても……」
 恵理子もこの事態を予想してなかったらしく、困惑の色を隠せない。
 だが、つばめがいないのは紛れもない事実であった。
「つばめいねーじゃねーか。金返せよ。このボッタクリ店主!」
「な、なんですって!?あたしを侮辱する気!?」
「侮辱も何も、事実じゃねーか!これをボッタクリといわずして、何という!?」
「寄付……そう、寄付よ!先輩はかわいい後輩のあたしに、寄付をしたの!!寄付じゃなきゃプレゼント!!」
「俺はお前のようながめつい奴に寄付する気もプレゼントする気も、これっぽっちもない!!さっさと返せ!!」
「だ、駄目!!このお金は、もうあたしのモノぉ!!」
 バシッ!!
 まるで二人の口論に割ってはいるかのように、突然背後から風を切り裂く鋭い音が聞こえてきた。
「えっ……」
「あっ……」
 慎一と恵理子が口論をやめ恐る恐る背後を振り向くと、そこには竹刀を持った体操着姿のつばめが、恥ずかしそうに頬を赤く染めて、慎一達を睨みながら立っていた。
「こういうことだったんですね。恵理子に体操着のままでいいから来いって言われたときから、何かおかしいなぁとは思っていたんです」
「あ、いや、つばめ、それは……」
「これはつまり、その……」
「楠瀬先輩……恵理子……どうやら貴方方には、節度、忍耐、礼儀というものをじっくりと教育してあげる必要があるようですね……」
 つばめはゆっくりゆっくり、慎一達の方へと歩み寄ってくる。
 そして……つばめの右手の竹刀が唸るのに、そう時間はかからなかった……


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