1.古い温泉の町

 駅舎をでると、そこには延々と続く坂道に古い軒先が連なるように立ち並んでいた。

「やっと着いたぁ」

 風情ある町並みに感嘆の息を漏らしながら、シェラは辺りを見回す。

 様々な都道府県ナンバーの旅行客の車が、ひっきりなしに往来していた。

 行楽シーズンということもあり、紅葉狩りに訪れる客も多い。

 ここ別所温泉は『信州の鎌倉』と呼ばれ、古くから人々に親しまれてきた地である。

 初詣にはかかせない北向き観音や国宝に指定されている五重塔といった重要文化財があちらこちらに点在し、歴史を訪れた旅行者達に語りかけてくれる。

「それで、ボク達が泊まる旅館ってどこなの?」

 シェラは隣にいるイリスに尋ねた。

「ちょっと待って」

 イリスは手帳を取り出し、ぺらぺらとめくる。

「あたしたちが泊まる旅館は……っと……『雪風館別荘』っていうところね」

「『別荘』?『本館』じゃないの?」

「それがどうも、『雪風館別荘』っていう名前が独立してるみたいで、本館は経営者が別みたいなのよ」

「へえ〜。そんな変なこともあるんだ?」

「実際あるみたいね。この旅館だって、昔は本当に『雪風館』の『別荘』だったらしいから」

 イリスは説明を終えると、パタンと手帳を閉じた。

「場所はこの坂道を登っていったところにあるらしいから、早く行きましょ」

「うん!」

 イリスの言葉にシェラは大きく頷く。

 女二人だけの温泉旅行。

 ペアの温泉旅行宿泊券を貰ったシェラは、一人で行くのも勿体無いので、同僚のイリスを誘うことにしたのだ。

 イリスが二つ返事を返したのは言うまでもない。

 シェラは、とても楽しい旅行になるような予感を胸に抱いてここ、別所温泉にやってきたのだった。



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