学校帰り、百合は商店街にやってきた。
 夕方の商店街は学校帰りの生徒達や買物に来ている主婦で賑わっている。
 今日は百合が料理当番の日で、食料もそろそろつき始めていることもあり、たくさん補充しておかなければならない。
「確か今日はお野菜が安かったはず……あっ、でも鶏肉も捨てがたいなぁ……」
 今朝新聞に折り込まれていた広告を思いだし、百合は献立を組みたてていく。
「でも……通君があんなこと言ってくれるなんて……今日はちょっと奮発しちゃおっかな?」
 百合はまるで夢見心地な気分でそのシーンを思い出していた。
 ドン
 ふと、誰かにぶつかった。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
 急に現実に引き戻された百合は慌てて頭を下げる。
「イタタ……一体誰……あっ、百合ちゃん?」
「えっ?」
 聞き慣れた声に顔をあげると、そこにはニーナの姿があった。
「ニーナさん?珍しいですねこんな所に来るなんて」
「いやぁ、ちょっといろいろと買い物を、ね。それよりも百合ちゃんこそ珍しいじゃないの。ボーッとしながら歩くなんてさ。何かいいことでもあったの?」
「え、えっと……その……」
 百合の顔がどんどん赤くなっていく。
「じ、実は、ですね……」
 百合はお昼休みにあったことのいきさつをニーナに話して聞かせた。
 ニーナは最初ウンウンと頷いていたが話が通むにつれてだんだんと表情がにやけていき、百合が放し終わると笑いながら百合の背中をバンバンと叩いた。
「やったじゃない百合ちゃん!!正直、感動した!!よく頑張った!!」
「そ、そんな……私はなにも……」
「またまたぁ謙遜しちゃって。涙は女の武器だもんねぇ。それで通君の気を引くなんて……隅に置けませんなぁ。四阿さん?えっ、このこのぉ」
 ニーナはこつんこつんと肘で百合を小突く。
「で、ですから私は……」
「ああっ!!もう今日はお赤飯たかなくっちゃ。百合ちゃんと通の新しい門出を祝って!!」
「ニ、ニーナさん!!」
「んもう!百合ちゃんも、もっと胸はらなくっちゃダメでしょ?」
 ニーナは上機嫌でバンバン百合の背中をたたいた。
 百合は恥ずかしさのあまりうつむきながら商店街の中を歩いていく。
「そっか。マジックショーでデートか。なかなかしゃれてるじゃない。さしずめあたしは恋のキューピット、ってところかな?ま、お礼はとりあえず芋ようかん3つで手をうってあげるから。感謝してよね」
「は、はい……」
「はぁ、あたしも早く自分の幸せ見つけたいなぁ……あれ?」
 ニーナはふと足を止めた。
「どうしたんですか?」
「ほら、あれ。ミスタートリックが映ってる」
「えっ?」
 百合もつられてそれをみた。
 確かに電気屋の店頭に置かれている大型テレビにミスタートリックが映っている。
 どうやら新しいマジックを披露しているらしい。
 観客の中から選ばれた女性がトリックの前に立っている。
 左手にはまっているダイヤの指輪がとてもめだっている。
 トリックはその女性の手に白い布をかぶせた。
 そしていつもやっているように右手を前につきだし念を送る。
 続いて左手で布を取ると、女性の指にはまっていたはずの指輪が消えていた。
 悲鳴をあげる女性。
 驚く観客。
 トリックは女性に自分の財布を出すように命じる。
 呆然としながらも自分の財布を出す女性。
 そして、女性がその中を確認すると、先ほどまで女性の指にはまっていたはずの指輪が入っていた。
 観客は盛大な拍手を送る。
「……見事ねぇ」
「ホントですね」
 二人は揃って感嘆のため息をついた。
「きっとああいう風に出来るようになるまでに相当な努力してるんだろうね」
「はい。とても立派な方だと思います」
「いえ、そうとは言えないかもしれませんよ?」
 突然、二人の会話に割って入ってきた人物がいた。
 二人が後ろを振り返ると、見知らぬ人物が立っている。
 その風貌はタキシードにシルクハット、しかも白い仮面をつけてるなど、いかにも怪しい。
「……なによあんたは?一体何者?どこから沸いて出てきたの?」
「なぁに。私もマジシャンの端くれですので。そうですね……仮に『ミスターX』とでも申しておきましょうか。それよりも」
 その男は不敵な笑いを発しながらテレビ画面に映るトリックを指差した。
「あの男のちゃちなマジックもどきに騙されてはいけません。アレは最低な男です」
「一体どういうこと?」
「先ほど女性が財布の中から指輪を発見しましたよね?」
「はい。そうみたいですけど」
「あの女性がマジック前につけていたダイヤの指輪は本物ですが、財布の中から発見したダイヤはイミテーションです」
「えっ?インビテーションステューデント?」
「ニーナさん、イミテーションですよ。それじゃあ聴講生じゃないですか。脱税して学歴詐称平気でしてる人物じゃあるまいし……ワイドショーの見過ぎです」
 ニーナのボケに百合がさりげなくツッコミをいれる。
「でも、何故あれがイミテーションだってわかるんですか?」
「それは秘密ですが……我々の間では有名な話ですからね。消失マジックを使って本物と偽物をすりかえて、荒稼ぎをしているというのは。お嬢さん達も気をつけた方がいいですよ」
「そうなんですか……」
「そういうことです。それではアデュオス。またどこかでお会いしましょう。マジックは清く正しく美しく、ですよ」
 怪しさ大爆発のその男は、そう言い残すと何処となく去っていった。
 


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