その日、百合はいつものようにピアノを弾いていた。
それは昔から大好きな曲で、心が落ち着くような、そんな曲であった。
百合の指先がリズム良いテンポを刻みながら鍵盤を弾いていき、美しいメロディを奏でていく。
夜という時間を考えると、ピアノを弾くには適当な時間といえなかったが、幸い防音設備がしっかりしてるため、近隣住民に迷惑を与えることはない。
その昔、夜中にピアノを弾いていた男性が近隣住民と口論になり、挙句のはてに殺害されてしまったという事件が発生しており、そのニュースを見た百合の本当の母親から「夜はピアノ弾いちゃダメよ」と言うことをよく聞かされていた。
百合も最初はそのいいつけを頑なに守っていたが、継母のこともあり、今ではさほど気にしなくなっていた。
百合は過去の良き思い出や今日あった楽しいことを心のキャンバスに描きながらピアノを弾き続けた。
「きゃあああああああああああ!!」
その時であった。
空を切り裂くように、物凄い金切り声の悲鳴が突如として割りこんできた。
「!?」
思わぬ不協和音に邪魔をされてしまった百合は、鍵盤を弾く手を止めると、立ちあがって急いでその声の発生源へとむかった。
どうやらそれは脱衣所の方から発せられたらしい。
そして今、ニーナがお風呂に入っている。
「ニーナさん!!」
百合は脱衣所のドアを開けた。
「ゆ、百合ちゃん……」
そこにはバスタオル1枚を体に纏ったニーナが青い顔をしながら立っていた。
ただごとではない、百合はそう咄嗟に感じた。
「一体どうしたんですか!?覗き、ですか!?」
「……………………」
しかしニーナは百合の質問に力なく首を横に振った。
「それじゃあ……急に魔力がなくなった、とか?」
「……………………」
これも、ニーナは無言で首を横に振った。
「それじゃあ、一体どうなさったんですか?」
「これ……」
「えっ?」
ニーナが蚊の鳴くような声になりながら力なく指差すその方向を百合は見た。
その場所、ニーナの足元にはヘルスメーターがあった。
針は50kg手前でピタリと止まっている。
「49……」
「いやあああああああ!!それ以上言わないでぇぇぇっ!!」
百合が発しかけた言葉を、ニーナは遮るかのように大声をあげながら耳をふさいだ。
「あーん!!どうしよう!!太っちゃったよぉ〜〜!!」
そして今にも泣き出しそうな表情を作りながら、ニーナは情けない声をあげた。
「はぁ……しょうがないなぁ……」
そしてそんなニーナを見て、百合は肩をすくめながらため息をつくのであった。