紅葉が町を彩り、少し冷たい風が吹き抜ける、ある日曜日の昼下がり。
晴天の元、辺りをきょろきょろと見回しながら歩いていた百合は、ふと一軒の家の前で歩を止めた。
「ここ……ですよね……」
百合はメモに書かれた地図と、目の前の表札を見比べた。
『三笠』
石の表札に彫られたその苗字は、確かにそう書かれている。
(言われたとおり来てしまいましたけど……本当によかったんでしょうか?)
百合は人差し指を口元に当てて、数日前のことを思い出していた。
それは夕暮れ刻の放課後。帰宅の途につこうとした百合は、突然沙絢に呼び止められた。
「百合ちゃん、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょう?」
「あ、あのね……」
鞄を背負っているセーラー服姿の沙絢は何かを言いたそうにモジモジしていたが、やがて意を決したように百合を見た。
「あ、あのね!今度の日曜に、百合ちゃんに勉強を教えて欲しいんだけど!」
「勉強、ですか?」
「う、うん。今度の試験、ちょっと自信なくて……ダメかな?」
上目遣いで見つめる沙絢に、百合は思案気な表情を浮かべる。
(日曜日ですか……予定は特にありませんが……)
やがて百合は、温和な笑顔を浮かべて沙絢を見た。
「はい。いいですよ」
「本当!?やったー!!」
沙絢は飛び上がるほど喜びを体全身で表すと、ポケットから一枚の紙を取り出し、百合に手渡した。
「はいこれ。家までの地図」
「え?は、はい」
百合は沙絢から紙を受け取る。
「日曜日!絶対約束だからねー!!」
沙絢は嬉しそうに手を振りながら、百合から遠ざかるようにかけていった。
そして今日、である。
もちろん、ニーナには今日のことは言っていない。
もし言ったら「憧れの通クンと二人きりで密室デート!?ユー、既成事実作っちゃいなYO!」と茶化されるからに決まっているからである。
(少し緊張するなぁ……)
百合は大きく深呼吸をした。そしてインターホンを押す。
ピンポーン
「…………」
「……はーい」
程なくして、インターホンの向こう側から声が聞こえてきた。
「あ、あの。私、本日三笠沙絢さんの勉強を見ることになっている、四阿百合と申しますが……」
「あ、百合ちゃん?ちょっと待ってね」
インターホンの声が途切れる。
やや間を置いて、玄関の戸が開いた。
そこにいたのは、オーバーオール姿の沙絢であった。
「いらっしゃい百合ちゃん。今日はよろしくね。さあ、入って入って」
沙絢は百合を家の中へと招き入れる。
「それじゃあ、お邪魔します」
百合は言われるまま、三笠家の中へと足を踏み入れた。