「もうこんな時間……ちょっと時間かかったかな……」
静かに染まる夕焼け空の下、百合は家路を急いでた。時々吹きぬける秋風が少し冷たいが、手に持っている焼き立てのタイヤキが入った紙袋のおかげでそんなに寒さを感じない。
学校の図書館で調べ物に夢中になり、同級生の図書委員、鴻上夕奈(こうがみゆうな)に閉館時間を告げられるまでその状態が続いていた。
百合は学校を出ると、その足で最近評判の店にタイヤキを買いに行った。もちろんニーナに頼まれていたのはいうまでもない。
「百合ちゃん、お土産はタイヤキでいいよ♪」
朝、家を出る時にニーナの言った一言がいまだに耳の奥に鮮明に残っている。
「ニーナさんすごく喜ぶだろうなぁ……クスッ」
百合は思わずニーナが大口をあけてタイヤキをぱくつく様を思い浮かべ笑ってしまった。自然と歩行が早まる。この公園のある通りを抜けて次の路地を右に曲がり、まっすぐ直進すれば自分の家だ。
「あら?あれは……」
ふと百合は、公園に顔見知りの少女がいるのを発見して歩を止めた。
誰もいない公園のブランコに、一人寂しく座っている。その表情は重く沈んだもので、ふたつ結びの髪が時折吹く風に哀しげになびいている。着ている制服から市立妹尾中学の生徒であることは一目瞭然だった。
百合は進路を変え、公園内にいるその少女に近づいていった。
少女は百合が近づいているのに気がつかないのか、俯き加減で座ったままだ。
「どうかしたんですか?沙絢ちゃん」
百合はほんの軽い気持ちで声をかけたのだが、しかし少女は肩をビクッと震わせると、恐る恐る後ろを振り返った。その瞳は悔恨と絶望に染まっており、百合がいつも知っている少女のものではない。
「百合ちゃん……」
少女は自分が見知った顔であることを確認すると、消え入りそうな声で百合の名を呼んだ。
少女の名は三笠沙絢と言い、百合の同級生、三笠通の妹だ。普段はとても明るく活発な少女で、よく兄と一緒に行動を共にしている。
「ごめんなさい驚かせちゃって。沙絢ちゃんの姿が見えたものだからそれよりもどうしたの?こんなところで」
「百合ちゃん……うわあああああああああああああん!!」
「さ、沙絢ちゃん?」
突然沙絢は百合に抱きつくと、大声を上げて泣き始めてしまった。百合はただただ目を丸くしてしまう。
「ど、どうしたの?」
百合は落ち着かせようとしたが、沙絢はなかなか泣きやまない。
とりあえず百合は、しばらくこのままでいさせるのがベストだと判断して、沙絢が泣き止むのを待つことにした。