<5-5>

 次の朝、目覚めるとどういう訳かまた本多がいた。いつかの朝と同じように藤井に抱き寄せられている俺を、視線の高さを合わせて覗いてきている。あのときと違うのは、俺たちがほとんど服を身につけていないと言うことだ。
「おはよう、幸司。一応確認しておくけど、無理矢理じゃないよな?」
 これ、と首筋を指さしながら本多が聞いてくる。どうやらそこには赤い鬱血のあとがあるらしく、俺は瞬時にそことおなじ色に顔を染めた。
「……んな訳ないだろう? 昨日はちゃんとコウの方から……」
「ぅわあぁっ! 智、何をっ」
 ろくでもないことを言いそうになる藤井の口を塞ごうとあわてて身体の向きを変えると、途端に下肢に激痛が走る。とっさに何も考えられず藤井の肩にすがって痛みを耐えることしかできない。そうしていると藤井は宥めるように何度も背中を撫でてくれた。本多が後ろであきれかえっているのが分かる。
「はい、ごめんなさい。昨日は俺が押し倒しました」
 無理矢理じゃないけど、などといらない一言を付け足しながらも藤井は一応前言を撤回してくれる。それでも、やっぱりすさまじく恥ずかしい。結局したって言ってるのと同じじゃないか。そりゃあ、俺の態度見てりゃ一目瞭然なんだろうけど。
 とりあえず着替えるからと言って本多を部屋から追い出して、俺は制服を着込んだ。見られていると恥ずかしいから藤井も追い出したかったけど、彼だって裸同然だ。そうするわけにも行かない。仕方なくお互い壁を見るようにして着替えたのだけど、どうも時々視線がこちらに来ているような気がした。
 着替えが終わって、持ってきてくれた飲み物と一緒に部屋に戻ってきた本多は、面白い物があるんだといいながら一枚の写真を机の上に置く。当然のように俺の腰に回そうとする藤井の手を払いながら、グラスを手に取った俺はその写真を見て目を見張る。そこには、その、昨日の俺たちが写っていた。教室で藤井に抱き寄せられて、……キスされているところ。
 いったい、誰が?
「へー。良くとれてるなぁ、これ。貰って良いの?」
 俺がその写真を見て完全に固まってしまったというのに、藤井はのんきにそんなことを聞いている。思わず正気を疑ってにらみつけてしまったけど、まるで気にした風でもなかった。
「写真部。俺はプリントしたやつを貰ってきたけど。新聞部がネガごと買い取ってた。休み明けの新聞、一面はこれだな」
 冗談じゃないと頭を抱えたくなる。人に言いふらすような事じゃないぞ、これは。
 だけどそう思ったのは俺だけらしく、藤井はしたり顔で頷いている。
「智、お前どうせわざとやったんだろ? 幸司を狙ってる奴って結構多いから。こんな物でたら、お前袋だたきかもよ?」
「だから、コウは俺の物だって宣言。どうせ本人は言ってくれないだろうし」
 人がその写真に苦悩しているそばで、適当なことを言いつのっている。ちくしょう、こいつら、おもしろがってやがる。
 だいたい俺のことを狙ってる奴が多いとか、藤井の物だとか。勝手なことを言ってくれている。俺のことを好きになるような物好きは藤井や本多くらいだし、だいたい俺は物じゃない。
 腹立ち紛れにそう呟くと、それでも藤井は嬉しそうに俺を抱きしめてきた。
 やめろ、本多が見てるのに。そう叫んだけど、藤井にとって本多は他人の範疇に入っていないらしい。もしかしたら、この男は誰がいても気にしないかも知れないけど。
「コウは俺のこと好きだろう? どうせ口では言えないんだろうから、あの写真はほっとけばいいよ。事実を伝えてくれる」
 夏休み中に何とかあの写真を回収しようと思っていた俺の考えを見事に読んで、藤井がそう言ってくる。随分と楽しそうに。
「何書かれても知らないからな」
 俺にはそう言うしかできない。せっかく、夏休みがあけたら噂なんかも静まるだろうと思っていたのに。
 新聞部のインタビューに答えたと嬉々として報告してくる本多を、この時俺は本気で殴り倒してしまった。




 そして夏休みがあけてすぐ、始業式の日に新聞部の号外の一面を飾る件の写真を見て、俺は夏休みの間に回収しなかったことを思い切り後悔するはめになるのだ。



    


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