温泉旅行

-----「幸せを得るために」その後-----






「のどか、だよねぇ……」
 高野が商店街で当てた『温泉旅行、御家族五名様御招待』に便乗してきてのことだ。
 先ほどまで温泉につかり、浴衣に身を包んだ直樹はふぅっと大きく息をついた。古風なつくりの部屋には不似合いな冷蔵庫から出してきたスポーツドリンクにのどをならす。
「じじくさいな。一番若い癖に」
 笑って言う諸岡に、直樹はほおを膨らませて見せる。こちらもすでにひと風呂浴び、浴衣姿だ。着こなしは直樹よりもかなりワイルドになってはいるが。
「仕方ないんだよ。昨日までレポートの山に追われてたんだから。二日、徹夜したんだよ」
 自慢にもならないことをぼやき、直樹は唇を尖らせる。
「おまけにどう言うわけか久志が料理教えろとか言い出すし。包丁持ったこともない癖に」
 茶と菓子を用意されたテーブルに突っ伏して、直樹はなおもぼやく。今周りにいるのは年上ばかりで、甘えるのもぼやくのも、何をするのも遠慮する必要がなく随分と楽な感じだった。何せ普段は、そういったものを我慢する立場にいるから。
 近ごろの久志は雰囲気が変わった、と直樹は思う。直樹が平田とつきあうようになってからずっと感じていたトゲトゲとしていたものを、このところ感じられない。珍しく週末の予定を聞いてきたり、平田のことを久志から口に乗せたりする。
きっともう何も心配する必要はないのだと分かる変化だった。久志は直樹よりも大切な何かを見つけることができた。
 それ自体は良いことであると思っている。それでも何か寂しいものを感じて、やはり直樹はため息をつく。
 久志の相手はどんな人だろうか? 優しくて器量よしな女の子だったらいいなと直樹は思ってはいるけど、その希望にはあまり期待を持っていない。なにせ料理を教えろだなどと言い出したのだ。相手は料理ができない可能性を考えるべきだろう。それに近ごろの久志は……何か色を帯びている。その先を考えるのは恐かった。
「ほら、しょげてないで。テーブルから顔あげな。飯がくる」
「ほらほら起きろって。なんだったらもう一回風呂入ってこいよ」
 諸岡、平田から次々に言われてなんだか面白くない。確かにテーブルに頭をのせたままの状態では夕食を並べることもできない。邪魔をしているのは分かっているのだが。
「ナオ。そろそろ起き上がりなさい」
 高野にまで言われては仕方がない。ため息をついて直樹は体を起こした。彼には逆らわない方が得策だと、短い経験で直樹も悟っている。
「久志くんの料理は上達しそう?」
「だめ」
 着物姿の中居さんが大きな盆にのせた料理をついさっきまで直樹が占領していたテーブルにのせていく。平田と諸岡は座椅子に座ってたばこをふかしていた。荷物整理をしながらの高野の問いに、直樹は短く答えを返す。そのまますることもなく、じっと配膳の様子を見る。
 商店街の福引きの景品と侮ってはいけない。出された料理はどれも豪華で美味しそうで。誘ったのに来なかった久志を思うと直樹はまたもため息がもれた。きっと、相手と会っているんだろうな、と。
 それでもそんな鬱の入った気分も出された料理を平らげる頃にはきれいさっぱり拭い去られていた。一杯になった腹を摩って体をのばしていると、ぐりぐりと頭を撫でられて直樹はその手の先を見る。
「もう一回風呂、いくか? その間に布団もしき終わってるだろ」
 平田に誘われ、直樹は素直に立ち上がった。高野や諸岡といるのも楽しいが、しばらくレポートで平田とゆっくり出来なかった上、この休みもなんだかんだと二人っきりになる機会がなかった。それが得られるなら満腹で苦しい腹を抱えてでも動こうと言うものだ。
 そうして、ゆったりと大浴場で風呂につかって部屋に戻れば、すでに寝床は準備されていた。冷房の聞いた部屋の柔らかなふとんに直樹は喜んで飛び込み、火照った体を冷ます。
わりと大きな部屋だったから四枚の布団が一列に並んでいた。御家族御招待だったのだから当然と言えば当然だったのだが。直樹はその並んだ布団のまん中に飛び込んだ。本当に何気なくだ。なのに平田はその直樹の襟首を掴んで端に移動させる。
「尚志さん?」
 むっと眉を潜めても何くわぬ顔で平田は直樹の寝床を一番端に定めてしまい、自分はその隣を陣取る。何を意味しているのかは分かるのだが、余りの態度に誰も、何も言うことができない。
「それじゃぁ、寝ましょうか」
 暫くして気を取り直した高野の言葉と友に電気が消える。結局直樹、平田、高野、諸岡の順にならんで布団に潜り、目を閉じた。
 そのまま安らかな眠りが訪れる……はずだった。





「んっ………」
 不振な物音を聞いて直樹が目をさましたのは、午前二時頃のことだった。最初は気のせいかと思ったその物音も、きちんと目をさました今聞こえるとなれば気のせいなどと言ってはいられない。
「尚志さん……」
 真っ暗な中、隣にいる平田しかマトモに判別できない直樹は、声をかけて覚醒を促す。だが、それよりも何よりも、きちんと隣り合った別の布団に眠っていたはずなのに、すぐ横で腰を抱くように引き寄せられているのはどう言うことか……。いくら電気を消して暗いとは言え、すぐ隣には高野や諸岡もいるというのに。
「なに? なにかあった?」
 さらにぎゅっと抱き込むようにして、平田は腕の中の少年に問いかける。そんなことをしている場合ではないと直樹は必死に身じろぐが、半分寝ぼけた相手はびくともしない。おかしな物音がするんだと何度も訴え、やっと腕の力が弛んだのはたっぷり五分も攻防をくり返した後だった。
「だから、変な物音がするんだって」
 いいかげんにしてくれと、必死ですりよってくる体を押し返し、直樹は訴える。その頃にはなんとか目覚めたのか、平田の腕の力も少し弛んだ。
 耳をすましてみて。その物音とやらを拾ってみて、平田は息をついて部屋をぐるりと見てみる。彼の想像通り、部屋の中は彼と、腕の中の少年の二人きりだった。
「あれ? 高野さんと秋良さん、いない? どこ行ったんだろう?」
 平田の視線に気付いたのか、部屋の中を見回した直樹が首をかしげる。二人揃っていないというところが、妙と言えば妙だ。
「お風呂かな?」
 直樹の呟きにそんなはずはないだろうと心の中でだけ突っ込んで、平田は体を起こす。
 だが、そうか。とふと彼は思い直した。
「部屋に露天がついてるんだったよな。そこに入ってるんじゃないか? ……邪魔しにいくか?」
 ニッと笑ってそんなことを言いながらも、同じように体を起こした少年の腰を抱き寄せ、帯に手をかける。
「ちょ……尚志さん?」
 うろたえる少年の帯をするりと解き、体をふとんに横たえる。浴衣の前を割り、しっとりと吸い付く素肌に手を滑らせる。
「だって、いつ戻ってくるか……っ」
 なに? と目線だけで問う平田に、直樹は必死にもがいて抵抗する。その抵抗に力がなくなる のは、ここ二週間ほど御無沙汰になっていたせいだ。肌をすられ、喉元に口付けを落とされれば、それだけで腰が跳ね、声がもれる。
「……ストップっ」
 そのまま流れてしまいたいと言う思いを必死で振り切って、直樹は平田の体を自分から引き剥がす。こうすれば嫌がって逃げて風呂に行くだろうという計算で始めたことのはずなのに、涙目になって睨んでくる直樹は恐ろしく色を帯びている。
 そのまま押しながしてしまいたいという思いを必死で押さえて平田は腕の中の少年の意のままに体を離した。
「……お風呂、行ってくる」
 拘束を緩めた平田の腕の中から這い出した直樹は、いそいそと浴衣の前をあわせる。平田の思惑通り、顔も見せずに部屋付きの露天風呂に向かって小走りに走った。
 小さく息をついた平田は、笑みを浮かべてその後に続く。予想があっていたとすれば、直樹は結局風呂に入ることができないだろう。いまいましい試験とレポートで食らっていたお預けも解消されるはずだ。
 案の定、部屋を抜け、庭に出るようにして繋がっている露天風呂への入り口のところで、直樹は障子戸に手をかけたまま固まっていた。平田は少年が大声を出さないようにそっと口を塞ぐと、 頭の上からその視線の先を追う。
 やはりと言うか当然と言うか。そこにいるのは高野と諸岡だった。露天とは言え、風呂だ。当然二人とも何も身につけてはいない。そこまでなら直樹だとて、そんなふうに固まったりしなかったのだろうけど。
 湯舟の中で段になっているのだろう、周りよりも一段低いところに諸岡は腰掛けていた。その腰にまたがるように座った高野は、諸岡の首に腕をまわし、背を反らして恍惚とした表情を浮かべている。普段の取り澄ました彼を知っていれば想像すらできないような表情だ。薄く開いた唇からは絶え間なく甘い声がもれ、見ているだけ、聞いているだけで何やらおかしな気分になってくる。下にいる諸岡は諸岡で高野の腰を捕らえ、離れたところからでも分かる激しさで揺すっている。
 風呂の湯気がどうとか、そんな問題ではない。直樹の頬は見る間に染まり、鼓動が早くなる。立ち去らなければと思っているのに目がはなせない。その状況で、湯の中の二人は体を寄せあい、唇を重ね……。
「……生きてるか?」
 目の前で障子戸が閉められ、引きずるように先ほどまで自分が眠っていた布団にまで連れてこられて。かけられた声に直樹はなんとか頷いた。
 あの二人が、肉体的にも関係のある恋人同士だと言うことはもちろん知っていた。それを知った時、まるで想像もしなかったと言えば嘘になってしまう。だけど知っていた、想像したと言うことと、見るのとでは大違いなのだと改めて確認させられてしまった。
 あんな……他人のセックスを覗き見てしまったのは初めてのことだ。普通であればそんな機会もないのだろうけど。
「尚志さん……あのっ…」
 茫然自失になっている直樹に平田は冷蔵庫から出してきた水を口移しで飲ませていた。直樹は知らずその腕にしがみつく。柔らかく重ねられた唇が、悪戯に潜り込んでくる舌が……先程戯れに触れられた体があつい。それだけで意識が一杯になってしまう。
 幸い、と言っていいのだろうか。あの二人はしばらくあがってはこないだろう。それなら、その間に……。
 口よりも雄弁に語る直樹の目に笑みを浮かべ、平田は動悸を押さえきれない少年の体を抱き寄せた。誘うように薄く開く唇に己のそれを重ね、ゆっくりと割り開いて中を探る。締めなおされた帯を解き、熱を持った体に手を這わせればそれだけで鮮魚のようにびくりと跳ねる。
 直樹は平田の首に腕をまわし、男は少年を布団に横たえた。





 夜の時間はまだ十分に残っている。




END






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