瀬戸のハナヨメ    《前編
     
        


 俺ンちのボロアパートの前、どでかい億ションが建ったのは去年の暮れの事だった。


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         ::         夜明けのダンディズム             ::
         ――     カカッて来やがれッ、鼻タレどもッ!!    ――

【 Q 】 ミキティ似の彼女をゲットして一ヶ月、有頂天だったボクでしたがちょっと、最近ダメなんです。 お洒落なレストランを予約しても、彼女が好きだって言ったブランドの小物とかをプレゼントしても、いつもフゥンてスルーされてしまいます。 なんていうかこう、彼女に届いてない感じ? やっぱ高嶺の花だったんでしょうか? ちなみにキスもまだです。  
 神奈川県 助けてアンパンマン 19歳

【 A 】 アァ? 初ッ端から駄目言うヤツは糞して寝てろッ、鼻タレめッ!! 最初に確認しとくがオマエがなりたいのは奴隷か? ペットか? ならナンダッ? 男だろッ! オマエはその女の男になりたいんだろッ! だったら女に継ぎ込んだモンにゴチャゴチャ言い訳すんなッ! ウルセェ女の口は舌でも突っ込んで塞いどけッ! キスでも何でもシタイならすりゃイイだろッ! それともオマエはインポかッ? シタラしょうがないがマス掻ける気力がアンならナニはナクともヤッておけッ! 四の五の言うのはそれからで充分だッ! 女ってのは鳴かせて始めて本音が出るもんだ・・・・そっからだよ、ジックリ髪でも撫でて話し聞いてやんな・・・もうオマエにメロメロだぜ。

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「カァァ〜〜ッ! 漢だよッ! ヒジカタ先生ッ! アンタ俺らの神だよッ!!」

身悶えする俺はガタつく卓袱台をバン叩いてキィ−ッとなった。 

謎のハードボイルド作家ヒジカタ ショウゾウ―― 世の悩める鼻タレ(=俺)の神、そしてファッション無縁の俺に月一、まるで不似合いな某ファッション誌を買わせる憎い男。 斯くもハートをガッチリ掴んで離さない男前企画に、今月もノックアウトだった俺。 クワァァ〜と感極まるヒトトキを存分に満喫した後は、ページを慎重に切り取り、座右の銘でもあるヒジカタファイルに丁寧に挟んだ。 そして何故だかいつもこの瞬間、二割増しでニヒルになった気がした。

ふと見れば、時刻は午後12時を回った所。 もうそんな時間かと、俺は団子状の具ナシソーメンをモソモソと掻き込む。 なんたって今日はパラダイスTuesday。 先生の新たな御言葉を聞き、15:00〜16:55までドップリ再放送の二時間ドラマを観賞、更に21:00ともなれば王道【火サス】をスリルスピードサスペンスで堪能出来る寸法だった。 ビバ! 第二火曜! 幸せ一杯でソーメンを啜り 【古の恋に涙の一句 殺意渦巻く斑鳩の里!! 知りすぎた女・バスガイド殺人事件】 テレビ欄三行使用のタイトルを チョッと長過ぎ? と、繁々眺めたりする非常に暇な俺なのだった。 

何しろ学校は四流ていうか五流、どうせ企業にスルーされるだろうバカ大学じゃ、やっぱ最後は運かなァ〜・・・と既に神頼みの域に入っている俺だから、屁みたいなバイトで小金を稼ぎ、日がなボロアパートで背中を丸め二時間ドラマ漬けの毎日を送る。 まぁ、ショボイが俺的には充実していた。 特に刺激を求めていた訳でもなかった。 なのに二時間ドラマの定説、ありきたりの日常の切れ端に事件の糸口は潜む。 そう、例えばこの窓から見る景色に。


気付いたのは先々週。 【町金探偵カナトリ トイチ 夜逃げの果てに人妻が見たものは?!】 本日の配役にウゥムと思っていた昼下がり、真向かいの億ション、それまで空家だった真正面三階に行ったり来たりする縞シャツ集団を見る。 引越しか? おりしもその日は30℃を軽く越える猛暑。 トランクス一丁でボロ扇風機の熱風を浴びる俺はベランダ開けっ放しの有り様に、こりゃクーラー備え付けでもアハハ俺と変わンねぇしと、変な連帯感に浸る。 やがて町金探偵が人妻(熟女)を追い詰め真相を暴く16:35、真向かい三階から業者の人影は消え、静まり返る室内。 しかしベランダは全開のまま。 それは深夜便所に起きた時見てもそのマンマで 無用心な金持ち! と思った俺だが翌日、翌々日、そしてついに10日目の今日も窓全開の二階。 

まして気になる事があった。 これまで人の動く気配こそないが、夜はいつの間にやら灯りが燈っていた室内、一昨日の晩から今日まで、そこは真っ暗なままだった。 留守? いや、そりゃ雨降ってないからイイけど開けっ放しでお泊りはしねぇだろうと俺だって思う。 ならばソレって事件?!・・・そうだよ、或る日ひっそり億ションに越して来た孤独な金持ち老人・・・けれど老人は27年前の事件のキーマンであり、後ろ暗い過去を消したがっている青年実業家は邪魔な老人を殺害、現場に残された二枚のいろは歌留多のメッセージとは? 

 【いろは歌留多殺人事件〜孤独な青年の心の闇と悲しみに染まる母の思い出〜】

もータイトルまでバッチリ。 後はカタヒラ ナギサを待つばかりだが辛抱たまらん俺はたちまち孤高の学生探偵コバヤシ マサヲ(20才恋人募集中)。 ならば現場に行くまでだろ? 待ってろよッアリサワッ!(犯人仮名)。


そして侵入捜査開始。 張り込む事23分、学校帰りのブルジョア小学生三人組に便乗してエントランスへの侵入成功。 後は何食わぬ顔でエレベーターに乗り込み、目指すは3階8号室。 なに、あの部屋の真下に住むツルベ似の主婦がママチャリに208と大書きしていたのはシカとチェック済みであった。 マッコト冴えてる俺! 間も無く三階、チンと開けば踊り出る無人の廊下、さり気無さを装い奥へと進む俺は、表札ナシ黒い金属製の重たそうなドアの前へ立ち小さく二回深呼吸 すわ! 

ピロリロ〜ン

キュートな音を立てるチャイム。 ふと見ればドアには何故か外鍵が取り付けられている。 何で? あとから付けたようなソレを不審に思いつつ、引き続きピンポン連打。 

「スミマセ〜ン、この下に住んでる者なんですが〜、」

嘘も方便、取り敢えずジャブッて感じで声掛けからスタート。 仮に誰か出て来たら 生きててヨカッタ! と逃げれば良い訳で、誰も出なかったらソレは、

「スミマセ〜ン、留守ですかぁ〜」

出ねぇよ、コレはもしかしてもしかして・・・・

腐敗臭と共に発見される惨殺死体、出会い頭ブランと揺れる首吊り、荒れ果てた部屋の中転がる老人と血文字で書かれたダイイングメッセージ 《ヒ ロ シ》 『ヒロシッ?! サダオカエンタープライズのサダオカヒロシ(真犯人仮名)かッ?』 ・・・・俺の脳裏に過ぎる膨大な二時間ドラマ的展開の数々。 カァ〜〜ッ、ボヤボヤしてらんねぇッ!

「ジッ、爺さんッ、生きてるかァッ?!・・・・ッ?」

咄嗟に捻ったドアはバタンと景気良く全開。

「・・・・鍵くらい掛けろ、物騒だな、」

つまり俺のようなヤツが入り込むじゃねぇかと自らに突っ込みつつ、薄暗い室内に一歩踏み出せば 臭ッ! ・・臭い・・腐敗臭? たちまちヒヤァッと脛毛まで縮こまる俺。 ま、まさかまさかまさかのマイ推理的中? 見渡す部屋には箱、箱、箱、積み重なる箱と箱と箱、正にダンボールによるジャングルと化した部屋。 その異様な有り様に、

「引越し・・トットと片さなきゃ駄目じゃん・・・・」

呟いて見たが 「やっぱ、家帰ってワイドショーでも見ようぜ?」 そんな心の声に 「うん」 言いそうになる俺。 箱の山を避け入って直ぐの廊下を恐る恐る進み、神様ッ! 突き当たりのドアを押せば何となく台所。 冷蔵庫、電子レンジ、ダイニングテーブルとオソロっぽい食器棚。 アーつまり引越し屋が置いたそのまんまでテメェは一切箱とか開けてないのね・・・億ションというより廃墟の室内に人影は無く マジ死んでたらイヤ〜ン キョロキョロ見渡す腰はソソウをした子供のように引けた。


と、向うに全開のベランダ。 そうか、俺んちから見えたのはこの部屋。 ベランダの柵から下、見えなかった窓際に卓袱台らしきものと山積みの何か。 よく見ると幾つかのダンボールには、開けた形跡がある。 床に散乱する紙切れ。 書類? 本? 時刻表と全国ホテル旅館ガイドと料理の本と星占い入門と薬学図鑑と麻雀必勝ハウツゥと先取り口コミコスメ夏号、司法解剖症例集、夜はコレカラ☆厳選ナイトスポット・・・ナンナンダ? ふと手にした紙切れを読み上げれば

―― そうして遣る瀬無い表情の南條は深い溜め息を吐く。 『なぁ・・・ケン、終わりにしよう・・・わかるだろ? 彩はもう帰って来ないンだ、』『う、ウルセェッ!』 金網越し、真っ直ぐ何条に向けられた銃口。 『葛西ッ! 無駄な事ヤメロッ! お前のしたこたァ皆、洗いざらい守山が吐いたぞッ!』 振り向けば、屋上口の扉を押し開ける谷山の姿があった。 咄嗟に南條は、 ―― 

     ・・・ナンジョウ?   ・・・タニヤマ?・・  

 嘘ォッ! ホスト探偵ナンジョウの事件簿? ニシムラ ミサの? エェェッ!?  

「ひッ?!」

イキナリ掴まれた足首。 蒼白くて骨ばった指、骨そのものの腕、モップみたいなうつ伏せの頭、多分白かったのかも知れないランニング、薄っぺらに横たわる男・・ていうかゾンビ? 這い摺りゾンビ? 地獄の底からゾンビが喋る。

「・・・コンニチハ・・貴方のニシムラ ミサです・・熱烈なファンである君を見込んでお願いが・・・水を・・・一杯・・・」

「お、俺ァ善意の通りすがりの不法侵入者な訳で、」

「・・水・・・・・ミズぅ・・」

「わ、わかったッ!」

鬼気迫る要求に押され、流しと思しき方へと向う。 が、そこにコップなんか無い。 仕方なくシンクに転がってるカビだらけのペットボトルを拾い、適当に洗うと水を汲み、転がる男に差し出した。 男は身体を起こそうとしてはよろけ、瀕死の虫みたいにモゾモゾ手足を動かす。 

「ダァ――ッ・・・飲め、」

已む無く男を抱き起こし、ボトルを口元に当てた。 臭い。 塩昆布のような頭からヌラッとする身体から、立ち上る物凄いスメルに一瞬気が遠くなる俺。

「なぁアンタ、マジでニシムラ ミサ? 」
「ハイ・・本人です・・・」

ゴブリと水を飲む男は当たり前のように言った。 凭れ掛かる背中は貧弱な骨の感触。 

「だってアリャ女じゃねぇの? そうだよ著者近影とか」

想い出すのは本のカバーに写ってた 《童貞ハンター*ミサ》 ッてな感じの濃い口の女。

「・・・アレは、ナカキドさんです・」

「あァ?」

「・・・マネージャーっていうか・・えぇと、一先ずエアコンのリモコンを捜して欲しいンです・・・・と、そこいらに・・通帳とカードもある筈なんで、スマナイけど適当におろして食料調達を」

「待てよッ、」

「待てません・・・ちなみに希望としては・・鰆の塩焼き、ホウレン草と揚げの味噌汁、出汁巻き卵、胡瓜と茄子の」

「うわ、厚かましいよッ! そぉいうのはそのナカキドに頼めよ!」

思わず支えの手を離せば、男はアァと崩れる。

「・・・彼女は・・もーカンカンって言うか・・・激怒?」

「・・アンタ、ナニしたんだよ?」

「・・・・夜逃げ・・・」

「ハァ?」

ゴロンと仰向けになった床の上、貼り付くモップ頭の隙間、辛うじて見える幸薄そうな口が嗄れ声で ヒモジイ・・ と言った。 そしてうわ言のように呟く事の顛末は俺を、この部屋を、更に更にと駄目路線に追い詰めるのだった。 



そもそも男とナカキドは同じミステリサークルの仲間同士だった。 男は趣味でジャポニカ学習帳に自作ミステリィをしたため、ソレを半ば強制的に添削したのがナカキド。 そしてある時ナカキドは男の作品を自薦 『ニシムラ ミサ』 名義で幾つかの企画に投稿してオモムロに受賞。

「・・・僕は厭だと言ったのですが、話題性重視だって・・僕の生きる道は作家しかないッて・・・・」

ナカキドを影武者に立てた作家ニシムラ ミサの誕生だった。 そうして映画化ドラマ化と着々知名度も上がり、今や売れっ子作家の道を男は歩んでいる筈なのだが、

「・・・無理です・・・僕はエンピツでノートに書いてるだけで充分なんです・・・」

「だからッてナァ、夜逃げはないだろ? 大人だろ?」

「だって・・・〆切りが・・・」

キュウッと縮まる男が両手で頭を抱える。

「そ、そういうのは延ばして貰ったり出来るんだろ? 大先生ナンだしさぁ、」

「・・もう、伸ばして貰ったし・・・・」

「・・・じゃ、仮病! 仮病とか?」

「胃潰瘍と精査入院ッていうのをもう・・・医者に、これ以上嘘の診断は出来ないッて・・・・ じゃ、じゃァ僕は逃げるしかナイでしょうッ?! ナカキド君は町金並みの取立てをするし、平気で二週間くらい軟禁するし、僕は一体どうしたらイインですかァッ!?」

怒鳴り散らす男は脳貧血でも起こしたか、ウゥとうめいてゴトンと後ろ頭を床に落とす。 

「・・・で、夜逃げしたのにバレたの?」

「・・忘れ物を取りに行って・・・」

「ッて、荷物は普通、全部引越し屋が運ぶんだろ?」

「・・・けど・・・ポスターまでは・・・・」

「ポスター?」

「えぇ、クミコちゃんのポスターを・・・」

そう指し示す向うの壁、どこか既視感のあスクール水着の娘がニッコリと

「・・・アレジの妻?」

「その名前を言うなぁッ!! クミコちゃんは、クミコちゃんは ・・・・僕だけの妖精・・・」

手足をバタつかせる男の腹が、グググと地鳴りのように鳴る。 

そんなコアなポスターを剥しに戻り、男はそのナカキドとやらに捕獲されたのだという。 そして引越し直後のこの部屋に監禁され不眠不休、地獄の執筆活動が七日間。 解放されても失神同然、まして暑さとひもじさにどうする事も出来ずただ転がって今日まで三日。 コリャどうしようもねぇよ、コイツ、本当の馬鹿だ・・・。 久々に見る自分以上の馬鹿に、言葉もない俺だった。 

そうしてシクシク泣く男を放っては置けず、約三十分の室内探索で汗だくの俺は見事三種のリモコン(テレビ、ビデオ、エアコン)を発見。 シュワーッと流れる冷風の心地良さ。

「い、生き返るぅ〜〜〜〜〜」

「・・じゃ、あばよセンセ、俺はサヨナラだ」

「ま、待ってッ、」

「イヤッ!」

悪霊のように膝下をホールドする男。 

「は、離せッ! もう時間がねぇンだよッ! 三時から再放送始まっちまうだろッ? 離せッ!」

「待ってッ、三時ならまだ全然間に合うでしょッ? 再放送ならそこのプラズマで見ればイイじゃないですかッ? 僕を捨てないでッ、通帳捜してッ! そんでナンか食べる物頂戴ッ!」

「す、捨てないでって、冗談じゃねぇよ、ナンで俺が」

「好きな物買ってイイです・・・」

「・・・え?・」

踏み潰そうとする俺に、男は悪魔の囁きをする。

「ついでに君の好きな物買ってイイから、人助けだと思って・・・もう三日半食べてない・・・・きっと死ぬ・・・・要するに君はプレ人殺しですね・・・・」

「変な事言うなッ!」

ブツブツ言う男は気味悪かったので、更に探索を二十分延長。 どのみちそんなズサンな通帳じゃ、額は高々知れてるんだろうと思った。 が、見つかったソレのゼロの多さに心臓止まりそうな俺。

「に、二千八百万ッ?!」

「ココ買ったから、チョッと減りました・・・・さ、パシッて来て下さい・・・」

「エッと・・・コレはあの・・・」

「2〜3日分買い溜めてくれると有り難いです。 チン出来るモノを特に。 ちなみに本日の希望としては・・鰆の塩焼き、ホウレン草と揚げの味噌汁、出汁巻き卵、胡瓜と茄子の」

「ぅわかったッ!」

実はわかっちゃ居ないが、生涯手にすることの無さそうな金額に、赤貧馴れしたココロは舞い上がりに舞い上がる。 

駆け足で飛び込むコンビニのATM、震える指で釦を押せば躊躇の末10万卸してそんでも十二分に俺的大富豪モード。 その足で武者震いのヨーカドー、松坂牛、米沢牛、神戸牛、テレビでしか御目に掛かった事の無い個別包装の御貴族様牛肉を買い漁り、 大奮発ですねぇ 言う売り場のオバちゃんに鼻穴膨ませて勝ち誇る俺。 そしてハタと我に返り、スポンサーたる男の言ってた魚だとかナンかを七面度臭ぇなと捜した。 ついでに缶ビールの2ダースも買った。 


我が生涯最良の日なり!







                                         後編へ続く