ひねもすラジヲ − 前 −
     
       



     ―――  あたしの好きなもの、あの人にないんです。 
            あの人の好きなもの、あたしにないんです。 あたしたち、幸せになれますか?



ミカリがサセ子と呼ばれたのは高2の夏からなのだが、その後、女子大生活4年の努力が実り、卒業時には自他トモに認めるヤリマンの称号を受けるに至る。 素晴らしい出世だ。 サセ子は、受身の狩られる獲物である。 しかしヤリマンは自ら挑み、喰らう、ハンターの薫りがする。 

ハンターの日々は、ワイルドでダーティでスウィートだ。 ミカリは、アバンチュールの覇者となった自分に大満足。 満足ではあるが、なんてぇか・・?・が、残る。 ヤリマンの女王ミカリが、その違和感を克服するのは、また、少し先。 人生、思わぬところで色々だ。

就職難、まして女、まして大卒で、しかも役立たずと評判の文学部、しかしミカリは勝ち組だった。 おいおい、寝技でも使ったか? 実は意外と仕事も遣り手、ミカリ、この不景気に大手外資系、OL3年目の秋。 でかい仕事も纏め、後輩にも慕われ、好みの上司、同僚を次々と落とし、即飽きて捨て、しかしその捨てっぷり口説きっぷりの鮮やかさから恨みも買わず、寧ろ口説かれ冥利と言われて結構イケイケなな生活を満喫する。

そんなミカリの転機は、イキナリでその日、訪れた。 

ミカリ、コンパの帰り、飲み会で潰れた後輩ミズノマリコを自宅に送り、介抱ついでにふざけて押し倒す。 


コンパに呼びたい新人NO.1の呼び声高い、童顔、色白、巨乳、セミロングのミズノマリコ(静岡出身)、実は酷い絡み癖、そしてキス魔、そして泣き上戸であった。 収集のつかないマリコを家が近い理由で押し付けられたミカリとて、コンパで御持ち帰りされたいお姉様NO.1なのだが、そのコンパ、今日は失敗であろう。 

いまやセクシー軟体動物のマリコ、歩く気ナシ。 タクシーから引き摺り下ろさんと汗だくのミカリにしがみ付き、隙あらばチュウしてやるぜ と、気が抜けない。 ようやく部屋に押し込み、歌ったり泣いたりチュウしたりと忙しいマリコが、テーブルの皿を落としたり割ったり、踏もうとしたりするのを片つけ、制し、怒鳴りつけるミカリの額を汗が伝った。 忌々しい、しかしカワイコチャンが言う。


―― 先輩、帰っちゃ嫌ですよぉう〜〜

帰っちゃ嫌なら、どうするってよ? ぐんにゃり巻き付くマリコを抱え、ベッドに転がし、ふと考える。 マリコはストッキングを脱ごうとして、どうやら妙な按配に絡まりバタついていた。すんなりした美脚と、意外に実用的な水色のパンツが或る意味非常に効果的なアングルで丸見え。 コレは、また、眼福ってか・・・

送った男に、絡むってのは、誘い受けなら常套手段。 ミカリも得意の手口であるが、コレ、この場合、有効だろうか? 

―― ミカリ先輩、美人でカッコイイからだぁ〜〜い好き!!

好きか、そうか、アリガトよ!! 日頃、自ら口説き捲くり、手が早いミカリ、アカラサマな懐きようで直球の褒めに、満更でも無いワクワクが走る。 好き好き連発中のマリコ、右足首に、脱皮の跡のようなストッキングを絡ませて、酔っ払いのロンパリ目、紅潮した頬を擦り付け、ん〜〜 と、チュウに余念がない。 

密着し、揉み合う柔肌、目前に据え膳、マリコの耳朶、桃の産毛淡く色づくソコ、ミカリは試しに、カプッと噛む。 

―― は・・あンッ・・先輩のえっちぃ〜〜!

という場合、もっとしてしてしてぇ〜〜ん と、相場は決るが、コレ、いかに? 

甘噛みした耳朶に、ため息一つ落とし、自慢のハスキーヴォイスで耳の裏、うなじの後れ毛にミカリは囁いた。


『・・・もっと、エッチなこと・・してみたい?』

ぽかんとしているマリコをそっと押し倒し、捲くれたブラウスの裾、滑り込む指がツツツと脇腹を擦り上げ、耳朶からうなじへとキスを滑らす。 様子伺えば、いやぁん と甘い声のマリコが、ミカリの後ろ頭、ガッチリとロックした。 

イケる! こりゃぁ、イケるんじゃないか? 調子付くミカリ、ヤリマンの女王たる改心の絶技・秘技・奥義により、マリコ、霜月の夜半ミタビ昇天す。 そしてぐったり胸を上下させる柔らかで甘いやかな女体の味に、ミカリは、どっぷりしっぽり痺れるのだ。 


自ら仕掛け、自ら翻弄し、自らイカせて、最後は柔らかな安楽にまどろむ。 コレゾ我求めたる快楽の極みナリ!! バリタチのレズ、ミカリお姉様の誕生であった。 

以降二年半、テクニシャンミカリはその道で大モテ、文字通りの入れ喰いを実践する。 だがしかし、ミカリのゴールはココではない。 それはまだ少し先、薄ら寒い5月まで。 運命はいつも、行き当たりバッタリなのだ。


さて、行き当たりバッタリ・・・それを言っちゃ、もう一人も似たようなものだった。



年下男は魔性系。 茶髪でグレててセクシーなシホ先輩に、ミツルが童貞を切られたのは高1の春。 以降、なんだかんだと女の切れないモテ人生を謳歌し、大学生活コンパ三昧、男の敵コンパの客寄せ、羨望&やっかみの日々をミツルは送る。 まぁ、悪くなかった。 セックスは楽しく、彼女達は一様に可愛く、綺麗で、年上のちょっとキツイタイプだった。 

もぉお、ミッくん可愛いんだからぁ! などと愛されるペット君のミツルは、寂しがり屋で生意気で憎らしいけど好き〜 なんて言われるソレを良しとしていながら、一方、なんかチョットなと思う。 ペット道は、れで、なかなかに深い。 なんかチョットが何だったのか、ミツルが悟るのは、まだ、少し先。 


師走、ガラポンで貰ったティッシュの数、それは別れた彼女に己が貢いだ証。 

設計事務所にスルリ入社のミツル、早速ソコのお姉様に寵愛され、イイ気になってた矢先、物足りないよね と振られる。 お姉様は、間も無くマッチョのイトウ先輩と『結婚を前提』に御付き合い開始。 人生久しく無かった彼女イナイ歴更新に、ミツル、ブルウな残業をこなす夜。


―― メシ、喰ってねぇだろ?

はかどらない作業に焦れるミツルの頭上、低く通る声。 とっくに帰った筈の、ツモリ先輩がホカ弁をぶら下げ顰めっ面をしている。 


―― 朝日プロジェクトの打ち合わせの帰りだよ。 灯り点いてんからな、ま、居残るのお前くらいだろ? オラ、喰え。

髭の熊、そんな強面のツモリが笑うと意外に若返る事をミツルは知る。 ツモリはさっさと弁当の蓋をあけ、一つをミツルの前に滑らせ、もう一つを自らガツガツと口にした。 揃った丈夫そうな歯が、鶏唐や沢庵を噛み千切り咀嚼する。 つい見蕩れるミツルに、目を合わせないツモリが言う。


―― サキコによ、お前、振られたんだろ?・・・くよくよすんな・・・

『や、クヨクヨなんてしてません!!』

咄嗟に声を荒げたミツルを、ようやく視線を合わせたツモリが おや? という顔で眺め、ハの字にした眉で困り笑いを浮べた。 下がった目尻に皺が寄る。 それはなんだかとても・・なんだか・・・。 ― 男らしくて、セクシ〜 − ミツルは自分が思った事に引き攣った。 

ナニ考えてんの? 俺、ものスゴイ乙女じゃん!! や、乙女ってかホモモード。 赤い顔で咽るミツルにペットボトルの御茶を回し、ムセたんか? と ツモリが顔を寄せた。 至近距離、赤い顔ウルル眼のミツルと困惑のツモリ。


『だ、大丈夫・・・』

発した言葉は変に掠れ、上擦った。 それは図らずして、なぜか酷くエッチな感じで、がらんとしたオフィス、ツモリと至近距離で見詰め合う状況を居心地悪くする。 


『あの、ホントに・・・サキコ先輩との事は、別に、もう気にしてないんです。 やっぱ、俺、年下だし頼りないし・・そう、先輩みたいだときっと、凄く、彼女だって頼れる感じするんでしょうけど、でも・・・』

早口で繋ぐ言葉は言い訳じみて、今度こそ情けなくて涙が出た。 うわ、振られ泣き! うろたえつつ伺うツモリの困惑と逡巡の入り混じる表情・・・それはなんか、覚えがある。 それは、そう、ヘタレるミツルを宥め、しょうがないわねぇ と甘えさせた歴代彼女らの表情。

彼女らは皆、こんな顔をしてミツルを眺め、そしてミツルが甘えるのを待ち、優しく抱き締めてくれた。 抱き締めて・・・くれる? ツモリ先輩が? いや、しかし、でも、


―― おい、泣くな・・・

くぅう〜〜ッこの低音、女ならコロッとイッチャウね! 女なら? うん、いや、あの、俺もコレは結構・・・。 オロオロしたツモリの表情、一瞬こちらに伸ばしかけ引っ込められた指先にミツルは確信をする。 

-- イケル・・コレは、イケルかも知れない・・・ 涙眼の上目使い、それこそ一撃瞬殺ミツルの必殺技であった。 じぃ〜っと見つめ、見つめ返す目に迷いが出たらばすかさず視線を外し、伏せた瞼、実はチャームポイントの長い睫毛が震える所をしかと見せ付け、そして・・


『先輩・・俺・・』

縋る目で、駄目押しのウルウルビーム&切ない掠れ声で呼びかけ作戦、サァ!どうだ!?

コリャァ、イケイケだった。

ミツルは髭の熊にしかと抱擁され、もう一度囁き、ぶっとい首に回した腕をギュッとすれば、くすぐったさもたいそう素敵な熱烈髭キッスにコシヌケだ。 あぁ頼もしい、この心地良さ! 生粋のペット男ミツルにとって、男らしさ、頼もしさを微塵も期待されない、ひたすら守られる立場というのはマコトに具合良く、心地良いものであった。 


二日後の週末、ミツルは乱雑なツモリの部屋で、言い訳不要のホモ(受け)決定となる。 ケツの按配は今後の課題として取り組むべき問題であったが、為すが侭、快楽を享受するソレ事体はコレがまた、ミツルのショウには合っていた。 

以降ケツでイケル程度にホモレベルはUPされ、男の切れる事ないミツルであったが、寄る年波は結構シビア。 二十歳過ぎてからの受けは厳しいのだと、徐々に身に染みる光陰矢の如し。 


爽やかに風薫る、若葉も揺れる五月の空、その空の下、夜だけど、いよいよ二つの点が運命の座標上接近する。 それはイキナリ、斯く斯くシカジカ訪れる。



     ―――  俺は、あの人を守れないんです。 あの人を守りたいのに、あの人に守られてしまうんです。 
            俺たちは、幸せになれますか?



その店は、静かにアシッドジャズが流れていた。 和の小物と無機質なつくりが嫌味無く纏った、所謂隠れ家的な佇まい。 隠れ家って言えば全くその通り、そこの客は男女半々。 同性のカップルが静かに集う、そんな店であったのだ。


ミカリは今、今年3人目のハニィとの最後の夜を語らっている。 ユリエは甘ったれで気が強く、細身の身体が少年みたいで、なかなかに倒錯的なカワイコチャンであったけど、でも今夜でお別れだ。 

− ねぇ、ずっと一緒に居ようよ − この二週間ユリエが言い続けた誘いに、ミカリはどうにも乗れなかった。 ずっとの意味がわからない。 今みたくデートする関係とどう違う? 同棲? カミングアウトするっての?

冗談ではない。 ミカリは仕事に遣り甲斐を感じている。 今の生活に愛着もある。 足元がグラつくのを押してまで、恋愛に意気込みたくはない。 何よりもこの先、10年後20年後の自分が想像つかなかった。 自分の横に居るユリエの姿も、想像出来なかった。 レズになって良かったなぁと後悔した事は無いが、でもこの世界、先行き不安は必須であった。 

不安が焦燥を呼び、今年一人目は『死んでくれ!』とイキナリ心中を持ちかける。 死にたくないです と、丁寧に辞退した。 または身内の圧力ってのが馬鹿にならない。 『両親が見合いしろって・・・』そんな世間に負けたのは、二人目だった。 お幸せにね と、祝福して別れた。 娘を誑かした変態女として田舎の善良な年寄りと戦うなぞ、真っ平である。 


別れのムードに浸るコケティッシュなユリエを愛でつつ、ふと耳にしたのは切なく懇願する声。


―― 一人にしないでよ・・・

ま〜ただよ・・・。 

声の主は斜め前。 カウンター端の右側。 上背の割に痩せて、色素も血も薄そうな若い男。 今夜はバリっとした如何にもエリートですよ〜 なサラリーマンと、もはやお馴染みの愁嘆場をこなすらしい。 全く懲りない。 そして切れ目無い。 この店で何度目にしたかわからない、男と元彼チームの出逢い&破局を想い出し、ミカリはその、変な方向のバイタリティに感服する。

今宵のエリートは余裕綽々、男をあしらい、よく廻る舌で調子良い事言ってるらしい。 小声で懇願する白いマネキンみたいな男の頬に、ツツツと涙の筋が光る。 

馬鹿ねぇ!! 別れないでくれとか言ってるワケェ?! 

縋ってはダメなのだ。 負担になれば切り捨てられる、ソレはリスクの多い恋愛では御法度なのに、馬鹿ねぇ!! --- でも、ああ云う子は、ガシッと躾て、ギュッと甘やかすと、すんごいイイ仕事すんのよ。

実は、好みだなぁとも思った。 座敷犬みたいなあの男。 気位が高く甘えたがりで、きゃんきゃん言いそうなあの男。 あぁいうのと暮らすってのは、実に勤労意欲湧く事だろう。 あの泣き顔をベッドで見たいものだと、ミカリはしみじみした。 しみじみしながら笑みが零れる。 ミカリにつられて、キツイ瞳に涙を滲ますユリエが、薄っすら笑みを浮べる。 グラスを包むその指を取り、軽く口付け、ミカリは御得意の決め台詞を囁いた。


『未練はあるのよ・・愛しているわ・・でもね、さ、ユリエ、さよならは貴女がおっしゃい・・』


ユリエのシャム猫みたいな瞳がユルユルと涙を堪え、何か言いかけた唇がもう一度固く結ばれ小さく微笑むのを見届ける ---ヨッシャァッ!!--- 心でガッツポーズのミカリ。 ほぉらね、別れは冷たくしちゃ駄目なの。 その瞬間だけは思い切り愛さなきゃ想い出は綺麗じゃないのよ。 

素早く口づけを返し、アリガトウ、と立ち去るユリエの後姿にため息を吐き、一仕事終えた安楽にワインを舐めた。 と、小さく争う小声の応酬の後、件のエリートが席を立ちマネキン男が突っ伏すのを、ミカリは見た。 是にて終了!! 馬ッ鹿ねぇ!!


その馬鹿との点が座標で重なるのが二十分後だと、まだミカリ、知る由も無い。


そのクダンの馬鹿、馬鹿は気楽でイイねぇなどと世間は言うがいえ、そうでもない。 馬鹿は馬鹿なり、苦労が尽きない。 25歳・ホモで受け。 いつまでも可愛い年下の男の子では、居られる訳じゃナシ。 そりゃ見た目若いし、綺麗系だけど、でも女と違って決め技「結婚」「できちゃった!」などは使える筈もなく、世間の風は冷たい。 今年、特に今年は辛い連続。 ミツルは己の風向きを呪う。 

一人目、若いブスに乗り換えられた。 若いだけが取り得っちゅうのに、畜生、泣けた。 二人目、甘えすぎ依存しすぎで捨てられた。 頼もしい彼につい頼りすぎ、可愛ぶったのが裏目に出たらしい。 三人目、すごく素敵、とても優しい、これはもう・・と、有頂天になってたら、実は隠し妻と二児が居た。 別れた。 そして、今夜、4人目。

同じ轍は踏むまいと目一杯クールに振舞い、バリバリエリートの彼と対等に自立して・・・と試みたら大失敗。 ロンドンに赴任すると切り出され、君も日本で頑張れと激励された。 チョット待って、置いてかないでと縋ってはみたが、君は大丈夫、一人で生きれる などと嬉しくない事連発されて、しまいにゃ見損なったかな? と、捨て台詞吐かれ振られ、今はもう死にたいミツル。

ホモとして生きる自分は、楽してる分バチがあたっている? 

そんな事すら考えて、でもどうして男の自分が甘ったれちゃいけないのだ? オレは料理も手先もエッチも器用で、嫁にするなら超目玉だぜ、と意味不明な逆切れに今宵も酒が進む進む。 ほろ酔いからドンヨリの酔いの視界、気になるのは背後に佇むだろう、あの人の事。


―― ・・さ・・ユリエ、さよならは、貴女がおっしゃい・・

くぅう〜〜っっ!! 素敵過ぎる! ネェサン、アンタ漢だよ!! 

長身、グラマラス、ハスキーヴォイス、いつもながらの引き際の良さにミツルは身悶えして感嘆する。 その人はいつも毅然として、セクシーで、吃驚するほど綺麗で可愛い女の子をはべらせて、その癖いつも終りは潔く清々しかった。 大人って、あんななんだねぇ〜。 メロウな自分と比べ、何たる器の違いよ。

あぁ、もし、あんな人の嫁に慣れたらば、オレは目一杯甘えて、目一杯ツクシテ・・・うわ、きっとあの人アッチもエクセレントって感じ!! バーチャルは尽きず、嫁モードのミツルは夕飯時の専業主婦、エプロンで迎える自分(裸はイヤヨ)諸々を想像し、くすり笑い、現実にさめざめ泣いた。 オレはどうにも、馬鹿野郎だ・・・寂しい、寒い、春なのに・・・。


既に激しい酔いが、身も心も脳も犯し始めている。 二十分後の店の外、45メートル先の路上マンホール上に泣き崩れ、嘔吐し、血圧低下でぶっ倒れるミツルを、下心アリのミカリが拾う。 拾った一割、ナニを獲られたかはオイオイと。




運命のボーイミーツガールは、こんな風に、いい加減。