貧者の一灯、眩しさに竦む        − 後 −
     
       



   そこを下見に訪れた時は、いやにだだっ広いと感じたマンションだった。
   が、大人サイズが6人入れば、広いどころか手狭にすら思えた。 


親新しい家、新しい部屋、新しい家族、即席の厄介な集団。 ソコで親二人はうっとり新婚の日々を満喫し、連れ子四人はナチュラルに放置される。 そして俺は否応無しに、艶かしく腹立たしい、ルツと云う奇妙な生き物に平穏な日常を乱されていた。 


ルツは事ある毎に挙げ足をとり、話を掻き混ぜ、いらない挑発をする。 薄い唇には綺麗な笑みを浮かべ、嫌な話題に殊更素早く、最も歓迎しない言葉を的確に選び、結果うろたえ苛立つ俺の困惑顔を、ルツは実に嬉しそうに日向の猫のように眺めた。 

なんて、忌々しい男だろう。 
それが敵意ではなく誘惑であったのが、最も始末が悪かった。

誘惑なんてのは昔から、いかがわしく、したたる毒気があり、それでいて極上に甘い。 あの硝子みたいな目が、驚愕して見開く様を見てみたい。 あの色素の薄い口唇が、哀願と懇願を吐き出す様を見てみたい。 白く細く薄っぺらなくせに艶かしい、あの身体、跳ねる痩躯を骨が軋むほど押さえつけ泣かしてやりたい。 

誘うなら乗ってやろうか? それはどんなものだろう。 


ギュッと瞑った睫毛の陰に、涙は薄っすら溜まるだろうか? 毒吐く口唇、それは、ひんやりしている気がする。 唇で溶ける紅色の氷片。 掠め見た肌は、臆病な魚の腹みたいで、サラリとしたそこに指を滑らし、朱が走る様はさぞ見ものだろう? 

ルツを屈服させたい。 押さえつけ、もう誰も誘わないよう戒めてやりたい。 お前はきっと、誰にでもそうして驕慢に誘いをかけ、掻き混ぜるに違いない。 

それが、俺には許せない。 

独占欲と征服欲。 それは、つまり、愛に似ていた。 
似ているけど、愛では無い。 
そこに労わりはなかったから。
俺は獲物として −− 捕獲し、蹂躙し、支配する綺麗な獲物として −− ルツに惹かれていたのだから。



そうして懲りずにあざとく挑発する男の先、マネキンみたいな喰えない弟の視線がある事に気付くには、そう時間は掛からなかった。 作り物めいた容姿のみが共通する、中身は全く似ていない二人。 二人は真逆だった。 追い立てられるよう喋り、何を隠したいのか全てを煙に巻くルツ。 曝されぬように沈黙し、追い返す如く一言で切り捨てるリツ。 猫の目みたいに変化して、読み取ったそれを胡散臭くするルツ。 膨大であろう思惑を常に無表情の裏に隠し、けっして読み取らせないリツ。 


いつしか目で追うのは、二人に増えた。 ルツを追うそれと、リツを追うそれは全く異なる感情だが、しかし、それを俺は馴染みのものとどこか感じていた。 俺は、知っている。  俺は、今まで恋愛をした事が無い。 肉欲と好奇心以上の執着を感じた事は無い筈だが、この焦燥は知っている。 

もはや、巻き込まれ傍観する以上に踏み込む俺は、二人の膠着にも否応無く引き摺られて行った。


始めは、なんということでもなかった。 ルツが挑発し俺が困惑し、テルキがゲラゲラ笑って、リツは沈黙する。 いつもの日常、何ら変化は読み取れない。 しかし、傍観する俺は気付く。 ルツの先、もう一人の傍観する男が消えた事に俺は気付いてしまった。 そして代わりに、その消えた男をルツが傍観する。 追いかける視線は暫し揺らぎ、力無い。 縋るように追う視線は一向に絡まらず、リツの沈黙は概ねルツに向けられた。 

しかしルツは知らないだろう、お前の頼りない背中には、変らず、いや、寧ろ焼け付く焦燥を孕む視線が向けられている事を。 二人の間で何かが、軋む。 それは罵り合うような諍いでは無い。 諍う言葉も発せられず、静かに追い詰められて行ったのはルツだった。


草花の枯れるさまを、早回しで見た事があるだろうか?

ルツの憔悴は、正にそれを思わせた。 吸い上げる水を拒み、与えられる力を生かせず、花を色褪せさせ、茂る葉を散らす。 尤も、ルツは萎れ、枯れても尚、美しかった。 儚い風情は日陰の病んだ美しい植物のようで、絡め、誘う、独特の魅力があった。 

そんなになってもまだ挑発し、そんな自分を省みないルツに俺は歯痒さと怒りを感じる。 感情をひた隠し、無表情なまま、臆病な自分を頼りなく頑なに守るのは挑発的な自虐に他ならず −−なんて卑怯なんだろう −− 黙するリツに、俺は憤る。  卑怯だ。 おまえ達は卑怯だ。 卑怯で痛々しい、不器用な兄弟。 なんて愚かな二人だろう。 伺うばかりで、察して貰いたがる、一向に噛みあわない憐れな二人。 

そんなのは、俺も知っている。 俺は、そう云うのに馴染みがあった。
挙句切り付けあうように互いを台無しにするそれすら、俺には馴染みであった。

まるで、あの頃の、ミヒロと俺達じゃないか?



その夜、無機質な部屋の住人は、訝しげな目を向けたものの、出て行けとは言わなかった。 しかし、歓迎はされていない。 デスクチェアーが反転し、こちらを向いたその無表情に、俺は漸く言葉を発す。


 『もう、止めとけよ。』

 『何のこと?』

 リツは今更のようにお手本のような笑みを浮かべ、さも無邪気そうに小首を傾げて見せる。
何にも知りませんよとでも言いたそうな笑み。 冗談じゃない。 そんな顔するな。 俺を騙そうとするな。

 『とぼけるな、ルツの憔悴はお前だろう?』

 『ルツが、気になりますか?』

 細められた目が、厭な感じに歪む。 
 歪んだ不快な挑発。 

 『随分気に入られてるみたいで・・・・』

 『・・何言ってる・・・』

 『キミテルさんも満更じゃぁないんでしょ?』

 『おい、』

らしくない挑発だと思った。 こんな遣り口は、らしくない。

暗い熱の篭る目。 どこかで見覚えのある目の色。 その既視感は俺の何かを揺さぶり、戸惑わす。

 『はは・・怒らないで、すみません、僕は気にしませんから・・・・ルツは、昔ッからあぁですから』
 
 『・・・・・・なら、昔ッからか?』

 『え?』

 唇の笑みが消え、抜け目ない瞳が真っ直ぐ俺に向かう。 だから、俺はもう一度言う。

 『昔からそうなのか? 昔からお前は、そう云う性質の悪い喧嘩を仕掛けるのか?』

 『・・・喧嘩なんかしてませんよ・・・』

 再び薄ら笑いを浮かべるリツだが、一瞬、瞳を過ぎる揺らぎを俺は見逃さなかった。

 『もうやめろ・・・・・』

 『・・・だから、何がです? 僕がなにしたって言うんです?』

 『自滅させるような遣り方は止せ。 』

 『なにを馬鹿な・・・』

 『馬鹿げてるのはお互い様だろ? 馬鹿げてる。 勝負にもならない。 お前とあいつじゃ、あっちの分が、悪すぎる。

瞬間、リツの眼が見開き吊り上がるのを見た。 
初めて見る、山猫みたいな、威嚇する獣の眼。

『分が悪いって? 冗談じゃない、いつだって、こっちは手札が何も無い。 なの、勝ち札のルツは、分が悪いって?! 冗談じゃない! あぁ、兄さんもね、ご忠告有り難いけど俄か家族の癖に兄弟喧嘩に口出さないで、』

 『だったらこれ見よがしな虐めはするな!』

 『ふ、ははは・・・なに?やだな、虐め? 子供じゃあるまいし!』

 『じゃ、なんて言ったらいい? 精神的な暴力? 』

 『あぁあ、またか!! ルツはいつでも味方を見つけるのが上手いから・・・・』

別に、どちらの肩を持つつもりもなかった。 奴らの諍いは奴らで何とかすべきだと思った。

しかし俺達は関わってしまったのだ。 俄かだろうが即席だろうが、兄弟だの家族だのと言う厄介な枠の中、ドボンと放り込まれた俺達は、鼻先で繰り広げられるそれらに見て見ぬ振りが出来なくなっていたのだ。

 『余計な事を言うつもりはない。 だけど、傍に居る者として見ちゃいられない。 あれは、喧嘩にすらなってない。 俺は、ルツの有り様を見ていられない。』

 『だから俺に説教師に来たってわけ?! 精神的に兄をいたぶるような弟を、キミテルさんは戒めに来たって訳ですか?!』

遣り合うつもりで来た訳じゃない、しかし、怒鳴るリツは切なかった。 息を切らし、ツイと片眉を上げ、下から俺を覗き込み、強張る頬を紅潮させて、リツが、偽悪的に低く囁く。

『・・・要するにルツに、惹かれてるってこと?』

あぁ惹かれてる、でも、それは俺だけじゃない。 俺だけじゃないだろ?


『それは、弟として聞くのか?』

『ライバルなら・・・ 釘を、刺さなきゃね。』


ライバル? そうか? なら言ってみろよ、お前何考えてる? 
俺を牽制して、どうしたいんだ? 言ってみろ、お前はなんだ? お前はルツの何になりたい?


『お前は、あいつの弟だ。 あいつは、そう思ってる。』

『だから何!?  わかってるさ、そんな事、あなたに云われるまでも無くわかってる、わかってるけど、だから何?! 俺はルツが欲しい、ルツしか要らない、ずっとルツだけだ。 兄さん、あなたにはテルキが居るじゃない? ルツじゃなくったって良いじゃない? どうせルツは、すぐにあなたを捨てる、ルツはすぐ飽きる、ルツはあなたに誠実じゃぁない。』

『でも俺は、そのルツが欲しいって言ったら、リツ、お前はどうする?』


どうする? 

リツが、不思議な表情をした。 それは、どこかで見た表情で。 
俺は、この時悟る。 リツは誰に似てるのか。 リツは、俺に似ているのだ。 

試みを繰り返し、ひらひらしてて、いつまでたってもちっとも満たされない憐れなミヒロを見つめた俺に、リツは、全く似ているのだ。 言葉を預け、隙間を満たそうとワタラセに依存して、期待して、離すまいとしたギリギリの俺に、リツは全く似ているのだ。

 その表情は、知っている。


――― 盗らないでくれ、傍に居てくれ ―――


必死で懇願し、しかしそれを言葉に示せなかった、ただただ願う、俺にリツが重なって馴染みの無表情に、幼い俺の幼いリツの、惨めな泣き顔が二重写しに重なった。 欲しがらない子供が居るものか。 欲しがらない子供は、どこかで我慢し、ずっと心に秘めている。


ならば、そんな子供にどうしたら良いか、俺は躊躇わなかった。 その身体を抱き寄せて、その身体の痛々しさを知った。 一瞬、強張った痩躯は、すぐに緊張を解き、溜息と鼓動とが、皮膚を伝いやけに大きく響く。


 『・・・・・同情? 』


 『いや・・・』

 『・・・・俺は、ルツに似ちゃいないよ。』

 『・・・・お前はね、俺に、似ているんだよ。』


呆れたナルシストだね と、腕の中、小さく呟きリツが震える。 遅れて巻きついた腕は、蔦みたいに必死で絡まり、吐息と口唇が触れた。 俺たちは子供のまま、既に子供ではなかった。 

飴の代わりに、体温が欲しい。 言葉が無いなら、触れ合って欲しい。


 『あなたは、ルツに似ているよ・・・』


身代わりでも代償でも何でも良かった、そうするのが唯一であった。 寂しい隙間を持つものが二人、ジレンマに身を捩り、慰め合う手段といったら他に思い付きもしないだろう。 

俺は、リツを抱いた。 リツは、俺に抱かれた。 それは水を飲むように、渇きを満たすべく、無言で速やかに行なわれたが、肌の暖かさは寧ろ切なく、乾く喉に水は滴らず、発せられぬ言葉の後ろ、膠のように空虚は張り付いたままであった。 後には一層、一人がましと思える空虚が残る。 


身体を繋ぐ事、それじゃどうにもならないのに、それはミヒロが幾度も試み失敗して来た事なのに。 だけどそうせずに要られなかった。 ミヒロもきっと、そうだったのだろう。 束の間でも触れ合う肌は温かく、伝わる鼓動は一つでは無い。 欺瞞でも、それだけは真実で、それほどに俺たちは寂しかったのだ。 



静かで騒々しいひと時を経て、湿った空気がひんやりとした。 リツがみじろぎ身体を起こし、手早く衣服を身につける。 汗ばんだ髪が額に張り付き、背を向けた身体が少し足を引き摺ってドアに向かう。 

 『・・・リツ、お前は抱きたいのか? ルツに、抱かれたいのか?』

 『・・・それは、ルツが決める事。』


ミヒロが何故ワタラセと消えたのか、何故ワタラセであったのか、少し見えた気がした。 寂しさの試みに乗ってしまっては駄目なのだ。 試みては虚しいのだ。 理屈や、お金や、拘束では満たされず、ただ寄り添う事を切望する。 それは、我儘なのだろうか。 

しかしワタラセには、それが出来たのだろう。 だからミヒロは、ワタラセを選んだ。 誘いに乗らず、ただ寄り添う、強く朴訥としたワタラセが、受け止める事が苦では無いワタラセをミヒロは選んだのだ。

ならば俺は、ルツに何を望んでいるのか。 リツに何を見たのか? 
そして俺は、ルツの為に何が出来るのか。 リツに何を知らせる事が出来るのか?



 意外なほど、フラットな日常が、過ぎる。 


リツと俺の関係は、別段変わる事は無かった。 確かに一度は身体を合わせた筈だが、以後、俺がリツに欲情する事は無く、リツがそうした素振りを見せる事も無かった。 強いて変化を挙げるとすれば、一種、共犯者めいた共感心理が生まれた事だろうか。 腹の底を探り合わずとも、もう手札は曝してある気安さかも知れない。 

俺は、リツの無表情を好ましく思う。 その下の葛藤を、俺は知っているのだ。 そして相変わらずルツは試みと、挑発を飽きもせず続けるが、確実に体重を落とし、食事の際、逡巡する箸は数えるほどしか口元に運ばれなかった。 テルキと馬鹿騒ぎする目は、ルツを追う。 追いかけた背が拒絶を示し、薄い口元の笑みが凍りつく。 

俺は挑発にうろたえつつも、その姿を痛々しく思う。 それは、以前の、擬似恋愛とは異なる。 痛々しいから、もう試すなと、そんな事しなくともずっと傍に居るじゃないかと、そう言ってやりたいのだが、俺は俺自身、いまだ支えが欲しい臆病者であった。 そして尚もリツは、ルツを、無視したままであった。 ルツはリツに何も言わなかった。 膠着する二人の間を、俺はただ、うろたえる。 


一言が何故かけられないかと苛つきを抱え、切り出せぬ朝のダイニング。 
そして、突破口は、やはり、テルキが作った。


 『リツ、も、止めような、喧嘩はヤメ! 俺、絶対ヤダ、もう見てらんない、シカト止めようぜ、な? 俺、やだよ。』


俺は新聞を読むふりをする。 リツはトーストを取分ける。 ルツはまだ降りてこない。 珍しく早起きしたテルキが、リツに切り出す。 トースターの前、テルキの言葉にリツが固まる。


『俺ね、そう云うの、苦手だよ、なんかさぁ、もやっとするよ。 な、コレ、なんかわかんねぇけど、もうリツの勝ち、な? だから止め、な?』


ハの字の眉で、番犬顔のテルキが話す。 振り向いたリツは蒼褪めて、きつい視線は憤っている。 しかし弱い、それは弱い子供の怒りだ。 だから言い返せない。 あまりに直球な、まさに子供のテルキの理屈に、後ろ暗さを抱えるならば答えられまい。 


サラダの追加を盛り合わせに来た、マキコさんと入れ違い、薄べったい身体をシャツの中に泳がせて、もう一人の主役ルツが席に付く。 マグカップを手に飲むふりをして、今朝も小鳥ほどしか胃が受け付けないのか食べる振りをしにダイニングに顔を出す。 それでも口は滑らかに、小さな毒と困惑を吐いた。 今にもポトンと花びらを散らす、瀕死の儚い美しい花。 痛々しくって強気なルツに、テルキはのんびり問い掛けた。


 『あ〜のさぁ、ルツさん・・・・結構、痩せてきてない? ここんとこ。』


リツの視線がすっと、動く。 ルツの視線がそれに気付き、ほんの少し緩んで迷う。 テルキはそれを静観しつつ、緊張感なく言葉を続ける。 ルツ、誤魔化すな。 笑って済ますな。 お前ちっとも笑えていない。 マネキンみたいなリツの顔は、嘘っ八だと、俺は知ってる。 だから笑うな、笑うなら、ルツ、お前は怒鳴れ、何が欲しいか、どうして欲しいか、お前が決めろ。


キリキリした空気の中、空気に紛れるようにリツは席を立った。 そして追うように立つ、立とうとしたルツの指先が延ばされて、薄く開いた唇は何を発したか、マグカップの珈琲が白いクロスに飛沫を描く。 

 『・・・・?!・・・・・』

声にならぬ言葉の前、崩れ落ちるのはテルキの腕の中。 追い縋る目の先には、もう、わかってるじゃないか? それがルツ、お前の欲しいものだよ。 

リツが名を呼ぶより早く、マキコさんが悲鳴をあげた。



――― イヤダ・・・・・・ ヒトリハ、モウ、イヤダ・・・・・・・・ ――― 



『家族じゃんかよ! 寂しかないじゃんかよ! 誰も一人じゃないじゃんか!!』


テルキが叫ぶ。 掠れた声、ルツの紙みたいに白い頬に、雫がぽたぽた落ちていた。 それはルツ自身のそれと交じり合い、流れ、尖った顎を伝う。 そしてテルキの低い嗚咽がダイニングに響いた。 大きな身体を丸めて泣くのはちっとも滑稽じゃない。 呪文みたいに呟いたルツ。 リツが唇を噛み締める。 ルツ、お前のは本当に呪文だったよ。 何か、解けた。 何か、動き始めた。 そして、始まったのだと思う。



俺はいつだって、ミヒロを見ちゃいられなかったが、ミヒロが壊れるのも嫌だった。 ミヒロが誰かに縋るのも嫌で、ならば俺に何が出来るのだろうと、そればかりだった。 無力な自分、所詮子供の領分でしか動けない自分に苛立ち、それだからワタラセに惹かれた。 ワタラセなら、この先一緒にミヒロを支え、一緒に歩いてくれる気がしていて、そこに俺自身も並べると思っていた。

けれど、俺は二人を失った。 
必要なのは俺ではなかったのだと、そう・・・・俺はそれが最もショックであった。 

けれど今なら理由はわかる。 俺は流れに巻かれ、溺れかけて流される子供だったのだ。 沈まぬように、自分が必死の子供なんかに、もがく大人は助けられない。 だからミヒロは求めなかった。 ミヒロは溺れる自分を担ぎ、なおかつ岸まで力強く泳ぐ、そんなワタラセを必要とした。 


そう、俺じゃない。 俺では無理だ。 担ぐのは無理だけど、だけどもならば、どうして一緒に流され、もがいてやらなかったんだろう? 助けるなんて出来っこないなら、一緒に水の冷たさに竦み、一緒に浮かび上がり、僅か、肺に送られる空気に喜び、溺れるその日まで、一緒に苦痛を分かち合う事が出来たじゃないか? 決して華々しい活躍ではなく、瀕死の溺れる子供にすら、それはきっと出来た筈。 


そうしなかった俺は、一緒に居て欲しいくせに、一緒に溺れるのは嫌だったんだろうな。 自分が最後は助けて欲しかったから、俺は土壇場で、きっとミヒロを見放しただろう。 そして侭ならぬ責任を、ワタラセに転嫁しただろう。 でも、それじゃ駄目だろう? 愛するってのは、そんなじゃない。



担ぎ込まれた病院の一室、クリーム色のリネンに埋もれ、伏せた瞼に涙を浮べ、ルツが眠る。 さらさら乾いた額に触れる。 頬は涙で湿っていた。 恋愛じゃない、しかし愛だ。 守りたい、泣かせたくない、笑って欲しい、俺はルツに、笑って欲しい。 何が出来るって? 何も無い。 幸せにしてやるなんて、白々しくって言えやしない。 

だけども俺は、一緒に歩ける。 お前が呼べば、そこに行ける。 お前の話を、聞く事が出来る。 お前が迷えば、迎えに行ける。


なぁルツ、それが俺の愛だ。 俺たちは、きっと、ずっと家族なんだよ。


                            **


その粗末な小さな灯りは、だけども一際、晧々として、風が吹き、夜が更けて、雨が降り、貴族の手向けた金無垢金剛、煌びやかな灯りが次々揺らいで消えて行っても、尚、小さく、しかし晧々と闇を照らした。 名も無き貧者のその灯りだけは、いつまでもいつまでも、闇を照らし、闇を払い、迷う者、悲しむ者の道標たる光を放った。 

                            **


        さぁ、眼を開けろ、お前が泣く事なんて一つもない。


俺はずっと、明かりを灯すから。 ずっと灯りをともし照らすから、だから、お前は怯えるな。 
決して消えない灯りをともし、一緒に、ずっと夜明けを待とう。




      そんな灯りに、魔物は竦む。



October 27, 2002





       * 長い。   しかも、なんか 、ごめん。

        * 貧者の一灯 ・・・ 募金の時、コレを言うのは、間違っている。 
          出し渋る気持ちがあり、まぁ、このくらいは、などと計算したなら、もう、それは全く違う。
         因みに、偽善者は、出し渋った金に礼を言われると、心が痛む(特に、子供数人がかりで・・)。