ドーピング**チェリィコーク 
       
       
       
                 ・・    甘すぎるのは、ちょっと苦手  ・・  だから、生きてるって、事でしょ?  ・・   
        ・・  踏み躙って遣りたくなるわ           ・・  それで御終い?           憐れなものね、  ・・   
      あぁ、厭だ、こんなところまで        ・・  もう、熔けてきたわ、忌々しい  ・・     ・・     ねぇ  ・・  ねぇ  ・・     ・・ 
       
       
       
                             わたしたち、始まりは、誰なの?  ・・   
       
       
       
      ダリアAが、クローゼットを蹴飛ばして、ダリアBが缶詰の山を、タイルの上にぶちまけた。 ダリアAは、いまや夥しい服の、色のカオスに溺れかけ、ダリアBは爪先に当たっただけの理由で、ソレを手にして、尖らせた爪をタブにかけた。  
       
      ダリアAは、出掛ける理由など忘れ、、美しい夢想に笑みを浮かべ、低く、ヴェルディのアリアを一節歌う。 ダリアBの指先は、毒々しいシロップにその半分を浸し、摘み上げたおぞましい果実の屍骸を、恍惚として、ベネチア貴族の如く、貪る。  
       
      二人には、時間など、そうは無い。 二人には、時間など、そう、待って居られやしない。 急がねば。急がねば、動脈と粘膜は、指令を放ってしまう。  
       
      ダリアAは48時間を、禍々しい快楽と、残酷をもって、疾走すべく、ダリアBは、48時間を、小脳の気紛れに任せ、情動を放棄した屍と成るべく。  
       
      ダリアAが数枚の美しき襤褸布を手に、ダリアBの頤に手を掛ける。 胎児を屠った如くのその唇を、ダリアAは尖らせた舌先で舐めあげ、胸が悪くなるような、シロップ付けのダリアBを、丹念に性急に味わう。  
       
      ダリアBは、既に点滅と混濁を来し始めた、脳髄の終焉を感じつつ、柔らかなダリアAの感触に意識を委ねる。  寸分変らぬ姿形を持ち、寸分変らぬ思考を持つ、艶かしい生き物が二匹、溶け合うようにその身を重ねる。  
       
      もう、二人に、時間など無い。 
       
       
       
      真鍮の飾り細工が、擬人化された月と星に陰鬱に絡まるその天蓋付きベッドに、豪奢なシノワズリ趣味のローブを羽織った、ダリアBが、横たわっている。 自らの死を連想し、ダリアAは微笑む。  
      悪くない、全く、悪くない。 
       
       
      狂死した女が時折話し掛けるが、お前さんらには通じまい、 
      悪夢を見るよりは、マシだろう 
       
       
      ダリアBに、そのベッドを売った、象牙の義足で優雅に歩く、イタリア人の老美術商が言う。 件の、その女は、痩躯に、裳裾を引く夜会服を纏い、先刻から、ダリアBの耳元に口唇を寄せ、熱心に呪詛を囁く。  
       
      ダリアAは、その女に欲情する自分に昂揚し、ほら御覧、と、ダリアBの胸元を肌蹴、蝋みたいな乳房にそっと歯型を付けた。  
      ダリアBに、反応はない。  
       
      こうして48時間、ダリアBは屍となる。 そして、48時間を疾走すべく、ダリアAは二つのカプセルと三つの白い粒を飲み下した。 カプセルは、赤と青。 
        
       
       
      鮮やかな水草色の手帳を開き、そこに記された十数人を選考すべく、ダリアAは街頭の喧騒にその身を紛れ込ませて行く。  
      すれ違う者らは、一瞬の不穏と、憧憬と、畏怖を感じる事だろう。  
       
      美とは往々にしてそう云うものだ。 持たざる者には脅威でしかない。 
       
      持ち得る者は、諸刃のそれを、己の采配次第で攻撃もしくは防御として用いる。  
      無論、ダリアAは、前者。 
       
       
       
      オフィス街の一角、大理石のエントランスで、顎の割れた初老の男と、きっかり15分談話する。 男は、自らを 『うさちゃん』 と名乗り、チルディッシュな仕草で、ダリアにキャンディーを強請る。  
      ランクY。 有効。  
      毒々しい黄色を口腔内に放り込んだ男は、満足げに、数十万を振り込むだろう。  
       
      歩道橋の袂、待ちわびた若い男は、自作の詩を朗読し、昨日までの分だから、と綺麗に整列した火傷の後を見せ、ダリアAの胸に涙をにじませる。  
      ランクX。 まだ未知数。  
      近く、男は 『聖母』 と名付けた自作の粉末を手に、現れるだろう。 多幸感と世界没落感を交互に出現させるそれは、ダリアらの作業の、大きな助けとなる。 
       
      輸入雑貨の洒落た店内、憂い顔の女が、スープ皿を選びつつ、息子との関係を誇らしげに語る。 ココに、居るのよ、 と、下腹を撫ぜ微笑む。 その、愛しげに触れた手が、ダリアに小切手を渡す。  
      ランクY。  
      秘密とは、共有してこそ甘美。 
       
       
      そうして、順番に、上段から下へと、ダリアAは、規則正しい公平さで逢瀬をこなす。 残り二人目に会ったのは、34時間経過した、高架線下の路上であった。  
       
       
      指定の時間通りに訪れたダリアを、男は濁った眼で迎える。  
      男の足元に散らばる夥しい煙草の吸殻と、アルミのタブレットシート。  
      連れて行ってくれよ、 と男はダリアAの足元に跪き、うっとりと眼を伏せる。  
      ランクZ。  
      ここより始まり、終りでもある。  
       
      ダリアAは、男の頬を、ほっそりした白い手で包み、幼子に母親が施す仕草で、油染みて悪臭放つ、その頭蓋を愛撫する。 見計うように、黒いバンが路肩に滑り込み、嘴のようなマスクをした眉の無い男が、音も無く男に忍び寄り、その首筋に、5ccほどの液体を注入する。  
       
      ダリアAは男に囁く。   
       
       
      『大丈夫よ、貴方は愛に包まれるはず。 』 
       
      男の濁った瞳が一瞬見開かれ、涙が溢れる。  
      そして、瞼、頬、口元が、ランダムな痙攣を来たし、道化のように、クルリと上転した眼球に、笑いを堪えて、ダリアAは、男を転がす。 嘴男は、手馴れた所作で、転げた男を袋に詰めて、バンに乗せると走り去った。  
       
      かつて男は、その爪先で、妻の眼球を一つ、奪った。  
      かつて男は、泣きじゃくる子を、灼熱の車中、置き去りにした。 
       
       
      男は、今夜、綺麗に小分けされ、愛に包まれて海原を渡る。  
      病む幼子の、死期迫る母の、希望の糧とし、その生を終わる。  
      愚かな屑の、聖者たる末路。  
       
      ダリアAは、軽い痺れを前頭に感じ、急がなければと、作業に戻る。  
       
      急がなければ。 
       
       
       
       
      ダリアBは、混沌の中、軋む関節の、悲鳴を愉しみ、目覚めと蘇生のまどろみに歓喜する。 部屋の奥、白い、猫足のバスタブに、梔子香る、湯を泡立てる。 やがて、市松模様の扉を開ける、僅かにふらつくダリアAを、癒すであろう、馥郁たる湯の香に、そこで施す愛撫を想い、満足する。  
       
      46時間20分。 もう、そろそろであろう、もう、限界であろう。  
       
      まだふらつく身体をバスタブの縁で支え、次の調合をせねば、と、ダリアBはデコラティブな調剤棚に向かう。 
       
       
      舌打のような金属音が3つ続き、ドアロックの解除がされる。 と、ドアは開け放たれ、禍々しく美しいダリアAの、幾分憔悴した姿が滑り込む。  
      ダリアBは、ダリアAに、瞬きで問い掛ける。 
       
       
      『好きになさい。』 
       
      ダリアAは、エナメルの靴先で、それを蹴り遣る。 それは男。  
      車椅子に乗り、こざっぱりとした服を着た、若い男。 男は焦点の合わぬ目を、てんでに固定し、薄く開いた口元から整列した歯並びが覗く。 その行儀の良い歯の向うで、悪戯な小蛇のように、ちらちらと舌が動いている。  
      それで在りながら、男の股間は限界までいきり立ち、ズボンの薄地を持ち上げ、淫靡な染みを広げつつあった。  
      車椅子の背に、名の知れた病院の文字。  
       
       
      『それは、借りたの。 そいつは、拾ったの。』 
       
      言いながら、ダリアAは、身に付けた物を次々床へと、放り投げ、最後に7つのピアス、それだけ耳朶に残し、バスタブの泡にその身を沈めた。  
      大きな深い長い、溜息。  
      ダリアAは、側頭部の鈍い痺れと、四肢末端の軽い麻痺を、知覚しつつある。  
       
       
      柔らかな泡が飛沫に揺れ、ダリアBの裸体がダリアAの足元に沈み、ペディキュアの爪先で、泡に隠された乳首を擽る。 ダリアAはその爪先を手繰り寄せ、バスタブに支えられつ、二人の距離を縮め、もぐりこませた腕、繊細な指先で、ダリアBの粘膜を弄ぶ。  
      小さな悲鳴と淫蕩な笑み。  
      そうして二人は、暫し、梔子の香りの中、愉悦を堪能する。 
       
      『いつもより、早く痺れがきたわ。 34時間35分。』 
       
      『身体が馴染んだのかしらね。 えぇ、少し配合を変えてみるわ』 
       
       
      最早、ぼんやり立ち尽くすだけのダリアAの身支度を、ダリアBは 
      手早くこなして行く。  
       
       
      『甘いものを頂戴。 噛まなくてすむ、胸焼けするくらい甘いもの』 
       
      ダリアAのローブの紐を軽く結び終えると、ダリアBはクリスタルの大鉢に、毒々しいシロップフルーツを流し入れ、ダリアAに勧める。 ダリアBは、そこに指先を浸し、痺れるほどの甘さを貪る。  
       
      チェリーコークが飲みたいと思った。  
       
      それに染まる、気味の悪い自分の舌を想うと、その舌でダリアBと舌を絡ませ合ったならどんなだろうと、愉しくなって声を上げ笑った。 
       
       
      大鉢を傾け、忌わしいシロップを啜り、薬杯に分けられた、錠剤をそれで流し込むと、先刻脱ぎ捨てた美しい襤褸布で口唇と指先を拭った。  
       
      もう、時間がない。  
       
      ダリアAは、既に点滅と混濁を来し始めた、脳髄の終焉を感じつつ、天蓋付きのベッドへと、緩々緩慢に身を横たえる。 視界の端、床に転がった裸の男にまたがり、優美に身を捩るダリアBの、芸術と云うべき背骨の配列にうっとりとした。  
       
      その美しき映像を最後に、ダリアAは、48時間の屍となる。  
       
       
       
      ダリアBは、散々使った挙句、見苦しい男の身体を軽く蹴る。  
      いきり立たせたままのそれは、哀れだ。 
      屍と化したダリアAの胸元に告解するように、陰鬱な夜会服の女が伏している。  
       
      それは、私のよ。  
       
      ダリアBは実体の無い女の間に滑り込み、項にひんやりとした怒りを感じつつ、ダリアAの肌蹴た胸元のそこに、そっと歯型を付けた。  
      ダリアAに反応は無い。  
       
       
      ダリアBは48時間を疾走すべく、二つのカプセルと三つの白い粒を飲み下した。 カプセルは、黄と紫。 
       
       
       
       
      車椅子の男を連れ、選考作業へと向かう。  
      日の昇り切らぬ早朝、緩やかに長く続く坂の上、ダリアBは、そっと車椅子の背を押し出し手を離す。 緩慢に男が坂を下って行く。  
      薄暗がりに白いシャツが紛れたのを確認して、ダリアBは、先へと歩を進める。 
       
       
      水草色の手帳には新たな選考対象者が3人。  
      横線で削除され末尾Zが二人。  
       
       
       
       
      急がなければ。 48時間など、あっという間だ。  
       
       
      そう。 瞬きより長く、死を迎えるよりは短い。 
       
 
 
 
      August 8, 2002 
       
           
           
       
            
      * ミムラ様  「壊れ暴走レズ」   
         
             厳密には、ダリアらはレズビアンではない。  
         
             例えるなら、アートマン(自我・固体の原理)とブラフマン(宇宙意識・宇宙の根本原理) 
             二つが融合する事で、生死はその束縛を放たれ、解脱へと向かう。 
       
               ・・・     或る、美しきラヴァーズへ捧げます。 
       
         
        
                     
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