** 恋愛自転車操業  **


                        #6. アナタはボクらの輝ける星


           シャカシャカと盛大に泡を立てると不意に思い出す。
           あの懐かしい輝ける青春、虹色に煌めく我がソープ時代を・・・



と、ノスタルジーに浸るミルルは噴き出す額の汗を袖口で拭った。 ハンドソープは、誰もが知っている大手メーカーの人気商品だった。 どこのスーパーでも見かけるありきたりなソレが、何でだろう、どうしてこうもソープ&ヘルス御用達のローションにソックリな香りなのか。 開発者の私生活を疑わずにはおれないミルルだった。 

 「案外あたし、客で相手してたりして・・・・」

それもまぁアリだとしよう。 あの商売も今の商売も、みんな人の縁で繋がっているとミルルは思う。 その繋がりの延長にホクジョウがいて、自分がいて、不本意ながらあのタクヤも居るのだ。 そう、タクヤも線の上に並んでいる。

正直、ホクジョウと自分が男女の関係を結ぶのは、恐らく生涯無理なんじゃ無いかとミルル自身チョッピリ思っていたりもする。 ホクジョウを愛してるのはホントだし、どうにかなるのも吝かではない筈なのだが、いざとなると掛かってしまうブレーキ。 それが何なのかミルルにも良くわからなかった。 ただ、そう・・・ソレはしない方がきっと良いよ・・・・と言う漠然とした心の声。 そしてもう一つわからないのは、はっきりライバル宣言して敵だと断言している筈のタクヤの存在だった。

 「なぁんであたし、日和ってるんだろう?」

日々突っかかってはいる。 オドオドされるとモキーッとなるし、ホクジョウとコソコソしてるのはまこと忌々しく目障り。 あんたは線路の上の小石ッ、邪魔なのよ邪魔ッ! と、言葉にも行動にも出し切っているミルルなのだが、タクヤと過ごす自分、一緒に生活し始めてからの自分は何故だか、以前より肩の力が抜けているように感じるのだった。

気楽? ラフ〜ッていうか何で?


 「ミルルちゃぁ〜ん・・・頼むよォ〜」

風呂場からの声に ハーイ と返事をして腰を伸ばす。 カトウ(妻)は先週ぎっくり腰になり、一人で風呂に入る事が出来ない。 週二でヘルパーが入って、間は近所に住む次男嫁が援助に来ているが、両者の都合がつかぬ時はミルルの出番だった。 風呂だのシモだのには余程、縁があるらしい。 こうして風呂に入れ、トイレに連れて行き、掃除洗濯といった家事をしてほぼ半日を過ごす。 無論一人でする訳じゃない。ミルルは(妻)担当、その他の家事プラス暇を持て余すカトウ(夫)と碁を打ち、世間話で場を持たせるのはコンビを組まされているタクヤの仕事だった。

年の割に肉付きの良い背中をリズミカルに擦っていると、窓向こうの庭先からカトウ(夫)のセコンドで高枝鋏を操る、いかにも危なっかしいタクヤの声が聞えた。 そう言えば、この家は真ん中なんだなとミルルは気付く。 繁華街にある事務所から真っ直ぐにゲーセン韓国人パブ、アパート二件を突っ切ればここの家があり、更にここの庭から住宅三軒を突っ切るとナカヤマ家のマンションへのショートカットが完成する。 尤も、余所ンちの塀を乗り越え、庭や店に侵入してまで急ぐ用事も無いだろうけれど。


 「ふふふ、ミルルちゃん、タクちゃんが心配でなんないんでしょう?」

 「ヘッ?!」

不意打ちの質問に、手桶を取り落としうろたえるミルル。 にんまり笑う老女は、ぐわんぐわん転がる桶をハイとミルルに差し出すと、


 「あんた、最近お姉さんの顔してるよ、可愛い弟が心配でなんないしっかり姉さんの顔だぁ、」

そう言うカトウ(妻)は言葉に詰まるミルルを背中越しに振り返り、仲良しでイイねぇと暢気に言うのだった。 ・・・ 仲なんて良くないし、しかもあたしのが年下だし、 ・・・・ けれどミルルは、何故かそれを口に出して主張出来なかった。 タクヤなんか可愛いとも心配だとも思った事なんか無い筈なのに、そう言い切る事が憚られる感じがした。

そうして無事入浴を済ませ、すっきり身支度を整えたカトウ(妻)を待って、一同タクヤの作った昼食を前に丸い卓袱台を囲む。 良い匂いがする具沢山の汁が、皆の椀によそわれた。 


 「夜の分までありますから、暖めなおしてくださいね?」

タクヤがミルルの前に一味を滑らす。 


 「ホッとするねぇ〜」

カトウ(夫)がほうと溜息を吐き、妻の手元におかずの皿を寄せる。 
温かい汁は腹の底に染みる味がした。 

何となく、こう云うの団欒かなァとミルルは思った。 何となくなのは、経験が無いから。 実際なんてわからない。 でも団欒・・・あぁそうだ、タクヤの居る生活と云うのはそう、団欒の匂いがするのだとミルルは思う。 家族がホッと一息を吐く団欒の匂いが、他人の集まりである自分とホクジョウの生活に、タクヤと一緒に流れて来たのだった。 タクヤを切り離せない躊躇する自分、それはもしかして団欒を手放し難く思う自分なんじゃないだろうか?

その時、玄関のチャイムが鳴った。 

ハイよ〜とカトウ(夫)が立ち上がり、ガラガラと引き戸を開ける音が聞こえる。 暫くして閉まる音がして、戻って来たカトウ(夫)の手に握られていた茶色の小さな紙包み。 


  「これ、誰か置いてったよ。」



                                  * *


重ねた古タイヤの上、猫背気味に座る男は実に美味そうに煙草を吸った。


 「イヤ・・・もう、馬鹿な事しましたよね・・・なぁにやってたんだか・・」

洗いざらしの作業服には機械油がこびり付いている。 


 「・・・ご存知でしょうけども会社、辞めたんですけよね・・・・というか、クビになる前に辞表を出したというか・・・・。 だけど自分、ホッとしてるんです。 負け惜しみ言ってる訳じゃ無いですけど、こうして真っ黒になって働いてるとすっごく疲れるんですよね、ぐったりです。 ・・・でもねぇ、良く眠れるんですよ、眠れます。 可笑しいけどあの頃、今より全然疲れて苛々して死にそうだと思ってたのに、自分、全然眠れなかったんですよね。 何なんでしょうね?」

油は煙草を摘む男の指にも入り込み、ひび割れた爪先を真っ黒に染めた。 だがホクジョウには、それが汚いとは思えなかった。 汚くなんか無い。 それは汗を流し、身体を使う尊い労働の証。 男が真っ当である事の証。 

この男じゃない・・・この男はもう以前とは違う・・・・

ホクジョウの中で、一連の卑劣な行為と男が繋がらなかった。


 「彼女にはすまない事したと思います・・・・申し訳ないです・・・」

「や、こちらこそ蒸し返すようで申し訳ありません。」

あぁ違う。 コイツはなにもしていない・・・・。 

ならば丁寧に謝り、ここを後にすべきだとホクジョウは会話の区切りを捜す。 が、男は穏やかに続けた。


 「弟にはもう死んでくれと言われました。 顔も見たくないって家も出ちゃって。 自分、コンナンなっちゃったのを許せないらしいんです・・・・」

苦笑する男は、ホクジョウを見つめ 「彼女に何かあったのですか?」 と言った。 


 「あぁ・・・あのですね、」

およそ一年半前からの中傷文、昨夜投げ込まれたビデオ。 ホクジョウは言葉を選び、男に自体のあらましを伝える。 男は眉根を寄せ、厳しい表情で話に耳を傾けている。 黙する男にホクジョウは頭を下げた。 あらぬ疑いをかけていた非礼を詫び、蒸し返すような事をしてしまって済まないと伝えた。 


 「あなたが無関係なのは、こうして話していてもわかります。 嫌な話しをしてしまって許して下さい。 もうこれで失礼します。 」

 「あの、ちょっと、待って下さい、」

男は立ち去ろうとするホクジョウを呼び止める。 


 「や、えぇ帰ります、ホントにお仕事中、急に押しかけて失礼致しました。」

 「待って下さい、違うんです、」

固い、厳しい表情をして男は言った。 

 「違うんです、聞いてください、あの、自分、心当たりがあるのです。」


男はホクジョウに、配達された中傷文を見せてくれないかと頼んだ。 ホクジョウは折り畳んだそれをポケットから取り出し男に渡す。 男は数枚の紙を暫く眺め、 やっぱり・・・・ と呟く。


 「・・やっぱり?」

言葉を繰返すホクジョウに男は言った


 「弟です。   あなた方に、彼女にご迷惑をかけたのは、多分、自分の弟です。」



                                  **


 ガサガサと掻き回すそこは、みるみるカオスの空間を広げた。

積み上げられた書類、取り敢えず束ねただけのファイル、未整理のまま次々お菓子の缶に突っ込まれたレシート・領収書の一山。 砦のようなデスクの前、果敢にも引出しと言う名のハテナボックスを探索するミルルは、在る物を捜している。


 「 ・・ミルルさぁん、なにか俺、手伝う事とか、」

 「何もしないで頂戴」

見守るだけのタクヤ。 何かを探しているミルル。

たしか、ここらに突っ込んだ筈だ。 今でこそホクジョウのアレコレに占領され何が何だかになっているこの机は、当初ミルル専用の事務机だった。 じゃーココ使ってよー とホクジョウに言われ、確かにここにミルルはしまったのだ。 あれを。 あれを入れてあったスケジュール帳を。 どこだ? どこ? どこ? どこ?


 「あったッ!!」

 「何?」

肩越し覗き込むタクヤの鼻先で、ミルルがヒラヒラしているのは小さな紙切れ。 角の擦り切れた名刺。 満足げに唇の端を吊り上げ、携帯を取り出すミルル。 ピピピと、素早くプッシュされる数字。


 「あのぅ、どこ掛けてるんですか? その名刺って、」

 「元ストーカーんち」

 「え?」

 「最初は客だったのよ・・・いつでも連絡してくれって、名刺に自宅電話までメモッてくれちゃってさ、    あ、もしもし?」


タクヤはミルルが受け付け嬢ボイスででっち上げる 『クラス会のお知らせ(亡きクラスメイト ナカバヤシ タクヤ君を忍んで)』 を、複雑だなァと聞いた。 すらすらと舌先三寸、巧に情報収集するミルル。 美味い事聞き出すなとタクヤは感心しきりだが、ふと、名刺の元ストーカー=ミルルの客=あぁもこうもミルルとヤリマシタ! な、リアルにもほどがある事実に気付き愕然、イキナリ奈落にまッ逆さまの転落。


 「え・・と、S区ですか?」

呆然とする耳に飛び込むのは、我が街の名。 見ればミルルの表情が硬い。


 「エーそうなんですよ、主人の実家が近いもので、エェ、うちは**町なんですが、あらまぁ奇遇ですねぇ! ハイ、ハァイ、えぇ存じてます・・・」

強張る表情のまま、ミルルは言葉のみ愛想良く会話を進め、ピッと切断した瞬間 急がなきゃ とタクヤの腕を掴む。


 「ど、どうする」

 「走ンのよッ!」

 「どこへ?」

 「マンションッ!」


バタバタ飛び降りるように下る階段、通りを斜めに突っ切り、閑散とした昼間のゲーセンを突っ切り、オモムロ飛び込む準備中のスナック、カーラーを巻いたままの店主にどうもォ〜と片手を上げ裏口から出て、路地の隙間を縫い、スピードを落とさず駆け抜けるカレーの匂いと演歌が流れる安アパートの中庭・・・・と、見覚えのある今さっき枝を切り落とした柿の木のあるカトウ家の庭先、


 「アァンタたち、どっから出てきたのォ?」

未だ昼食中のカトウ夫妻に、 「すぐ戻りますぅ〜」 と二人で手を振って。
仲良し偽姉妹は手を繋ぎ、さらに塀越え庭を抜け、


 「も、もう息が・・・」

 「まだ止まっちゃいないわよッ!」

瀕死のタクヤをどやし付け、一気に駆け上がる外階段。 


 「ま、待って、ココなんですか? だったら静かに歩かないとあの、ガミガミ君に、」

 「そのガミガミ君に会いに行くのよッ」

 「・・エッ?!」

一階、二階、三階、ズラリ並んだドアの前を走り、その中程、半端に開いたままのドア。 


        ―――  勘違いするなッ! 

剣呑とした怒号が漏れるそこへ、迷わず侵入するミルル。 

その背に続けば、意外な面子の集結に息を飲むタクヤ。 立ち尽くすホクジョウ。 低く言葉を吐き出す男。
その足元に這いつくばる男。

這いつくばる男に近付き、ミルルがピシャリと言い放つ。


   「あたしは、いッつも満足して眠れるわよッ!」



                               **


薄く開かれたドアの向こう、驚くほど何も無い部屋だった。

呼び鈴を押して出てきた男はホクジョウの顔を見るなり、薄く開いたドアを乱暴に閉めようとする。 だがすかさずホクジョウは、閉まろうとするドアの隙間に靴の爪先を押し込み 「話しをしようぜ?」 と言った。 


 「お、おい落ち着けよアンタ、とりあえず話しくらいさせろよ? なァ、」

 「かッ、帰れッ、帰れぇッ!  け、けけ、警察呼ぶゾォッ!!」

男はドアノブを、グイグイ力任せに引く。 ドアの縁を掴むホクジョウは、そうはさせじとこじ開けるようにして拒む。 と、その時、後ろに立つもう一人が言葉を発した。


 「・・・ユウタ、」

ドアを引く男がビクリと固まる。 


 「みっともないだろ?」

瞬間、男の顔がクチャリと喧嘩に負けた幼児のように歪んだ。 

まるでベソをかく寸前のような顔をした男。 ドアノブを掴む男の指がズルズルと滑り落ち、だらりと両脇に下がった。

もう一人の男は告げる。


 「・・・・おまえ、なのか?」

ベソ掻き顔の男が、小さく口を動かす、


 「おまえ、なんだな?」

男は、もごもご口の中で言葉を転がして、 だって・・・ と言った。


 「だ、だってあんな奴、屑じゃないかッ! 薄汚い恥曝しの、社会の屑じゃないかッ! 」

 「ッ野郎、」

ホクジョウが男の脇の壁をダンと蹴った。 わたわた後退りする男は、尚も口汚く罵る。


 「そ、そら、下等な奴はす、すぐ暴力に訴えようとするだろ? 理性が無い証拠だ、あの女の仲間だもんな、あんな奴の為にちゃんとしてた人間が迷惑するなんて許せないよ、だから罰を与えなきゃ駄目なんだ。 だってあんな奴の為に・・・・ッ・・・?!」


腕を振り上げたホクジョウよりも早く、もう一人の手の平が男の頬を張る。 
もんどり打ち這いつくばる男は、信じられないという顔で自分を殴った男を見つめる。


 「兄さん?・・・・・」


兄と呼ばれた男は、弟を殴った手の平を苦しい表情で擦った。 

 「勘違いするなッ! 御大層な理屈並べて人を屑呼ばわりして、薄汚い恥曝しはおまえの方だろッ?」

 「ぼ、ぼくは」

 「・・・ 俺も、最低な屑みたいな事をした。 馬鹿な事をしたと思っている。 でも、だからと云って俺は自分の今が嫌いじゃないんだ。 俺は今一生懸命になって毎日過ごす事ができる。 ボロボロに疲れてもホッとして眠る事が出来る。」

畳み掛けるような言葉が、静かに部屋の空気を冷やす。


 「・・・だが、おまえはどうだ? おまえは毎日一生懸命になって何かしているか? 満足した気持ちで眠れるか? コソコソ人の目を避けて非常識な事してるのは、他の誰でもない、おまえじゃないか?」

二度、三度、口を開いては閉じ、へたり込んだままの男が唇を震わして、そして


       「あたしは、いつも満足して眠れるわよッ!」


突然、割り込んで来た返答。 


息せき切らして走り込んできたミルルと、その後から顔を出すタクヤ。 思わぬ主役の登場に、ピンと張り詰める空気。 


 「あのォ・・・えと・・・大丈夫でした?」

声を潜めたタクヤがホクジョウに問う。


 「・・なんだかな・・・只今、世紀の兄弟対決中だよ・・ところでやけにタイムリーにどっから来た?」

 「・・・・最短ルートです」


ミルルは兄と呼ばれる男の顔をちらりと見て、お久し振りねと言った。 
そして這いつくばる弟の足元に立ち、ゆっくりと、子供にお話しを聞かせるような口調で言う。


 「いい? あたしは一つもあたしの事を恥ずかしいとは思っていないの。 むしろ、頑張った自分は何て輝いてたんだろうって、今もそう思えるの。 それをあんたが心の中でどう思おうと勝手だけど、だけどあんたは一度でも、心から他人を喜ばせてあげた事がある?」

ひょいと腰を折り曲げて、ミルルは俯く男に顔を近づける。


 「あんたは自分の全部を使って、誰かの為に何かをした事ってあるの?」

男が小さく息を吐いた。

床についた指先に力が入り、深爪した指先がフローリングをガリリと引っ掻く。
心持ち眉を上げて諭すように話すミルルは、どことなく駄目な子を叱る母親のようにも見えた。 

返事はまだ、無い。 


 「・・・・・無いならもう、黙ってるのが良いと思うわ。 自分が空っぽな癖に人の事言うのってみっともなくてつまんないから、そういうの、それこそ恥晒しだと思うんだけど、」

男の唇がわなわなと震えた。
しかし言葉のない弟に代わり、ストンと膝をついたのは兄だった。


 「申し訳ありませんでした!」

 「に、兄さん・・・?」

額を床に擦りつけるようにして、兄はミルルの足元で何度も謝り続ける。


 「自分ら兄弟のせいで、何度も、長い事、どれほどの御迷惑をかけてしまったか・・・・・許して下さい・・・申し訳ありません・・・すみません・・・すみません・・・申し訳有りません・・・・・」

嘘のない悲しい謝罪。 繰返す悲痛な言葉。 いつしかそこに嗚咽が混ざる。 

兄の謝罪に重なる嗚咽。 

嗚咽する弟が、額を床に擦りつける兄に覆い被さる。 


 「・・ぜ、全部、自分がしました・・。 だから、兄は悪くないんです、兄は違うんです・・」

兄を守るように被さる弟は、初めてミルルを真正面から見つめ、掠れる声で 「申し訳有りませんでした」 と、言った。 

そして、兄は下げた弟の頭を床に押さえつける。 二人は土下座する頭を、いつまでも上げなかった。 兄弟は、そうして頭を下げ続けた。 お腹空いたからじゃぁね と、ミルルが立ち去るまでずっと、二人で、頭を下げ続けた。 



                                 * *


 「あと一分!」

小さなモニターを六人が囲み、カウントダウンするタイマー表示を固唾を飲んで見守っている。 12の目玉は瞬きも忘れ、ただその数字のみを見逃すまいと凝視していた。 誰かがゴクリと生唾を飲む。


 「ア、上がったッ!」

残り20秒を切り、パチリと変わった表示。 
さぁどうする? このまま? このままか? このまま決まりか?

                      10、9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・・


 「終了ッ!! ウッソォ? 八万九千円ッ?! 凄いよッ!!」

よぉし! とホクジョウが親指を立てた。 

凄い! 凄い! を連発するタクヤは散歩に飛び出た子犬のようにはしゃいでいる。 呆然とするカトウ(夫)の背中を車椅子のカトウ(妻)がトントンと、気付けに叩いた。 やァだホントぉ〜? ・・・と、頬に手を当てるナカヤマ母を覗き込み、 あたしを抓ってみます? とミルルが笑った。


ビデオをネットのオークションに出そうと言ったのは、他でもないミルル自身だった。 色々あって、手元に集まった二本のビデオ。 モノがモノだけに皆で観賞という訳にも行かず、ならばそう、換金して分ければ良いじゃないの? とミルルは二家族に提案した。 


 「自分で言うのもアレだけど、これ、マニアの間ではすっごいレアらしいの。 特に一本目は数作んなかったから幻扱いされてるって・・・・」


そうしてオクに掛けられた二本は二巻で3万円という高飛車なスタートにも拘わらず、じわじわと値を吊り上げ、ついにはほぼ三倍の高値にまで吊り上り、一同見守る中、無事取引終了。


 「〆て八万九千円。 ナカヤマさんとカトウさんで四万四千五百円ずつね?」

 「いや、でもミルルちゃん、」

 「いいんです。 今回の事ではやっぱりあたし、ご迷惑かけてしまったなと思うんです。 だからこれはその迷惑料と、あとは・・・・・・これって、あたしが自分の生き方を後悔してないって言う決意みたいなのがあって、それであの、単なる自己満足かも知れませんけど、ナカヤマさんにもカトウさんにも、是非、あたしの気持ちですから受け取って欲しいんです。」

そう言って、 「お願いします」 と、ミルルは頭を下げた。 

下げた頭の天辺を、カトウ妻がさわさわと撫でる。 
優しい皺皺の手はミルルの頭を撫ぜ、深く優しい声が静かにのんびり言うのだった。


 「あんたは素敵な娘さんだよ。 あたしが知ってる中でも、ホントに、一番の素敵な、気持ちの良い娘さんだよ、」

ありがとう、とミルルが小声で優しい老女に言う。


 「俺にしたって、ミルルは自慢の相方だしな?」

おどけたホクジョウの口ぶりに、ミルルの表情は綻び、


 「俺は最初からずっと、ミルルさんが好きです。」

まんまと流れに乗ったタクヤ一世一代の告白に、ミルルは」


 「あたしもよ。」

と答えた。 

      イッツ ミラクル!! 

瞬間、タクヤの脳内にて、白い鳩たちががグルグルと青空を旋回し 「アリガトウ! アリガトウ!」 と、感涙に咽ぶタクヤを100人の善良な小人がソォレソォレと胴上げする映像が流れ、


     「あたしもみんなが好き。 ずっと好き。 だからずっと、ヨロシクね。」


煙りのように消えた。



                    * *


 「さぁて、本日は朝のチビッコ送迎がミルル、俺はザボンの知り合いのゲイバーに絨毯剥しに行って来るから、そのあとタクちゃんと合流して犬当番、そんで犬送り届けるのが俺で、昼飯はミルルと一緒に事務所で弁当、んでタクちゃんはイデさんちで爺さんの魚拓コレクションを整理するの手伝ってついでに飯作って一緒にランチ。 そのあとチビッコ回収のミルルと合流してナカヤマさんちで子守り+夕飯三家族分・・・コロッケ喰いたいッて双子からの伝言があるぞ?」

読み上げるホクジョウに、タクヤは二杯目のコーヒーを勧める。

相好を崩すホクジョウは、やめりゃ良いのにタクヤの顎下を仔猫にするみたいに擽る。 


 「危ないじゃないですか!?」

危くカップを取り落としそうになり、キャンキャン噛み付くタクヤ。 


 「ソコッ! 朝からイチャイチャ目障りなのよッ!」

すかさずミルルの罵声が飛び、キヲツケで固まるタクヤ。 エヘラ笑いで誤魔化すホクジョウ。 

だけど、ミルルの目は笑ってる。 

ミルルはホットサンドウィッチを食べている。 ゴロゴロしたポテトサラダが詰まってて、マスタードが効いたそれは、ミルルの大好きなメニュー。 タクヤが、ミルルの分だけ作る、取って置きのメニュー。


さて、如何です? 

小僧はこんなにも小娘が好き。

小娘はオッサンが好きだけど、しょげてる犬みたいな小僧はパシラせたいほどに好み。

そして、願わくば生涯小娘の傍に居たいと切望するオッサンは、隙あらば小僧を抱き締めたいと機を狙い、そんな冷や冷やする駆け引きを、どこか愉しんでいる自分が信じられないと嘆く小僧。


    ねぇ、お願い。 キミは僕の輝ける星だから、どうぞ諦めないで、ずっと諦めないで、
    このまま漕ぎ続けるボクらのサイクリングはまだまだ当分終わらないから。 


    サイクリング*ヤッホ〜!!



                        じゃ、またね!!





December 16, 2004











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  * 小娘とオッサンと童貞小僧の三角関係  ・・・・  というお題で書く。