ファンタジスタの人生 《12》 オマケのそれから・今・未来 編






   で、


 絶品蜜豆食べて、再び庭探検して、豪華なランチと夕食頂いて、ゲームして、試しに 「一緒に風呂入ろう!」 言ったらキョドりつつ断られて。 
風呂上りに小泉自ら剥いたウサギ林檎食べてたらギュウッときて、チュウされて、めろめろになったら押し倒されてあれよあれよと。 
いや違うし、あのデカイベッドじゃねぇよ、ソファーだよ。 
愉しくゾンビ映画見てたら、あの野郎。

 やはりというか何というか小泉はチュウが巧くって、それは想定内だったけども問題はその質っていうか内容っていうか。 
意外で予想外で存外な小泉のチュウは情熱的で強引で、ぶっちゃけすっごいエッチなんですけど、なぁこのムッツリ! 
あー図らずも、まんまとガッツリ喰われちゃうのか思った俺だったが、そこは任せておけ。 
目には目を歯に歯を、コイツのツボなら既に鷲掴みだ。


 チュウの息継ぎに、ハァと酸素を取り込みつつ 

 ―― いいか? ヨシわかるか? 実はこう見えて俺はウブで身持ちの硬い、仔ウサギみたいにキュートな娘ッ子なのだ…… 

 と自己暗示をかけて―― メンタルに効くボディブロー 儚くふるふる震えつつ 「いや」だの 「こわい」 だの 「待って」 だの。 
脅威の清純派カワイコちゃん仕様で煽り、拒み、発情する彼のささやかな紳士心に巧みに働きかけてはケツの貞操をクリティカルにガード。

 ストップ! 即チュウ、即エッチ! 

 程好い抵抗を交えて視覚に訴える、我ながら薄ら寒い 「ヘルプ! 乙女のピンチ」 作戦だったが、敵もさるもので 「大丈夫」 だの 「平気」 だの根拠の無い甘いセクシーヴォイスで口八丁手八丁。 
挙句 「麻生はなんにもしなくて良いから、全部、僕に任せて?」 だとよ、ヨッシャまぐろ上等!!
お前どんだけテクニシャンのつもりよ? 


 つけっぱなしのゾンビ映画の絶叫をBGMに、攻めの小泉、防御の俺。 
あーダメだダメだ、うなじとか背骨とか脇腹の下のへんとかさ、俺もう駄目だ、凄く弱いんだ、弱いっていうかキュゥ〜ンと、キュゥンっていやぁ乳首すげぇ、日頃存在を忘れがちなあんな地味な子が、ココゾというときゃなかなかやるモンだよ、まさに性感帯の女王。 

 などと明後日の俺は冷静だが、事態は刻々と逼迫しつつアリ。 
スリル・スピード・エロティック。 
ジュワッと滲み出る百戦錬磨の片鱗、テキパキ脱衣され行く流れを変えんと、深夜の攻防は熾烈を極めたものの、最後の砦、陥落寸前MYアナルにリーチが掛かったところでもーイカン、


 「はッ、初めては夜景の綺麗なホテルのスウィートでクリスマスの夜に、泡風呂入って、生ハムとメロン喰って、ピンクのドンペリ開けてっからシたいようッ!」 

 血を吐くが如く、魂の叫びが炸裂。 

 涙目上目使い、逞しいカレにしがみ付いての 「ね、お願い?」 のコンボはある意味諸刃とも危惧されたが、盛ってもジェントルマン。 
種馬紳士こと小泉にバブリーな我侭ロリ愛人モードは有効だったらしく、 『引けぇ〜ッ、引けぇ〜ッ!!』 納豆をビックルで流し込んだような顔をした無念の小泉軍が全軍撤退する様を、パンツ一丁の俺はギリギリのヌルヌルで見守ったのだった。 

 セーフ! 愚息よグッジョブ、良くぞ洩らさず耐えた……。
 
 そして無念の魔物を小泉がどうにかする時間を与えるべく 『俺、ちょっと風呂場に忘れ物したから』 と席を外して遣る気の使い様。 
やれやれ。 
タンとセルフで抜くが良い。 
廊下のヒンヤリに熱を冷ますのは俺も同じ。 

 まぁ、ぶっちゃけ、今ヤル事を来月に伸ばしたとかそんだけなんだけど、俺にもそれ、覚悟が必要だ。 
嫌じゃあないけども。 
そう、嫌じゃないけど用途と手段に不安が残るっていうか、ふと後ろに回して触れてみる己の慎ましいそこ・・・・・無理無理無理無理ッ!! 
切れるだろう? 
切れないまでもこうズコズコされたら飛び出たりして、うわ男殺し脱肛地獄! 恐ッ!! 
だって奥さん見ましたか? 
いざ行かんとするムスコさんの、あの脈打つ禍々しさを! 


 そんな波乱万丈、土日一泊の予定が、ある意味計画的犯行。 
連休なのを良い事に、翌日月曜朝までの延長連泊へと速やかに企画変更する小泉。 
こう云う時、家が隣りというのは嫌だ。 
着替えも荷物もすぐそこ。 
あーそろそろ親心配するから…… ッてうちの親は一つも心配してないし。
 「んもータッちゃん、ゆうちゃんにあんまり迷惑かけちゃダメヨー」 などと、およそ小泉家には似合わないパンチの効いたゲソ揚げだの、お徳用ハッピーターンを持たしてくれる程度に親公認。 
結果、これといった帰宅の切っ掛けも掴めず、快適は快適、結果ズルズルと行ったり来たり。 

 以降、3日に一回しか家に帰れない 『エンドレスお泊り会』 続行中の俺。 
お蔭様で、すっかり小泉家の準レギュラーとして和み、今や顔パスの屋敷内フリー。 
使用人の皆さんとだって、超仲良しと言っても過言じゃない馴染み様。

 ストーカーその1だったマッチョの伊藤さんと競馬談義で盛り上り、ジジイの凄い演技で俺を圧倒した庭師の桂さんに囲碁を教わったり。 
時には働き蜂のような岸さん(謎のセレブ主婦)の使いッぱになってホールの電球の玉を替え、コックの松方さん(半泣きパン屋)に纏わりついては押しの弱さにつけこみ、厨房のハイエナの如く、豪華な摘まみ食いの恩恵に預かる。 
そんな俺は、とことん人見知りをしない男。 

 件のワンマンな親父さんとは未だ会った事がないが、まぁ会った所でおっかなそうだから得意のアメリカンジョークは通用しねぇよなと残念に思う。 
けども、それ以外のみんなは優しくて、親切だったから俺は嬉しい。 

 そんな俺を見て小泉は幸せそうだった。 
ふんわり、暖かい空気を纏って、幸せそうに見えた。


 「ニヤニヤしてんならお前もなんか手伝え!」

 松の剪定をする桂さんの梯子を支える俺は、働かない馬鹿旦那にガツンと言ってやったが、当の小泉は人面でもない鯉に優雅に餌を巻きながら、ただただ暢気に笑っていた。 
ずっと、笑ってた。 


 そんなふうに、穏やかで幸せな小泉と相変わらずの学園生活を送り、弁当食ったり、馬に餌やったり(子馬が来やがった……)、変な行事に振り回されたり、俺も非常にハッピィに過ごした。 

 だが、時にはアクシデントも盛り沢山。 
 所によりチョビッとだけ不穏。


 例えば、普段行かない場所にわざわざ連れて行かれた末、いきなり二人で倉庫に閉じ込められたり、やけに低姿勢な暴漢に襲われたり、ペンキ塗ってるオッサンがハシゴごと倒れてきたり。 
そうそう冬のスキーキャンプでは何故か出発時間の変更が俺たちにだけ伝わらず、冷暖房完備のロッジに小泉と二人きりで取残されたりもした。
 『寒くない?』 『眠っちゃダメだよ、麻生ッ!』 って小泉は盛り上がってたけども、ここ暖房効いてるし、わざわざ一枚の羽布団に包まらなくても別に寒かないっていうか、馬鹿だな、夜は眠いんだよ普通に。 

 そうしたアクシデントに遭遇する度に、妙に間の良過ぎる、或いは周到過ぎる小泉が何か仕出かして何か発見して、結果まんまと事無きを得るのがセオリー。 
些か無理のある吊り橋効果で益々、めでたく互いの絆を深め合ったりする俺たち…… か?

 ホントにめでたいよ。
 もーなんでも企ててくれよ、全部付き合ってやるから。

 斯くも策略に満ち、かつ平和。 
小泉は相変わらずの俺中毒だし、俺無しではマジで生きてけないだろう。 
俺はそんなのが心地好くて嬉しくて、とっくに友情越えした今となればもう、スキンシップ多目の付き合いにもノープロブレムの寛容さ。 
ドンと来いだぜ? 臍上までは。 

 だからクリスマスの晩に、予定通りの展開があったとしても、やはりというか言霊取られたとか、スカッと男らしく観念する他にあるまい。 
非常に不本意ではあるがな。

 それにしても、いやー世の中色々だね。 
俺もまだまだだよ。 
まだまだ青い青い、すまん、ヒヨッコと呼んでくれッ、だよ。 
なんかもう当分 「ママの顔なんか見れない…… 」 って感じでさ。 
奴への認識が新たになる経験でもあった。 

 なんてな、当事者の俺がシミジミ回想出来る訳ねぇだろうッ?!

 ガァァ〜〜〜ッ! 畜生ッ、小泉の奴ッ! 
ヘタレの癖に、脳内乙女な癖に、ハチ公の癖に、あんな時ばっか雄のフェロモン大流出しやがって、妙にねちっこくて手馴れてるのも癪っていうか、生意気っていうか、意外にヤリチンって言うか


 「麻生、気持ちいい?」

 とかなんとか、既に二回ばかり昇天してそれどころじゃない俺に、ゾクゾクする声で訊いといて、


 「きッ・・・・きもち、ぃいようッ、」

ッて生真面目に答えてヤッてンのに、あの野郎。 

 急に切羽詰った顔でゴメンとか言いながら、ガバァ〜ッて。 
そっからか? 
このタイミングでそっからアクセル吹かすかよッ?! 
まさに鬼畜の大車輪。 
しゃぶるし、摘まむし、グリグリするし、なにせ小泉はアレで粘着だから、もう勘弁言っても恐るべし集中力をもって拡張作業を続け、あぁ昔の人はツルッパシ一本で山にトンネルを通したか・・・・・・・ って逃避もほどほどに。 
仰天リアル人体の不思議だよ、あんなところにあんな禍々しい凶器を、俺凄い! 
ビバ俺の肛門! 括約筋大活躍!

 けど、キッチリ入ったからってイイ気になんじゃねぇよ。 
コッチは不慣れな初心者なんだよ、内臓ズレるかと思ったよ。 
だいたいな、おまえはどこの男優だよ? 
俺が身体柔らかいからって、インドの世界遺産みたいな性の奥義でもやらかすつもりなのかよ、つか体位のバリエーション多すぎ、そりゃ自慢か? 
夜の発表会か?

 あまりの御無体・荒業に心身の危機を感じ


 「あぁんッ・・・も、もう壊れちゃうっ・・・・」

 忌々しくも逞しい背中を引っ掻きつつ、弱音を吐いた訳だが、図らずもなにかこう、何度目かの変なスウィッチを入れてしまったのだろう。 
そこで駄目押しのビッグウェーブ到来。 
とんだ寝室の波乗りジョニーだ。 
情け容赦の欠片すら無く、搾りッカスの俺を更に二回三回力技でイカせるコイツはヘタレの皮を被った鬼畜だと思う。
 ンだよ、屁たれ小泉の癖にゴムつけかえんのも超早いし、天晴れセーフティーセックス。 
だから嫌だ、セレブのヤリチンは。 
マジ、死ぬかと思った。

 ところでヤリチンといえば、そもそも始まりっから素人じゃない。 
用意周到し過ぎ。 
どんだけこの人、計画練ったんだろうね。 
初っ端サクサク俺のこと剥いといて、いざ全裸。 
したらば唐突に、冷えるとイケナイからって枕の下から靴下(レモン色・手編み風ルーズモコモコ)が出て来たのには度肝抜かれたっつーか、呆然としたっつうか、意表突かれ過ぎて抵抗するタイミング逃しちまったじゃねぇか。 

 だいたいだな、冷えるもナニもてめぇが脱がしといて、かつこれから仕出かそうお前がソレ言うな。 
全裸に靴下とかマニア過ぎて怖いよ、しかもそれお手製とか言うなよ? 
畜生、念願叶ってそう言うプレイか? 
ふざけんな馬鹿ッ! 
気付けばしちゃってたじゃんッ、まんまとそういうプレイを、俺の馬鹿ッ! 

 てか、枕の下から出てくるのは普通ゴムだろう? 
百歩譲って前の晩に仕舞い忘れたAVのジャケ、ちなみに 『vs 俺』 のこの状況下ならばコソッとローションあたりが出て来てアァア ―― 色々わかってらっしゃるのね・・・・―― と思うくらいだけども、でもな、靴下は無しだよ、無しだろ? 
しかも高確率でハンドメイド臭いっていうのも、激しく減点対象だよ、失格ッ、失格ッ!!


 「…… ばッ、馬鹿野郎ッ、マニアめッ! ムッツリめッ! 男前の癖に、ボンボンの癖に、レトリバーに似てる癖に、畜生ッ畜生ッ、 
小泉の癖にッ、初めてのホモセックスなのに憧れのスウィートなのに、選りによってこんな靴下プレイは嫌だァ〜ッ!! 」


 イカされ、乗せられ、引っくり返されてブラックアウト数回。 
臍から下は別感覚を味わった事後、あんあん言い過ぎでガラガラになった声を振り絞り、怒鳴り散らす俺を、どうか誰も責めないで欲しい。 

 そんなキーキーいう俺を、蛹みたいに巻きつけたシーツごと抱き締めた小泉は、ごめんね、ごめんね、と口先ばっかり謝って、その癖にんまり蕩けそうな笑顔で見つめるのだった。 
幸せぇ〜〜〜ッて顔で。




   まぁ、いいか。
   まァいいよ、だってコイツ、そういう奴だもの。



 こうして、ずっと、過ぎた。


 小泉は乙女妄想を秘めつつ着々と、企業だの組織だのをその肩に背負う準備を進め、俺は小泉プロデュースの数々のイヴェントに乗せられたり踊らされたりしながらも、暢気に充実した学生生活を送る。 

 ところで俺はあれ以来、小泉秘密工房へ足を踏み入れてはいない。 
けれども多分、今も密かにフル稼働しているんだろうと思う。 
アアアとウンザリするアレとかコレとかは勿論、俺の気付かなかった妙な企画や妄想シナリオがきっと、そこでは破竹の勢いで生み出されているのだと思う。
でも俺は、それに触れるつもりはない。 
あれは小泉の柔らかい部分だ。 
剥き出しで柔らかいところには、無闇に触るもんじゃぁない。 
だいたい、そんなのは直で言わなくたって良いのだ。 

 何より奴は、それを知られたくない節がある。 
知られたくはないが、認めては欲しい。 
ヒーローで居たいけども、こっそり乙女なのッ☆ってか? 
とんだ我侭野郎だ、しょうがねぇな、小泉。

 けども、そんなもんだろう。 
わかっていれば良い。 
俺が、ちゃんとわかっていれば良い。


 だから、たまぁに 『知り合いに作ってもらった』 と云う手作り小物を小泉が持って来たとしても、俺は言葉そのまんまに受け止めて サンキュ! と言うだろう。 
そうしてすかさず  ―― 『知り合い』 とやらに礼を言ってくれ、そして厚かましいが今度はこういうのが欲しいのだ ――  と、実際欲しいかどうかは微妙なイニシャル付きセーターだとか、わりに欲しかったリアルなタモリの似顔絵が刺繍されたクッションカバーだとかを依頼し、相好を崩したり困惑したりする小泉を眺め、やがて小泉経由でブツを受けとり大喜びして見せては、誇らしくも照れ臭い小泉の微笑に目を細めるのだった。 

 まァさすがに、二人でぐるぐる巻けるマフラーを貰った時は着用にあたり2日ばかり躊躇したが、けれども結局しょげた犬みたいな小泉に負けた俺は、こっぱずかしい有り様でその冬を過す。 
我ながら、実に献身的だと思う。 

 素晴らしく愉しい毎日だった。 
満ち足りて無邪気な毎日だった。 

 有り難い事に学校はエスカレーターだから、俺たちは大学までをマルッと一緒に過す事が出来た。 
だから、それは普通よりもずっと幸いなのだと思う。 
そして、大学卒業と同時に俺はネトゲで知り合ったゲーマー仲間と会社を立ち上げて、小泉は院に上がった途端にアメリカ留学をしたり、初の公のお仕事としてどっかの企業を買収したり。 
学校という安全地帯から出されて、互いに忙しくなって、俺たちは今までの様に始終引っ付いては居られなくなった。 

 だが、心の距離が広がることはなかった。 
離れたからこそ、互いを大事にしたい気持ちをより意識するようになった。 
やがて俺がかつての親父の様に、汚くなったり風呂に入らなくなったり胃に穴が空いたりしながら手掛けた エロゲー 【ハートきゅるるん☆乙女学園ピュアエンジェルズ】 通称 【ピュアエン】 が、コアなエロゲファンはもとより一般ゲーマーの間でもじわじわ人気を呼び、自転車操業だった事業もひとまず軌道に乗った、25歳の秋。 

 後にゲーム業界では 【ピュアエン系】 などと呼ばれる事になる、果てしない王道乙女チックに拘ったシチュ、ターゲットを落とす為に張巡らさなければならない巧妙かつ馬鹿馬鹿しい策略と、踏襲せねばならないマニアックな伏線。 
そして目玉のエロシーンにおけるゲロ甘で容赦無い鬼畜っぷり 
―― これらはつまり俺の実体験に基づくものであり、言って見りゃ小泉妄想に感謝せねばならないのだが、これは本人の預かり知るところではない。 
無論、知らせるつもりもない。

 そんな小泉本人も、この頃、人生の分岐路にあった。 


 生粋のサラブレットと呼ばれて世間の目を集め、経済界の寵児として己の道を突き進んでいた小泉だったが、その内側には相変わらず、優しくて繊細な乙女を住まわせて危い均衡を取る。 
俺には信じ難い事だが、世間は奴を非情でダーティと評した。 
目的の為には手段を選ばず、身内すらも踏み台にする冷酷な企業戦士。 
うわ、それどこのひと? 
もー想像の限界越え。

 けども、それが小泉のもう一つの顔だった。 
というよりも、寧ろそちらがメインといっても良かったのかも知れない。 
何しろ俺の知っている大型犬小泉は、俺しか知らない小泉なのだから本来レア中のレア。 
だが、そのたった一つの小泉こそが、本当なのだと俺は知っている。 
俺だけが知っている。 
生き馬の目を抜くような世界にあって、奴は或る意味勝者であったけれど、だがそれは表面上のこと。 
その内側に眠る乙女は、奴が社会での勝者になればなるほど虐げられ、次第に深く静かに傷ついていったのかも知れない。 


 その時、小泉が戦っていたのは実の父親と伯父だった。 
マスコミは連日、小泉家の入り組んだ確執をドラマティックに、生臭く、面白可笑しいフェイク交じりに報じて、リアルじゃ見た事の無かった厳しい表情の小泉を俺はテレビの中で頻繁に見る事になる。 
小泉家のことだから、報道規制はした筈だ。 
が、してこれだけだ。 
だから俺に関しての衝撃暴露が出て来ないのは、奇跡というよりも恐らく、小泉はそこにこそ最も財を投じたのだろう。 
俺はそれを有り難く思い、そしてより一層、痛々しく思う。 
奴には俺だけなんだ。 俺しか居ないんだ。 
唯一とは斯くも切ない。

 だが、小泉の母親に関しては違った。 
それは小泉家にとって過ぎた事なのか、割り切った事なのかわからないが、マスコミは幼い子を残して急死した母親の事をああでもないこうでもないと取り沙汰し、屋敷じゃ見た事もない 『親しい知人』 らは冷酷な父親と母子の関係をまことしやかに語るのだからプライバシーも何もありゃしない。 
中には随分酷い報じ方をしていた所もあったらしいが、まさに死人に口無し。 
死因にまつわる 『疑惑報道』 と、背景を憶測する二時間ドラマみたいなコメンテータとやらの『推理』。 
ほっといてやれよ、今更だろう? 
そっとしといてやれよ、もうイイだろう?


 俺はそうした情報を、あえて取り込まないようにした。 
俺だけは、目の前の小泉だけをみようと思った。 
この目で見て聴いて、判断すべきだと思った。 
だから疲れた顔をして眠る小泉のデコッパチを  『辛抱しろよ?』 『もうちょっとだぞ』 『明けない夜などないのだから』  と、さわさわさわさわ撫でるのだ。
賢くて優しい犬みたいなこの男が、ゆっくり休めるように、少しでも笑えるように、ネタと萌えを駆使した俺は努力を惜しまないのだ。 

 あぁ、サンタコスと猫耳でクリスマスを祝ってやった時は涙ぐんでいたなぁ。 

 …… 駄目だ麻生君、僕、もう萌え死ぬかも知れない・・・ 

 などと泣きながら、小一時間に及ぶ一人デジカメ撮影会を開催され、気迫の篭った小泉プロデュースでポーズを決める俺は、なんつーかもう三十路近いのに上目遣いで親指咥えちゃったりしちゃってもー勘弁。
似合う似合う言われても信じ難いというか少々微妙だったよ。 

 けれども事態はなかなか終結しなかった。 
性質の悪い事に、己の不調を自覚できない小泉は、欠けた何かを補うかのようにオーバーワークを重ね、足掻き、げっそりと痩せた。 
留学中でさえ隔週で無理矢理帰国していた小泉なのに、その頃は寝に帰るだけの部屋でたまに俺とエンカウントするだけの、希少動物並みに顔を見ない日が続いたりした。 
俺はそんな小泉の肉の落ちた背を擦り、抱き締め、 『大丈夫だ』 『おまえは頑張った』 『もう充分だから休め』 と寄り添ったものだが、だがそれでも次第に小泉はグッスリ眠れなくなり、食べれなくなり、ますます俺を手放せなくなった。 

 仕事以外の小泉は、ただ俺に触れていた。 
さながらぬいぐるみを手放せない三歳児のように、俺に触れていた。 
そしてチョットでも俺が視界から消えると、おろおろと棒立ちで途方にくれた。 
と、同時に部屋が荒んできた。 
何処がとは何がとは云えないが、掃除が行き届いてない訳でもないのに、ふんわりした居心地良さが薄れ、どことなく殺伐とした、冷えた空気が流れる様になった。 
俺はピッタリ閉ざされた壁の、その向こうにある小部屋を思う。 
あ、乙女が死に掛けてる・・・・・何故かそう思った。 
そしてそれはそのまま小泉にとって、内面の死であるように俺には思えた。

 おい、それって、ゾッとするじゃないか?

 俺は幽鬼のようになった小泉を放っては置けず、また、俺への依存がより病的になった事も心配で可能な限りの仕事を在宅に回し、同居同然に小泉の部屋へ拠点を移す。 

 その提案をしたのは単に、そうした流れだったからだと思う。


 「なぁ、もーさ、俺ら一緒にちゃんと住もうぜ?」


 小泉のコンディションは戻らないし、始終引っ付きたがるから離れたところには行けない。
実家が隣りだとはいえ、荷物を持って始終行き来する居候生活に、俺はいい加減不自由を感じていた。 
持ち込みで出来る仕事にも限界がある。 
俺んちの自分の部屋ならともかく、十分な設備がここにはない。 
かと云って全部ここに運ぶとかは、いっくらデカイ小泉部屋でもちょっと無理。 

 だったら互いの都合の良い場所にマンションでも借りて、一緒に住んだ方がずっと楽だろう? 
そう思ったからそう言った。 
なにより同居してれば、顔だけはしょっちゅう見る事が出来る。 
互いにずっとそこに居るとなれば、小泉だって安心かも知れない。 
いわば物理的な距離を縮め、お互い合理的に生活する手段であり、他意はなかった。 
だが、小泉にとってこの提案は、少し意味合いが違ったらしい。


 「あ・・え・・・・ほ、ほんと? 麻生君ホントに? 本当にいいの?」

 キョトンとした顔で俺を見る小泉の目が、 瞬時に 「どんより」 から 「きらきら」 へと劇的に変わる。


 「おう。 お前俺に引っ付きっぱなしだし、ゾンビみたいに土色だし見ちゃいらンない。つか、ここンちにも段々俺のもんが増えてきちゃったしさ。 
だったらいっそ、お互い仕事し易い所に家探して住もうぜ? ま、贅沢言わなきゃ、ちっちゃくたってかまやしないだろ?
狭いながらも楽しい我が家ってな?」

 「・・・・だよねッ・・・・うん、うん・・・・・我が家・・・・だもんね?・・・・・」

 瞠目して、何だかフルフルしてる小泉に、たかだか同居に大袈裟な、今だって同じだろう? などと思いつつ、


 「んーだなぁ・・男二人だからねぇ、マンションでいんじゃねぇの〜? あ、収納はタップリ欲しいけども〜」

 などと意見を求めていた俺だが


 「あ、有り難うッ! 有り難うッ麻生ッ、嬉しいよ…… 僕、僕もう思い残す事無いくらいに嬉しいよッ!」

 グワシと俺を抱き締めたまま、ヤッター! とグルグル回る小泉の喜び様には、ちょっとドン引きだった。 
つか、思い残しとけよ、これからの生活くらいはよ。

 けれど十分思い残す事のあった小泉ドリームを、俺がフルスロットルで突きつけられるのは数日後。 
二人の通勤にも便利な都内庭付き一戸建て 【麻生・小泉邸建設計画】 の青写真を差し出された俺は、浮かれる小泉の本意に気付くのだった。


 「ふふふ・・・・まさか麻生君からプロポーズされちゃうとは思わなかったけど・・・・でも、新居と指輪は僕にプレゼントさせてね?」

 小泉バイオリズムは一気に急浮上。 

 メンタル面絶好調の奴に、俺が一体、何を言えよう? 
しかし一つだけ思い立ったので、言っておく事にした。


「あのさ、新居な、すっごい乙女チックにファンシーにメルヘンにして欲しいんだけど。」

 「・・・・な・・・何で? ・・・だって、」

 いぶかしむ小泉だが、これだけは譲れないのだ。


 「なんでもなにも、俺は今空前の乙女チックブームなんだよ。 カントリィで、アンティークでロココで、キラッキラのフワッフワのひらひらの。 
しかもそれをライフワークにするつもりだから、お前も気合で協力して欲しい。 
カーテンはレース、屋根には真鍮の風見鶏、庭には真っ赤なツルバラを植えて、白いパンジーが咲いて、仔犬の横にはお前だ。 
わかったか? そういう家に、俺は一生住みたい。」





   だから、俺はこれで良いのだと思っている。



          * *


 半割りにした手作りマフィンの半分に、トロトロのスクランブルエッグを乗せ、もう半分には甘酸っぱいルバーブのジャムを乗せて、どうにもパンてのは俺的に菓子なんだよなぁと思いつつモシャモシャと食べる。 
お椀みたいなドンブリには、フレンチローストの深い味、ミルクたっぷりのカフェオレ。 
籠に盛られたお取りよせのマンゴーは、そろそろ食べ頃だった。 
ふと見るテーブルクロスは新作だろうか? 
四隅に花を散し、枝葉を絡ませた木苺の刺繍の入ったリネン。


 「あッ、あ…… それね、知り合いが作ったんだけど、麻生が好きそうだから譲って貰ったんだ」

 俺の視線を読み、一瞬目を泳がせた小泉が答える。


 「へぇすっごく好みだ。 繊細な刺繍が洒落てるね。」

 棒読みにならないように答える。 


 「そう、そうなんだ! それ、古いフランス刺繍の図案集から写してきたもので、手法も詳しくは書いてないし手探りだったんだけど、
一番厄介だったのは色指定無いし、当時を再現する色合わせが難しくって……    って、その人言ってたよ?」

 「うん、素敵だ。 揃いのランチマットやティーコゼが欲しいくらいだ」

 かつて一度だけ見た秘密の小泉工房を想いつつ、そう答えた俺に


 「わ、わかった、すぐだよ、すぐにそれ作って貰えるように僕から言っておくからっ!」

 満面の笑みを浮かべた小泉は、誇らしげに言うのだった。 



 あれから、俺は乙女チック大好き男として生き、小泉はそんな俺に協力する良き恋人としてココロとカラダのバランスを保つ。 
ソイツはもう、抜群のコンディションだった。 
企業は小泉の手によって飛躍的な成長を遂げ、飛ぶ鳥落とす小泉財閥は、一昨年、ダースベーダー的小泉父が事実上引退してからも翳りを知らない。 

 そんな成功者小泉としがないゲーム会社経営の俺は、常時SP八人に守られながら、たまに暗殺されそうになりながら、こうして郊外の一戸建てに仲良く暮らしていた。
愛とスリルのホームスウィートホーム。 
小泉家には、まだまだ俺の知らないダーティーな部分があるらしい。

 そうしたあれこれも含め、問題は山ほどにあった。 
そもそも俺の存在が問題。 
存在自体がスキャンダル。 
なにせ俺らは事実婚に近い同性婚。 
軸のズレた俺んちはともかく、お前一人息子だし将来どうすんの? と訊いた事もあった。 
だが小泉曰く、会った事の無い腹違いの兄弟が何人か居るから大丈夫 とのこと。 
彼らの存在ゆえに、厄介ごとに巻き込まれる事もあるけども、 『ごめんね?』 少しだけ苦い顔をして言う小泉には、それ以上聞けなかった。 

 ましてや、こう言われたらもう、俺の出る幕ではない。 


 「麻生は何にも心配しなくていいんだよ? 大丈夫。 僕が守るから。 ずっと、安心してて良いから。」
 

 なので、言われたそのままに俺は心配しないことにした。 
そこは俺が気にすべきところではないのだ。 
小泉が蹴りをつける問題で、俺に出来るのは信じて、寄り添い、待つ事だけなのだから、小泉が世間から俺を守り、俺は小泉の中の乙女を全力で守る。
 上手い事いっている。 
それで充分。 
それで良い。 

 そして実際に、奴は何かをしたのだろう。 
間も無く小泉は多忙になり、幾つかの何かを手放し、少し精神的に不安定になり、再び立ち直って急に暢気になった頃にはSPの数が半分に減った。 
失ったものが、どれだけ価値があるのかなんて俺は知らない。 
ただ、それ以上の価値を小泉が俺たちの生活に見出してくれたなら、素直に嬉しいと思う。 
だから、俺は、俺で在り続けようと思う。 
周囲に惑わされてはいけない。 
小泉自身をちゃんと見て、考えて、自分の五感を頼りに判断して行こうと思うのだ。 

 尤もそれ以外にも、人生は凪のようには行かず、次々に問題は山積みだ。 
だが、いちいち悩んでいちゃ、米寿越えの長生きなんかは出来ない。 
俺らの目標は共白髪、年金暮らし、日のあたる縁側、腹を出した犬、不細工で太った猫、良い匂いの焙じ茶だ。 

 だからまぁ、とりあえず。 

 そう、とりあえず目の前にあるそこから片付ければ、ひとまず先には進めるだろう。 
 それはもう、これまで何度も実証済みなのだから。



 「ねぇねぇ麻生、今度纏まった休みが取れるんだけど、あのね、イギリスの知り合いが別荘を貸してくれるって言うんだ。 
貴族の別宅だったっていう、湖のほとりのすっごく可愛いお城でね〜」


 庭が騒がしくなり、大きなレトリバーが一匹、茶パツの男に連れられて乱入してきた。 
犬はすぐに大きくなる。 
ふにゃふにゃした仔犬でいたのは僅かだが、いまや頼りになる家族の一員だ。 

 そして犬を引っ張る茶パツの男は原さんという。 
かつて情報収集だの裏工作だの、小泉家に於いて、どちらかというと汚れ仕事を請負って来た原さんは、ホントはとっても生真面目な人だが  『仕事柄、便利なコスプレですよ』 などとチンピラスタイルがすっかり板についた、あの 『ストーカーその2』 の人だった。

 ほうと息を吐き、啜り上げたコンソメは薄味で美味い。 
目の前の笑顔は、すこーし老けたけどかえって男の凄みがでて、今だって欠点なんか一つもない。 
俺一人の為に蕩ける優しい目を向ける、愛すべき男の顔だった。



   「楽しみだね」

 小泉が言う。


   「楽しみだね」

 俺が言う。





 本当に、楽しみだ。

 ずっと、ずっと楽しみなのだ。











                                                  October 4, 2008













 *ファンタジスタの人生*12. 完結                       









   読んでくださってありがとう。