** 続*星ヶ丘ビッグウェーブ   ますらお奮闘編    **



                #4. いつでも夢を  〜 おバカさんの王道 〜



     ―― そうしましたら熱したフライパンにサラダ油大さじ1を入れて、ハイ、崩れないように真ん中に、
     ここで塩コショウ、そうです、中までジックリ火を通して行きましょう。 

             ・・・・ こ・・・・焦げる・・・・・・


 「カァノちゃんッ!」

 「ぅおをッ!?」

目覚めればオッパイ。 

スコンと抜け捲くった空、チャポチャポ揺れる船、どうやら寝てたらしい俺は変な夢を見てて、夢から醒めれば目に猛毒のケメ子。


 「泳ぎなよォ〜、なに寝てンの?」

覗き込む前屈み。 至近距離のケメ子及び心臓破りのビキニから目が離せない俺。 あぁ目が離せない。 がしかし、それは俺ばかりでなく、ザバァと船に上がるケメコを追いシンクロのように動く野郎どもの視線。 わかってるよ、おまえらポロリ目当てだろ? 目を擦り擦り、さり気に視線を外す俺。 

貼りつくようにカサカサする喉。 水飲みたい・・・。 


 「アー・ ・・俺、寝てたか?」

 「良く寝てた・・・・」

野太いアンサーに振り向けば、ご、ゴリチン。 

ケメコはシュノーケルを外し、ゴリチンの傍にに腰を降ろす。 煙草を咥えたケメコ。 サッと火を点けるゴリチン。 ソリャ逆じゃねぇのと思ったが、まァ好き好きだろう。


 「カノちゃん愉しんでないみたいでさァ〜」

 「なんかだるいんだよ」

 「な〜によぅ、元気ないじゃ〜ん?」

スチャッと足を高く組むケメコ。 隣りには石原軍団風サングラスをかけた、咥え煙草のゴリチン。 ナンてか、心と身体に悪そうなカップル。 胡座を掻くゴリチンはトランクス型の海パンを穿いている。 と、するとそこ、その股間が噂の 『ゴリチン』 か? と思うと、これまた気が気ではない俺。 

ボンヤリ黙り込む俺に、ゴリチンがビールを 飲むか? と差し出す。 
有り難く受取る俺に あ、と何か気付いたケメコが顔を寄せ、


 「・・・ふふふ・・・もしかしてぇ、カノちゃんハネムゥン満喫ぅ?!」

と囁いた。


 「チッ、ちげぇよッ」

だったら嬉しくて死にそうだよ。


 「え〜だって3日目じゃん」

そう。 グアム三日目、明後日の早朝にはココをサヨナラする俺たち。 


だが俺の状況はまるで進展なかった。 多忙なハラダを余所に、日がな砂浜で昼寝して、夜はオコチャマ時間に早寝。 むしろ国内に居た時の方がハングリーだった。 ここ来てからというもの牙が取れ、この勝負の地で座敷犬のように安穏としてしまっている不甲斐ない俺。 今も、シュノーケリングに大盛りあがりする面々を子守唄に、隠居した漁師のように船でお昼寝しちゃってる始末。


 「ねぇ〜カノちゃぁん、明日・明後日で帰るんだよ〜?」

ケメコが眉根を寄せる。 


 「しょ、しょうがねぇだろ、なんかこう、調子出ないんだよ。」

 「えぇ〜? 意外にヒヨワ〜」

アーそうですよ、ヒヨワですよ。 全くその通り、そう言われても仕方ない程度に俺は不調だったから。 腹は相変わらずシクシクして、下りゃしないが常に渋っている状態。 日に焼けたせいかも知れないが、微妙に熱っぽいような気もする。 だけど、どれも半端だった。 具合悪いです と、言い切るには何となく・・・。 

そのように、俺の不調は休むまでもない半端な不調だった。 だるい。


と、その時バチャッと顔に掛かる豪快な水飛沫。 空より濃い色の海の中、ヒラヒラ片手を上げるのはシュノーケルをつけたハラダ。 ヒョロリとしたハラダは、あれで案外丈夫に出来てるらしい。 パシリ三昧の合間を縫い、散歩に行き、ビーチで寝転び、泳ぎ、それなりに愉しみ多い南国のバカンス。 


 「カノちゃんシッカリぃ〜」

ケメ子のエールを受けるが、シッカリしようにも、こう・・・・

残り一日半、半端なまま終わるンじゃないかなァと思えた。
そしてまた、ポチョンと綺麗に潜って行くハラダをを、俺はボンヤリと眺めた。 



果たして四日目。 
朝起きたら、もうハラダの姿はなかった。


サイドテーブルの上に 『ロクタさんに呼ばれた』 のメモがあり、しばらく待ってても戻らないから、一昨日買ったヨーグルトを冷蔵庫から出して食べた。 喉が渇いたから飲み差しのビールを勿体無いからと飲んで、ぶらりテラスに出る。 攻撃的な陽射しは容赦なく、俺の覇気を奪う。 

結局、昨日も俺は超早寝をした。 それでも、ハラダが風呂から出るまで起きてようと努力はしたのだが、ベッドに座ってたのが悪かったのか気付いたら既に明け方だった。 ちゃんと布団に入ってるのを見ると、ハラダが苦心して突っ込んだのだろう。 やっぱ、この計画失敗。 ダメ。 ダメなのに、俺はなんだか別にガッカリではない。 まァ気にすんなと俺は俺に言ってやる。 気にすんな。 

不調で余裕が無いからなのか、暑さでナンか溶けたのか俺は今、ある意味最低限の欲だけを持ち、それに満足しようとしている。 ハラダとの関係も、あぁもしたいこうもしたいと欲を出せばきりがないが、今の俺はこの状態に、二人で過ごす気楽でのんびりした時間に概ね満足していた。 ッて、ココで満足しちゃダメなんだろうか?

一時間くらいして、ハラダは戻った。 動き回りながら、でも何だか品良くジャムパンを齧り、薄いコーヒーで流し込むハラダは俺をビーチに誘い、グアムの定番とばかりにらは出掛けたが、もう一つの定番も健在。 間も無くヨネダさんが若い男とハラダを呼びに来て、ハラダは「チョッと」と言ってチョッとどころでなく席を外すから、俺はいつも通り一人でウトウトとした。 俺はこの四日間で、小麦色を越して煮出した麦茶色へと変色している。 焼きすぎた身体はカッカと火照り、ただでさえ暑い日中、より暑苦しい俺。 唇の皮がむけた。 ふとボブたちの事を思い出し、御土産にあのスーパーで売ってた派手色マシュマロを買おうと決めた。 

そうして午後は一同バスに乗り、土産物ツアーに出掛ける。 当然、ハラダはショッピングアドバイザーとして引っ張りだこの大人気。 で、遣る事も土産買う金も無い俺は、集合場所の吹き抜けの周囲をブラブラと歩き、ショッピングモールから戻った三時過ぎ、まだ日の高い海岸通をハラダとスーパーに向かった。 クラクラする夏の午後、或いは眩暈でもしてるんだろうか、道路がうねうねと揺れた。 やっぱ不調。 重力を二割増に感じ、ハラダの少し後ろを歩く。

そんな風にして、あまりに起伏無く、冴えず、一日は終る。 
終ろうとしている。 


相変わらず食が進まない俺は、早めの夕食をハラダと台湾料理の店で簡単に済ませ、そうして早い時間にシャワーを浴びた俺らは、テラスのデッキチェアーにぼんやり座り、禍々しいくらいの蕩ける夕日を眺めた。


赤黒い空、濃紺に変わる海、蕩けて沈む巨大な夕日。 


 「・・・なんか、すごいな、

ハラダが言う。 動かない横顔を、夕日が染める。


 「やっぱさ・・・・来て、良かったな・・・・ 。」

薄く微笑む唇。 

そうだな、来て良かったな ・・・と、言おうとした俺は言葉が出ない。 

湯上りのせいかボーッと頭にモヤが掛かるような浮遊感がして、喉の奥に絡まり、出て来ない言葉。 
でも、ハラダはゆっくり瞬きをして、今度ははっきりと笑った。 

俺はその時、心から 「来て良かった」 と感じる。 
こんな風に、ハラダと過ごせるのは幸せだと思う。

ハラダがこちらを向いて、 「カノ、」 と俺を呼ぶ。


 「カノ、」

絡まったまま互いを縛る視線。 

ハラダ、と名を呼ぼうとした声は、掠れて上擦るから。 
もう一度呼ぼうとした俺を見つめたまま、ハラダが立ち上がり近付く。 
そしてヒョイと、俺の膝に跨った。


 「お、」

 「・・・・海からしか見えない・・・・」

しっとり重ねられた唇。 キュッと巻きつけられたハラダのしなやかな腕。 
後ろ頭を優しい指が弄る。 啄ばむようなキスに始まり、侵略するキスへ。

なんか、これは、この展開は覚えが・・・・ 


重なる胸と胸、境界を無くす鼓動、俄かに上昇して行くハラダの体温。
なのに俺はされるがままだった。 
抱きしめる事もせず、ボーっと浮遊感の中、ただされるがまま・・・

ていうかオイ、このチャンス、子の千載一遇を俺は、俺は、俺は、アーなんかクラッとキてる、クラッと、


 「・・・カノ・・?」

一瞬見開いた目がまた細められ、また大きく開いて


 「カノッ?!」

長めの前髪が、頬骨の上で揺れる。 そして・・・・・


                                  * *


 「脱水だって」

白い天井の蜥蜴みたいな染み。 


 「・・・・汗掻いたら水くらい飲めよ、」

 「の、飲んだって、」

 「ビールだろッ?!」

 「あ、アー・・・・」

釣りあがった目のハラダが、ダンとコップを置き、チャポンと水が撥ねる。 
ぶらぶら不穏に揺れる頭上のボトル。 
その先の管はと云えば俺の腕の中に消え、引っこ抜けるかと思い慌ててハッシと掴んだ。 

見上げる天井の染み。 滅多来れねぇだろう、ホテルの医務室の天井。


つまり、遣る事も無く連日ビーチで寝てたのがいけなかったらしい。 これでもかと毎日、炎天下を徘徊してたのもいけなかったらしい。 おまけにマトモな水分補給もせず、ビールばかり飲んでたのもいけなかったらしい。 微妙にストレスで胃が荒れてたのも、出国前の数日悶々と睡眠不足だたのもいけなかったらしい。

 で、脱水。 水不足。 たかが水されど水、水ゴトキの為に俺、グアムに死す。

や、まだ死んじゃいないけど。 
たかがスポーツドリンク500CC、たかが点滴一本で既に復活間間近な俺だけど。


はァと深く息を吐くハラダ。 

ウンザリした顔のハラダがベッドの余白に腰掛け、ひんやりした指先が俺の唇に触れた。 指は触れるか触れないかの距離で、ササ剥けた唇をなぞり、そして 馬鹿ッ! と鼻を摘まんだ。


 「すッげぇバカ・・・・・」

 「ごめん」

 「馬鹿だよ、」

 「ごめん」

 「・・もういい、寝ろ」

あぁ寝るとも、俺みたいな大馬鹿寝るさ、寝るよ、
そんでこのまま眠りこけて土に還ッてしまえばいい・・・・ このままグアムの土に・・・・

      ダァ〜ッ、バカバカバカッ、俺の馬鹿ッッ!!


けれど帰る場所なんて、一つしかなかった。 


大丈夫ですか言う皆にウン言って、翌日5時20分起床。 ゲータレードのプラボトル片手に、徐々に照り付けが増す7時47分発、波乱万丈だったグアムを予定通りアデュ〜と離れる俺。 小狭いエコノミー、チラリと盗み見るハラダはまだ怒ってる風で、俺は余計な火の子を散らさぬよう静かに、項垂れた犬のように、背中を丸めグビリとボトルを傾ける。

 あぁ気まずい。 逃げ場のない三時間。 べら棒に長い三時間。 

所在の無さに、まるで興味の無い機内誌で 「へぇ〜ヴィトンが20%OFF?」 などと驚いてみたり、ケチャップッぽいタレのかかった鶏をモソモソ飲み込んでみたり。 

そうしてアイタァ〜と空回りする俺に対し、至ってクールだったハラダ。 無視する訳じゃなかった。 ハラダはテキパキ皆の世話を焼き、俺の世話も焼いた。 気付けば残り少ないボトルをポイと取り上げ、おらよと新しい一本を手渡してくれた。 素晴らしき介護魂だと思う。 でも、ねーねーとナンか無駄な事話し掛ける雰囲気でもなかった。 

やがて飛行機は旋回する、東京湾上空。 


成田に着いたのはまだ昼前。 タラップを降りればモヤッと、湿度の高い熱気が場違いに黒い俺を包む。 相変わらずテンションの高い連中は、入国審査官を梃子摺らせては居たが、それでも行きよりはずっと早く、一同無事解散を迎える空港ロビー。 振り出しに戻る。

ヤーでも結構潔い散り際だった気もするよ、だって愛する人に迫られて撃沈だなんてさァ・・・・

などと自分を誤魔化しても無駄だ。 


 「ウゥン、そんなヘタレなトコがカノちゃんの魅力☆」 とケメコは言ったが、じゃぁ俺に惚れるかと問うたら真顔で 「微妙」 ッて答えはアレだろう、無駄に慰めは要らねぇよッ、笑えよッ! いっそ笑ってくれよッ!


リムジン発着のボードを眺め、全然要らねぇなとパーカーを脱ぐ笑わないハラダ。 これ乗ったらもう、しばしサヨナラだなと思った。 シバシだとイイがな、と。 俺の失態は、使えなさッぷりはコレ、普通のカップルでもお別れの原因になりかねない気がした。 成田離婚という近くて遠い言葉が、一瞬脳裏を過ぎる。


 「次のがあと十分で出る。 したら昼チョッと過ぎに着くから、 『チャレンジ』 寄ってうどん買って帰ろう。」

 「え・・・お、俺ンち?」

 「俺一人家帰ってナンか作るよか、その方がイイだろ? それに、どうせおまえこのまま家帰るとナンもねぇとか言ってナンもしねぇじゃん、」

そしてハラダは何もなかったような顔をして、 「やっぱ出汁効いたモン喰いたいねぇ〜」 と呟くのだった。 

途端に満ち足りて行く俺。 好きだァ〜〜ッ! と叫び、熱烈にチュウしたい衝動に駆られる俺は、一瞬前までのブル〜を3歩で忘れる鳥頭だった。 手でも繋ぎかねないラブ再燃で、俺はうきうきリムジンの帰路を愉しむ。 


やぁやぁ雨降って地固まる。 固まったんじゃねぇの?



でもなかった。 



思わぬトラップが、まだ俺たちを待ち構えていた。
しかもソレを仕掛けたのは、この俺。









     
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