** 続*星ヶ丘ビッグウェーブ   ますらお奮闘編    **



                  #2. ズバリ答える魔物



     今、事故に遭ったら終わりだ。 今、職務質問されたら即、容疑者決定だ。
     今、例え通り魔に刺されても、善良な市民に通報されるよか早く、俺は家に辿り着かなきゃならない。
     間違っても 大丈夫ですかッ?! などと介抱され、そのまま運ばれたりしちゃならない。
    
     何故なら俺は・・・


     俺は、


バイトの帰りだった。 胸の前、両手で紙袋を抱え、周囲を窺いつつ猫背で歩く俺は、夜の公園通りに似合うキョドった男だった。 やがて馴染みのスクールゾーン、ゴミ集積所、ハイツ星が丘の白い壁。 ラストスパート、ダッシュで階段を駆け上がり、もどかしく鍵を開け、バンとドアを閉めればようやくホウと洩れる溜息。 ドサッとテーブルの上に載せた紙袋。 恐る恐る覗き込む俺は、アァ・・・・ 魔界を見てしまう。


   【兄貴*超剥けてます? 熊男vs褌兄貴 仁義亡き60分一本抜き勝負】

   【僕らのアバンチュール 〜アナルバージンを先輩にア・ゲ・ル☆〜】

   【ジャニ系乱れ撃ち*男魂*ぶっかけ祭りVOL3 『ノンケもあるでよッ!』】


肉色激しい、目に厳しいパッケージが3本。 
コレでもかぁ〜コレでもかぁ〜コレでもかぁ〜と、ホモ一色のソレを退かせば出て来る、ゴッツイ画像満載の二冊組。


   【〜ヴァニラからマニアまで〜
                     全てのゲイカップルに捧げるベッドルーム・バイブル 】(全二巻) 


怖いもの見たさ、捲れば発見。 つーかデンジャラスな情報がテンコ盛り。 マッチョギャランドゥ外人(金髪)と黒髪東洋人(自衛官風)の アウチッ! なフィストを見て、息も止まりそうな俺。


 ・・・ お、俺の目指すものはコンナンじゃ・・・・。



                                   * *


度重なるメイキンラブ失敗。 ハラダとの膠着状態に焦れ、思い悩む俺は頼りになるアドバイザーへと協力を求めた。 アドバイザーの名はケメ子。 ケメ子は ヤラせて貰えないんです と、ストレートかつ切実に相談する俺の話を聞き 「そんなら先輩に聞けばァ〜?」 と現役凄腕オカマを召喚。 


 「きゃーアンタねッ! チンコが夜泣きする転びホモっていうのはッ!」

どれ御挨拶 ッと、オモムロ股間を掴まれギャァ叫ぶ俺。 悪霊退散、悪霊退散ッ! 

身の丈2メートル以上、内一割を占める吉原花魁風味のズラ、極彩色のアゲハが飛び交うすっげぇ高いか、ファッション山本¥2980かなロングドレスを翻す二丁目の悪夢、マダム・ザボン。 物心ついた頃より男好き、受けてヨシ攻めてヨシ、


 「でも今はオンナノコに夢中☆!」

ってソリャ道を戻したのか? と疑問を口にしたら


 「んもう百合よッ・・・ビアンなの、御馬鹿さんッ!」

ヘッドロックで頬摺りされた。 

このように守備範囲はインフィニティだと豪語するザボンは、ケメ子曰く 臍下三寸のイミダス。 


 「イヤァン、アレよう! 好きこそモノの上手なれッちゅう感じでダハハハハハ!!」

―― そうして魔物は街に出て、見目美しい男たちを襲ったのです・・・ 


そんな昔話を捏造しかかる俺は、既に強烈な身の危険を感じていた。 だが、そんな俺を残し 「じゃあたし、ゴリチンと待ち合わせだから〜」 と、無情にも立ち去るケメ子。 待って、ケメ子俺を一人にしないでぇッ! 怯える仔猫のような俺だが、バサッと風が起こりそうな付け睫毛、ダルメシアンを攫う魔女に良く似たオカマはグワシと俺の肩を抱き、


 「ふふふ、 今日は腹割って、じィ〜っくり話しましょうねェ」

ブハァ〜ッと洋モクを燻らせるのであった。 
             怖いよッ、ママッ! 


しかし二時間後の新宿某所、と或るソレ系本屋には、ザボンのレクチャーでハウツゥ本を選ぶ俺の姿があった。 


 「ン〜〜お勧めはこの辺だけどそうねぇ、彼氏、フェチな趣味はあるかしら、」

 「や、あ・・・ああ」

 「ボンテとかスカとかウィッピングとか、」

 「いや、アァそういうのは、」

ッてよくわかんねぇよ、質問の意味すら


 「ダァ〜ッ、シテなくてもアンタそれくらい勘でワカルでしょッ! 聞いたわよッ、ノッケから咥えたチャレンジャーな癖にこのッ、綺麗ブンじゃないわよぅッ!!」

真上からの恫喝に縮み上がる俺。 
だがそんな俺達の周り、いつしか御仲間が続々と集結して


 「えー嘘ォ、アタシのお勧めはこのへんだけどォ、」

 「ペッペッ、アンタあのノータリンデブとコンなのヤッてるわけぇ?」

 「ヒロリンの事悪く言わないでッ!」

 「あーそう言えば俺のモト彼、こう云うの好きだったけど、」

 「あ! あ! あの子ッ! カズちゃんッてば、最近バルバラのウェイターと付き合ってるんですってぇ!」

 「ゲッ、嘘ッ!?」


嘘って言うか、キミらダレですか? 
最早俺の事などお構い無しに、本物だらけのディスカッションは続く。


 「じゃーさー、その子ヴァニラなんじゃないのォ? 後ろ使いたくないッていうかさァ」

 「馬鹿ねぇッ! 昨日今日のゲイじゃないのよッ! 筋金なんだからッ!」

 「・・ッて、ハラダはそんなじゃ、」

あんまりだと口を挟んだ途端、


 「突っ込んでもないアンタにナニがわかるのさッ!?」

 「わかっちゃイナイわねぇ!」

厳しい叱責を受ける俺。 ならば黙るよ、貝のように。 


ハラダ攻略計画は挑戦者の俺抜きで進められ、俺抜きで完了する。 そうして 『まずは敵の傾向を知れッ!』 有志らの手により集められたビデオ、本。 紙の手提げに一纏めで入れられたソレの隅っこ 『アタシからの餞別よ』 と、ザボンが滑り込ませたソレはファンシーな彩色のチューブ。


 「あの〜、ナンですかソレ?」

ハンドクリームのような・・・ 化粧品?


 「ローションよ、ふふふふ・・・・ソラッ、」

ペロンとザボンが開いた魔界参考書の見開き、ギャランドゥ・マッチョの局部に塗り塗りする、某国大統領に良く似たナイスミドルの図。

あんぐり口を開ける俺の背後、地味なアキバ系ホモ(多分)が囁いた。 


 「必需品ですよ・・・・」


了解。


このようにアツイ皆の激励を受け、彼の地を後にする俺。 その後バイトに行かねばならぬ事に気付き、背中にドッと嫌な汗を掻く俺は抱えた紙袋が人生最大のハイリスクである事に今更ながら気付く。 

―― こ、コンナン持ってバイトに行くのか? 俺は、・・・。 


しかし ヤ〜マン! と、定刻出社したラスタ寿司。 けれど気が気でなく、他意のない厄介なジャマイカ兄弟に 「コレナンデスカァ〜?」 とアッケラカン、教材を発見される恐怖に怯え、禿げそうになる三時間半。 

貝割れを洗い、茹で海老に芥子マヨネーズを捻り、コロナを景気良く抜く俺はスリリングなヒトトキを過ごし、緊張は臨界を越えココロここにあらず。 レモン取ってくれというジップに栓抜きを渡し、ボブの新作物真似(写メールし合うカップル) にも笑えず、挙句ご機嫌にハグして来たチコに きゃぁ 叫んでしまう小心者な俺。 しょげ返るチコは謝るコト仕切りで、小声でジップに 「オナカ痛イデスカ?」 とか言われちゃったらもう、ゴメンなさいゴメンなさいッ!! 

おまえらゴメン、俺の手荷物には魔物が詰まってるんだ・・・。 

のように使い勝手の悪い俺は、客足がパラリ落ち着いた22時半 「カノ、早ク寝ル」 心配顔のボブに言われ、予定より30分早くバイトを返される。 スマナイと思いつつもホッとして家路へ。 いや、全く気の抜けない帰路。 危険が一杯の帰り道。 この荷物、コレ、紙袋の中身。 


果たして、無事帰宅後の今、魔界参考書を眺めつつ、 マジかよ・・・ 再び俺は凍りつく。 「ノンケとヤルのは勇気よねぇ〜」 そうザボンらは言ったが、こんなのヤル俺も相当な勇気だと思われ。 なァちょっと、おまえら守備範囲広過ぎ。 垣間見る画像、ビデオパッケージのいっそアバンギャルドなあれそれ。 モデル=俺&ハラダでシミレーションしただけでも、キュゥッとキンタマ縮み上がりそうな衝撃だ。 無理だ・・・絶対無理・・・・ 

だがしかし、だがしかし、だが、俺は負けなかった。 
負けず嫌いなのかヤリたい一心なのか、ともあれ俺は四日半掛けてそれらをコンプリートした。 

見たよ、見たとも、でも結果二割は勉強になり八割は激しく後悔したよ。


大開脚、竹コプターのように回るマッチョは夢にウナサレそうなインパクトだったし、陽気な熊男二人によるフェラチオ入門(完全実写)は、色んなとこがツンとクル微妙さだった。 以来ハラダを見ると俺は、後ろめたい気持ちで欲情どころではない。 

そのハラダはといえば、あれから後も定期的に俺んちへ入り浸ッていた。 あんな寸止めなんかなかったように、普通に、なんだかんだ俺の世話を焼き、泊まったり、帰ったり、ハラダは俺の前をうろついた。 そして俺はますます泥沼に嵌ったのを自覚する。 ハラダは俺と、どうしたいんだろう? 俺、ハラダとどうするんだろう?


普通だろ? 普通にしてりゃイイんだろ?

俺は普通でイイんだが、でも、普通ってナニ? なんだろう? 

抱き合ってキスして、触れて、味わって、それは男とするンでも変わらないと思うんだが、でも、最終的にオサメル場所が違うッていうか、有るもんがなくてナイもんがあって、その辺りはやっぱ未知な訳で。

考えたらハラダの下半身事情は、未だベールの中にあった。 俺に関してはほぼ筒抜けにハラダは通じてそうだけれど、ハラダに関して俺が知るソッチ方面の情報はといえば皆無に等しかった。 

じゃ、分が悪いんじゃねぇの?

魔界グッズに囲まれて虚しく転がる俺。 もし、今地震とか火事とか押し入り強盗とかあったら俺は間違いなく死を選ぶね、と鼻先 ぶっかけ祭り のビデオ。 普通に女にもモテそうな海パン半脱ぎイケメン二人に、タイトル通りぶっ掛けられ、 サイコウッ! とガッツポーズをする地味目の天パーを、―― おまえ楽しそうだな ―― と、ボンヤリ眺めつつ、敗北ムードにドップリ。 

と、鳴り響く電話。 

やたら能天気なファンファーレ。 
ハラダが勝手に入れたJRAのテーマに やっぱコレ落ちつかねぇ と思いつつ、スチャッと出れば、 


 「もッしもォ〜し、カノちゃぁん?」

 「ケ、ケメ子ッ! お、おまえ、あんな妖怪に俺任せやがってクソ、」

 「アハハ為になったでしょ〜?」

 「なんねぇよ、どっちかってぇと後悔の連続だよ。 要らねぇ知識、貰ったよッ」

ていうか、もしものその折、ハラダにあんなのオネダリされたら俺は受けて立つべきなんだろうか? いやこの場合、攻めてツカワスべきか? アーそんな悩みは必要ないのに、有り得ない、在り得ないし・・・。 瞬く間に飲み込まれるクエスチョンのビッグウェーブ。 

スクリームな俺に、まるで緊張感のないケメ子が耳寄り情報を持ち掛けた。


 「あのさぁ、カノちゃんグアム行かな〜い? グアム。」

 「・・・グアム?」

 「ゴリチンとこの社員旅行でさァ、空きがあるんだよね〜だから行かない?」

 「お、俺?」

 「うん、ハラダ君と二人でぇ〜 タダで行けるんだよォ〜グアムッ!」

ハラダと二人? かつ、タダッ?!


     空は満天の星、地上には俺たち。 
     南の島でうっとりしッぽり初夜ナンてのを迎える、ムーディ〜な俺たち・・・・


 「いッ、行きますッ!」

行きますよ、行きますとも!


 「じゃー急いでパスポート。 ハラダ君は確か持ってたけど、カノちゃん無いでしょ〜? ソレ取っといてね〜、出発は20日だよォ〜!」

 「と、十日しかねぇじゃん?!」

 「気にしな〜い!」


じゃねッ、 と電話は切れた。
大丈夫。 コレは概ね良い兆し。

そうして女神のメッセージを受信した俺は、輝ける未来が微妙に近づいたのを感じる。
近付いたと思う。 思わなきゃヤッてらンねぇよ。

つまり俺は藁にでも縋りたい気持ちだった。


そして、俺はケメ子の投げたゴージャスな藁に縋った。

残暑厳しい九月の金曜日だった。







     
 **  続*星ヶ丘ビッグウェーブ ますらお奮闘編  ** 2.          3. へ進む