** 続*星ヶ丘ビッグウェーブ  ますらお奮闘編    **



                        「Beef or chicken, or a fish?」

                         「ビッ、ビーフッ!!」


     障害物ゼロの青空は果てしなく、どこまでも続いた。 


眼下に広がる永遠、無限の雲の海原を俺たちは行く。 アァこの空はどこへ続くのか? どこへ俺たちは向かうのか? 洗剤ターボの泡雲を眺め、実ァ結構飽きてたりしてと七度目の生唾を飲む俺。 さっきから耳がキィンと詰まッて抜けない。 八度目をゴクリ飲みこみつつ受け取った昼飯は、なんてかこう 期待ハズレ? な感じにイニシエの学校給食を髣髴とさせるアボウトさ。 『ジャパニーズ・ステーキ(ソイソース)』 小洒落たメュウの御大層な名前に、ワキワキ胸を躍らせては見たが、プラスチックの弁当箱に入ったそれは、生焼けのハムに変なタレが掛かかる何とも奇天烈なシロモノだった。 


 「・・・・なぁ、俺ら素人だと思って騙されてるんじゃないか?」

 「・・・エコノミーじゃ、だいたいこんなもんだよ。」

クールな横顔を見つめ、干乾びた甘い人参を突付く俺。 さすがボンボン、馴れっコですとキタか? パンを取ろうとした肘が当たり、紅茶を溢したハラダがアァと水浸しのババロア(多分)を眺める。 なにせ、飲み屋の便所ほどの空間だった。 がしかし、それもあと二時間ちょっとの辛抱で解放される。 やがて訪れる素晴らしき自由に、きっと俺たちは咽び泣くだろう。 泣くね! 

だってグアムだぜッ! グアムッ!!

客席の向こう、いかにも 『特権』 ぽい『ビジネスクラス様』の間仕切りカーテンに向かいアリガトウアリガトウ、感謝して止まない俺。 有り難う有り難う、俺にこんなアカラサマなチャンスをくれて有り難う有り難う、我等が女神様、ケメ子様


       ヘロウ、外人! 
       ますらおの意地をトクと見やがれコノヤロウ!


       ・ ・・・俺はヤリます、異国でヤリます。




     #1. 愛だらけギリギリ男



     振り返れば、苦難の歴史だった。 


二ヶ月前の8月、ラブ大暴走な俺らはめでたくカップルになり、長閑な星が丘に桃色の嵐を巻き起こした。 目くるめく欲望と妄想のハイツ星が丘203。 なにしろ告白前に、「咥える」ところまで漕ぎ着けた俺だ。 転びホモ第一の難関を、いともあっさりクリアーした俺だから、そりゃもう向かうところ敵ナシのカモンレッツゴウ掛かってコォ〜イ! 隙あらば抱きつき、隙あらばチュウして、隙あらば押し倒そうとする俺は、普通にありがちな恋する男であった。 

だが残暑厳しい九月、『恋に学校に大忙し☆』な季節になっても、俺たちは結ばれなかった。 結ばれていない。 ハッキリ言おう、笛拭けど汝踊らずヤッてない、ヤラせてもらえない、未だに。


―― じゃーさァ、せめてこの、項垂れてるボウヤを握ってくれないかなァ〜 ―― 

と、あざとい寸止めに身を捩る俺だったが、据え膳ハラダときたら、


 「た、たまにはマンションに戻ろうかと思って」

だの


 「あーマズイ、ゼミの奴らと飲み会だわ悪いッ!」

だのと連日、日没過ぎから目が泳ぐ著明な不穏かつ、及び腰。 

ッてどういうコト? 

厭なのか? ヤリたくないのか? ていうか 『ラブラブハッピィなボクら(いやん)』 設定は俺の勘違いで実は 『恋愛一人相撲/ロンリィ俺様』 が真実とかいうアメージングなオチ付きだってのか? なァ、ハラダどうよ、どういうコト? 


そんなモヤモヤを抱えた水曜の晩、駅前スーパー 『チャレンジ』 の仰天バンバン市で激安肉を買占めた俺たちは、ハラダが持ち込んだホットプレートで焼肉大会(限定二名)を開催した。 

テーブルの上にドンと設置されたプレート、その横に配置されたハラダ作 簡易折り畳み机 に所狭しと並ぶ半割りのピーマン、輪切りのにんじん、玉葱、椎茸、茄子、100g48円の出所不明な牛肉がこんもり山を作り、 この際贅沢しようぜ! と買った牛タンにはハラダ特製葱ダレがスパイシィな感じに塗してあった。 ならば喰らうまでよとジュゥと焼き、冷えたビールをプシュッ、クハァ〜でハフハフで


 「・・・ンまいッ! あー美味い、激幸せ〜」

ヨーシ、肉食べ捲くるぞォ〜な俺にハラダはサンチュの皿を差し出し、


 「後でヤキソバするから、あんま飛ばすなよ?」

と、そろそろ食べ頃な肉を玉葱の上に避難させる。 そしてクルンと巻き始めたタンを、肉汁を溢さぬように箸で拾い、


 「レモンはそっちな、」

と、黒ダレどばどばの俺の皿の横、別皿盛りのそれをポンと置くのだった。 

鍋奉行のハラダは、鉄板奉行でもあった。 そして俺はと云えばいつでも御奉行様の御膝元、暢気なアサリ売りの如くその恩恵に預かり アリガタヤアリガタヤ と手を合わせるばかりだ。 相変わらずハラダはマメだ。 実に使える男=ハラダだが、変わったのは俺が、ハラダのそのマメさに『ラブ』を感じちゃっている事、いや確信している事。 それだから、ハラダを見る俺は常にトキメイテいた。 ドキドキだ。 

人参をひっくり返すハラダ。 エノキを摘む器用そうな指。 ペロンと救助した焦げ気味肉をクルンとサンチェに包み、いさぎよく口に放りこむハラダの肉汁でヌラッと光っている唇。 それを舐めとる舌がチロリと覗いた一瞬、冷えた発砲酒を傾け はァ と溜息吐くハラダに早くもムラッとしている俺。 


 「喰ってるか?」

 「お、おう、」

喰ってるとも、たらふく喰ってる。 だが喰いたいのは他にもある。

思えば俺は、何か喰ってるハラダに弱い。 そもそも蟹を喰うハラダにムラッと来たのが俺サイドの始まりだったのだが、以来かなりの高確率で俺は食事中のハラダに欲情し、その後の展開に期待しつつ妄想の翼を広げるのだった。 結果、今日までほぼ100%の確率で、「妄想敗れたり!」 の落胆を味わい続けている全く懲りない俺。 懲りてない。 

それを学習能力の欠如と呼ぶか粘り強いというかは俺の知ったところじゃないが、 だって好きなんだもン と恋する俺は、こうしてまたもや同じ轍をギュゥッと踏み締めようとしている不屈のチャレンジャー。 何しろ心の乙女は 「諦めちゃダメ☆」 と俺にエールを送り、臍下の息子はといえば 「GO! GO! お父ちゃんGO!」 と、ネクストチャレンジを急かすのだから、ならば見事遂げて見せようぞ、恋する男の切なる本懐。


 「あー・・・・もう限界。」

後ろに手をついたハラダが、伸ばした腹を擦る。 

プレートの上には死に掛けの人参と黒焦げのエノキ、炭化した肉片と糸ミミズのようなモヤシと劣化輪ゴムに似たヤキソバ残骸。 食卓は、所要時間40分にてツワモノどもの夢の後。 が、夢終わらぬ俺がココに居る。 終っちゃいねぇよ。 ココからが本番。 

付けっ放しテレビが、肥満主婦20人の壮観レオタードショットを流す。 


 「五番の32才って、痩せたら若い頃のエリ チエミッぽくなりそうだよねぇ〜」

それがダイエットの励みになるかは甚だ疑問だが、満腹ハラダは穏やかにテレビ観賞中。 

OK. まだまだ不穏の兆候は見えず。 グビッと室温発砲酒を飲み干した俺は、ニジニジと辺Aから辺Bへのハラダ接近計画を始動。 邪魔なリモコンと空き缶をさり気に排除して、秒速3cmで行く俺は慎重かつ確実に目標ハラダへと向かう。 焦っちゃイカン、ガッついてはイカン。 さながら俺は、六畳間のハンター。 そんな緊迫感も知らず、 『えー?! 体脂肪5%減ッ!?』 大興奮のブラウン管に 「あんま変わンねぇけど・・・・」 とコメントを忘れないハラダが、スカートの緩みをズリズリ回す48才を眺めつつテーブルの上の発泡酒に手を伸ばす。 

が、充分温まったソレをハラダが手にするより先に、その手を掴んだのは俺だ。


 「な、なに?」

何? と言われれば、ナニと答える他あるまい。 
掴んだ掌を下に引き、逃げられる前に残った左手で形の良い後ろ頭を抱える。 


 「・・・・おい・・なんだよ? 」

いかにも不本意ですとそんな事を言うけれど、目を閉じるハラダは握られた手を握り返し、空いた右手を俺の首筋に巻き付けるから。 


 「・・もう・・・」

薄く開いた唇は焼肉の味がした。 そして忙しく動く、舌と舌。 

俺が今まで付き合ったのは皆、受身のキスをする女だった。 熱く湿った口腔を探索するのはいつも俺だけで、されたらされっぱなしの、俺一人シャカリキの一方的なキス。 でも、ハラダとは違う。 互いに侵略しあうようなそれは、日頃のハラダよりも凶暴な感じがして、ともすると巻き込まれそうなキスに、 ならばこうだッ! と戦いを挑むのが負けず嫌いなこの俺。

そんな時、抱き締めた時よりも際どく触れた時よりも、ハラダが男だと言う事を俺は意識する。 が、それは嫌な感じではない。 むしろ、わからない何かに巻き込まれるのを楽しむ軽い興奮。

持たれ掛け、崩れそうに、辛うじて支え合う身体。 床に押し倒したのは別に不思議な流れじゃあない。 キスを続けたまま、半ば捲れ上がったシャツの中にそっと掌を滑らせて、ツンと指先で掠めた胸の突起のささやかな感触の、


 「カ、カノッ、」

ダァ〜ッ、キタよ、キましたよ寸止め警報が。


 「・か、ッ・・・カノッ!」

 「んー・・・急用とか言うのナシな、」

 「や・・・そ、そうじゃなくて、」

そうじゃねぇなら、ナンナンダよと。


今更のようにシャツの裾を引っ張り、起き上がろうとするハラダを床に貼り付ける俺は、尚もサラサラした感触を手のひらに記憶させようとする。 アバラの縁からペタンコの腹へ、滑らした唇のゴールは突き出した腰骨、ハラダの弱いソコを手始めに噛んでやろうと思った瞬間、凄い勢いで横倒しに転げる俺。


 「てッ、ナナナナ?!」

荒い息を吐き、てきぱきシャツを引き、摺り下がったズボンの縁に手を掛けるハラダが、


 「・・・しゅ・・・・終了・・・」

 「ハァ?」

 「終了・・・ハハ・・」

 「ハハじゃねぇだろハラダ・・・」


乾いた笑い、笑わない目が困惑して泳ぎ、


 「悪い・・・・・ きょ、今日はさ、」

 「コンパか? ゼミの課題か? 親が危篤か? それともナンだよアレか、ケメ子に部屋の掃除でも頼まれたか?」

ベスト*ブル〜言い訳百選、なァまだ言うのかよハラダ、ナンでだよハラダ?


 「あ、いや・・」

 「そうか迷うなら決めてやるし、コンパから順に、 諦めろ 諦めろ 手でも合わせとけ、潔くドツかれとけ、そんでおまえは俺とヤル事ヤろうぜ? なァ、俺らナニ? 俺ら恋人同士と違うのか?」

 「だッ、だから、」

 「だからナンだよッ?!」

 「きょ、今日はダメッ! ダメだからッ!」

ダンと足踏み一つ。 仁王立ちしたハラダが喰ったモンもそのままに、これにてドロンを決め込む様子。 日頃ボヨヨンな目が釣り上り、どことなく上気した頬はさっきまでの名残ッてか純粋にカンカンな感じで、アァつまり逆切れねと見上げる俺は、ヨヨヨと横座りのまさに憐れなフラレ男の様で。 そしてふと思いついたハラダ未使用の 『ダメ理由』 。 こりゃまだ未公開な筈だったと、ネロンとしたボディバックを担ぐ背中に思いついたソレを問う。


 「ハラダ、」

 「なんだよ・・・」

 「あ―― もしかしておまえ、腹具合悪いとか?」


   言わなきゃ良かったと思いました。
   一瞬垣間見た般若を、俺は生涯忘れないと思います。


バタンと閉まったドア。 
振り向きもせず、サヨナラも言わず出て行くハラダを、俺は為す術もなく見送るのでした。

 ミッション失敗! 失敗ッ! 

通算7回目? いや、8回かも知れない寸止めに焦れて良いのか、怒って良いのか、いっそメソメソ泣いた方がいさぎ良いのか? 悩む俺は 「取り敢えず皿は洗ってけよ・・・」 と、床に落ちてるモヤシに向かい呟く。 

虚しい、切ない、このやり場のない色んなモンを俺は、俺はどうしたら・・・。



   人生たっぷりどッぷり迷い道の俺。 
   橋田ドラマならピンコだな、と自嘲する俺だった。






     
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