彼のタートルネック彼女のアワビ  《前編》
     
        


幸いとは、切っ掛けを掴む事から始まる。 そしてその切っ掛けとは往々にして、一見ハッピィからは遠い 『ショッパイあの頃』 だったりもする。 そうだよ、間違いない。 じゃ、百万円賭けてもイイぜ と思うカツマタノブヒコはそんな塩漬け底辺から跳躍したメイキンハッピィのチャレンジャーであり、今正に人生バラ色の覇者であった。 

ノブヒコは当時を振り返りこう言う。 

「いやぁ〜、人生ッてのは逆バンジ〜?」

全くである。 
そんなノブヒコの切っ掛けとは忘れもしない二年前の2月14日、テロ的展開で訪れた1つのブル〜に端を発した。 


当時ノブヒコは冴えない眼鏡(ナカヤマシホ20才)に、激しくも地味なアタックを日々仕掛けられていた。 シホはサークルの後輩。 が、その存在の希薄さは静かと言うよりは蝶やカエルの擬態に近く、ノブヒコがその名を知ったのは、本人からの手紙を受け取った時である。 手紙はショッキングピンクの便箋にやたらチカチカする水色のラメ入りペンで書かれていて、漫画のようなイラストが印刷されていた。 ナンじゃコリャ? それは目玉が顔半分を占めるデブとガリな二人。 パーツの狂った二人は丸めたティッシュのような薔薇に塗れ、どうやら全裸で仲良くいちゃついているらしい。 正直下手な絵だった。 ナンチャッテ本人作だったりして〜と既にヒキ気味のノブヒコに、シンプルな本文は精神的エルボーを放つ。 

『・・・奪って・・・』 

お、オレが? ダレを? 

その辺考えると俄かにサスペンスな香り。 そもそもナカヤマとは会話をした事はゼロ、今も小枝に張り付く尺取虫のように紛れどこに居るのかもわからない。 何よりナカヤマとは、こんな大胆さと本人が繋がらない地味な自爆霊のような女だった。 ならばつまり誰かの悪戯、及び罰ゲームなんじゃねぇの〜? と、無難にスル〜したのも束の間、六畳一間のボロアパートに放り込まれた第二段 『犯して!』 第三段 『陵辱して!!』 ジワジワ増える吃驚マークが激スリリング。 そんな三通目を貰ったその日、満員御礼の学食、ふとアツイ視線を感じハッと振り向けば、オカメ南蛮を啜りニヤリと笑うナカヤマがそこ、地味ィ〜に煌めいて居るのだった。 

デンジャ〜!! 

今ほど、セクハラに悩むOLの気持ちがわかった事はない。 脱兎の如くの逃走、ヤバイヤバイ! ヤバイ電波ちゃんにロックオンされちまった感じ。 けれど逃げ回るノブヒコを嘲笑うかのようにゼミ、コンパ、バイト先、あらゆる場所に保護色を纏いニヤリ現れる神出鬼没のナカヤマ。 なのに直接の声掛けナシなのが物凄く恐い。 やがて何処からメアドを入手したか、日に数回のテロメールが配信 『今日、新しいブラだヨ☆』 迫り来る恐怖に白髪になりそうなノブヒコ。 そして惨劇の二月、バレンタインデーの夜、不発に終わったコンパ帰りの泥酔ノブヒコを更なる恐怖が迎え撃つ。

「来ちゃった・・・・・・」

馴染みの万年床の中、全裸でカモォ〜ンなナカヤマ。 

「嘘ォッ!!」
「ウ ソ じゃ ナ イもん・・・・・」
「モン言うなッ! く、来ンなッ!」

と、怒鳴った瞬間見上げる天井、軽く捻りを入れドダンと背を打つ激痛の着地。 後退るノブヒコを阻んだのは、所狭しと散らばった横倒しペットボトルと読みッぱなしオカズ本。 アァ御袋の言う通り、部屋はコマメに片付けないと。 ヒュウと苦しい息をするノブヒコの腹、ズルズル布団から這い出たナカヤマがフフフと無情にも馬乗りになる。 

「ッてぇッ! ぅぅぅ・・・・・・」

不測の重量オーバーにゴキリと腕の骨が鳴った。

全裸で馬乗りの女・・・状況的にはセクシィだったが、腹の上でトグロを巻く黒髪、その隙間から薄ら笑う蒼白い顔ッてのはどう見ても怨念渦巻くオカルト寄り。 最早動けぬノブヒコ、コレより黒ミサで生贄になる処女の如くに手も足も出ずプルプルと震える。 そんな動けぬノブヒコのシャツの釦を、ナカヤマは嬉しそうにプチプチと外した。 もがくノブヒコを余所に、クスリと薄気味悪く笑うナカヤマはいよいよベルトに手を掛け不吉な自己PRをする。 

「アタシッてぇ、占いだと小悪魔受けなんですよねェ〜だから初めての人は鬼畜攻めがイイなぁって思ってたんですぅ〜・・・ふふふ・・・アタシ達、スッゴイ事出来ますヨネ☆」
「ササササさっぱりわかンねぇしッ!!」
「ん〜〜もう早く言ってくださいよ、 その気にさせて焦らすのかい? ハニィ ッて、」
「絶ッ対言わねぇッ!」

今や狩人ナカヤマの危険水位に、ノブヒコのオレ堤防は崩れちゃいそうな予感。 そのナカヤマ、突如恍惚とした脱糞直後のような表情を作り、昆布のようにクネクネ身を捩ると不可思議な独白を始めた。

「ハーレインの執拗な愛撫に艶かしく撓るクラウドの白い姿態、いつしか長い指先が震える双丘を割り、密かに息づく蕾にヌプリと挿入を試みる・・・・あぁあッ!ハ−レイン、そこッ・・・」
「ッてオレか?! ナニしたんだオレはッ?!」

抜き取られたベルト、ファスナーを降ろすナカヤマ。

「ほぐされ赤く色づく蕾、乱れる痴態の誘惑にハーレインの獣が熱く猛りをあげた・・・ひゃ、ぁ、きてッ、もうッあぁぁッ!!」
「キャァァ〜〜!!」

いまや息子はナカヤマの手に

「よしてッ・・・・」

恐怖でチビリそうなノブヒコだが、そのナカヤマは不意に怪訝な表情になりワキワキしていた指を解く。

「・・・・・なによ、コレ・・・」
「え?」

項垂れ縮こまるソレを、醒めた目で凝視するナカヤマ。 そして一言、

「先輩は失格。」
「はァ?」
「ハーレインは包茎じゃない」
「ほ、包茎ッてなァッ、仮性だよ仮性ッ! ヤルときゃ剥けるんだよッ! クソッなんでテメェに失格呼ばわりされなきゃナンねぇんだよッ!」

マッチョなのに包茎。 それはノブヒコの密かな悩みだったのだが、このような状況でのこんな相手へのカミングアウトはある意味、逆レイプよりえぐる屈辱であった。

「あーハナシになんない、騙された、先輩鬼畜攻めじゃなくてヘタレ攻めなんじゃん、駄目だ、あースッゴイ無駄なテンション使っちゃった、騙された、」

ナカヤマは素早くノブヒコの上から退き、毒々しい紫のヒモパンを舌打ちしながら穿いた。 となると半裸チンコ丸出しのノブヒコとは、この六畳に於ける単なる変態と化す。 変態ノブヒコに追い討ちを掛けるナカヤマ。

「包茎の癖にアタシのハダカで抜かないでくださいよねッ!」
「るせぇよッ! しねぇよッ! てか教えろよッ、ハーレインて誰だよッ?」
「エッ? 知らないンですか? ハーレインはレオン軍の黄色い彗星じゃないですか? 普段は優しくて三枚目だけど戦場では冷酷無比な戦いをして、そんですっごいテクニシャンでクラウドとは幼馴染なんだけど国王の血を引くクラウドとは今は敵味方に別れて密かに燃え上がる恋に二人は、」
「もうイイッ!!」

こうして来た時同様唐突に、ナカヤマはアパートを去る。 
残されたノブヒコはどっと押し寄せる疲労に深い溜め息を吐くが、真実の不幸とは実はこれからだったのだ。


まず翌朝、学校へ向かおうとしたノブヒコは階下に住む大屋に呼び止められ、

「アンタを見損なったよ!」

と恫喝される。 

「あぁいう遊んでない子を弄ぶなんてアンタ男の屑だよッ!鬼畜ッ!」

聞けば昨夜、ナカヤマは泣き落としで大屋に訴え、部屋の鍵を開けて貰ったらしい。 それによるとノブヒコは、うぶなナカヤマを誘惑して性の奴隷にしている屑だけど好きな人設定だった。 いやぁボク鬼畜は失格でした とは言えないノブヒコであるが、どのみち大屋の誤解は解けそうにもない。 

そして脱力のまま辿り付いた学校内でも、不穏で嫌ァな視線をノブヒコは感じた。 みなノブヒコを遠巻きに、そして互いに目配せをするとクスリ薄ら笑うのだった。 軽蔑されてる・・ッて感じ? そんな異変の理由を、最悪のルートでノブヒコは知る。 リークしたのはイトウミハル、目下ノブヒコと御付き合い中の英文科20歳。 呼び出された学部棟の裏、ポカンとするノブヒコにミハルは一言「もうおしまいね」と言った。

「な、何で? え?」
「何でッて今更シラきる気? あたしとナカヤマさん二股かけてタ癖にッ!」
「ふ、二股なんてしてねぇよッ!」
「嘘ッ! 皆知ってるんだからッ! ナカヤマさんにはあたしと直に別れるとか、あ、あたしのアレは良くないからとか、ひ、酷いッ・・・ノブ君あたしの事そんな風に思ってたんだ、」
「ち違うッ!、」

あまりのデッチ上げに呆然とするノブヒコ。 しかしミハルはこう言い捨てる。

「ナカヤマさんに振られたからって、あたしをキープしとこうなんて冗談じゃないわよ、包茎の癖にッ!」 
「ぅあぁッ!」

クリティカルヒットでトドメは刺された。 

彼の如く 「キワモノ食いで本命を逃がした二股男」 としてノブヒコは広く知られる。 噂は学内外へも流れ 「そういう方にはチョッと、」 とカテキョのバイトもクビになった。 だけど負けるものか、今は辛くとも明るい未来が待ってる筈・・と日々一生懸命な三月には、地獄からの手紙が届いた。 差出人はNコーポレイション 

    ―― 審議の結果、貴殿の内定を取り消す ――

ナンデダヨ? さすがに納得行かず怒りの電話を掛けるノブヒコだが、廻り廻って社長室とやらに繋がったソレ、言ってやろうと意気込むノブヒコの先手を取り、怒髪天突く親父が一言。

「うちの娘をオモチャにして、ナニを言ってるんだバカタレめ!!」
「ムスメ・・・・・・」

NコーポレーションのNはナカヤマのN・・・・・要らない時に痛感する 世間ッて意外に狭いのね・・・。 最早、ココに己の居場所は皆無、ならば実家に帰る他はない。 田舎に帰ろう、そして煎餅屋の親父で生涯を閉じよう、けれど、そんなブルーなノブヒコに電話口の父親は言うのだ。

「オマエ! 余所様の娘に何て事したんだッ?!」

ココにも魔の手は伸びていた。 

あぁ世間に負けた、社会に負けた、ハッキリ言ってあの電波女に完敗だ。 
破れかぶれの八方塞、孤立無援のノブヒコ撃沈の春。


その夜、なんにも悪い事はしてないのにコソコソと、二駅先の町で独り酔い潰れるノブヒコの姿があった。 

場所は通りすがりの居酒屋。 こじんまりとした店のカウンター、胡麻塩頭の気の良い店主を聴き手に、己の不運をとうとうと語る泥酔一段階目のノブヒコ。

「だからオンナは恐いんだよッ!」
「デスねぇ〜オンナってなァ恐いモンですよねぇ〜ホイ!マグロ納豆!」
「オレァさ、なぁんにもワリィこたしてねぇのよ、なのに彼女に逃げられて、物笑いの種で針のムシロでバイトはクビだァし、内定蹴られちゃったよッ! なァ、コレどういう事? そんで親には勘当されちったよダハハ・・・・カァ〜ッ ・・・・オヤジ、ココ醤油切れてる、」
「ホイよ! アリャすみません・・・で、兄さんクヨクヨしちゃァ駄目だよう、せっかくの男前が台無しじゃないスかァ〜ねェ?」
「・・・男前?・・・・どぉせオリャぁ包茎だよッ! 包茎の癖にッて電波に言われる包茎なんだよッ!!」

ダンとカウンターを叩きワァ〜ッと泣き崩れるノブヒコを前に、参ったなァと頭を掻く店主。 そんな渦中、ヒョイッと顔を出す一人の男がいた。 

「ほぉ〜〜ッ・・・ね、キミ包茎なの? ね?」

トリコロールのシャツ、坊ちゃん刈りの頭に紺のベレー帽、年齢不詳の男は手にした二合徳利から呆気に取られるノブヒコのコップに酒を注ぎ、ささ乾杯! と自分のお猪口をぶつけた。 そうして自らグイッと煽り、釣られ飲みしたノブヒコをジィッと値踏みするように眺め、そしてこう切り出す。

「えぇとキミ、ビデオ出てみない? ビデオ、」
「・・・・て、オレ?・・・」
「そう! キミ!」

ニッコリ指差し確認され、いやんスカウトされちゃったよと内心何だか嬉しいノブヒコ。 
がしかしビデオに出ようだなんてアレだ、素人嵌め撮りとかまぁ結構好きなジャンルだが、当事者的にはどうせ碌なもんじゃあない。 悪いけど・・・とお決まりのお断りをしようとしたノブヒコに、男は名刺を差し出して続けた。

「ややあのね、確かにキミの想像通りに所謂アダルトなんだけど、でも君のような存在を僕は捜し求めてたんだよ、あぁもうドンピシャ! 時代は漸くキミに追いついたとかニュータイプとかソンナだよ、キミはアダルト界に旋風を巻き起こすヒーローなんだよ! ね? だからココは1つ是非キミで撮らせて欲しいッッ!」

男が言うに、ソレは新しいタイプのAVらしい。 仮性包茎のヒーローが、あらゆる敵をファックしまくる痛快ピカレスクアクションなのだという。

「世の中の男はね、そういうヒーローを待ち望んでいるンだよッ! いくら種馬みたいなのがアンアン言わせてもホントは ケッ て思ってんだよッだってそうだろッ? ナンデそんな奴ばっかイイ思いすンだよッ?! オレはどうなるんだよッ? なぁキミもわかるだろ?」
「うん」
「だろォッ!!」

うっかり納得してしまったノブヒコに、男は畳み掛けるように言うのだ。

「何しろウチは会員制だから、販売も会員オンリィな訳よ、しかもウチの会費結構高いから誰も彼も入れるッて訳じゃないし、レンタルされちゃったらぁとか言う心配はナシ! つまりまずバレない! しかも、専属契約してくれるなら、今後数本は撮るとしてウチなら他の2割増でギャラ払えるけどどうかなァ〜?」
「2、2割増ってアノ相場は、」

何しろ無職、2割増に乗り出せば男が6本指を出す。

「一本60万ッてのでどう? 月二とか入れたら120万かなァ〜」
「ひゃ、120万ッ!!」

ツ、月に120万てのは2週に二回で120万で、なら週一だったら四回か五回でウオッ!さ、300万! 月収300万ッ?! 安易な計算にノブヒコ、AV界のビルゲイツだのと訳のわからぬドリィ〜ムに浸り、今一つの境界線を越える。 

「ニューヒーローに乾杯ッ!!」

男がお猪口を掲げ、キュッと飲み干しノブヒコの肩をドンと叩く。

「二人でAV界に尺ダマあげようじゃないかッ?!」
「お、お受け致しますッ!!」

さァ今こそ見よ、夜空に花咲く仇花を。 


その夜名も知れぬ居酒屋にて二人の男が花火を上げた。 
こうして桜前線より早く、ノブヒコの桜は意外な方向に咲いた。 

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