【Q】
原田と門脇と永倉と自分の違いを10文字以内で記述せよ。
【A】
俺とは色々違います。
* 4 *
斯くして胃痛と(飲み過ぎ)頭痛と(飲み過ぎ)約3キロの短期ダイエット(吐き過ぎ)に成功した俺が壮絶な隈を目の下に刻み、迎え酒の生絞り一缶の勢いを借りて捨て身のリーチをかけたのは、不眠五日目の朝 十一月二四日(金)まだ薄暗い午前四時三八分の事でした。
「・・・はい・・・もしも」
「モォ〜ニンッ! 寝てた? 寝起き? リアル寝起き? 俺、俺、俺だよ俺ッ! 二百万貸してぇ〜〜」
「な・・俊?」
「なんてウッソォ〜〜! さぁてウルワシキ曇天の朝、朝一番の朗報をアナタにだけト・ク・ベ・ツ・お届けいたしま〜すッ!」
「おいッ、」
「・・・一辺しか言わねぇからよく聴け、本日18時ジャスト俺んち集合・・時間厳守・・・」
「待てッ、どういうつもりじゃ? 今日なら都合がつかんて」
「ンなの知るかよ」
「俊ッ、」
声のトーンが変わりました。
久し振りに聞くマジギレの声が懐かしくて苦しくて俺はしばらくぼんやり聞いていたいとすら思ったのですがでも相当に怒ってる感じだから、もう今夜の前振りは充分なんじゃないかって、
「来なきゃもう、俺はおまえの前に居ない。」
と、陳腐な捨て台詞一つ残して指一本で会話終わり。 そして多分、これで俺たちも終わる。 終わるなぁ。 終わる筈。 きっと終わる。 あぁヤだな、ヤだな終わるのか? ちょっと泣けそうになるけども早まって取り返しのつかない事した気がするけども、ソコに自分の場所が無くなるなら、誰かに盗られるなら、誰かを、自分以外をソイツが選ぶ瞬間に立ち会わねばならないんなら・・・・
あぁ残酷!
そんな瞬間を見るくらいなら、秒刻みで近付くその瞬間を声無き悲鳴を上げて待つくらいなら、ならばいっそテメェがその場所から自分で消える他、ソリャどうしようも無いじゃないか?
で、おれはそうした。
俺はもう耐えられなかった。 ギリギリでそこに立ち尽くし、気の抜けない焦燥に身を焦がし、歯軋りして、憧れと憧憬と、それ以上の憎悪でいつか目の前のソイツを殺しかねない己の屈折にもう耐えかねて、それ故俺はその場所を自ら明け渡したのだ。
だから、俺は追われたのではない。 去ったのだ。
そんな俺だからアイツを定点観測し続けるのは愉快だった。 天才の横で身を捩り地団駄を踏む愚かな男、性懲りなくしぶとい永倉という男。 ヤツは俺だ。 俺が捨て去った何かにいまだ囚われ悪足掻きする、負け戦好きな、どうしようもないマゾの物好きだ。 そんな自虐の入った複雑な親近感は、時に共犯者のようで、俺の後ろ暗いところに倒錯的でサディステイックな感情を掻き立てて止まず。 同じ轍を確実に踏んでゆく男と野球以外の何かを共有すべきかと悩む天才。
アハハ! 一緒に奈落に墜ちようぜ!
最後に会ったのは去年の秋。 奴が野球から離れる決意を秒読みしだした時、最も反応を見たいその時、奴らが甲子園二度目の優勝旗を飾ったその直後、久方振りに帰省した夕暮れ時の川縁で俺は永倉に会った。 それは神様に感謝したい偶然で、出産祝いに家族で訪れた従姉の家がたまたまその近所で、酔い冷ましがてら俺一人、電車でブラブラ帰ろうとか酔狂な事を考えたその帰り道、ノスタルジックな夕暮れに、俺は永倉に会った。 我ながら絶妙のタイミングだった。
踏締める青草の匂いがむせ返る川縁の土手、記憶よりデカク、ガキの域を越えて男臭くなった永倉は、なんともクソ生意気に見下ろす感じで、小さく俺に目礼をする。
「あらまー、マウンドのヒーロー御帰還ですかァ〜?」
「・・・A大、付属から上がったって聞きました。」
「アーうん、ッて時効な話題を! ソレ去年の事でしょう? ていうかお前ら有名人にしてみたら屁ほどの話題でもねぇだろうが、ま、アリガト! そんでオメデト! 甲子園じゃ〜ブイブイ言わせちゃったみたいだし、ヤアヤア、これで永倉君も青春に思い残す事ナシかしら?」
「俺は別に・・・・・」
そんな風にボソボソ言う奴を眺め、俺は同じ匂いを確かに嗅ぎ分けていたから
「ケッ、見とけよ、色ンな意味で俺はお前の先達者たる先輩なんだから、なぁ? アドバイスとか欲しくないか? お前もいよいよ来年は御姫様とサヨナラなんだろ? ハハでも良かったなァ〜甲子園で一応原田君の欲望を満たしてあげられて、アンタも役立たず呼ばわりされずに済んで! いい加減身に余る大役は負担なんだろ? なぁ? 無理だろ? で悔しいけどその位置誰かに譲るんだろ?」
そうだよ、良くみとけよ、アイカタがアイカタではなくなる瞬間を俺も自らの手で実現させたんだよ。 もう終わらせたんだよ、もうオシマイ、これっきり、あんな苦しいのもつらいのも腹立たしいのも憎いのも殺したいのも渇望するのも俺は、全部この俺自身の手で終わらせて今こうして笑っているんだよ、羨ましいか? 軽蔑するか? アハハお前はどうだよ? おまえにほかの道が残されてるとでも思ってるのかよ? おい?!
「別に、・・・・聞きたい話はないです」
「あらそう?!」
「俺は・・・・俺じゃから・・・・」
そうしてまた頭を下げ、影法師のように通り過ぎた永倉が振り返りもせず揺ぎ無い足取りで遠ざかって行くのを、振り返る俺は蒸し暑い夕暮れの風に吹かれ、ぼんやりと呆けたように見送る。
そしてただ一人、放り出された時間の中に居た。
直後、湧き上がるどす黒い怒りと収拾のつかない動揺。
馬鹿にしやがッてッ!
独り孤高を気取りやがって、目一杯余裕のない顔して悟ったような事言いやがって、テメェだけで抱え込んではちきれそうな悲壮感漂わせて、焼け焦げそうな焦燥に歯軋りせんばかりにもうオマエなんかギリギリの癖に。崖ッぷちの癖にッ!!
そして俺は、その感情が、永倉のそれが、全て自分の、奴自身の奥深くに、抗い難い勢いで真っ直ぐに向かう事を知っている。 恐らく、それから奴が逃げられない事を知っている。 あぁ、俺は知っているのだ。
そして騒がしい年明けを抜け、始まりの三月、永倉は野球を止めた。 四月、永倉はその位置を自ら退く。
ザマヲミロという気持ち以上に俺は、その予想通りの結末にうろたえていた。 永倉が野球を止めた事もそうだが、永倉が原田を、原田が永倉をあきらめた事の方が俺には耐え難く苦しい結果だった。 俺はなかなかにロマンティストで、奴らに幾許かの希望を寄せていたらしい。 けれどそうはならなかった。 飛躍する原田の話はどこに居ても耳に入り、一方舞台から消えた永倉は俺にとって自己満足の為に蔑む一つの偶像だった。 斯くして定点観測は終った。 終ったかに見えた。 地に落ちた偶像は踏み躙る他あるまい。 そうして俺は、俺自身をどこかで保っていたのだと思える。
が、奴らと俺は決定的に違ったらしい。
奴らを見ろよ、それぞれの立ち位置を新に定め、固め 『ボクら生涯アイカタです!』 とかコッ恥ずかしいオノロケの一つ二つ世界に向かって言いかねないような勢い。 なのに俺ときたら未だ途方に暮れ、過去の諸々の周りをうろつき、物欲しそうに浮遊する所在のない幽霊。
この違いッて何?
そしてたった今、俺は全部をどぶに捨てました。
どぉ〜しようッ! 後悔で目が眩みそうッ!
・・・あぁヤッちゃった・・・ホントやっちゃった
―― 来なきゃもう俺はおまえの前に居ない ――
・・・ って、なんじゃソリャ? ねぇ何のパロ? 何にインスパイアされたの俺? 俺って東欧のニヒルなスパイ? 電話の向こう秀吾はゴチャゴチャ怒ってた風だけど俺は頭真っ白で奴が何言ってたんだかサッパリわかりません、でも大丈夫! 己のキモサとウザさとキチガイ加減はバッチリ彼のハートに伝わったと思います。 ジャストミ〜トッ!
最低。
だから当然来なくてもソリャ仕方ないけど、でも来るかなとかチョッピリ期待してる自分が悲しくて許せないって言うか、やっぱ来なかったら俺は相当ヘタレるだろう自信もオオアリで、いやでも来るも来ないもソレは勝手だろ? とか、普通に来たくないし、来る筋合いもないだろうと、あぁむしろそう、来てしまったらどうするのか、奴がノコノコ来てしまったら イヤ〜ン来てくれてチョーうれしぃ〜! ッて馬鹿言うなキモッ! あぁキモイ、そんなキモイ俺はどうしたいのか、どうしたいってソリャ、エッ?! ソレはあの、
〜♪〜 ピンポ〜ン ♪〜〜
「ハイよ〜」
ッてまだ七時だよ、なんだよ宅急便かよ?
「ハイどなた〜? ・・ぅッ ・・・」
「どう云うつもりなんじゃ、俊、」
「しゅ・・・・秀吾?」
き、来た・・・ キタキタキタ来たよッ、なんで?
「なんや、説明してもらおうか?」
「な、なんで来た?」
「なんでてお前が来い言うたんじゃないか阿呆、朝っぱらからわけわからん電話よこしてからに、朝錬サボってもうたわ」
怒ってます怒ってます怒ってます、当然だけど、
「じ、時間厳守って言ったろ?」
「その時間がマズイから、今来たんじゃ。 ・・・俊二、おまえ何があった? なんか、あるんじゃろ? おまえ日頃もたいがいわけわからんけども、ああいうキッツイ感じのワカランジンは滅多ないからな、けどおまえがそれをしたんなら、それなりの理由があるんじゃろ? 違うか?」
理由? 俺の理由?
「理由ねぇ・・・」
「・・・俺には、話せん事か?」
門脇は靴も脱がずに玄関先に佇む。 よほど慌てていたのか羽織ったジャケットの下、シャツの上から三番目の釦を掛け忘れている。 そして薄ら笑いを浮かべた俺は、奴に上がれとも言わず、言い訳も出来ずに、無言で糾弾する、直球で見つめる真正直な目と戦う。
じわじわ掌に滲み出る嫌な汗を、Tシャツの裾で乱暴に擦った。
おいおい、誤魔化せ誤魔化せ、得意のマシンガントークでスルッと煙に巻いてサッサと誤魔化せッ!
そして少しばかり怒られて今回の事は全部忘れて貰えと、ココロのアドバイザーは拡声器を片手にけんけんと怒鳴る。 けれど果敢にも、俺はそれに逆らうつもりらしい。
「うーん、話せない事もないけど・・しかし、やけに慌てて来たな、ハハ変な寝癖!」
「・・それはおまえが、」
「俺が心配? 心配してくれた? ソリャ嬉しいなぁ俺をねぇ〜秀吾クンがねぇ、どういう心配だかわからないけどもまぁ俺としちゃ心配ついでに誠意をもって慰めて欲しいとか思うんですよ、」
「おい?!」
力一杯引き寄せたシャツの胸元、唇すれすれに近付いた顔。
「思えば色んなモン盗られたんだよね、おまえにはさ、」
「・な、なに・・?」
止めろ! 止めろ止めろ止めろそれ以上は、止めろ!
勿論、止めねばならないのですけど、でも、いや〜それにしても、眉を潜めるアナタは何て正しく清潔なんでしょう!
「いよいよ彼女まで盗られたんだから、その辺は責任とってよ」
「な・・・!?」
「・・モノは試し・・・・・」
見開いた一重瞼。 厭味なほど澄んだ目に映るのは、腹持ちならない俺の、見慣れた薄汚れた嘘臭い薄ら笑い、掠めるように触れた唇、ツルリと歯列を辿り潜り込ませる舌の、もはや後戻り出来ないリアルな36・6℃の感触・・・を、味わう余韻もなくぶわんと捻れた景色、打ち付けられた背中。
ヒュッと息が止まり生理的な涙で滲む視界。
強張った顔の門脇がハッと息を飲み、慌てて土足のママ駆け寄る姿が誰かんちの隠し撮りみたいに、およそ現実感無く、見えた。
「す、すまん・・・」
黙れ。
謝んなよ、半端に謝んなよ、イイんだよいっそもう2〜3発殴りつけてボコにして蹴り飛ばして明日は血のションベンでも俺は充分だと思ってるんだよ、それが俺には相応しいとすら思うんだよ、
「・・靴脱げよ・・・」
「あ、あぁ、すまん、」
「・・て、何に謝ってんの? 土足? 暴力? それともチュウを台無しにしたお詫びか? 」
「俊、」
そっと擦った顎は軋んだような違和感があった。 鈍い後頭部の痛みに、現実の境界線が崩れる。 現実味を失った門脇は、戸惑う忠犬八公に似ている。
「なぁ秀吾、それよかサヤちゃんとはキスくらいしたか? もっとか? オクテの秀吾クン大活躍で思わず押し倒したりしたか? あぁ見えてサヤちゃん結構胸デカイし、アッチも積極的だし、アハハ」
「・・あのな・・・・」
「なにがだよ?」
靴を脱いだ秀吾が、座り込む俺の斜向かいに座る。 戸惑う犬ヅラに真正面から向き合えない俺は、卑怯な意気地無しらしく、己の影に沈むが如く斜め下に視線を泳がせ俯く。
「・・・俊二、よく聴け。 俺は沖倉沙耶乃とは付き合っていない。」
え?
「ハハ、な〜に言ってんの? ・・・・唐木に写メられた癖に、今更バックレんじゃねぇよ・・・」
「・・・やっぱりあれか・・・あれは違う。 あの日、合コンで一緒になってな、駅まで送るところを唐木に会ったんじゃ。 やめろ言うのに、写メりやがってしょうもない・・・ けども俺は、あいつには違うと言ったぞ?」
違う? 違うッて・・・・あぁ、確かにそんな事も唐木は言っていた、言っていたけど、でも、でも俺は、俺はそう云うんじゃなくて、あぁ、彼女盗られたとかそんなのは実のところ問題ではなくて、そうじゃなくて、いや、
「俺な、知っとったんじゃ。 で、ふと、もしやおまえ誤解しとるんじゃろかってな・・・ 唐木の写メッたのを池辺が見て崎谷に回して、崎谷はあの子とおまえの事知っとったから、唐木に会った翌日、早速遠まわしに俺に聞いてきたわ、あの子がおまえのモトカノだって知っとるんか? ッてな、」
いや、アンタ何言ってんの?
痛い、頭・・割れそうに痛い、アタマ痛い、割れそうに、砕けそうに、キーンて、耳鳴りが羽虫みたいにキーンッて、耳鳴りが・・・虫入ったかな、虫、耳鳴り、耳鳴りが、
「可笑しいな、まさかおまえの彼女だなんて知らんかったしなぁ、ホントに、」
変な虫追い出そうと大きく首を振ったけど、それは一向に出てかないで、出てかない羽虫に苛つき、まだわかんない事言ってるソレに苛つき、
「ま、付き合わんで良かったな、いや知ってても付き合わんじゃろ、俺、今そんな余裕ないし。 ・・・・あのな、今夜の用事いうんはスカウトマンとの食事でな ・・・ちゃんと決まったら言おう思ってたんじゃがの、」
で、だからなに言ってんのこの人?
なに言ってんの? 余裕? スカウト?
虫は時間だよと俺に囁き、瞬時クリアになった脳味噌、遠まわしの現実がいざ目の前に来ると、想定と現実に、感触に、違いに、俺はただただ、ただデクノボウみたく呆れるしか、呆然とするしか、笑うしか、
「へぇ〜そうなの、ふぅん、じゃいよいよ本格的に俺らは天と地ほどに離れるってわけね、ダイヤのハイヒールと便所のスリッパくらい離れるってわけね、ま、わかってたことだけど、じゃァさ」
「・・な、おい、」
おいッてナンダよ、アレだろ? 俺はもう、もう笑うしかないでしょう? あはは! 笑っちゃう! もォ〜腹抱えてゲラゲラ!!
「・・・・しょうもねぇ・・・・」
「・・俊・・・・?」
「・・・ハハ・・・おめでと」
しょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇしょうもねぇ、しょうもねぇどうしようもねぇだろ?
馬鹿一直線。
台所の壁に凭れ、軋んだ笑いを悲鳴みたいに吐き出して、俺は自分が何故存在するか、なんでココにコイツが居るかとかをとりとめもなく考えている。 答えなんか出ないのに、出すつもりもない癖に。 やがて笑いに咽て小さく咳き込むこめかみに暖かい感触が振れて、碌でもない俺の脳天は大きなそれにスッポリ覆われるから、水底のように響く門脇の声を瞑った瞼の裏側で聴く。
俺は断じて泣いてない。
「・・なぁ、なァ俊、例えば・・例えばじゃゾ? 例えば、俺があの子とつきあったとしても、誰か別の奴がそうしたとしても、俊二、約束じゃぞ? もう、あぁ言う事はするな・・・・。 もうするな・・・。 意地とか趣味とか俺にはよォわからんが、でも、おまえがそういうふうに生きるのはつらいんじゃ・・・,見ちゃおれんよ・・・・。 その・・・さっきみたいなおまえは、なんていうか、あぁいうのは俺の知っているおまえじゃのおなッたようで、わからん知らん奴のようで、怖い、」
「・・・へぇ・・・怖いか? 」
あらま! 俺が・・・怖い?
「ああ」
じゃ〜もっと怖くしてやろうか? ねぇねぇ、もっとキチガイテイスト満載で至れり尽せり持て成してやろうか、ねぇ?!
「・・ふぅん、怖いねェ・・・この俺が? けど、お生憎様、そらよ目ぇ抉じ開けて見てろよ、それが俺、コレが俺、それこそまさに俺なんだよ、アハハ驚くか? 吃驚か? めでてぇな。 おめでてぇよ、なんじゃ? おら、おまえに俺の何がわかる? 俺がわかるんか? いっつも俺の前にドデンと立ってたおまえに、便所コオロギみたく卑屈におまえの後ろにおった俺のナニがわかる? ナニが見えるンかい、ボケッ。 間違えるな、おまえの事ずっと見てたんは俺や、おまえの後ろッからヨタヨタおまえばっか、物欲しそうに指咥えて見とッたんはこの俺なんや、俺じゃッ! えぇか? おまえ以上におまえの事、それこそ穴が開くほど眺めてたんはこの俺なんじゃ、そんでそのまんま俺はな〜んも変っとらん、なにひとつな、なにひとつ変らんまま、おまえ見るのも止められんとキィ言ってキリキリして、しまいにゃ真っ黒ケな何かにズルズル魂抜き取られて、見ろや、俺、こんなキチガイになってもうたぞ? スッカリ年季の入ったキ印じゃぞ? なぁ秀吾、こんな俺怖いか? 俺なぁ、もうこんなんじゃけど、おまえのせいでコンナンなったけど、おまえ俺が怖いんか? 怖いのかよ? オラッ、言えよッ!」
言えよ、ハッキリ言えよ、ヤナ顔しろよ、なにがわかる? おまえになにがわかる、ナニが出来る、何してくれる?コンナンなッた俺に、ココまでキちまった俺に、なにがなにがなにがなにがなにがなにが・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ならば いっそ殺してやろうと思った。
飛び掛り硬い首筋に指を回した一瞬、払い除けられた腕、掴みかかった俺を忌々しい頑丈な身体が包み、ゴロゴロ転がる一回転半、縫い付けられたような両腕、痛み圧し掛かる重さにアバラがギシギシと軋み、腹の上に鉛、見上げる門脇の見慣れない動揺、
「離せよッ!」
「それでも、・・・それでも俺は、おまえを知っとるよ・・・おまえの事、頭が切れるとこも、案外面倒見の良いとこも、変なところで神経細いとこも、セロリ好きなのも、言うほどコロッケ好きじゃないのも、皮肉言うところも、謝りたい時斜め下に目ェ泳がすのも、俺の知らん事沢山知っとる事も・・・・・。 俊、何より俺は、俺な、思うんじゃ。 おまえと野球できた事を幸せやと思う、おまえが居て暮れて良かった、おまえが居てくれて、居てくれたから俺は存分に野球にのめり込む事が出来て、煩わしい事皆おまえに任せきりで、でも安心できて、おまえ無しには俺にはどうしようもならんかッたって、俺にはいつだっておまえのが凄すぎたから、出来すぎて切れすぎて見透かされすぎてて敵わなすぎるのがおまえだったから、だから・・・・俺はどうにも細かい事は気づかんタチやけど、目端の利くおまえがなんやかんや構ってくれとったから俺は随分助かっていたんじゃないかて」
「・・黙れ・・」
「・・・なぁ俊、おまえは俺の親友じゃろ? おまえと俺は、ガキん頃から一緒に泣いたり笑ったりしてきた大事な、大事な長い付き合いの親友なんじゃろ?・・・・・・」
それ、聞くなよッ!
「・・・で、大事な親友だったら何してくれんの?」
違う、まるで違う、親友だなんて宝物見たいなとっておきの純粋な言葉なんかで括るそれじゃ、俺のは、そんなんじゃ、
「俊二?」
で、クェスチョンか? 俺に聞くのか? テメェがそう思うならそれを俺に聞くなよ、それを俺に確認させるなよ、思うのはてめぇの勝手だから、俺には関係ないから、だから、それだから、俺を試すような事言うな、もう言うな、試すな、喜ばすな、ヌカヨロコビさせて勘違いだと打ちのめすんだろ? もう止めて、俺を止めて、俺を、俺をもう、ここらで終わらせて、
「・・・んならな、秀吾、俺はどうしたらえぇんじゃろな? どうしたらえぇと思う? なぁ、辛いよ秀吾、しんどいよ、なぁ俺、毎日毎日キリキリしてギリギリで、おまえに出逢ってから休まる事ないし苦しいし辛いし、寝ても醒めても起きても何したらええのか何をすべきなのか、なぁ秀吾、俺はどうしたらえぇんじゃろな? どうしたらえぇと思う? そら、おまえ親友だろ? そうなんだろ? 懐かしい思い出作りしたろ? その俺、見ろよ、瀕死じゃぞ? こんなんなってこんなんキチガイで、もうじきもっと狂う、スッカリ狂う、狂うね、完全に狂う、もう狂い掛けてる、壊れる前に死にたいよ、死んでしまいたい、なぁ俺こんなにボロボロやないか? ボロボロのズタボロや、そんでな、そんな俺の為に、大事なオトモダチの為に、おまえは何をしてくれんの? どうしてくれるの? 俺を助けてくれるの?」
腹の上に跨る男に両手を床に貼り付けられ、そんな男を見上げ、切々と、薄ら寒いサイコな懇願する俺は、俺という奴は、途方に暮れた門脇と途方に暮れてヤケッパチの俺と、
あぁ厭だ、まるでこれから強姦されちゃうような体勢にキャァとかも言えないほど俺たちはギリギリで、余裕がなくて、苦しくて、どうしようもなくて、馬鹿で阿呆で救い道がなくて
「・・・ そしたらな、したら、おまえは・・・何を、何を俺に望むんじゃ?」
聴きたいか? それ聴きたいのか?
じゃァ、遠慮なく聴いてくれよッ!
「おまえの人生から野球、捨てろ・・・」
捨てろよ、捨てちまえよ、捨ててくれよ、捨てろ、それがなければそれさえなければそんな物に出会わなければ俺たちはもっと、もっと違った関係で楽しい青春を送れたのについてねぇな、ついてねぇよ、だから捨てろよ、もう捨てろよ、おまえの唯一かも知れねぇそれ捨ててくれよ、そんで空っぽになっちまえよ、普通の男になっちまえよ、そんで俺に踏み躙られてくれよ、踏みつけてから抱き締めるから、ありがとうと抱き締めて友情の証に俺は死んであげるから、だから、だとしたら? そうだとしたら? ここで頷いたら? ここでもう一度捨てろと言ったら? いやなにも、なにももう、なにもここには、なにも、なにも問題は解決しちゃいない、なにひとつ変わらず、なにひとつ動かず、なにひとつ生まれぬまま、ここには俺にはなに一つ、ここにはこれからもこの先もずっと
で、どうする?
どうする門脇? どうする?
おまえは俺の為にそれが出来るかよ?!
「・・・・ それが望みか? 」
答えない。
答えるもんか、答える代わりに笑う。 笑いながら畜生、涙が馬鹿みたいに流れる。 愚かな男の大洪水の無駄で有り難味の無いみっともない滂沱が無骨な門脇の指を手の平を濡らす。 強張り貼り付いたように動かないその指を手の平を濡らす。
朝顔の葉をつるりと滑る朝露は、
不埒な黒土に誑かされ、汚されるも吝かでなく、
- No Probrem
まるで、
なんにも問題なんかなかったように、消えるのだと、
「・・・・ウソだよ」
:: NP ::
October
20, 2004 (一部改定)
* 頑張れ当て馬君 ・・・ と云うリクも少し被るかな不完全?
* 文中、何かと偉い人の言葉を引用しております。
おそらく最初で最後の門瑞 なので、想い出づくりにオフラインへ参加したですよ・・・・・・・
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