091  サイレン


            転がり落ちるのが怖いんじゃない、巻き込まれるのも吝かじゃぁない。 
            だけども怖いんだ、そこへ、おまえと墜ちてゆくのが怖いんだ。


                            その時、確かに俺たちは


                                   * *


――― なに? ・・・・・はは・・・なんだよ来ちゃったのかよ、こんな時間に、ま、あがれよ、・・・


奴は何かを言いかけて止め、少し歪めた唇のまま立ち尽くしていた。

昼下がりのカウチは母親の腹ン中のような心地良さで、だから、あぁ夢かなと、飲みかけの缶ビールを持ち上げヘラリと笑う俺。 笑顔のお返しは無い。 期待してもいない。 痺れる指先は幸い震えてはいなかったが、薄っぺらな言葉が、笑いが、どうか俺らしく見えますようにと、鼻持ちならない軽薄な様に見えますようにと、どうか神様・・・・ 現金なものだ、何時世話になったのかもわからない神に祈る。 切実に、真摯に。 ひとたび背を向けた途端、すぐに舌を出す癖に。

―――  ・・・ あがれって、

木偶みたいに突っ立ってる奴に、声をかける。 酷く暴力的な目。 こいつ、なんて目ぇしてるんだろう。 息苦しさを覚え、目を反らす。 非難と糾弾と圧倒的な怒りを目玉の裏側に押し込んだ目をして、そんな奴と向き合って、いや、向き合える筈の無い俺は、それらがすべて余す事無く自分に向かっている事実に恍惚として、尻尾を振りそうな気持ちを抑え、一際素っ気無く三度目の 「あがれよ」 を繰返し、横柄に顎をしゃくり、かの如く、つまりこんな風に。 

       --- 怒れ怒れ怒鳴れ怒鳴り散らして拳振り上げてみせろよ! --- 

願いを込め、唇の片端を吊り上げた。 そんな俺に奴は何の感想も漏らさず、後ろ手にドアの鍵を閉め、屈みこんで靴紐に触れる。 だから俺は四度目を言わなくて済む。

さぁ、来い

ゾクゾクする興奮。 同じくらいの恐怖。 
下から睨みつけるようにして靴を脱ぐ奴を、俺は、実に巧妙に無言で煽るのだ。 

そら、ココだ!

にも拘わらず、この腰抜けめ。 
たかが数秒の沈黙に耐えられなくなった根性ナシは俺だ。 


――― 悪いけどさ、ビール俺の分しかねぇんだよ、分けてやる気もねぇし、イキナリ来る方も来る方だし、折角来て頂いてお出し出来るモンもなくてすまないけど、酒ならそこ、棚に貰いもんがあるから適当に勝手にして・・・・・あぁ、一番端のは飲むなよ、小市民のささやかな贅沢だから、丼で一升空けて自転車走らすようなザルに飲ませるシロモンじゃねぇから、

捲くし立てられた日常に、奴は小さな舌打ちをする。 

アー舌打ちしたいのは俺だ、台無しだ、俺は自分で自分のお膳立てをそっくり返してしまった、奴の衝動に抑制をかけてしまった。 


それだから、奴は言われたとおり台所の棚を漁りはじめる。 可笑しなものだ。 こんな状況下であっても、奴は俺に従ってしまう。 不愉快で理不尽で納得出来ない気持ちを隠す器用さを持ち合わさず、しかし、奴はさながら部屋を片付けろと母親にどやしつけられた小学生の様に、ノロノロと、やる気無く、しかしそういうものだと言わんばかりの当たり前さで、いつも、そうして、従う。

馬鹿野郎、だからいつまで経っても引き摺られるんだよ、いつまでたっても振り切れねぇんだよ、俺を、

遣り切れなくなって喉の奥で笑った。 それは思いがけず音の無い部屋に響き、青いボンベイの壜をグラスに傾けていた背中を、ピクリ強張らせるに充分な無神経さで。 


「・・・・・なにが、おかしい?」

なにって別段愉快な事も無い。 が、そう訊かれたら意味有りげに薄ら笑ってやるのが俺の芸風だろうから。 


「・・・・・・・」

案の定、逆撫で効果は抜群だったらしい。 面白いほどわかりやすく、奴の表情が強張る。 氷も入れない生温いジンを水でも飲むように空けて、湿った息を吐き、奴が微かに目を細めたから、嚥下に上下する喉仏がエロティックだと見蕩れる俺。 場違いな妄想。 見透かし咎める視線が空気を分断する。 頬が引き攣る。 余裕の射程距離に俺を捕らえ、再燃した怒りは、一層深く暗い。 

ならば狩られる前の一服とばかりにテーブルのライターに手を伸ばしたが、正直な指先は小さな震えを隠し切れず、舌に絡まるニコチンは一つも俺を落ち着かせてはくれなかった。 性質の悪い事に、震えるのは恐怖ばかりじゃぁない。 奴の怒りはしばしばどうしようもなく、俺に性的な興奮を催させる。 そして奴自身にしても、激しい怒りの発散の後、かなりの高確率で俺を抱き、鳴かせ、使いもんにならないようにさせた後、この世の終わりのような顔をして泥のような自己嫌悪に浸りこむ。 何かと御苦労な事だ。 ソッチに関しちゃ俺は満更でも無いのだが。

で、今日はどうするよ、旦那、

ブラインドの下りた薄暗い部屋の中、フィルター近くでチリチリ断末魔の声を上げる炎は、なにやら酷くこの場に馴染み、


「・・・おい、」

険のある焦れた声が、粗雑な足音が、分厚い掌が、指が直に自分に触れるのだと思うとそれだけで俺は恍惚として、声だけでイケるッてのは案外ホントかも知れないなと、灰皿に手を伸ばした振りで奴の死角に入り、うっとり目を細めて。 あぁなのにその前に断罪される瞬間を待たなきゃならないなんて、最悪だった。 全くツイていない。


「何で来なかった?」

と、あっさり本題に入りますか? 来なかったかと訊きますか? すっぽかしが気に喰わないですか? 最低ですね、約束をすっぽかす男。 誰だよ? 俺だろ? 

すっぽかしたのは奴との待ち合わせ。 
待ち合わせだってさ、アハハ笑えるだろ? 

――― ・・・・ッてか寒いし、キモイ。 キモイぜ? イイ年した野郎が女と別れたくらいの事で野郎と待ち合わせして、すっぽかされたからって怒んなよ、はは、んだよすっかりカンカンでやんの。 けど良くある事じゃない? 俺なんか特にさ、今更だろ? 来るだの来ないだのさ、で、それがどうしたよ? 問題でもあるのか?

「お前は、来るべきじゃなかったのか?」

やや、御尤もです。 ほらな、また聞かなくても良い事を確認してしまうマゾな俺。 揺らぎない言葉が、はっきり俺を断罪する。 仰るとおり、俺は行くべきだった、問題なんてのはオオアリだった。 

俺は、今日、奴に糾弾され、奴に弁明し、奴に軽蔑される為にそこに行く予定だった。 奴はそんな有り難い予定を一昨日の深夜にプロデュースし、御多忙の中、わざわざ時間を裂いて下さったのだがお生憎さま。 俺は計画立案に参加はしたが、ソレを守るかどうかまでは約束しちゃァいない。 だから、あの時も、電話に出る気なんてなかったのだ。 なにしろ、その素敵な計画が立案された直後から、電話の線は抜かれ、二年前ヨドバシで買ったゼロ円携帯も用意周到にスウィッチを切られ、当分見たくもないと部屋の隅に放り投げてある。 放り投げたのは、携帯だけじゃぁない。 いっそ清々した気持ちと、叫び出しそうな恐怖。 

怖いなァ。 

怖いけど、その状況をわざわざ頼まれもしないのに自発的に作ったのは俺だ。 

馬ッ鹿じゃねぇの? 

傍迷惑で自分勝手で、聞く耳持たない意固地の頑固者で、イザとなると独りじゃ厭だとか土壇場でごねる俺ってホント、最低の屑だ。 だけどもそれは、昨日今日に始まった事じゃない。 野球三昧だった息苦しい夏からずっと、いや或いはその辺りのもっと前? もっともっと前から、つまり奴に出逢ってからずっと、俺はこんな婉曲な自傷行為を飽きもせず何度も何度も繰返し、何度でも何度でも巻き込まれてくれる奴が同じ轍を踏む事実を確認せずにはいられなかった。 何処までも何処までも薄汚くなり続ける自分をせせら笑って見せつけ、そんな俺に何処までも何処までも係わり続ける物好きが、どんな風に傷付き葛藤して行くのかを見届けずにはいられなれなかった。 

マジ、馬ッ鹿じゃねぇの? 

所詮、俺は汚い泥水の中から生まれためくらのおぞましい生き物なのだろう。 濁らぬ光に憧れ、乾いた大地を渇望していながらも、惨めに干乾びる事を恐れて泥濘の中を這い回る。 照りつける陽光から逃げ惑い、生涯目にする事の叶わぬ美しい世界に呪詛を吐き、羨み、啜り泣いては己を傷つけ、ぬらぬらした体液を滲ませながら低いところで澱む。 決して陸になどには上がれない。 そう云う進化を諦めた、絶望の生き物なのだ。 

だからといって、それがなんだと俺が奴なら言うだろう。 が、奴は言わない。 言わないのを良いことに、そんな自分勝手な馬鹿馬鹿しい言い訳に俺は、いつまで奴を付き合せるつもりなんだろう。 イヤァ、君とはいつでも一緒でしたねぇ! 

けど、傍に居てくれだなんて頼んだ覚えは無いけどね。



三日前の晩、俺は女と別れた。 というより、捨てた。 あからさまに言えば、好きでもないのに付き合って、振り回して、散々貢がせて弄んで捨てたのだ。 我ながら辟易する屑男ぶりだ。 

が、例えば俺が常日頃からそのようなロクデナシであったにせよ、女の扱いが最低であったにせよ、奴は俺を許すだろう。 許してきた。 暗い目で俺を見つめ、返答を期待しないカタチばかりのクェスチョンを投げかけ、ささやかな非難の言葉を漏らし、申し訳程度の暴力を振るい、けれども、奴は俺を許す。 許してしまう。 歯軋りしそうな何かを腹の底に飲み込んで、それでも諦めたような顔をして、奴は俺を、いや違う、許す許さないも無く、そもそもそう云うものなのだ、これはそう云う風に出来ているんだからしょうがないのだと諦めている。 受容していたのだ。

冗談じゃねぇよ、勝手に許すんじゃねぇよ、心広い振りして理解者ヅラすんじゃねぇよ。 その癖死人みたいな目ぇして変にタメの入った言葉を捜して、あーそういうの駄目だ我慢ならないね、ムカムカするんだよ俺は。

しかし、今回はそうも行かないだろう。 俺は努力をしたのだ。 実に無駄な情熱を傾けて、俺はこうなるべく画策したのだ。 そうなるべくそういう風に、故意だよ、意図したんだよ、おまえにゃ死ぬまでわかんねぇだろうけど。 

なにしろキャスティングは超ゴージャス。 捨てた女は、奴の姉だ。 生真面目で大人しくて働き者の奴の姉を、俺はオモチャにして捨てた。 三日前のJR新橋駅、烏丸口の雑踏の中、よりに寄っての掃き溜めみたいなガード下で、俺は蹲って泣く女にサヨナラを言った。 勿論、即、奴の耳に入る。 悪事はほぼ二四時間を経て、望む相手の鼓膜を震わせたのだった。

そうして俺はといえばデカイ仕込みが終わり、些かナチュラルハイになっていたらしい。 したたか飲んで潜り込んだベッドの中、遅い眠りを破る枕元の子機をうっかり持ち上げてしまったのが今の始まりだった。 ほんの数時間前、ブラウン管でフラッシュを浴びていた今年の打撃王の芳しくない声を、半覚醒の脳味噌が拾い上げる。 キタか? と興奮が眠気を吹き飛ばした。 クルか? と不安で胃壁がキリキリ収縮した。 


 内側の、深いところでサイレンが鳴る。


なのに意外にも、まだ奴は怒ってはいなかった。 或いは怒りを必死で抑える事に、奴はまだ成功していた。 無言を決め込んだ俺に、寝てたか? などと見当違いな優しさを見せてくれた奴は、「何が」も「何のことか」も言わず、ただ、ちゃんと話そうと言った。 

ちゃんと話そう、ちゃんと話してくれ、でないと自分にはわからない、自分は察しが良い方じゃないからおまえが何を考えてそんな事をしたのか、何で姉に、わざわざ自分の姉にそんな事をしたのか、おまえが何を考えているのか一向にわからない

と、奴は心地良いくらいに低く落ち着いた声で、畳み掛けるように言うのだ。 

顰めた声の向うから、囁くような複数の声、ざわめき、電話の着信音、調子外れの歌謡曲、機械の回る唸りに似た不明音、ランダムな大歓声。 時刻は午前0時を回ったばかりの奴曰く 『キチガイのように喧しい』 勝ち試合の後のそこから、容易に人払いも出来ないそこからわざわざ掛けて来たのかと思うと、その焦り様とうろたえ様に思わず笑いが零れそうになる。 いよいよ取り返しのつかない事をしたのだと、悲鳴を上げそうになる。

そうしたリスクを省みずに奴が取り付けた約束を、不誠実で卑怯な俺は、当たり前の様に破った。 御忍びのヒーローをホテルのラウンジで待ち惚けさせ、自分は真昼間から安い発泡酒で安い現実逃避に余念がない有り様だった。

だけどもどうだろう? お前はホントに信じてたのか? 
俺がその約束をきちんと守るって、ホントにおまえは信じていたのか? 

あぁそうだろうとも、表だの裏だのと物事斜めに見る事の無いおまえだから、人を信じる心を失っていないお優しいおまえだから、確かに俺を信じてはいただろう、信じてくれてたんだよな? だけど、俺らの付き合いは伊達にクソ長かねぇんだよ。 おまえは経験から知っていた筈だ。 何度も何度もウンザリするくらい繰り返してきた強制的な体験学習で、おまえの無意識は覚えていた筈なんだ、こうなる事を。 こうしていつも俺が裏切り逃げる事をおまえの脳味噌は知っていた。 知ってたんだよ。 知ってた。 

だからだろ? あれだけの事をされて裏切られて、すっぽかされてコケにされて尚、まだおまえは多少の冷静を保持出来ている。 ここでこうして俺と膝つき合わせて、手を伸ばせば殴れる距離にいるにも拘わらず、まだ何かしらこの俺に救い道はないかなんて見当違いの馬鹿げた優しさを、無駄に無益に振り撒こうとする余裕なんてのがある。 はらな、また御得意の受容か? 容認か? 日頃のご理解アリガトウって言えば満足か?

やっぱおまえ、こうなる事、わかってたんじゃないか?

なァ、おまえって、自分じゃ気付いてねぇだろうけど、肝心なとこでホントは俺を信じてないんだってなァ、気付いてたか?

ま、気付いちゃねぇだろうな


「・・・俊、話してくれ、何で約束をすっぽかしたのか、そもそもおまえは何をどう思っているのか、ちゃんとおまえの言葉で話してくれ」

なんての、まだ言ってるんだよ、この人。

押し殺し押し殺し、何を努力しているのやら、二杯目のグラスは舐めるように、ただ手持ち無沙汰な掌を落ち着かせる為だけの様に。 おまえの飲み干すそれは、ひんやり透きとおった水の様にも見えて、想い出すのは真夏の砂埃立つグラウンド、ボロ雑巾の様に疲れ果てた喉を身体を癒す、三つしかない水飲み場に蟻の様に群がり飲み干した、捻った蛇口から溢れ出る透明な、冷たい、鉄錆の味がする水。 

でも、あの水は、確かに、甘かったのだ。


――― ・・・で・・・・何でだろうって? ソリャ、怖いからだろ。 こえぇよ、だっておまえ、俺の事半殺しにでもする気だったんじゃねぇの? なァ、さっき玄関入って来た顔なんてば相当にキてるし、ハハ、サングラスした赤鬼かと思ったし、鬼みてぇだよおまえ、鬼!

嘘じゃぁない。 さすがに怖くなった。 さすがに今度こそ、このギリギリに心臓が持たないだろうと思った。 柄にもなく怖気付いた。 

自分の撒いた種を刈り取れず、絡み付き生い茂る夏草のような自らの執着に息が詰まりそうになり、だから俺は尻尾を巻いて逃げた。 怯えて逃げ出して深酒して、独りのベッドで震えてましたよ、という事だ。 惨めだろう? 惨めで阿呆で実に俺らしいだろう? 卑怯者には似合いの過ごし方だろう? そんな風に逃げて置きながら、卑怯な俺は、ばら撒いた種の行方が気になって逃げ切る事も出来ない。 そらそうだ、誰だって発芽を望まずして種蒔きはしない。 

俺はさ、おまえがきっと追いかけて来る事を確信していたから。 そう易々と引き下がらず、諦めず、厚かましいほどの執拗さで俺を追いかけ、追い詰め、他意は無いという悪質さで他意だらけの俺を雁字搦めに縛り付けるおまえに、今度も俺はまた、戒められ軽蔑され、それでも微妙な同情としがらみ効果で、うまいことまた赦して貰えるかも知れない・・・なんてな。 俺は期待してたんだけども、どうよ? 

幸い、実りは充分過ぎるほどだ。
な? まんまと期待通りのおまえ。


「・・・言う事は、ないのか?」

―― だからねぇよ。 あってもおまえには言わない、おまえに言うほどのモンじゃない、


瞬間、くっきり浮かび上がった拳の陰影。 思わず奥歯を噛み締めるる俺だったが、まどろこしい詰問とまどろこしい探りと、まだ続くのか? まだこの茶番続けるのか? ふざけんな、いい加減にしろよ、終わりだよ終わり、子供だましの取調べごっこは終わり、 そんなじゃねぇんだよ、俺は、俺が欲しいのはそんなんじゃないんだ。 俺はおまえと、そんなくだらねぇ事を話したいわけじゃぁない。 ポイントはそこじゃぁない・・・・と、答える代わりに飲み干したビール缶の横っ腹を折る。 不愉快な金属音が頭の中のサイレンに重なる。

まどろこしい。 俺も、おまえも、どうかしているくらいまどろこしい。 微妙に的を反れ、掠め、痛い痒いような焦燥感に、そろそろ俺は音を上げようかどうしようか迷っている。 茶化して、謝って煙に撒いて、誤魔化してしまおうかと、頭は卑怯な逃走経路を模索中だったりする。

そうだ、それが奴の遣り方だ。 実に巧妙に、あざとく、奴は核心に触れるか触れないかのギリギリのところで、俺を追い詰めて、やがて呆気ない素っ気無さで俺の息の根を止めるだろう。 しがらみと思い遣りと無神経さの見事なコンビネーションで、奴はいつだって一つとして悪意を持たず、けれど結果は実に効果的な段階を踏み、鮮やかに確実に俺の止めを刺すつもりなのだ。 

そうして、なんにもねぇ俺から今度は何取り上げるつもりだよ? 欲しがり続ける俺に何くれてやるつもりなんだよ?

容赦無い男は、今度も容赦なく取り上げるに違いない。 


「・・・俊、」

でも、そんなのお互い様だと言うんだろうか?

――― 何も言うこたねぇよしつこいな、俺の女関係でおまえにコメントするこたねぇんだよ。 

「何も? 何も俺には関係ないのか? 俺の姉だとわかってて、おまえはそう言い張るのか?」

言ったな、

――― そりゃさ、確かにあの人アンタの姉さんだったけど、でも、イイ大人の色恋にきょうだいも何も無いでしょう? てかさ、秀吾クンなにしに来た訳? 夜中に強引にデートの約束したり、それチョロッとブッチしちゃったからって、国民的ヒーローの癖に真昼間から人殺しみたいな顔して押しかけて来たり、俺みたいな一般人の酒を勝手にがぶ飲みして、人のプライベートに口突っ込んで、正直俺が訊き来たいね、何? アナタ、ナニしに来たんですか?・・・・


世界は奇妙に歪む。 

書割のような薄っぺらな嘘臭い世界で、俺の見えないゼンマイは巻かれっぱなしの暴走中。 だから、半ば脅迫的に喋り続け、抉り続け、箍が外れてゆくおまえを見つめれば、不穏な瞳の闇が深まり、うっとりするほど綺麗で、官能的で、


――― ンまァ、じゃぁ、折角来てくれたんだし、昨夜のヒーローの為に、このわたくしめが性欲処理を承りましょうかね? アハハ、だろ? ココ来たからには、どのみちそう云うつもりでいたんだろ? キミ、俺とすんの好きだしね、アハハ、所謂虜?

怒りに染まる瞳を手のひらで塞ぎ、テーブル越しのキスは一方的で、触れるだけの臆病なくちづけ。

――― な、俺が、どんな風におまえの姉貴を抱いたか知りたくないか? 
      おまえに抱かれる俺がどんな風に女を抱くか知りたくはないか? 



   転がり落ちて行く俺たちにブレーキは無い



   サイレンが響く。







                                                           November 28, 2005







      :: おわり ::






         百のお題  091  サイレン   
                  ・・・       バッテリ 門瑞   ・・・・   そして 092 マヨヒガ へと続いてたりする