philter -媚薬 -

女三人で旅をするようになってから、なぜか男が群がるようになった。
ただ群がるだけなら、嬉しいことなんだけどね。

問題なのは、襲われることも多くなったことだ。
あたしとミネア二人だけのときは、それほどでもなかったのに、デリアと一緒になってから、なぜだかそんな羽目に会うことが多くなった気がする。女二人より女三人が目立つのだろうか?
昨日は宿屋の二階によじ登って、窓から部屋に入ろうとした、とんでもないヤツが現れた。
それで、さすがのあたしもちょっと怖くなり、弱気になっているところだ。

あたし達姉妹と一緒に旅をしているデリアという娘は、占い師である妹のミネアが予言した『伝説の勇者』と言われる娘だ。
あたし達とあまり年の変わらない女の子。
女にしては少し高い背丈と、がっしりとした身体つき。翠色のくせっ毛に、すみれ色の瞳。とくに目立つ美人というわけではなく平凡な顔立ちなのに、なぜか目の離せない雰囲気を持った娘だ。

あたしが賭博場(カジノ)賭機械(スロット)に夢中になっているときに、ミネアと共にその娘はやって来た。
あたしはよく覚えていないのだけれど、ミネアと出会う前にデリアがあたしに声をかけたらしい。
その娘が『伝説の勇者』だと聞かされたときには、本当に驚いた。『伝説の勇者』というからには、格好が良く逞しい美丈夫(イケメン) 。と、思い込んでいたからね。なんだかアテが外れたような気分だったよ。
それに、このデリアという娘。なんだか、ぼーっとしたところがあって、ときどきとてもイラつくことがある。本当にこの娘が勇者なのだろうかと疑ってしまう。

なんでも、てきぱき、はきはき、ぐいぐい。と、あたし達を引っ張ってくれる娘だったら、女でも『伝説の勇者』ということを納得できるのに。
なんか、ひとつ決断を下すのにものすごく時間をかけるようなところがあるのが、どうもね。
でも、その決断は的を射ているし、怪物と闘うときは、実に手際よく闘いやすく指示を出してくれる。
だけど、普段の生活では、なんだか結局はあたしが、色々と決めているようなところもあるのは、どうしたものかと思う。私達が勇者であるデリアに『導かれて』いるはずなのに。
あーあ。『勇者』に出会ったら何でもやって貰って、楽をさせて貰おうと思っていたのに……。

今あたしは、昨夜のような目に合わないために、今夜の宿をどうしようか、どこの宿なら安心できるのかと、一人で街の中を走り回って情報を集めている。
怪物に対してはとても強いデリアも、変態侵入男に対してはどうしたらいいか、わからないらしい。

そんな風に頼りない『勇者』のことを考えながら、市場で買い物をしつつ、店主の話を聞き、安全な宿屋の情報を集めていると、突然聞き覚えのある声に話かけられた。

「あら?マーニャじゃない」
「アニタ姐さん!」
驚いた。モンバーバラの劇場の踊り子仲間である。アニタだ。
派手な化粧顔。あまり品の良くない服に、首や耳や両手の指に大きな宝石をたくさん身につけていて、一目で素人ではない事がわかる格好だ。
「こんなところで、会うなんて驚いた。あんたが、モンバーバラを離れるなんてね」
「ちょっと色々あって、今旅をしているのよ。……あの、噂で聞いたけど、姐さんはここで?」
「そう。ここで商売をしているのよ。ちょっとした酒場と舞台と……女の子」
「へぇ。舞台があるの」
「狭いけどね。あたしも時々踊るのよ。全裸で。これも売り物のひとつ」

アニタはモンバーバラの劇場で、あたしよりずっと前から踊っていたひとだ。踊りはそれほど上手くはなかったが人気はあった。
巧みな話術もさることながら、かなりの床上手であるという噂は他の踊り子やあたしを取り巻いていた男たちからも聞かされた。
やがてアニタは劇場を辞めると、モンバーバラを去り、どこかで娼館の女主人になったと風の噂で聞いた。
だけど、まさかこんなところで会うとは。
実はいうと、あたしはこのひとが苦手だ。劇場の踊り子だったとき、稽古をいいかげんにしていたのが気に入らなかったし、なんというか……微妙に相性が良くない。

アニタは、あたしのカラダ全体をじっと見回すと、にやにやと笑いながら言った。
「ねぇ。あんたも踊ってみない?……ただし全裸でだけど。身体売る必要はないわ。あんたがやりたい。というなら別だけど」
「……全裸はご免だわ」
再会して突然、そんなことを言い出すアニタに呆れると同時に、あたしはムッとして答えた。
「ふーん。そのへんの妙におカタイところも変わっていないわね。……とはいえ『モンバーバラのマーニャ』が踊ってくれるなら胸出すだけでもいいわ。それだけでも、そこそこ儲かるからね。報酬ははずむわよ」
「…………」
お金の為に胸を出して踊ったことはある。それと「報酬をはずむ」という言葉に釣られて、あたしは思わず「いいわ」と返事をしてしまいそうになった。
だけど、自分の商売にあたしを利用しようということを、あまりにも堂々と言うアニタに、さらにムカついてあたしは暫く黙り込んでしまった。

「ふふ。やっぱりだめか。……じゃあね。マーニャ。あたしこれでも忙しい身なんで」
アニタはあたしから、くるりと背を向けて歩き出した。
あたしは、ため息をつきながら、そのままアニタの背中を見送り、ぽりぽりと頭をかいた。

ふと顔をあげると、道の先でミネアとデリアが、二人揃ってぎこちない笑顔で、こちらに向かって手を振っていた。
そんな二人を見たあたしは、思わずアニタを追いかけ呼び止めてしまった。

「まって、アニタ姐さん。やっぱりその話のってみるよ。胸出してもいいわ」
「おやおや。どうしたっていうのよ。突然」
「そのかわり……ちょっと条件というか……頼みがあるんだけど」
「……何か理由アリね?」
「まぁね。とりあえず、報酬としてそれなりの(ゴールド)の他に……女三人分の今晩の寝床と食事。それとお風呂を確保したいの」
あたしは、なぜか昨日の侵入男のことより、急に髪が洗いたくなり、思わず「お風呂」と言ってしまった。
「三人?ああ。ミネアの隣にいるあの娘?」
「そうよ。あの体格でしょ?用心棒になるわ。剣の腕前は折り紙つき。ついでにミネアにも占いの余興をさせるから」
アニタは遠目でデリアのほうをじっと眺めたと思うと、にやりと微笑み、あたしを見た。「ふーん。悪くない取引ね。いいわ。あの娘たちも連れていらっしゃい」

※※※※※※※※※※※

アニタの娼舘に入った途端、なんとも良い香が館中を満たしていた。
「いいにおい」
デリアがぽつりと呟くと、アニタが答えた。
『花の中の花』(イランイラン)という香油を焚いているの。これは媚薬の効果があってね。本当は茉莉花(ジャスミン) を使いたいのだけど、あれは高価だからね。これだと安上がりなの」
あたしたちは、なぜか表の玄関から館の中に通され、待合所の男達の視線をいっせいに浴びた。

この館中に香るこの香は本当に媚薬の効果はあるのだろうか?
ひとりの男と視線が合って、ひゅーと口笛を吹かれたデリアはなんだか途惑っている様子だ。
そりゃそうだろう。普通こんな所へ来る女は自ら身を売る女だけだ。それとこの娘は媚薬の効果も意味もたぶん知らない。

そんな風に途惑うデリアを眺めて、あたしがぼんやりしている間に、ミネアはアニタと占いの手数料についての交渉をさっさとまとめたようだ。いつの間にか、アニタの案内する小部屋にへと入っていってしまった。
その部屋には何時の間にか『モンバーバラのミネアの占いあります』の看板が掲げられていた。

「マーニャさんの控え室はこちらです」
「あぁ。ありがとう……」
あたしは、下働きの娘に促され、舞台そばの楽屋がわりの部屋へと案内された。
横目でアニタがデリアに話かけられ、どこかへ行くのを見送りながら。

※※※※※※※※※※※

乳房を晒して踊るのは久しぶりだ。こんなことだけで、それなりのお金になるのはありがたい。
ここであたしに欲情した男達がこの館の娘を買う。待たせている男達も逃さない……といったところか。
なるほど。くやしいけど、アニタ姐さんは商売上手だ。

あたしは「脱げー」とか「下も見せろー」とか叫んでいる男達の野次に合わせて、下穿を取ろうとする動作をくり返す。
その度に男達がぎらぎらした瞳をこちらに向ける。
ぎりぎりのところで、肝心なモノを見せないでおくと、男達は残念がったり、悔しがったり、罵倒をしたり。
その男達の動作ひとつひとつが面白い。ホントに男って……。

あたしは、それでもこうしていることが、とても気持ちいい。どんな状況であっても、踊ることが心底好きなのだなと思う。

最後に拍手をもらうと、こんなところでも、あたしの踊り自体を認めてもらえるのだなと思った。
「ばっきゃろー全部脱げー!!」と罵倒の声も聞こえたが、そんなことはどうでもいいくらい、気持がちよかった。

あたしが気持ちよく舞台の袖に引っ込むと、今度はアニタ姐さんがいきなり全裸になって踊りだした。

あーあ。あたしが、あれだけ一生懸命やったのに、なんと雰囲気のない。踊りは相変わらずだし。
やがて、アニタはおもむろに大きく股開き、自らの繁みの中手を延ばすと花弁をぱっくりと開いて、中身を見せていた。

男達が歓声をあげ、あちこちから口笛が響く。自らのモノとり出して、しごきだす男も現れた。
アニタはその中から一人の男を舞台に上げ、早速その男の下穿きを脱がせた。
男のソレはすでにそそり勃っていたが、アニタはそのモノを咥えて、さらに膨張させた後、男に尻を見せて四つんばいになって……。

なるほど。これもひとつの「売り物」か。

「ねぇ。あたしたちの寝床は?……と、その前にお風呂はどこ?」
「あっ。はい。こちらです」
あたしは舞台での汗を流したくなり、下働きの娘に案内を頼んだ。

※※※※※※※※※※※

あたしがお風呂から上がると、入れ違いにデリアがアニタに伴われてやってきた。
デリアは少し俯いて、なんだか妙な表情だ。逆にアニタは満面の笑をあたしに見せた。
「あら。マーニャ。さっきはよかったわよ。お陰で、あたしの舞台まで、とっても盛り上がったわ」
「そりゃどうも。ついでに儲かったんでしょ」
「あはは。おかげさまで」

あたしは、どうでもいいアニタとの会話の横で、なんだか、おどおどしているデリアが気になった。
あと、なんでアニタと一緒にいるのか?

「ところでデリア。あんた何してんのよ?」
「あの。アニタさんが、今日はもう、お仕事しなくていいと言ってくれたから……」
「へぇ……それは……」
あたしがデリアと話を続けようとすると、アニタが割り込んで、話し出してしまった。
「ああ。この娘ね、さっきとっても、よく働いてくれたのよ。イヤな客追い払ってくれたし。ほんと用心棒として役にたてくれたわ。でね。ちっょとお礼がてらに、あたしの部屋で、とっておきのお菓子でも、ご馳走しようと思ってさ」
「あっ、あの……そんな。いいです。アニタさん」

馴れ馴れしく、デリアの背中をぽんぽんと触るアニタに、デリアはなぜか、とっても焦ったように言葉を続けた。
「えっと。それならミネアも……あとでミネアと一緒に」
「そ、それもそうね……。でもミネアはまだまだお客が並んでいるし……」
「あの、アニタさん。ちゃんとお仕事の報酬もらえたので、それでいいです……じゃあ。お風呂いただきます。あと、着替え。ありがとうございます」
「ふふ。きっとあんたに似合うよ。あっ。そうだ。明日になったら、いいものあげるよ。今晩は残念だけどね……」

なぜか、残念そうな声をだすアニタも、逃げるように、浴室へと向かったデリアも、なんで二人がそんな態度をするのか、あたしは不思議でならなかった。

そのままデリアが浴室へて入っていくのを二人で見送ると、アニタがまたもや、あたしの顔を見てにやにやと微笑んだ。
だけど、あたしはそれを気にも留めない。と言った態度をとった。
「アニタ姐さん。とりあえず礼を言っておくよ。今晩はありがとう」
「いやいや。どういたしまして。またやって欲しいと言いたいだけど……どうやら無理のようね」
「……悪いけど。一応旅の途中だからね……じゃあ。あたし寝るわ」
「そうかい?じゃあ。おやすみ。あの娘によろしくね」
あたしは本当は何があったのが、どういうことなのか、なんでミネアが関係あるのかと、色々聞きたかったけど、アニタに聞くことがなんだか癪になり、そのまま寝室へと与えられた部屋の方へ向かった。

部屋に入ると、あたしは久しぶりに洗った髪のしずくを手拭で拭き取りながら、鏡台に向かった。
アニタがあたし達に与えてくれた寝室は、ここで働く女の子たちの控え部屋のひとつらしい。
大小二つの寝台や鏡台などの家具に占領されて、とても手狭になっているが、それほど居心地は悪い印象ではない。

あたしをここへ案内してくれた娘の話によれば、もともとは二人でも休めるほどの大きめ寝台が、一つだけ置いてあったらしい。でも、それでは三人では無理だろうと、もうひとつ小さめの寝台を、用意するようにアニタに言われたそうだ。
そんな話を聞くと、あたしはアニタが意外に、こういった気遣いが出来るひとであることを思い出した。
なんだかんだといっても、これだけの大きな娼舘を、切り盛りしているだけの器量はあるということだ。

髪がある程度乾くと、あたしは大きいほうの寝台寝転がった。寝台の寝心地もいい。
なるほど。身体を売る部屋とは別にこんな部屋があれば、女の子達も身体を休める。というわけか……。

あたしは、最初にここがどういった所か、デリアに説明しなかったことを、ふと思い出した。
あの娘はこの場所がどういうところか、解っているのか?男と女のアノ事は知っているだろうかと。

そんなことを考えていると、部屋の扉を軽く叩く音がした。
どうやらデリアがお風呂から戻ったようだ。
続いて、開けられた扉の中から、現れたデリアの姿を見たあたしは、思わず声を上げ、飛び起きた。
「ちょっ、ちょっと。あんた。なんて格好をしているのよ!?」

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