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『パフのアトリエ 〜パフリシアの魔法使い〜』

 ある時代のある世界の話。
 パフリシアという魔法国家に、パッフィー──通称・パフという姫がいた。
 パフはまだ修行中の半人前魔法使いだが、秘めたる魔力は国王セラナンにも匹敵すると噂されていた。しかし……、

「パッフィー! パッフィーをここへ!」
 国王の怒声が王宮に響き渡った。臣下たちは素早く示し合わせ、各々の心当たりの場所へと走る。これは毎日の日課になっているので、皆、手馴れたものだ。
 ほどなくして、パフは王の間に現れた。
「お父様、なんの御用でしょうか? わたくし、魔法の修行の最中なのですが……」
 パフは、突然の呼び出しの意図に気付いていないらしく、不思議そうにしている。王は怒りをこらえ、穏やかに話し掛けた。
「パッフィーよ、窓の外に見えるアレはどういうことなのか、説明しておくれ」
「窓の外、ですか?」
 パフは首をかしげながら、王の示す大きな窓に歩み寄った。
 中庭にある王家自慢の薔薇園が、ごうごうと火の粉を巻き上げて燃えていた。庭師たちが必死で消火作業に励んでいるが、火の規模が大きすぎてなかなか鎮火できないようだ。
「燃えています。お父様」
「それはわかっておる。どうして燃えているのか説明しろと言っておるのだ……!」
 王の語気はどんどん荒くなっているが、パフは相変わらずのんびりしている。
「どうして燃えているのか……。あっ、わかりましたわ!」
 パフは、ポン!と胸の前で両手を合わせた。彼女のお得意の仕草だ。
「わたくし、朝から中庭で魔法の修行をしていたのです。きっと、魔法の火球(ホノオン)が的から逸れて、薔薇園に燃え移ったのですわ」
 まったく悪びれずに笑顔で報告するパフの姿に、王はこめかみがズキズキと痛むのを感じた。
 この修行熱心な愛娘は、自分の魔法が周囲に及ぼす被害に対して、まったく責任を感じていないのだ。
(やはり、あの計画を実行に移すしかないか……)
 王は玉座に深く腰を下ろし、まっすぐにパフを見据えた。まだ14歳の可愛い娘。世間知らずの無邪気な姫。しかし、一国の王として、父親として、厳しく接せねばならないこともある。彼女は、いずれは自分の後を継いで国を背負って立つ者なのだから。
「パッフィー、お前はまだ魔力を上手く制御できない。にもかかわらず、いつでもどこでも攻撃魔法を連発! このままでは、城のみならず、パフリシア全土が焦土と化す恐れもある……。
 そこでだ、私はお前に試練を課すことにした」
「試練、ですか?」
「そうだ。一件の小さな店と五年の時間を与えよう。城下で一人暮らしをして、魔法を基礎から学び直すのだ」
「……わかりました。お父様が安心できるよう、しっかり修行しますわ」
 その明るい笑顔からは、どこまで王の真意を理解したのか読み取れなかったが、とにもかくにも、パフは町外れの工房で生活することになったのである。


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 修行一日目――
「まあ、可愛らしい部屋ですね。わたくし、こういう場所に憧れていたのです」
 工房はとてもこじんまりとしていて、城の寝室より狭いぐらいだったが、パフは無邪気に喜んだ。温室育ちの姫君には、この質素さも新鮮に感じられるのだろう。
 しかし、浮かれてばかりはいられない。小さな本棚は初歩の魔道書が数冊入っているだけでスカスカだし、魔法薬の調合に使う器具も必要最低限の物しか揃っていない。本格的な修行をするには、自分で資料や器具、材料を調達せねばならないのだ。
「さて……なにから始めたらいいかしら?」
 パフが工房の中を見回して考えていると、勢いよくドアがノックされた。
「どなたですか?」
 今日から修行を始めることは、ごく一部の人間しか知らないはずだ。
「パフー! さっそく遊びに来たで!」
 ドアの向こうから聞こえてきたのは、陽気で独特な訛りのある声。その声の主を、パフはよく知っていた。
「カッツェ! ドアは開いていますわ。どうぞ中に入って!」
 許可を出すのとほぼ同時にドアが開き、オレンジ色の髪の少女が顔を覗かせた。王宮御用達の行商人のカッツェだ。色々な土地で商いをするため、一年の中でパフリシアで過ごす時間は短いが、歳の近いパフとは仲が良い。
「ふーん、お姫さんが暮らすにはちょっと狭すぎる気もするけど、なかなかええ工房やんか。
 うちもしばらく城下に滞在するつもりやから、できることがあったら手伝うで」
「ありがとう。ちょうど、これからの予定を考えていたところなの」
 二人はベッドに並んで腰掛け、しばらく談笑して過ごした。といっても、城下のことを全くといっていいほど知らないパフは、事情通のカッツェの説明にほとんど黙って耳を傾けていただけだったが。
「――とまあ、城下にある施設はこんなもんやな。今からでも行ってみるか? まだどこも営業時間中のはずやで」
「ええ、ぜひ! 欲しい道具もありますし」
「それやったら、まずはアカデミーやな。魔法の勉強に使う材料や道具は、基本的なもんはあそこのショップに揃っとるし……それに、学生向けやから、値段もそこそこ安い!」
 カッツェはビシッ!と右手の人差し指を立て、最後の部分を特に強調する。「商人は損をしてはならない」が彼女の口癖だった。


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 アカデミーは、パフリシアでは王宮に次ぐ広さを誇る建物だ。この国は魔術の研究だけでなく次代の魔法使いの育成にも力を注いでおり、他国からの留学生も多く受け入れている。そのため、学生たちの居住スペースだけでもばかにならないのである。
「わたくし、ここに来るのは初めてですわ。お城の中の研究施設とは少し雰囲気が違っていますね」
「そうゆうたら、パフはなんでアカデミーに入学せえへんかったんや? お城とも近いんやし、なんも問題なかったんとちゃうん?」
 パフはよくぞ聞いてくれました、という微笑を浮かべ、ゆっくりと頷く。
「それは……わたくしの魔力が強すぎるからなのです。幼い頃のわたくしは、今よりも魔力の制御ができませんでしたから……」
「他の生徒と一緒に勉強しとったら、魔力が暴走した時の被害が大きいっちゅーわけか……」
「はい♡」
「……」
(こりゃ、王様も頭を悩ましはるわ)」
 セラナン王の苦労が少し理解できたカッツェだった。
「カッツェ、どうしたの? 急に黙り込んでしまって……」
「う、ううん。なんでもないねん!」
 カッツェは気を取り直し、アカデミーの案内を再開する。
 教師と生徒の居住地区、国お抱えの魔導師たちが記した魔道書を集めた図書館、カッツェ一押しのマジックアイテムショップ――
「ほら、あそこの壁んとこに掲示板があるやろ。あれには、学年順位とか月間目標が貼り出されるんやで」
「今はどんなことが書いてあるのでしょう?」
 パフは興味津々で、掲示板に歩み寄った。 『上級技術強化期間:五つの元素を把握すること』
「五大元素……? ああ、これですわ!」
 ポン!と手を打つパフ。その顔には、今日一番の笑顔が浮かんでいる。
「この月間目標がどうかしたんか?」
「ありがとう、カッツェ。わたくし、自分に何が欠けていたのかわかりましたわ!
 さっそくお父様に報告してきます!」
「ちょ、ちょっと、パフ! どこ行くねーん!?」
 驚くカッツェを置いて、パフは元気よく王宮へと駆けて行く。
「普段はおっとりしとるけど、思い立ったら止まらん子やなぁ……」


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 再び、パフリシア城の王の間――
「お父様、わたくし、大事なことに気づきました」
 パフは魔法の杖を手に、玉座の父に報告する。
「おお、さすがは我が娘。もう理解したと言うのか!」
(私が心配していたほど、深刻な問題ではなかったのかもしれんな……)
 五年かけてみっちりと修行させるつもりだった国王は、自信に満ちあふれた愛娘の笑顔を頼もしく思った。
「見ていてくださいね……ホノオン!」
 パフが力強く呪文を唱えると、杖の先から炎が巻き起こる。試しに唱えたにしては大きすぎる火は絨毯を燃やし、壁を焦がし、天井のシャンデリアを煤で汚しながらどんどん燃え広がる。
「ぱ、パッフィー!?」
 驚く王とは対照的に、パフは余裕の表情を浮かべている。
「大切なのは、五つの元素を把握することだったのです。たとえ魔力を上手く制御できなくとも、失敗した魔法は他の属性で打ち消せば……フルム!」
 杖から今度は水流が放たれた。当然のことながら、水は床の火を消すだけにとどまらず、王の間の壁に大きな穴を開ける。
「ほら、この通り! 大成功ですわ♡」
 誇らしげなパフと水浸しになった床と見通しの良くなった壁。悪夢としか言えない光景を前に、王は大きな溜息をつく。
「王国全土が水没する日も近いかもしれん……」
 もちろん、その呟きはパフの耳には届いていない。
「これからは、心置きなく魔法の練習ができますわ。ホノ・ダース!!」
 王の苦労は続く。

                                    めでたしめでたし?

 (2009/11/30 旧サイト版から少し修正)

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