ネンノタメ



茶色の紙袋を傾けるとゴトリ、硬い音がして机の上に不可思議な物体が姿を現した。
その後‥ポトリ、音も立てず落下したもの。双方を無言で見詰め
「どういうことだ」
地を這う声、と言うのはこういうものなんだと実感できるような低く戦慄く声に
「僕から御剣へのプレゼント。すっごく実用的でしょ」
悪びれた様子もない明るい笑顔が向けられた。


洒落た紅茶のカップにとぽとぽと注がれる琥珀色の液体。
くゆる湯気に鼻をひくつかせれば、芳ばしいと例えるのがいいのか、カップ同様こ洒落た洋風な香り。
多分、その手の事に通じている者ならひと嗅ぎするだけで茶葉がどうとか淹れ方がどうとかご大層なウンチクが飛び出しそうな気がするけれど、辛うじてインスタントコーヒーとそれ以外の方法‥ドリップなどで淹れたものが香りが違うと言うことぐらいしか分からない自分には大した感慨は湧かない。
わざわざ手間をかけてくれて有り難うという程度。
自分が手がける事柄へのこだわり‥例えそれが紅茶であっても手を抜かない。彼の根幹であり基軸なのだろう。
他者から受けるものには寛容というか、まったくといっていいほど頓着ないのに‥その辺のギャップを成歩堂は気に入っている。押し付けがましくないところに好感を持つ‥もっと言うなら好きだ。
カチン、と茶器が音を立て差し出される紅茶を「ありがとう」素直に受け取り笑顔を浮べた。
「うム」
そして手がけた事柄が終了すれば潔いほどの引き際。
「えっ?御剣は一緒にお茶しないの?」
ティーポット片手に踵を返し、同席する気配を感じさせない背中に「置き去りかよ」とは言わないけれど。
「君は適当に寛いでくれたまえ」
途中やりになっていた業務を遂行しようと革張りの椅子に手をかける御剣に
「いやいや、僕は御剣に用があるから訪ねてきたんだ。喫茶店に時間つぶしで立ち寄ったんじゃないんだよっ」
当然の異議を申し立てた。
一瞬の間。半回転になった椅子を元に戻し「そうなのか」と今はじめて知ったかのように頷く御剣を縋るような目で見て
「そりゃ〜一緒にお茶するのも目的の一つだったけど…渡したい物があるんだ」
仕様がない…ネタばらし。そうでもしなけりゃ一緒にお茶、の目的までに時間がかかりそうだったから。つれない男だとは思っていたけどココに来てもかと成歩堂は嘆息吐き、一人侘しく座る来客用の応接セットに御剣を視線で呼び入れた。
ここが自分のテリトリーである事務所じゃなく、御剣の執務室なのは分かってる。まぁまぁ座りたまえ、なんて我が物顔で言えちゃう場所じゃないながらも、置き去りにされかけたけどお茶を出してもらえるくらいの扱いは受けている。一緒に居ようよ‥強請れるのは自分たちが世に言う恋人関係だからで…のわりに対応がぞんざいなのが気になるけど。
やれやれ困ったものだといわんばかりにでも、やりかけの仕事から紅茶を前に待機する男に意識を戻してくれるのが嬉しい。
硬い靴音を響かせ御剣が応接用のソファーに腰を下ろしたところでホッと息を吐き、ようやく落ち着いた気持ちで紅茶に口をつけようと…して…
「で、渡したい物とはなんだ」
ブッ、成歩堂はチビリ含んだ液体を軽く噴出した。
「あーつっ!!」
淹れたての紅茶を噴出せば熱い。いくら自分がしたことといっても意図せずやったことだったから、口周辺に飛び散った熱々の紅茶に慌てる。よく取り落とさなかったと褒めてもらいたいくらいの勢いでカップを目の前に掲げ、濡れた口元を手の甲で拭う。
成歩堂が一人リアクション大会を開催している様子に御剣のいぶかしむ視線が痛いくらいに注がれる。
「いきなり本題かよ!」
憤ると言うか、なんだそれっ、と言う思いで噴出す原因となった言葉をしれっとした態度で吐いた男に突っ込みをいれた。
そりゃ〜、本題は渡したい物…だけど、二人だけでティータイムの目的もあった。仮にも自分たちは世をはばからぬ恋人同士なのだから少しぐらい期待してもいいじゃないか。イチャイチャデレデレとはいかないまでも心擽る戯れの時間をちょっと満喫したって罰はあたんないでしょ?仮にも恋人同士なんだから!
なのに腰を落ち着ける間もなく突入なんて色気がなさ過ぎる。
そもそも寛ぐのならば自分用にもお茶を用意してもいいのにっ。簡潔に用件だけ訊こうとするあたりが――
「‥‥らしいって言えばらしいんだけどさぁ」
そういうところも込みで好きなんだけどさ。がっくりと項垂れ成歩堂は見えない白旗を小さく振った。
はぁ、小ぶりな溜息を短く吐くとゴソゴソ、乾いた音を立て成歩堂は背広のポケットを探り
「はい。どーぞ、受け取ってください」
抑揚のない口調でそれを差し出す。
「なんだこれは」
「さっき現場をまわってて見つけたんだ。必要かなーと思ってね」
「開けて構わないか?」
「どーぞ、ご自由に」
応接机の上に無造作に置かれた紙袋。ポケットに収まるくらいの大きさで、持ち歩いた為か紙面に皺がよっている。
こういったものを成歩堂から改まって受け取ったことのない御剣は手を出すのに戸惑いがあるようで、開封確認しても行動へと移すまでに時間がかかった。紙袋から成歩堂へ‥交互に目線をとばし、促すような頷きをもらってようやく決心がついたみたいだ。
軽く深呼吸…ひょいと持ち上げたそれは見た目同様小ぶりな重さで、そこの膨らみからして小物、と推測できる。
ぺリンとテープを剥がし中を覗き込む。
「………」
伏せた睫毛は微動だにせず、静止しっぱなしの手元と結ばれたままの唇。その間を楽しむみたいに成歩堂は紅茶を啜りつつ観察し
「どういうことだ」
明らかに怒気のこもった声で中身を机の上に転がす男に冒頭の台詞を述べた。

プレゼント、と称される品は内容、包装、渡すシチュエイション 云々よりも気持ちのやり取りが重要なのだと思っていた。
価値観や嗜好は人其々微妙に違い、趣味となるとある程度の情報収集が要求される。送る側の好みの押し付けであってはいけないけれどソコに込められてる想いやメッセージ、その品に辿り着くまでの熟考の時間など、無視するわけにもいかずよほどのことでもない限り感謝の気持ちを忘れてはいけないだろう。
たまたま出かけた先で、たまたま目に付いたもの。値段ではなく、その品を見て自分を思い描いてくれたことに一番価値がある。記念日やあらかじめ決まっていた祝いの日以外に手に取るその事実は驚きと喜びを伴って突然訪れる。
気持ちをまず汲まなければ…よほどのことでもない限り感謝の念を口で表すのだ。
…分かっていても
…そう、分かっていても
言葉が喉につっかえて後戻りする時があるのもまた、現実。
何かしらの表現をしなければ…一向に感謝の気持ちが湧かない”プレゼント”にじりじりと追い詰められるようにして出た台詞は――。
「‥成歩堂、説明をしてくれないか…これは、なんだ」
一言一言をあえて区切り、内容、機能の説明…モトイ、そのもののもつ名称をまず尋ねた。




  



2007/08/05
mahiro