家に着いたら部屋着に着替え、軽く飲み直し風呂に入る。最初は御剣、その後ぼく、ほこほこあったまった身体。冷たいお茶で喉を潤しまったり寛いで、御剣が欠伸をしたのを見たぼくがそろそろ寝ようかと促す。
まあ、これはこれで和むし幸せ。
風呂上り、御剣の桃色肌には正直ドキッとしたけどセットされてないさらさらの髪をくしゃくしゃ撫で回すことで何とか誤魔化した。可愛いなぁと思うことで誤魔化した。
客布団なんか敷かないよ?「狭いではないか」と非難されてもそれだけは譲れない。寝てる時でも御剣を傍に感じていたい‥そう、これはぼくの我侭。片恋してた頃から自分の中で決めていたことなんだから譲るもんか。
御剣もその辺分かってくれてるようで促したところがいつも一緒に寝てるベットだと分かると、ごそごそその上を横断し壁際の定位置にすっぽりと収まった。毛布は肩まで、羽根布団は鼻先まで、頭を数回左右に振り枕の形を丁度よく合わせ大きく深呼吸し目を閉じる。
そういうちょっとした仕草って可愛いよなぁ‥猫みたいで。
ニヤニヤしてベッド脇で立ち尽くしてるぼくを片目で確認すると「寝ないのかね?」許可を出すみたいに誘う。
寝るんだけどね!寝るんだけどさ!
このどうにももどかしい気持ちをがしがし頭を掻くことで散らしもそもそと空いた半分のスペースにもぐりこんだ。自分のベッドなのにお邪魔しますなんて言いながら。
ひんやり冷たいシーツと毛布がぼくの体温をじわじわ吸収して行く代わりに身体は冷える。さ、さぶい…ぶるっと震えるぼくを横目に御剣は互いの過不足が無いよう毛布と羽毛布団の幅を調整し、御剣の体温が内側で流れ込んできた。
二の腕の接点、足元の接点。大の男二人が共にするには狭いスペース。それが、余計に……。
目の前に広がる天井が薄暗く歪む。
体温はマズイ。流れ込んでくる温かさもだけどぼくの分と御剣の分が交じり合うのはもっと、マズイ。体内に染み込んでくるそれは肉体を蝕む病魔みたいで正常に働こうとする細胞に変異をもたらす。
こーゆーの、なんて言うんだっけ?不整脈?血圧上昇?鼓動が打つたび熱せられた血液が脳に押し寄せ、意識混濁?クラクラする。
のくせ、御剣が寝返りを打ち壁際によると耐え難いほど寂しい。二人の間を分ける空間が寂しい。
頭だけ横を向き闇に慣れてきた目で無言の後頭部を見た。さらさらの髪が枕に向かって流れ落ち、窪みでうねり毛先がツンツン覗いてる。その中でおおよそ一束流れから外れているのを確認し、ああ、これがどんだけジェルやワックスで撫で付けても直らない癖っ毛の部分なんだなぁって思ったら可愛くてしょうがなくなってきた。
布団の中をもぞもぞ動き、ヒタッと御剣の背中に張り付く。
見詰めていた後頭部は目と鼻の先、胸板は肩甲骨に触れ、御剣の姿勢に僕の身体も同じように添う。
手の所在はわき腹を抱え腹部に有り、寂しさを募らせる空間はそれこそ隙間無く埋まった。
君のぬくもりにぼくは回帰する。母体へのソレと同種の願望がある。
ずっとこうしていたかったのに子宮の収縮で狭い産道から捻り出され、戻ることは叶わない。ソコに在ったら絶対の安心と確実な安らぎが約束されているのに、輪廻に刻まれた償いと購いを科せられる。
還りたいぬくもり。
いとしい人の体温は泣けるほどに優しい。
「…起きてる?」
寝心地が悪いんだろう僅かに身じろぐ御剣に背中越しに囁く、と
「そんなに張り付かれては、寝苦しい」
窘める声。
夏場によく言われた台詞に苦笑が漏れる。
「だって、ほら…君、忘れてる」
とっさに出たぼくの言葉と短い沈黙。考えてる考えてる…さて、どう出るかな〜とだんまりを決め込んでいると仰向けに直り首をこっちに捻り
「何を、だ」
率直な問い。
しかめっ面に眠気が感じられないところをみると寝た振りしてたな。
「何をって、思い当たることは?」
上半身を起こすとぼくは軽く頬杖をくと少しだけ意地悪く聞き返す。
「……………ない」
あ〜あ〜‥眉間のヒビを深くしちゃって。カワイイんだから。
別に責めるようなことじゃないんだけど寂しいじゃん。違う、背中を向けられて寂しかったんだ。だから
「忘れたことも忘れるなんて、つれないなぁ…オヤスミを言ってないでしょ?」
いかにもな笑顔でぼくは答えた。
「‥オヤスミ?」
なんだそんなことか…言いたげな表情の御剣に
「そう、挨拶は人間関係の基本ですよ?」
当然、とぼくは頷く。
まあ、分かってるとは思うけどこの状況で挨拶なんて僕自身気にしちゃいない。なんていうか、物寂しさへの当てつけ?かまってちゃん的な我侭?
要するに、もっとイチャイチャしたいんだ。副作用のことなんか考えず目先の投薬治療を望んだ次第で…
「なら、これでいいな」
それなのに御剣ってばフン、と鼻を鳴らしまた寝返りを打とうとする。
「ちょ、ちょっとぉ?!これでって、何?!」
「今言ったではないか」
「えぇぇ?!それってアリ?!疑問系だったじゃん!つか、挨拶!キャッチボール!心の交流!」
全然無かったしっ…あんまりだっ!いくら眠たいっていってもあんまりだ!
半ば半泣きで抗議するぼくに溜め息を吐くと御剣は打ちかけた寝返りを中断し
「オヤスミ、成歩堂。いい夢を」
淡々とした口調で言い直した。

ここで、止めときゃよかった。
やるせなさを飲み込んで大人しくオヤスミって返してたらぼくの信用に傷はつかなかったんだと後になって思う。
何がいけなかったんだろう…ぼくなのか御剣なのか、それとも両方?
もっと優しくしてくれたら、せめて微笑んでくれたなら、寝返りなんて打たないで向き合ってくれたのなら…嗚呼、そうやって君に非を押し付けちゃいけない。
オヤスミを言うとか言わないとかそれ以前に、ソレを期待していたぼくが悪い。なんだかんだと理由を見つけ、それを足がかりに求めようとしたぼくの浅はかな態度が悪い。
依存性の高い薬と、抗い難い副作用。
そもそも君への恋慕が抑えきれないぼくが、悪い。
戻る気なんかないくせに…
「足りないなぁ〜、まだ足りない。仮にもぼくたちは恋人同士なわけだし?オヤスミときたらするでしょうが」
大袈裟なくらい肩を竦め、嫌味なくらい長い溜め息を吐き、怪訝そうな表情の君に向かい
「キス…オヤスミのキス。忘れちゃダメだよ」
最高に計算し尽くした笑顔をぼくは浮かべる。


所詮、男は狼。
恋は一人称。
もっと満たされたいって欲望は際限無い…解ってたことだけどね。


表現の一つとして”ギロッ”という音を使う時がある。
相手を強く睨み付ける際使われ、そこには猜疑心や憤りが確実に込められている。
「……………」
「……………」
無言で見詰め合うぼくたち。残念なことに甘い雰囲気なんかこれっぽっちもなく、感じるのは微妙な緊張。
御剣がぼくに向ける視線を表現するならソレ‥”ギロッ”が最も適していてぼくはその迫力に気圧され顎を引きそうになる。
何て言うの?こいつの‥目力?ったら相当なもん。法廷内での対峙なら被告人の人生がぼくの肩にかかってるって重責が支えとなり、どんなに強く睨まれても逸らさず睨み返しもするけど、そうじゃない今は受け止めるので精一杯。蛇に睨まれた蛙の気持ちが痛いくらい分かる。
御剣がぼくを睨みつける気持ちは理解するし、心の中で何を言っているかも大体想像できる。
それを覚悟でぼくはオヤスミのキスを強請ったんだから退けないし、退くもんかって思う。ぼくたちはキスを強請のを許されるくらいの関係なんでしょ?って不敵に笑ってみせる。例えそれが強がりでも、背筋に冷や汗をダラダラ掻いてても。
もう少しぼくに甘い夢を見せて!君を好きな男のわがままを皮肉ってもいいからきいてよ!ぼくの瞳が語る想いに耳を傾けて!そう訴え続ける。

しばしの沈黙、不意に崩れる均衡。
動けないぼく。
動いたのは君。
これ見よがしに大きく溜め息を吐き、緩やかな動作で半身を持ち上げ、引き結んだぼくの唇に吐息と共に炎を灯す。
「オヤスミ、成歩堂龍一」
囁く声を仲介にして。
音すら立てず触れ、瞬き無く開いたぼくの目に行為の過程が滲みながら流れ、唇にキスの余韻を残し離れた唇。見詰める先で伏せた睫毛が震えさっきまで眼光鋭く発していた瞳が頑なだったぼくの気持ちを容易く解す。
意外なほど押しに弱いぼくのかわいい人。キャパを超える事態に分かりやすいほど動揺し取り繕ったような返答で誤魔化そうとするぼくのかわいい人。
逃げることを手段と知り、それを踏み込ませない方法と用いる狡猾な大人な君が返してくれたキスに、どれほどの意味があるか分からないほど鈍いぼくじゃない。
勝ち負けじゃないんだよ。勝負じゃないんだ。だって勝敗なんてはじめから決まってるんだから。
そんなことじゃなく、渋々でも君が歩み寄ってくれたその事実がなにより嬉しい。ぼくの意地をたててくれたことが想われている証のようで泣きたいくらい嬉しかった。
フッ‥御剣の茶色がかった瞳にくしゃっと破顔する自分の姿を映し
「オヤスミ、君も‥いい夢を」
薄い唇に口付け基本に立ち返る。当初の思いはこれだった‥一緒に居れればそれだけで充分とモノスゴク謙虚だった。
恋しさ故、狼になるのも愛情なら羊の格好を装い殊勝なフリをするのも愛情。この先の展開は何時廻ってくるかわからない特別な土曜日にかけるよ‥泣く泣くさ‥諦めを決意する。
ただ、御剣がしたような音の無いキスじゃなく少しだけ力を入れ唇に吸い付くくらいはいいじゃん?ちゅうっと吸引し舌先で唇の裏側を舐めるくらいいいでしょ?
一呼吸余し今宵最後のキスを楽しむくらい‥弾けるような音を立て離れるくらい‥許してね。
見え透いた強がりでもぼくは歯を見せ笑った。
内側が少し湿った髪に指を差し入れくしゃくしゃと掻き回し笑って、一足先に枕へ頭を落とす。さあ、オヤスミ‥ぼくの決意が揺るがぬうちに、狭いベッドに身を収め眠ればいいよ。君の寝息が聞こえたらぼくも目を閉じ眠りにつくから、早くお休み。
なのに肝心の御剣はキスを受けた態勢で横になったぼくをじっと見詰めて動こうとしない。
なんだろなぁ…あんなに寝る気満々だったくせになんで今になって置いていかれたみたいな顔をするんだろう。
なんだろなぁ…あんなにそっけない態度をとってたくせにどうして今になって唇を可愛く尖らせるんだろう。
その眉間の浅いヒビは拗ねてる時のそれと同じに見えるんだけど、どうしてなんだろうねぇ。君の考えは時々ぼくの予想の斜め上を行ってしまうから戸惑っちゃうよ。
「‥何?寝ないの?」
なけなしの意地で笑いながら言うしかないぼくの、切ない気持ちを理解してくれないかい?せめて何を考えてるか口にしてくれるとありがたいんだけど‥。
ぼくの思いなんかホントお構いなしに眉間のヒビは深さを増し、表情は険しくなる一方。だから、そうなる理由を教えてよ…困惑するぼくを見詰めて‥いや、もう見詰めるなんて可愛いものじゃなく睨みつける御剣は尖った口を引き締めて結び、ぎゅっと硬く目を閉じ何かを決心したみたいに被さってきた。
放物線を描きぼくの頬に落ちる毛先。迫る瞳をぼくはただ知覚するしかできず
「‥‥っ?!」
驚きに止まった呼吸を再開する術を探る。
胸元に置かれた手には力が込められ、圧し掛かる身体の重みに目を丸くした。
だってまさかこう来るなんて思いもよらないじゃんか!
御剣を想えばと退いたところにこんな追撃が来るなんて誰が予想できるんだい?
まさか、こんな、口付けが‥こんなに熱い口付けが落ちてくるなんて突飛過ぎて頭がついてかないよ。
かぶりつくような勢いで口を塞がれ硬直している舌を掬われるなんて情熱的じゃない?二段階ぐらいキスの手順を飛ばしほぼ、一方的に貪られる奇抜さは滅多に経験しないキスのソレで、ぼくのハートは笑っちゃうくらい乙女なときめきで高鳴ったりして‥。
効果音とすればよくあるじゃん。ピンクな場面でコミカルに響く”わお〜v”ってオネーサンの声。ピンクのハートも乱れ飛んじゃうイワユルそういうシチュエーション。
ビックリだけど嬉しい。嬉しいんだけどビックリ。異常に心拍数も血圧が上がっちゃう濃厚な‥
「っは‥ん、むっ?!」
息継ぎもさせてくれないくらい執拗な、キス。
ちょ、ちょ、ちょっとぉ?!激しすぎないですか?言っちゃ悪いけど御剣の方が狼みたいだよ?溺れそうであっぷあっぷしてるぼくに容赦ない君の獰猛な一面を見る。嬉しいんだけどちょっと追いつくのに時間がかかりそう、なんて内心苦笑い。もう、煮るなり焼くなり好きにして!って開き直っちゃう。
いくら羊の格好を装っててもぼくだって狼なんだ。こんなにされてセックスを期待しないほどお人好しじゃないし、なんつーか‥ね、頭はついてかなくても身体は立派に反応しちゃうわけで‥。あ〜…勃っちゃうよねぇ。正直すぎるぼくの息子は分かりやすいくらいに勃起しちゃってさ下着もパジャマの下も狭くてキツイって訴えてくれるわけで、もっと御剣と触れ合いたいから態勢を今よりもいい状態にしようと身じろぐ。
ぼくの動きに気づいたのか御剣は縫いつけたみたいに合わさっていた唇に隙間を作り、絡み付いていた舌も唾液の糸を引き伸ばし離した。
あ、ちょっと呼吸が楽になった。肩で息をするぼくはまるでキスに不慣れな青少年…軽く自分を嘲笑しながら
「情熱的なのは大歓迎だけど、お前、豹変しすぎ」
緩んだ顔を更に緩ませ揶揄ってみたり。
御剣はといえば、ぼくと同じように荒く熱い息を吐き、鼻先数センチしか離れてない距離で目を細くし
「散々人を煽っておいて何を言う。大人しく床についていれば早々に休めたものを…残念だったな」
……って。
ふふん、と得意気に鼻を鳴らすんだけどさぁ‥それって君がぼくに言うことなのかなぁ?どう考えてもぼくの台詞だと思うんだけどなぁ…。
まぁ、そんな高飛車な態度も君のチャームポイントだって知ってるからいいんだけどね。どこかズレた物言いも君らしくってかわいいなぁと思うからいいんだけどさ。
「で、その残念なぼくは今からどうなっちゃうのかな?」
訊かなくても分かっちゃうことを敢て口にすれば
「簡単に寝かせてはやらないから、覚悟したまえ」
だってさ!ちょっと可愛すぎじゃない?
そのやる気が裏目に出なきゃいいけど?
こみ上げてくるいとおしさと笑いをぐっと呑み込み、この先どれくらい御剣が可愛い姿でぼくを挑発してくるのか期待に胸を膨らませ
「お手柔らかに頼むよって言ったらきいてくれる?」
肩を竦めてみれば
「さぁ‥どうだろうな?」
情欲に潤んだ悪戯っぽい目で見下ろされ、堪らなくなった。めちゃめちゃにしたくなるくらい御剣が可愛くて、限界まで膨らんだ胸も立派に勃ち上がった息子もはちきれそう。
確かにぼくの可愛い人はストイックなまでに鋼鉄の処女を気取ってるけど、それは恋の治療薬の副作用‥幻覚だったりして。存外、ぼくの可愛い人は即物的で攻略法も裏わざとしてだけどあったりして。なんて、再び重ねられる唇の気持ちよさに酔いながら思う。
何が鋼鉄の処女を開く鍵になったのか‥何が気まぐれなティンカー・ベルの気を惹いたのかイマイチわかんないんだけど………

ご褒美みたいに素敵な夜にしてね。
たまにはこんな愛され方もいいなぁ。

土曜日ではない、週中の今日。ぼくたちは愛欲に溺れる。
自慢したくなるくらいたっぷり愛し合っちゃうから、明日、うっかり寝坊しないように気をつけよう。時々でもこんなサプライズが起こって欲しいから、それだけは気をつけようと熱い口付けに溶けてゆく意識の中ぼくは強く思った。




おしまいv

  



2009/1/23
mahiro