追いかけて 追いかけて
藁にも縋るような気持ちで
向かい合うため必死な思いで追いかけた

だって君は友達だから
だって君はぼくのヒーローだから
突っぱねられても拒絶されても
諦めることなんてできない

友達なら当然でしょ?
向かい合いたいって思うのは当たり前のことでしょ?
そこに君が居るから、それって真っ当な理由になるでしょ?



次、君に会う時



週末、夜、時間ある?飲まない?

  週末?

金曜日なんてどお?矢張も誘って3人で。

  遅くなるかも知れんが、顔ぐらいは出せると思う。

あー、じゃあ始めるの遅くしとく。9時過ぎからならいい?

  場所は?

この前んとこ…あそこなら交通の便もいいし。

  了解した。局を出る時にメールする。

メール?電話してよ、御剣がそん時食べたいもの教えてくれれば注文しとくよ。

  分かった、電話する。

んじゃ、金曜に。

  金曜に。



御剣と念願の再会を果たし、感慨に浸る時間もそこそこ波乱万丈…紆余曲折あって、ようやく腰を落ち着け据え置きなっていた友人関係を育んでいけるようになったのは再会から一年近くしてからだった。
一年近くっていうとモノスゴク時間がかかったように思えるけど、15年待ったことに比べればささやかな時間だったよ?いや、本当にさ。
お互いに、というか御剣なんて検事局のエースなわけで多忙を極めちゃってるのは誰の目から見ても明らかで、暇だからとか会いたいからとか思ったら直ぐにどうこうできはしない。御剣がふらっとぼくの事務所に来てくれるんならいつだって大歓迎なんだけど、ぼくが御剣の予定とか職務状況とか考えず執務室にふらっと立ち寄ったら半分近くは会えないんじゃないかな。
アポがどうとかってことじゃなく被疑者への取調べや参考人への事情聴取にかかりっきりってこともあるから。
それにあいつ、検事のクセに現場が好きな変わり者みたいだし…まあ、徹底してるって言えば聞こえはいいかな?隙の無い完璧なロジックを構成するには曖昧な点や不透明な箇所があってはいけないよね。うん…法廷で弁護人を情け容赦なく瞬殺する敏腕の上級検事は妥協を許さないって考えれば変わり者扱いはダメか…。いつ息の根を止められるかわかんない弁護人のぼくにしてみれば厄介なことこの上ないんだけど。
兎に角、職務中、あいつの顔を見ること自体困難ってのは確か。
だったらその予定とか、分かる範囲でいいから教えてってのもまあ、無理なんだよね。
前に細かく詮索してみたら守秘義務がどうとか立場上口外はできないとかで打ち止めを食らった。
それ以外にも予定が定まらないのには色々あって…他の検事との兼ね合いもあるだろうし、人間相手の仕事なんだから状況だってその都度変化してるわけだし、現場が好きだし、残業も苦になんないみたいだし…。
就業中以外もつかまらないことしばしば…。人生仕事ですって感じ?労働基準法とかきっとあいつは知らないんじゃないの?ってか、単純に身体に悪そうでシンパイだよ。
だから、友人関係が復活してもぼくは御剣のことを知っているようで知らない。
15年の空白期間を簡単に埋めるだけの情報量が極端に少ない。
経歴なら知ることは出来るんだ。転校先の小学校とか進学先とか最終学歴とかならどうにかなるんだけど、もっと、こう…メンタルな面でっていうか…スゴク個人的なこと?お互いの共通点や理解する上での細かな材料的なこと?
好きなこと、嫌いなこと、興味のあること、どの程度自分と違う価値観を受け入れられるかとか、休日の過ごし方とか。ちょっと親密になれば見えてくる諸々の事柄がまだ、かなり不足している。ぼく的に満足できる状態ではない。
まあ、幼馴染っていう結構強力な前提があるからガード自体は低いと思うんだ。
大人になってから親しくなるよりは気安く懐に踏み込めるだろうし、許容範囲も広いんだろうし、今後の付き合い方次第で溝を埋められる可能性は大きい。
今のところ、冒頭のメールのやり取りができるくらいの親しさだから、何とかなりそうじゃない?少なくともぼくはそう期待してる。

友達だもん。
15年の空白があったって、いや、あるからこそこれから親しくなりたいじゃん。
職種とか生活レベルとか学歴とか将来性とか拘らず、ただ、単純に向き合って笑い合える…困ったことがあったら手を貸して、ずっといい関係を続けたいって思うもんでしょ?友達だもん。


飲みに行こうと御剣を誘ってからあっという間の数日。
9時頃スタートのつもりでもう一人の友人、矢張が店に来たのが9時を大分まわった頃で、まあ、決まった時間にこいつが来るわけないかって踏んでたぼくの予想は当たったわけで。
予約で個室を取っていた手前、何もしないまま座ってるのも気が引けて何品か先に注文を済ませソレを摘んでいた。
「お前来るのはえーなぁ」なんて呑気に合流してきた相手に「ぼくが来るのが早いんじゃなくてお前が来るの遅いんだよ。先に注文しちゃったからな」とテーブルに並んだ料理を顎で指す。
「ワリーワリー、バイトが長引いちまってさって。ん〜‥まだ飲んでねーんだ。ビールで良いか?」
悪びれずカカカッと笑い靴を脱ぎながら訊ねる矢張に、こんなやつだよなぁと肩を竦めながらぼくは頷いた。バイトでも仕事を理由にされたら何もいえないし、言ったところで今更何も変んないし。軽く溜め息を吐きながら向かい側にどっかり腰を下ろす矢張に
「追加すんなら適当に選べよ」
割り箸とメニューを渡す。
「御剣は?来れるんだろ?」
「あー、来れるらしいけど遅れるって」
「ふーん、じゃあ、あいつの分はそん時でいっか」
ぼくも矢張も其々に心得てる部分はあるから注文の仕方も、互いの待ち方もなんとなく流れ的なものができていて、自分好みの料理をオーダーしていく様子に変な気遣いはまったくない。まあ、遠慮がない分気楽だし、気安いのは一緒に飲む点ではポイント高いんだよね。
細かな泡が弾けるジョッキ。プライベートに仕切られた空間。中々美味しい料理。個室の入り口に掛かる暖簾の向こう側からは適当な賑わい。気の置けない友人と来るべき友達。ぼくは自分でも思ってた以上に今日を楽しみにしていたらしく、喉を通る冷えたビールがいつもより何倍も美味しく感じられた。
「今までバイトだったのかよ」
「あー、そう。んで、この後も一つ入ってる」
「え、じゃああんまり飲んじゃいけないんじゃないか?」
「ん?まーなぁ‥つっても、深夜のバイトだし、警備員室でぼーっと監視カメラの画面見てるだけだしぃ‥大丈夫じゃね?」
コロコロ変る近況を会うたび修正し、なんとなく把握する友人の生活。
「警備員のバイト増やしたんだ。ソレも深夜って、お前、寝る時間とかあんの?」
「深夜と早朝は時給がいいからさぁ〜、俺、今、金貯めてんだよね…あ〜、訊いていい?ベネズエラってさぁ、何?」
「ベネズエラ?国の名前?」
「ばっか、んなことぐらい分かってるよ。俺が知りたいのは‥なんつーか、お、お国柄?ってーの?どーゆー感じのとこかってーので‥ほら、物価とかさぁ風習とかさぁ‥あんじゃん、色々」
「そんなの、ぼくに訊くなよ!分かるわけないじゃんか」
「だよなぁ‥俺もわかんねぇもん‥つーことは、御剣頼みかぁ。早くこねぇかなぁ」
一瞬、ドキッとした。
ドキッとして口に放り込んだ砂肝を丸呑みしそうになって慌てた。
「…にしたって、ベネズエラだし。一般的に認知度低そうだから御剣でもどうかなぁ」
何事もなかったように砂肝を咀嚼しながら、何でだろうと思う。
何でだろう、何で、ぼくはドキッとしたんだって。
「でも、何で…何で、ベネズエラ…」
多分、ぼくが本当に訊きたいこと…自問したいことは情報量が皆無に近い国のことでも突拍子もなく友人の口からその国名が出てきたことでもない。もっと別の…ちゃんと考えれば分かるかもしれない、益々分からなくなるかもしれないこと。でも、いきなり考え込むわけにも行かないぼくは取りあえず、無言になることを避けるように思いついた言葉を口にした…
丁度の時に携帯が鳴り
「あ、悪い、御剣からだ」
矢張に断りをいれ通話ボタンを押した。

「あとどんだけで着くって?」
御剣からの電話が終わり、通話を切らないままボンヤリ携帯の液晶画面を見ていたぼくに矢張が声を掛けてきて
「あ、うん…15分ぐらいだって」
握り締めていた携帯をズボンのポケットに仕舞った。
普段、法廷以外ではあまりしないマナーモードにしたのは僕自身不思議だったけど、それはこれからの時間を誰に邪魔されることなく愉しみたいって気持ちの表れなんじゃないかな。
「15分だったら、もう注文しててもいいよな…おねーさぁん!」
ぼくの気持ちなんかお構いナシに(まあ、その気持ち自体覚られても困るからいいんだけど)矢張は店員さんを呼び、聞いたばかりのメニューをぼくはつらつらとあげ連ねた。
アジのたたきに海鮮サラダ。アラの煮付けと緑豆おぼろ豆腐、とり釜めし(味噌汁、漬物つき)…
「あいつ、飲むより食いだな。しかも、マジ食い」
注文を聞きながら矢張は唸るように口にする。
そりゃー、仕事帰りなわけだし…この時間から飲んで家に帰ってから改めて夕食なんてないでしょ。思ったより御剣ってよく食べる方だしアルコールも決して弱くない。しかもこの店の付け出しや鮮魚、釜飯ってほんと、旨いんだからマジ食いしたい気持ちもわかる。澄ました顔してサクサクと箸を進める様なんか見てて気持ちいいくらい。
よくよく観察してると箸使いが若干心もとない時なんかあって、煮魚は意識的に避けてるしサトイモの煮っころがしみたいな丸いもの形も真剣勝負で眉間にひびが入ってる。胸のヒラヒラは器用に汚さないけど、よく顔に食べかすとかご飯粒がついてるし、この間ビックリしたのは鼻の頭に葛餅にかかってた黒蜜がついてたこと。
「お腹すいてるんだよ…いいじゃん、ぼく御剣が飯食ってるとこみてるの結構好きだな」
クッと喉を鳴らしながら笑いぼくは御剣の存外かわいらしい食事風景を思い出し少しだけ、少しだけ‥さっきみたいに胸が弾むのを感じた。
「……っと、お前も物好きだよなぁ。ま、いいんだけどよぉ」
矢張はそんなぼくの様子を呆れ顔で眺め、仕様が無いといった風にジョッキを呷る。ぼくが物好きだと言われる所以は多分、時々、こんな風に自分の世界に入ってゆくからだろう。そしてその自分だけの世界では必ずと言ってもいいくらい些細な仕草や言動を思い出している‥彼の、今ぼくたちの居る場所に向かっている彼のことを。
「‥‥そういえば、何だった?」
本当はもう少し余韻に浸っていたいとこだけど、一応ココは酒の席でぼくだけの空間じゃなく、飲み仲間を放っておくわけにも行かず会話を再開させる。
「何が?」
途中になっていたよね。中断しちゃってたよね。
「ベネズエラ」
「あん?」
「訊いてきたじゃん、ベネズエラがどうとか。何かあんだろ?」
「あー!おー!そうそう、それがなぁ!聞いてくれよ!」
水を向けると矢張は思い出したとばかりに手を打ち身を乗り出して話し始めた。
どうやら、話したくてしょうがなかったらしいベネズエラのワケ。
鼻息荒く、意気揚々と、長年の経験からこういう状態の時は惚気か恋自慢。
ちょっと前、チベットから帰ってきた矢張は沈みこんだ表情で「俺はもう恋なんてしないんだぁ‥女なんて、女なんて信じないんだぁ」なんて半ば自暴自棄になって荒んでいたんだけど、あっ気ないほど短期間で立ち直ったみたいだ。
何て言うか、このバイタリティーはある種才能。転んでもただでは起きないし、寧ろ不撓不屈?本当に上手い具合に運命を出会いにこじ付け恋をエネルギーに変換してる。ココまでの燃焼率を色恋沙汰以外で発揮できたらもっと成功したかもしれないし、下手すりゃ偉人でもなれちゃうかもしれない。……って、偉人は飛躍しすぎかもしれない…けど、そのくらい女の子に対してのひたむきさがあるのは確か。
ぼくには真似できないけどね。
一人舞台とばかりにまくし立てる矢張に適当なところで相槌を打ち、ソレは言いすぎじゃないかってところで異議を唱えながら酒の席っぽくわいわいしていると
「楽しそうだな」
オアシスから吹く一陣の風のような清涼感のある声が響いた。





  



2008/06/18
mahiro