雲雀に抱かれた後、その日の授業が終わるまで会うことはなかった。
もともと、雲の守護者の名の通り行動はつかみ所がない。
朝起きると居ないなんて事は、いつもの事なのだが、せめて今日だけは居てくれるのではと、期待を持ってしまった。
でも、それが彼なのだと思える自分に、は苦笑いした。
――― どんな顔をしたら良いのだろう・・・
普通に微笑む事が出来るだろうか?
彼は、雲雀は、どんな表情を浮かべるのだろうか?
浮かんでは消える、とりとめのない雲雀への想い。
あんな形で結ばれてしまったのだけれど、それも彼らしいと許せてしまう自分がいる。
(私って、もしかして、ソッチ系?)
調教とか飼育とか、雲雀に似合う単語が頭を過ぎる。
(いや、まさかね)
薄い笑いを浮かべ、否定の言葉を呟きながら応接の前へとやってきた。
ごくりと息をのんでノックしたが返事がない。
ほっとするのと気が抜けるのが入り混じった気持ちで、鍵を開けるとノブをまわした。
「いっ! さん!」
階段から続く廊下で、慌てて叫んだのは草壁だった。
「草壁さん、恭弥なら留守みたいですよ」
いつも冷静な草壁のあまり見る事ができない表情に、小さな笑みを浮かべたが、扉の中へと一歩踏み出したのと同時に、草壁の顔色が変わった。
そして、次の瞬間、の動きも氷の様に固まった。
雲雀の黒い髪に絡まる細い指。
その先に塗られた真っ赤なマニキュアだけが、モノクロになってしまったの視界の唯一の色だった。
角度が微妙ではっきりと確認できないのだが、唇が重ねられているだろう雲雀の瞳は何事もない様にへと向けられた。
しかし、にとって、その雲雀の視線は、自分のテリトリーに入ってきた侵入者を視界に捕捉しようと向けられた様に感じた。
それに気づいたのか、同じようにサファイア色の瞳がへと向けられた。
しかし、は、その視線を受ける事を拒むように踵を返すと、言葉を掛けそびれた草壁の横をすり抜けて行った。
「そろそろ、用件を言ってもらおうか」
「っ・・・ ?!」
研ぎ澄まされた雲雀の瞳がさらに深く冷たい色を濃くし、ソファーへと突き飛ばした女を見下ろしていた。
「そんなにあの娘(こ)が大切?」
言葉を聞いても微動だにしない雲雀を見て、小さくため息を零すと、密書用の蝋印がされた封筒を渡した。
雲雀は、その封筒を受け取ると、女の存在などこの部屋にはないと否定するかのように、いつもの机に座り封を開けた。
それを確認した女は、先ほどとは全く違う特有の気を纏い応接を出て行った。
「あんまりふざけると怪我するぞ」
「いいじゃない、あんな素敵な子はそういないもの」
そう言うと、リボーンに向かってその女は、ふっと大人の女性の微笑を浮かべた。
「それにしても、変わったわね、彼。
前なら、ソファーに突き飛ばすなんて優しい事しなかったわ」
「そんな事を確認するために、雲雀を挑発したのか?」
「だって、ボスがあんまり心配するんですもの」
「あいつも心配性だな。やはり、あのヤマは口実だったんだな」
「ええ。直接、話したくてうずうずしていたみたいだもの」
「相変わらず甘いヤツだ」
そう吐き捨てながらも、リボーンの表情は柔らかかった。
2010/4/14
執筆者 天川 ちひろ