月に叢雲 俺とお前  其の一




 名残惜しそうな視線に、口の端が歪む。

「そう長くはない。 すぐに戻る」

 すっと流れるような動作で顎を取ると、優しく唇を重ねた。




 久しぶりに見送るイタチの外套をぎゅっと握ると、せがむように体を合わせる。
すると、それに答えしっかりとした腕に抱きしめられた。


「ごめんね。 やっぱり慣れなくて・・・・・・」
「いや、気にするな。 急だったから仕方ない」


 そしてしばらく、が手を離すまで抱きしめていてくれた。



 イタチは誰よりも強い。
解かっていても、任務に行く時はいつも不安で。
いつもは、冷たくなった布団が一人になった事を教えるのだが。









 「久しぶりにお姿を、拝見させて頂きましたね」

 家の前で手を振っているに、楽しげに呟いた。

「あぁ。 急な任務だったからな」

 名残惜しいんだろうと、他人事のように答える。



 いつもなら、任務前は尽きる事無くを愛でる。
当初の目的は、送り出す時の寂しげな表情が可愛そうで、寝ている間に出発(たつ)ためだった。
しかし、そんな目的はとうの昔に由の彼方。

 無理をさせまいと手加減は試みるものの、離れる日々を思うと求める気持ちは限りを忘れたかのようで。
紅を散らした肌に、そっと唇を寄せて暇(いとま)を告げる。






 そんな余裕を与える間もないほど、急ぎだった。
内容は、取るに足らないものなのだが。


「せっかくの温泉旅行も台無しですね」
「仕方ない。 また、埋め合わせはするさ」
「しかし、奇遇ですね。 目的地が同じだとわ」

 相手に雲泥の差がありますがねと、謙る鬼鮫に再び口の端を歪めた。


「なんなら、ご一緒して終わり次第と言う手もあったんじゃないですか?」

 鬼鮫の言葉に、今度は無表情な視線を流す。
不快を示す事は解かっているはずだが、当人は愉快そうだ。

 任務の内容を思うと、小さく溜息が出た。
に言わせると、ゴ−ルデンの二時間特番が組めるほど個性的な面子の『暁』では、
自分が適任と推されても仕方のない事なのだが。
 
「・・・・・ いくぞ 」

 言い捨てるとかききえたイタチを追って、鬼鮫も印を結んだ。








 一方、残されたは、テーブルに置かれた旅館のパンフレットを眺めていた。
そつのないイタチが、キャンセルの余裕もなく任務に出向くなど、いままでなかった。

 その分準備の不要な任務なのだと諭されたのだが、気持ちは悪い方へと傾いて行く。


「これじゃダメダメ! さあ、洗濯でもしょうかなぁ」

 ぱんと置いたパンフレットから、思わぬコピーが目に入った。
よしっと一言気合を入れると、部屋へと戻り、かたずけかけた荷物の中の、自分の分だけ鞄に戻す。




 手際よく戸締りと着替えを済まし、斜に鞄を掛けるとパンフレットを片手に、玄関の鍵をカチャリと閉めた。

「うん! お天気もいいし、絶好の旅行日和。う〜んと楽しんじゃおう」

 日差しをました太陽に、目一杯伸びをして、愛しの我が家を後にした。
この世界にやって来て、初めてのお遣いならなぬ、初めての一人旅が始まった。




2006/10/2
シリアス(予定)連載開始

二次創作者:天川 ちひろ