常初花 4
西の離れ屋の寝所で、は、膝を抱えていた。
市丸が去って、二人で邸に戻った。戻る途中、白哉は全く口を開かない。
いっそ叱責してくれればいいのにと、寂しさを感じた。
邸に戻った時に一言、『西へ渡る』とだけ言った。
その後の夕餉の席でも、に言葉が掛けられることはなかった。
これが、白哉なりに出した、今日の清算なのだろうか。
ならば、助けてもらったお礼として、大人しく抱かれよう。
最初から、解っていた事だ。感情など必要ない。なのに、心が痛む。
は、痛む心を紛らわせるかのように、先ほどの事を考えていた。
自分は、なぜ、市丸についていかなかったのだろう。口ぶりや態度から、彼の方がいろいろな事を知っている事は間違いない。
ならば、体を代償とするなら市丸の方が、はるかに役に立つはずだ。
市丸の頬を打ったのは、なぜだろう?
自分の事でもないのに、無性に腹が立った。たった一度、ぬくもりを感じただけの人なのに・・・。
たった一度・・・でも、それは、恋に落ちるのには十分だった。
言葉にしない分、白哉はその全てで、ほんの少しずつだが、何かを語る。
それが解った時には、すでに・・・・
――― 辛くなるだけなのに・・・・
襖の開く音がして、は、慌てて正座しなおした。
帳台が施されている所に敷かれた布団には、枕が二つ並べられ、薄い肌掛けと掛け布団が重ねて足元に折りたたまれている。
その敷布団の上に、真っ白な肌着一枚を纏って、は、白哉を待つ。
ゆっくりと近づいてきた足音は、帳を上げ中へと入り、の正面に座る。
「よろしくお願い致します」
は、教えられた通りに、三つ指をついて頭を下げた。
下げた顎に、指が掛けられゆっくりと起こされた。
牽星箝(けんせいかん)を外した髪は、意外に長くさらさらしている。
と同じような白い着物だ。
――― 綺麗な人・・・・
白哉は、ほんの少しだけ感情を表している。それが、何の感情なのか、に感じ取る余裕はなかった。
ゆっくりと口づけると、舌先で唇をなぞる。声が漏れそうになるの唇が動く度に、少しずつ舌を入れていく。
「・・・ん・・・」
しゅるっという音と共に、の肌着の腰紐を解くと、重ねに両手を掛けゆっくりと肩からすべり落とした。
「・・・あん・・・」
恥ずかしさで、唇を離し顔を背けるの体を、ゆっくりと肌着を引き抜きながら寝かせた。
そして、小刻みに震えるの体に、肌掛けを被せると立ち上がる。
驚いて見上げるの目に、腰紐を解きスルリと着物を脱ぎ落とした、白哉の裸体が映った。
着物を着ている時よりはるかに逞しいその肉体は、鍛え上げられているが、決して筋肉ばかりではなく、引き締まった腰や、長く伸びた足は、男の色香を十分に漂わせてい
る。
食い入るように見つめた白哉への視線は、既に直立のそれを見つける。
少しだけ顔を横に背け視線を逃がす。鼓動は速さを増し、不安は掛けられた肌掛けを胸元でぎゅっと握らせた。
「・・・案ずるな・・・・」
ゆっくりとした動作で、肌掛けの中へと自身の体を滑り込ませ、再びくちづける。
肌掛けを握ったの指を優しく外すと、両手を左右へと開く。
白哉は己の体をの体に重ね、両腕を顔の横に付いた。
そして、合わされた視線に問う。
「・・・怖いか?・・・」
――― そんな優しい目で見ないで・・・・
は、小さく首を横に振る。
白く長い指が頬を優しく撫でると、再度重ねられた唇から、白哉の温い舌が入ってきた。
「・・・ん・・・ふん・・・」
舌はの舌を求めて口内をゆっくりとなぞってゆく。追うのではなく、とても丁寧に探す。
胸に添えられた手は、その掌で包むようにその膨らみを下から持ち上げる。
大きな白哉の手でも、納まりきらないソレは不規則に形を変え始めた。
名残惜しそうに銀糸を残し離された唇は、首筋へと滑る。
立ち上がりかけた膨らみの先端を、人差し指の腹で軽く擦った時、甘い啼き声と共にの体が撓った。
頬を紅く染め瞳を潤ませるを、優しい視線が包む。
――― 優しくしないで・・・・
絡み合った白哉の視線は、慈しむような表情から放たれていた。
いつもの無表情な白哉ではなく、素顔の白哉。初めて見る白哉の表情に、はさらに頬を染める。そんなに、白哉の顔に微笑が浮かんだ。
――― そんな顔しないで・・・・・お願い・・・・
――― 愛してしまうから・・・・
の白い首筋に、紅く証を刻みながら、耳朶を優しく噛んだ。
苦しくて、切なくて、の口からその名が小さく零れる。
「・・・・びゃく・・・や・・・・」
両手はきつくシーツを握り締め、閉じられた瞳から一筋、涙が伝う。
その涙を、指でぬぐいながら白哉は、囁く。
「・・・・・・・・愛している・・・・・」
「?!・・・・」
驚いて白哉を押した両手は、それぞれ白哉の指に絡み取られシーツの上だ。
「何を・・・言ってるの・・・?」
「聞こえぬか?」
うろたえるを、再び白哉の微笑が包んだ。
「なぜ?・・・どうして?・・・」
「言葉にせねば、お前は、また、無茶をする」
「白哉には、関係ないはずよ。私がどう・・・・しよう・・・と・・・」
手から伝わる温もりと包む微笑が、の言葉を奪ってゆく。
「お前は、何の感情もない相手に体を開く女ではない」
「違う・・・私は・・・・」
「私が、私欲ごときでは女を抱かぬ様に・・・・・・・守りたいのだ・・・せめて、お前だけは・・・・」
白哉の言葉に涙が零れた。しかし、その涙は嬉しさと悲しみが入り混じるものだ。
「・・・だったら・・・許して下さい・・・」
「何故だ?」
「貴方は、大貴族の当主・・・・・・・・・・・・・いつかは・・・・きっと・・・・・
・・・・それ・・・・私は・・・私は・・・・・貴方を・・・・」
「何も言うな・・・・私に任せろ・・・全てを・・・・・
・・・・妻は・・・・・娶(めと)らぬ・・・・二度と・・・」
「・・・白哉・・・」
ゆっくりと重ねられた唇に、は静かに瞳を閉じた。