月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に







     明月 4








 十番隊の雰囲気とは全く違うピンと張った琴の糸を思わせるような六番隊隊舎。
しかし、どこか優しく感じるのは、白哉が率いる隊だからなのか。

 こんにちはと顔を出すと、眉間にシワを寄せて書類とにらめっこしていた恋次があわてて出迎える。


「ちわっす! あっ ・・・ 隊長なら隊首室です」

「ありがとう。 ごめんね、急に来ちゃって。みんな遅くまで大変ね。 あっ、これ差し入れ。 大したものじゃないけど」

「この包み ・・・・ 俺でも知ってる有名な和菓子屋じゃないっすか! なかな買えないんすよね、人気で」

「白哉が欲しがってるってお願いしたら、用意してくれたの」

「?! ..............」


 苦笑いを返す恋次は、うふふと屈託なく微笑むに朽木家の嫁の貫禄を感じた。
こんな可愛らしい威光なら、隊長も笑って許すだろうと、最近はとんと見かけなくなった白哉の笑顔を思い浮かべた。
あの事件が起こる前は、日ごとに笑顔が増していたのにと、心が痛んだ。


「すみません、なんだか気ぃ使わせちまって ・・・・」

「ううん、ぜんぜん。 白哉がお世話になってるんだもの」

「世話だなんてとんでもない! 隊長には皆世話になりっぱなしで」

 恋次の言葉に同意するように部屋に居た隊士の視線が二人に向けられた。

「ありがとう ・・・・。白哉は、幸せだね」


 にっこりと花もほころぶ笑顔が添えられ、向けられていた視線が一斉に和んでいった。


「でも、本当だと思うけどなぁ。
 なんでも勝手に自分で決めてばっかりで ・・・・・・」

「・・・・・・・ あの !っ ...........」

 ぽつりと零れた言葉に、白哉の不器用な性格を知っている恋次が心配そうに声をかけようとした時、 先ほどと同じ笑顔が返されて思わず言葉が詰まり、無意識に熱くなった頬に、慌てて顔を背けた。


 じゃぁと小さく挨拶をして隊首室へと向かうの後ろ姿を見送る。
呟かれた言葉が気になるが、ルキアから聞いている話とは良い方向で大分違うなと、安堵した。












 品のある調度品と空間は、朽木邸のソレと通ずるものがあり、やはり無駄に広いなぁと思えてしまう六番隊隊首室。
ちょうど白哉のずれている間合いと似ている気がする。

 そんな事をあれこれ思いながら部屋の前で座り挨拶をしようとした時、音も立てずに襖が開いた。


「どうした、何かあったのか?」

「うわっ! ・・・・・ いえ ・・・・・ 何も ・・・・・ 会いに来ちゃだめだった?」

「・・・・・・ いや ・・・・・」


 の言葉に少し戸惑いを見せたが、道を開けて部屋へと促す。
 床から起きて以来、自分の意思で動くことのなかったが、隊首室を訪ねてきた。
以前なら、無条件で喜んでいたのに、今回ばかりは、平静を装っても心がざわつく。


「ありがとう」


 すでに隊長羽織を脱ぎ牽星箝を外た死覇装姿の白哉に、珍しいと思いつつ部屋に入ると、黒漆に貝細工が施された膳に酒器と肴の盛られた小鉢が載せられていた。


「珍しいね、一人でなんて」

「月が綺麗だったのでな ・・・・・」

「・・・・・・・・・ そっか ・・・・」


 今日は二人が出逢ったあの日。二人でいるのが辛くて、辞隊届けを出しに行くと告げると、その日は返らないと答えが返った。
まさか、一人で過ごしているとは夢にも思わなくて。
逃げたばかりいる自分を改めて感じ、ぎゅっと拳を握り締めた。
 憶えていたんだと言葉に出来ない自分をもどかしい。自ら望んで置いた距離はこんなにも遠かったのだ。



「今日はどうした? 急ぎの用か?」

「ううん、別に急ぎじゃないけど ・・・・・・」

「そうか ・・・・・ なら、どうだ? ・・・・ 一緒に ・・・・・」


 躊躇いがちに発せられる言葉に、白哉の精一杯の気遣いを感じる。


「うん ・・・・ ありがとう ・・・・・」

 の言葉に少しだけ口の端が揺れた。
 台所から杯と箸を持って正面に座ると、男にしては綺麗過ぎる指先で、その首を持上げられた酒器から香りの良い酒が注がれた。


 白哉は、優雅な動作で杯を口元に運ぶと、喉元が小さく揺れる。決して華奢ではないのだけれど、白哉の身体はそこかしこが中性的に感じる。
先ほど揺れた喉も、男らいし太い首なのに、とても綺麗で見惚れてしまう。


「挨拶は、滞りなく済んだのか?」

「えっ? ・・・ うん ・・・・」

 ぽっと頬を染めたにまた、口元が揺れる。
久しぶりに見る、らしいに愛しさが募る。と同時に、枷となっている己を感じた。


「あのね ・・・・ 明後日には復帰するの ・・・・・」

「・・・・・・・・ そうか ・・・・・」

「・・・・・・・・」


 落ち着いた白哉の答えに意図を測りかねていると、すっと杯が差し出された。は、持っていた杯を置くと、酒器から杯へと酒を注いだ。先ほどと同じ、甘い香りが漂った。


「お前の望む通りにするといい。 もう、お前を縛るものは何もない。
 私の傍に、無理して居る事もない ・・・・」


 白哉にしては珍しく視線をあわせず、夜空に浮かぶ月を見つめている。
 まるで他人事の様に装うのは、乱れる心を鎮める為。でなければ、決してを手放すことなど出来はしない。
 が目覚めた朝に決めた事。
もしも、が自分自身の意思を取り戻したら、己から解き放ってやろうと。
もはや愛とは到底呼べぬこの呪縛から。

 しかし、は動揺する事無く、小さなため息を漏らした。


「白哉は、望んでいるの?」

「私の望みを論じているのではない。
 それに ・・・・ 許すことは出来ぬのだろう ・・・・ 私を」

「うん ・・・ 許せない ・・・・」

 の答えに自嘲的な微笑を浮かべながら伏せられた瞳。その憂いに満ちた横顔は、とても弱く儚く見えた。


「そうやって、何でも自分ひとりで抱えちゃうんだも ・・・・・・」

「?! ・・・・・・」

「ずっと、『あきらめろ』って言われたことが許せなかった。
 白哉が、何を考えているのか解らなくなって ・・・・。
 ううん、解るのが怖かったの。だから、逃げてばかりで ・・・・・・」


「お前は、何も悪くない ・・・・ 責を追うのは私なのだ」

「また、そう言って自分だけで、決めちゃうの?
 そう言う白哉が、許せないんだよ」


「本当の事だ ・・・・・。
 あの夜、私は、嫉妬に駆られて無理やりお前を ・・・・・。
 その結果、この様なつらい思いをさせてしまったのだ ・・・」

「むっ?! ・・・・ 無理やりって ・・・ そんな訳ないでしょう?!」

 驚いた白哉に真正面からみつめられて、頬が真っ赤に染まる。直視できず手に持った杯に映る自分の瞳を見つめた。

「最初は 嫌だったけど ・・・・・ 少し ・・・・・。
 でも ・・・・ 嫌な訳ないじゃない 白哉に触れられるのが ・・・・・・」

「 ・・・・・・・ ・・・・・・」

「その時から、すれ違っちゃったんだね ・・・・・。
 ただ、その日はいろいろ沢山あって、ぜんぜんいろいろ整理とかつかなくて ・・・・。
 その後、急に任務を入れたのも、少し考える時間が欲しかったからなの ・・・・・。
 だから、白哉一人が悪い訳じゃない ・・・・」


「だが、諦めろと言った言葉は、何も変わらない。
 ・・・・・ 告げた言葉に、後悔などしていない」
 
「今、許せないないのは、その言葉じゃない。
 全部一人で抱え込んじゃった白哉だよ」


 の言葉に、真実を知られた事を悟る。


「言葉は間違ってなかったね ・・・・・ でも ・・・・ 一緒に泣いて欲しかった ・・・・」

・・・・・ 私は ・・・・・ ただ、お前を守りたった ・・・・・
 真実を知れば、お前は、お前自身を責めただろう ・・・・・・」


「・・・・・・ だからって、他の誰かを恨めばいいものじゃないよ。
 それが、白哉だなんて、淋しすぎる ・・・・・」


「すまない ・・・・・ ただ ・・・ お前を守りたかったのだ ・・・・・」


「私も ・・・・・ 私も、白哉を守りたい ・・・・・・」


 今まで杯を見つめていたが、しっかりと意思を込めた瞳を白哉へと向けた。その瞳は、白哉を愛していると優しく告げる。


「白哉みたいに、強い霊力もないし、地位も名誉も財産もなんにも敵わないけど、心を ・・・ 白哉の心をいつでも優しく包んで守っていたい。

 楽しい事も悲しい事も、一緒に過ごして大切な思い出にしていきたの ・・・・・・ 二人で ・・・・・。

 だから ・・・・・ だから、お願い ・・・・・
 もう、一人だけで背負わないで ・・・・・ 必ず守るから ・・・・・ 」



 白い指がそっと頬に触れ愛しむように撫でる。
は、ゆっくりと瞳を閉じた。


「私は、一人ではないのだな ・・・・・ 今までも、これからも ・・・・・
  ・・・・・ 決して離しはしない
 

 満ちた月は、やがては欠けて消え失せる。
しかし、再びその形を取り戻す。
 これからも、何度も欠けては満ちる月の様に、ともに生きてゆこう 二人で ・・・・・・
 
 ・・・・ この命尽きるまで ・・・・・ 」

 誓いのくちづけとともに、また一つ、愛を互いの胸に深く刻んだ。




2008/8/17
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
白哉はしっかり見ていてあげないと、すれ違ってばかりな気がします。
そこがとても愛しいのですが。
いつか、この夫婦の続編が書いてみたいです。