月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に
悲月 3
荒くれどもの喧騒が、氷を張った様に一瞬にして固まる。
一人だけ態度を変えずに見据える更木に、薄氷の上を滑るかのように歩み寄ると、一枚の書状を差し出した。
ちらりとその書状の表書きを見た弓親は、やれやれと言った表情を呈した。
たかが辞意の書面一つに大人気ないと思いつつも、普段のからはらしくない行動だ。
そう考えると、大貴族とやらのゴリ押しに近い振る舞いがカンに触る。
お気に入りのだけに、キレる剣八も仕方なしと思えてしまう。
視線を少し落として再び睨む。
「なんのマネだ。 いくら亭主でも、していいことと悪いことがあるんじゃねぇのか?」
「非礼は詫びる。 本人の意思だ、受け取ってやって欲しい」
「意思だと? 生意気だが、筋だけはきっちり通 すヤツだ。
こんなモンでケリつけられるたぁ、俺もなめられたもんだな」
悠然と立ち上がると、何処だと一声唸る。
「どう処分するかは、こちらの関知する所ではない」
傍らで固まる隊員に有無を言わせず書状を渡すと、無表情のままさらに冷たく視線を返した。
「いいだろう。 護廷最強とやらを、見せてもらおうか」
動くことすら出来ない渦巻く気は、すでに部屋の外へと漏れ出しているはず。
近づくなど正気の沙汰ではないはずなのに、響く足音に隊員たちは生唾を飲んだ。
近くなるにつれて殺気こそ含まないが、絡みあう気に負けぬ鋭い気が伝わる。
その気を感じて振り向く白哉の目に、息を切らした恋次の姿が映る。
「たっ、隊長! は っ ・・・ 白道門 から三里の所で、穿界門使用の痕跡があったそうです!」
息が止まるかと思うほどの鋭い気が一瞬周りを貫く。
その主は息つく間もなくかき消えた。
やっと息が出来る様になった時、二つの気がその後を追った事に気づいた。
現世でを待っていたのは、もっとも悲しい結末だった。
身ごもった死神は、特異な霊圧を放つ。
皮肉な事に、十一番隊が探し続けていた虚をおびき出す形となった。
助けに来た白哉と更木によって、命に別状はなかったのだけれど。
朽木邸で、の目覚めを待った。
どんな叱責でも、悲しみでも、受け止めようと心に決めていたのだが。
目覚めたの言葉に、己がどれだけ取り返しのつかない事をしたのか思い知らされた。
薄っすらと目を開けたに、優しく声を掛ける。
生きていると解かってはいても、目覚めるまではきがきでなくて。
「 ・・・・・。 私だ。 解かるか?」
ぼんやりと天井を見上げていたは、白哉の声に目を深く潤ませ、ゆっくりと閉じられた目から、一筋の涙が頬を伝い落ちた。
「 すまない、私がしっかり?! ・・・・ ・・・・・・」
ゆっくりと起き上がる姿に、驚いて言葉が途切れた。
伸ばした手を見つめ薄く微笑むと、白哉に向かって正座した。
「、無理をしてはいけないよ。 まだ、横になっていた方がいい ・・・・」
そっと肩に置かれるはずの手は、空を切る。
三つ指をついて頭を下げたを、驚いて見つめた。
「勝手をして、申し訳ありませんでした」
一瞬、体が凍りついた。
その冷たさを振り切るように、ついた手を握るとを起した。
「謝る事など何もない。無事でよかった」
「・・・・・・ ありがとう 」
頬に触れた手に口の端を少しだけ揺らして、なすがままに委ねる。
だた、穏やかに、なすがままに全てを流す。
再び横にならせて、休むようにと告げると、はいと笑顔で答えてゆっくりと目を閉じた。
朽木白哉の妻としてではなく、朽木の嫁として生きる。
最初に強いたのは己なのだから、の判断は正しい。
ただ、もう二度と真の心に触れられない事が、これほど辛いとは思わなかった。
昔の己なら、そんな感情すら浮かばなかっただろうに。
しかし、その辛さも甘んじて堪えられる。
を失う辛さに比べたら取るに足らないものだから。
2008/1/12