欠け満つ巡れし夜半の月
初月 一
寝付けずにいつもの様に夜の散歩に出た。
原因は解かっている。考えても無駄なこと。
もう決めた事なのだから。
考え事をしながらの散歩は、知らず知らず遠くへと白哉を運ぶ。
大辻を越たようだ。 そろそろ戻らねばと、思った時。
十六夜の月に浮かぶ姿に、不覚にも天女が舞い降りたと錯覚した。
「私を、買ってくれませんか?」
「・・・・・・ 立ち君か ・・・・」
手拭で顔を半分隠してはいるが、隠し切れない気高さとは凡そ似つかわしくない言葉に、眼差しが厳しくなった。
「誰に向かって言っている」
「 貴方 ・・・・ です・・・・」
真っ直ぐに意思の強そうな瞳が見上げる。
「 ?! ・・・・・・ 」
ゆっくりと歩み寄ると、顎をとり視線を合わせる。
自ら他人に触れることなど、どれだけぶりだろう。
「 うっ! ・・・・」
その指に驚いた女は、本能的に顔を背けた。
「どうした? ちゃんと顔を見せろ。品定めが出来ぬであろう?」
無機質に響く言葉に、伏目がちに顔を向けた。
視線が痛いとは、こういう事を言うのだろう。
咎めるように刺さるそれは、「幾らだ?」との声でやっと外された。
「 あ・・・ えっと ・・・・」
答えが出ない事を予測していたかの様に、手を出せと命令口調だ。
「へっ?」
驚く女の手を取ると、その掌にずしりと重い財布を乗せる。
重さから不相応の金額が渡された事が判る。
「不足はなかろう」
そう言うと、踵を返した。
「待って!」
白哉の袖にしがみつくと、それじゃだめなのと見上げる。
やはり、先ほどと同じ視線だ。
「抱いてくれないと困るの・・・・・・」
「なぜだ?」
「それは・・・・」
「己の体を粗末にするな」
「違う!・・・・ そんなつもりじゃない ・・・・」
「理由を言え」
「抱いてくれたら、話ます・・・・・ 私・・・」
初めてで面白くないかもしれないけどと、恥ずかしそうに頬を染める。
「お願いします・・・」
やっと見つけたからと、抱きしめずにはいられないほど寂しげな微笑を添えた。
「・・・・・・ 名は?」
抱き寄せられた力の強さに体を強張らせ、必死で震えを押さえながらポツリと答えた。
「・・・・・ 」
その答えに歪んだ眉を、気づく余裕などまったくなかった。
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立ち君=路傍に立って通行人を相手に売色した下級の娼婦
2006/1/25
連載開始