「SEAT」の続きです。前作と同じく尿道異物挿入あり、SMテイスト強め。大丈夫なかたのみどうぞ。







欲しいのは思慮深い不自由





ウォッカと、ホワイトキュラソー、それに、搾りたてのレモンジュース。
「どうぞ」
そう言って出された、カクテルグラスは、凍るほどに冷やしてあるらしく、持ち手までが白く濁って、まるで氷細工のようだった。シェーカーに、サンジはいつもの、慣れた手つきで、材料を順に入れていく。楽器でも奏でるみたいに、両手で持ったそれを上下に振った。
気を抜いているときにはややもすれば猫背気味なのだけれど、こういうときのサンジの背は、ぴんときれいに伸びている。つややかなベストの黒と、皺のないシャツに包まれた体には、無粋な隙というものがまったくない。口元は笑んでおり、伏し目がちの視線は、テーブルの辺りにさりげなく置かれていた。
いつもの席で、それを眺めている。中で混ぜ合わされる、リズミカルなその音がだんだんと速くなり、そののち、ゆっくりと収まっていくのは、達するときのサンジの、あの動きを思わせた。そのあとに零れる、満足げな甘く熱い息、あれより上等なものを、ゾロは、他に知らない。
出来あがった、とろりと白いそれが、グラスに注がれていく。席一つ離れた見知らぬ男は、注文するとき、なんと言ったのだったか。カクテルにはまったく詳しくないし、名も、何度聞いたって覚えられない。これまで何につけてもそうだったから、すっかり、縁がないのだと思っていた。
興味とか、執着とか、嫉妬、とか。
「……うまいな」
感心するように言った男に、サンジは微笑みかけた。目尻のゆるやかに撓んだ、その中心の薄い色は、今は、ゾロを見ようとはしない。急に渇きを感じて、自分のショットグラスに手を伸ばし、ストレートの強い酒を煽った。横に置かれたチェイサーは、手つかずのままで、たっぷりと水を湛えている。体に悪い、とサンジがいつも一緒に出すこれに、口をつけることすらも忘れていた。
隅の席にいる、ゾロの存在はもう、磨きこまれた飴色のカウンターと同じく、この店の内装の一つのように馴染んでいる。常連は、ほとんど顔見知りになっていたが、もちろんときには、新しい客もやってくることがあり、カクテルを飲むその男は、たぶん、はじめての顔だった。
見ていると、目が合う。
「ゾロ」
呼ばれて顔を戻した。他の客のカクテルを作っているらしい、サンジと視線が絡んだ。興味があるのかないのか、わからない眸だと思う。銀に光るカクテルスプーンよりも、どうしても、それに添えられた指のほうに視線が流れる。その感触、節の場所、爪の形、浅く走るすじまで覚えているから、たとえ目隠しをされたって、サンジのものだとゾロにはわかるだろう。
「水も飲みな」
「ああ」
「それと、」
空いたグラスを引く、腕が近づいてくる。よく知った煙草が香って、内緒話でもするように、声を低めて、サンジは言った。
「よそ見、しねえで」
「……正気か」
「もちろん」
目を合わせたまま顔を顰め、はあ、とゾロは息を吐いた。サンジは困ったように笑う。同じの、と続けると、うなずくだけで離れていこうとする、その手首の辺りを、軽く指で弾いてみた。袖のボタンが、かちん、と小さく鳴る。グラスの中で、溶けていく氷が、ときおり立てる音に似ていた。なに、と不思議そうな顔をされて、舌打ちが出た。
引き結んだ唇を、開いて、と促すように、サンジが軽く首を傾げるのを見れば、まるきり分別のない子供だか、単なるものめずらしい玩具だか、そんなふうに思われているような、気持ちになる。欲しいのと同じくらい、欲しがられていると、あのとき思ったのが錯覚、だったかのような。
「――今日は」
「今日?」
「わからねえフリをするな」
自分から誘ったことが、サンジと出会うまでなかった。前にしていた、仕事の持ちかけですら、こちらから声をかけたことはなかった。だからわからない。どうしたら、その目を向けるのか、あの指で触れてくるのか、わからない。ひと月ほど呆れるくらい何度もセックスして、すっかり体がサンジに馴染みきって、それから、しばらく寝ていなかった。店が閉じる前に、そろそろ時間だぜ、と、愛嬌のある笑顔で言われる。まるきり、ただの客だろ、とでもいうふうに。
何を考えてる、ふざけるな、そう、殴りつけることができないのはなぜだろう。力づくで這いつくばらせても、少しも気が晴れそうにない。この男とこうなってから、すっかり別の生き物に、なってしまった気がする。警告を、無視したツケなのだろうと思う。
正気か、とさっき尋ねたのは、束縛をちらつかせたサンジにではなく、よそ見などするわけがない、と思うからだ。そんなのは、こちらの台詞だった。その触れるもの、目に映るものすべてに、などと、われながら信じがたい。
手に入れてしまったら、もう、興味などないくせに、思わせぶりな態度にはいっそ腹が立つ。とうに飽きてしまった、ガラクタを捨てきれない子供が、ときどき気まぐれにそれを取り出す、その程度のものなのだろう。
けれど、何より腹立たしいのは、それでもここに足を向ける自分自身だ。
「からかってんのか、俺を」
答えないサンジに、業を煮やして言う。
「違うよ」
「じゃあなんだ」
「前に、言ったと思うけどな」
「悪いが忘れっぽくてな」
澄んでいるくせに、深い底の見通せない目が細められる。そうやって、サンジはまた笑って、カウンターの上で固く握られた、ゾロの拳をするりと、撫でた。
ひさしぶりに触れた、それだけで肩が震える。白い手はすぐに、視界から消え失せた。
「意地悪、してんの」
好きだろ?



暗い部屋で、ゾロは、床に這いつくばるようにして、ベルトを外す。
自分でするとき、この体勢を好むのは、されている、かのような感覚が強くなるからだ。明かりを点けないのも、同じ理由からだった。サンジを思い出す、邪魔になるものをすべて、遮断する。
そうして局部だけを出した。客の途切れた時間に、カウンターの向こうに回って、ここだけを露出して、いじられたことがある。
まだ仕事中だから、と、長い指のかわりに、他のものを挿れられた。ゾロが飲んでいた酒に、入っていた氷だった。溶けて容積を少しだけ小さくした、それでも、これまで受け入れたどれよりも大きくて、丸い、それ。サンジが、一つ一つアイスピックで削るのを、ゾロはよく見ていた。いつだって感心するほど、完璧な球体だ。
いやだ、とは、言わなかった。ひだに押しあてられ、てのひらで少しずつ、その冷たくてつるりとしたものを押し込まれた。足が、生まれたての動物のように震え、堪えようとしても大きな声が出た。痛みにはかなり強いほうで、けれど、それで興奮する性癖はない、と思っていたのに、サンジから与えられるのならば感じてしかたなかった。
出さないでいられたら、な。すべて収まったあと、耳元でそう囁かれて、唇を柔らかく吸われて、その瞬間に射精した。押し出さないように、思いきり中を締めたら、奥のほうまで異物が入っていって、何度も性器が痙攣し、サンジが睫毛を食みながら、ずっと髪を撫でていて、優しくされているのか、ひどくされているのかわからなくなった。
その直後に店のドアが開いた。ふらつきながらも、とっさに、サンジの足元にしゃがみ込んだ。前からどろりと零れるものと、後ろからだんだんに漏れるもので、股座をじとりと濡らしたまま、暗がりでゾロがじっと息を潜めているあいだ、サンジはいつもとまったく同じように、客と愛想よく会話をしていた。
店が閉まってから、サンジの匂いの染みついた、ごく狭い休憩室で、気を飛ばすまで抱かれた。
あれ以来、サンジとしていなかった。そのあとの腹具合は最悪で、だからよく覚えている。
「ぅ、あ」
後ろに回した指を添えて、皺がぴんとなるくらいに開いて、たっぷりと濡らしたもう片方の指で、そこの表面を撫でると、舐められているような錯覚にとらわれて、声が漏れ腰があがった。慣らすのはいつも、もういい、と根をあげるまでしつこいくらいされる。ゆっくりと突き立てた。中は熱くて柔らかく、うごめいている。あの指だったら、もっと、ここはよろこぶのだろう、と思う。
 サンジがするように、大きく音を立てて掻きまわした。足りねえ。半開きの唇から零れるのは、本当の言葉だけだ。前立腺をこすって、腰を振って、硬い雄を激しく床にすりつけても、体はまだ、不足感で満ちていた。
もっと、強い刺激が欲しい。ぬるついた尿道に、爪を立てたら、小さなその穴は物欲しそうに、ひくついた。ここだって犯されたのだ、おかしくもなるだろう。バカが、はじめてが欲しい、なんて笑わせる。お前に会ってからはすべてが、そうだ。
「サン、ジ、っ」
呼んだら、ゾロ、と呼ばれる声を思い出して、挿した指がぎゅうぎゅうと、締めつけられた。ごぷり、と精液が噴きだす。それでも足りなかった。サンジが、足りない。



「まさに飢えたケモノ、みてえな顔してるな」
「――あァ?」
「お前だよ。俺、いまにも頭から食われちまいそう」
「……」
「はは、すげえ青筋。こえー」
ちっとも怖くなさそうに、眉を下げて笑う。自分が、いま、どんな顔をしているかは、鏡などなくとも容易に想像がついた。ちらりと光を跳ねたのは、サンジが拭いている、ワイングラスの表面だ。高価なのだ、といつか言っていたと記憶している。その手でごく丁寧に扱われる、それを力任せに奪い取り、いっそのこと床に投げつけてやりたい、と思った。だが、粉々に飛び散った破片を見て、愛おしむように嘆く、その姿を見るのも腹立たしいだろう。
客の姿はもうなかった。青い目が、何気ないふうに時計をたしかめて、唇が薄く開く。そろそろ時間だぜ、またそう言われる前にゾロは、席を立った。
無言のまま、スツールを降りて、ドアへと向かう。外に出たら、たぶんサンジは追って来ない、それで、すべて終わってしまうのかもしれない、とはじめて思う。けれどやはり、他にどうしたらいいかもわからない。これほど一方的に、自尊心まで、奪われるつもりはない。どれだけこの男が欲しくても、だ。
「ゾロ」
いつもは、ゾロが帰るときには、じゃあな、また、とサンジは言う。けれど今夜は、名を呼ぶだけで、それ以上なにも言おうとしない、だからつい、足を止めてしまった。
グラスを置いたらしい音がする。外は、ずいぶん冷え込んでいるようで、ドア越しにも伝わる冷気を感じながら、近づいてくる硬質な足音を聞いた。サンジが、ゾロを呼び寄せるのではなく、自分でそこから、カウンターから出て来るのは、はじめてだ、とふと気づく。
背中に、あからさまな視線を感じる。こういう気配を殺すのがうまい男で、露骨に、見られている、と感じるのもまた、めずらしかった。
煙草に火をつける音がして、その匂いが漂って、これは、だめだ、と思った。直感だった。今すぐに、ここを出たほうがいい、でないと今度こそ捕まって、もう離れられない。二度目の警告を、けれどゾロは、また無視した。聞こうにも、どうしても足が動こうとしなかったからだ。
何か用か、と、声を低く押し出すと、これもめずらしく躊躇うように、サンジは少しだけ、黙った。もっと遅くまで開いている店に向かうのだろう、どこかで足音と、男女の話し声が聞こえる。
「どうしたら、手に入るかわからねえ」
「……なにが」
「言ったろ、ぜんぶ、って」
「ぜんぶ」
お前の、とサンジが言う。欲しいんだよ。
「すべて欲しいんだ」
落ち着いた、静かな声で繰り返された、その言葉の意味について、ゾロは考えてみた。どうしたら手に入るかわからない、それはむしろ、こちらの台詞だろう。欲しがるのは、いつだって俺のほうばかりのはずだ。
考えているうちに、サンジがもっと近づいてきて、後ろから手が回されて、背中にひたりと体温が触れた。肩の上に、顎が乗って、さらりと揺れた金の髪が、首筋を撫でた。サンジの匂いがする。暖房が効いているのに、皮膚に押しあてられた鼻先はひんやりと感じた。
「こんだけ、好き放題ヤッといてか」
「体だけの話じゃないよ」
「よくわからねえ」
「だろうな」
「嫌味かよ」
「違うさ。だからこんなに欲しいんじゃねえか、って話」
手に入らなさそうなものって、きれいだろ、とサンジは言う。それはなんとなくわかる、とゾロが言うと、ふっと息がかかったのは、たぶん、笑ったのだ。
「惚れた腫れたの話なら、とっくに手に入れてんだろ」
「でも、ぜんぶじゃねえ」
「そりゃ誰相手でも無理じゃねえの」
「かもな。けどお前は特にそういう感じがするし、他のやつにはここまで思ったことねえんだ。……だから、確かめたくなって、試したくなって、」
もっと、欲しがらせてえ、ってキリがない。
観念したかのように、ため息混じりに言って、耳の上、後ろから、指を髪に埋めてきた。そのまま頬を、顎を撫でていく。ゆっくりと首を捩じると、あの眸は、垂らされた前髪に隠れていた。煙草を奪って床に落とし、靴裏で踏みにじる。唇を一度、軽く吸ってから、体の向きを変えて、頬をてのひらで挟んで、今度は深く合わせる。くりかえし角度を変えて、舌を絡ませ吸いあった。は、は、と息が、すぐに荒くなる。キスだけでこんな感覚を得るようになったのも、サンジを知ってからだ。
そうしながら、聞こえるか聞こえないかの、ごく小さな掠れた声で、行かねえで、とサンジが言った。体中が熱くなる。なんてズルいやり口だ、と、そう思った。このタイミングで、はじめて引きとめられて、俺が行けるわけもないだろう。ため息を吐きたいのはこちらのほうで、これ以上欲しがらせたい、などと、ほんとうに呆れた話だ。
「ずいぶん、強欲な男だな」
「俺も知らなかったんだ」
額と額を合わせて聞いた、その答えは、なかなかゾロの気に入った。カウンターに押しつけるようにして、くちづけを続けながら、ベストのボタンに指をかけた。ゾロから脱がせるのは、はじめてだった。胸板にてのひらをつけて、シャツの下の、意外なほどについた筋肉の感触をたしかめるように撫でる。ふ、と湿った息が、サンジの唇から漏れた。
「控え室に、」
「ここでいい」
遮るように言って、手首を掴んで、足の付け根、中心に触れさせる。すでにうごめきはじめている場所を、教えてやるためだった。硬い、とサンジが囁いて、欲しがってるだろ、とゾロは笑った。ベルトを外し前をゆるめると、下着の中に、きれいな手がするりと忍び込んでいく。
芯を持った茎を、下から撫であげてから、くびれのところを、軽く引っ掻くようにされる。じわ、と滲んだものが、とろりと溢れて、サンジの形のいい指を汚すところを想像して、ますます硬くなった。
そのまま、指が、先端をなぶる。先走りを塗り込めるように、ねちねちと音が立っている。そこの穴を、そっと開かれるのがわかった。それだけで、ふうう、と顎が上がり、唇を噛んだ。
「ほんとだ、ここも」
サンジが低く言う。期待している、それを見透かされている。
肌蹴たシャツが軽く腹に触れて、サンジが上体を捩って、カウンターの上に腕を伸ばした。グラスを掴んで、テーブルに置く。軽やかな音を立てたのは、そこに入っていた細長い金属たちだった。
そのうちの一本を、サンジはゾロの目の高さに掲げて、振って見せた。見ていろ、ということだろう。下へと動くのを、目で追いながらのどが鳴った。欲望にか、恐怖にかわからなかったが、それはどちらでもよかった。実際、一度きりのあのとき、痛みと快楽は背中合わせだったのだ。忘れたことはない。体を内部からめちゃくちゃに壊されて、すべて作り変えられてしまうような、そんな。
丸い先端が近づいてきて、ゾロは震えた。思わず引いた腰を、サンジが支えるように、片手を尻に回して引きつける。尻たぶのあいだ、汗ばんだ溝に中指が這った。
「自分で挿れな、ゾロ」
視線を上げると、目が合う。口調は甘いのに、捉えられた薄青はやはり底が知れず、ぶる、と背骨を興奮が走った。サンジにだけの、厄介な性癖だ。まだあてられてもいない、そこは、期待に垂らしている。指を反り返った性器に添えて、もう片方の指で、ゾロはマドラーを握った。
「まさか、な」
「うん?」
「自分、で、んなとこに、突っ込むとは、っ……思いもしねえ」
「何があるかわからないな、人生は」
「まったく、だ、あ、ァ」
息を吐いて、なるべく力を抜きながら、サンジの指のあいだ、しきりにエサをねだる雛鳥みたいに、くぱりと口を開けた穴に、先端を埋めていく。丸い部分が収まったところで、後ろに指をゆっくりと挿れられて、うわずった声が漏れた。腫れてる、そう言われ顔に血液が集まった。ゆうべも、名を呼びながら、長く自慰をした、その痴態をすべて覗かれたような感じがした。中はすでにとろけているはずだ。傷つきやすい粘膜は、きっとうっ血しているのだろう、と思う。
ぐるり、とたしかめるように、指が回されて、それからゆるゆると出入りしはじめる。尻が、自然に持ちあがると、サンジが押し戻すようにぐっと深く挿し込んで、悪さを叱られているような気分になった。先だけ呑み込んだ場所は、赤く色づいて、てらてらと光って、そこを、サンジの指の腹が愛おしげに撫でた。そうすると後ろも前もきつく締まって、痛いのと、気持ちいいので、目の前が、膜でも張ったようにぼやけてくる。
「まだ入るだろ?」
「ふ、う、うっ」
「ゾロ」
そう言って、促すように、髪を撫でられた。はっ、はっ、と獣じみた息を短くつきながら、少しずつ進めていくと、加減ができるせいか、この前ほどのひどい違和感はなかった。なかばほどまで、金属が消えたところで抵抗を感じる。手を止めたゾロの耳下を流れる汗を、サンジは舐めた。犯す指は、ぐち、ぐち、とときおりねばった音を立て動きつづけていて、あ、あ、と声を漏らして、ゾロも、サンジのこめかみに唇をつけて吸った。口の中が唾液でいっぱいなせいで、さらりとしているはずの皮膚が、べとりと濡れてしまった。
マドラーから指を離そうとすると、だめだよ、とサンジは言った。ゾロは首を横に振った。この先にあるはずの、あの感覚を思うと、これ以上は自分では無理だ、と思った。けれど、その手はゾロの手に添えられた。目を、逸らすことはいつだって出来ない。てのひらがそっと重なって、ゾロが震える息を吐いた直後、ぐ、とひと息に押し込められた。
「い、――ッあ、ア!」
壁一枚向こうの、前立腺を思いきりこすられる感触は、二度目でもやはり強烈だった。同時に、後ろに入った中指でもその場所を押されて、体全体が、ひきつけでも起こしたかのように跳ねた。口はぽかりと開いているのに声は出なかった。頭の血管が切れそうだ、と思う。絶頂の感覚はたしかにあって、けれど、精液が尿道をのぼっていくことはない。堰きとめられたそこは、ただ、出口を無くしてびくびくと震えるだけだった。
いつのまにかサンジのてのひらは、今度は、棒に深く貫かれたままの、ゾロのそれを包んでいる。そのまま、握られ、しごかれて、足の力が抜けて、ゾロはサンジの背にすがるように両手を回した。
「さわ、さわる、なっ、ア、うァ」
「なあ、イッてるのか?」
「あ、あ、わから、ね、」
指と腕だけに力がこもって、シャツの布が破ける音がする。ずる、と手が滑り、なめらかな背中を掻きむしるように爪を立てた。加減など、出来なかった。情熱的だな、と息混じりの声がして、びくつきつづける性器をしごく指が速まり、後ろからは濁った音が激しく立った。サンジに愛撫を受けている場所だけが、切り離されたように感覚が強い。
サンジも汗をかいていて、首すじから漂う匂いが、いつもより強く感じて、目の先に見えるアルコールのボトルが、ゆらりと揺らぐ。正気を、失いかけているのかもしれない、と遠く思った。からん、と、また音がするほうに、視線を向けることも出来なかった。
ゆるんだ口元に運ばれた、二本の、いま性器を貫いているのと同じものが、ゾロの下唇をなぞった。舐めて。そう言われ、舌を出してしゃぶった。ぼうっと霞んで見える、遠ざかっていくそれが、明かりを跳ねて、きれいだ、とぼんやり思う。サンジの髪と似た色だ。顔中が、いつのまにかびっしょりと濡れていて、顎からなにか滴っているけれど、どこからのものかもよくわからなかった。
「ずいぶん気に入ってもらってる、みてえだから」
ここにも、とサンジが言い、冷たく硬い感触が、襞を奥深くかきわけていった。指でも、性器でも、届かない場所まで。片手を、そこに導かれる。二本、挿されたものは、短い尻尾のようで、上下にしきりに動いていて、それが、自分の中が吸い込むようにうごめいているからだと、気がついたときにまたきついオーガズムに襲われた。
腰が揺れて、前と後ろに入った金属も揺れる。ひどい声が漏れた。口をてのひらで覆っても、外にまで聞こえそうなほどだ。サンジの手はもう、どちらにも触れておらず、片手をカウンターにつき、もう片方でゾロを支えるようにして、ゾロの、汚れた顔中に唇を押しあてていた。すげえかわいい、と言われ、バカが、と思う。きっと、目もあてられない呆けきった顔をしているはずだろうに。
かすむ頭で、その首すじに吸いついて、噛んで、白い肌に赤い痕をつける。明日、シャツの襟元から覗けばいい、と思う。力のうまく入らない手を、締まった腹に押しつけて、だんだんに下へと這わせていった。中心にある、布の下のそれは、とても、とても硬かった。欲しくてたまらない。しゃぶりてえ、と言うと、うれしいけど今日はダメだ、とサンジは言った。意地が悪い。前に、好きだろ、と言われたが、たしかに、そのとおりなのかもしれなかった。乳首をつままれ、こねられて、一瞬、視界がちらついて細かなものが飛ぶ。
「お前、が、ッ、ア」
「なに?」
はやく、お前が、欲しい。そうきれぎれに言うと、俺も、とサンジは囁いた。唇を深く合わせる。口の中まで、過敏になっていて、粘膜をなぶられると、また金属が小刻みにぶれて光を放った。ベルトを外す音に、それだけで腰に震えが走る。何度達していても、まだ足りなかった。ほんとうに欲しいのはこれじゃない。
「前、自分で抜きな、ゾロ」
そうしたら満たされる、のだとわかった。何かを得ることを、怖い、ように思うなんて信じられなかった。そして、それと同じくらいに期待している。指を伸ばし、マドラーを握りしめた。視線を上げると、目の前の薄い青が細められて、まるで心を読んだかのように、実は、俺も怖い、とサンジは小さく笑った。欲しすぎておかしくなりそうだ。そう、サンジも思っている、それがわかれば、じゅうぶんだ。
「ん、んっ、あ、はァ」
ずるり、と、ゆっくり抜いていく。長く戒められた性器は、充血し腫れきっていた。一番膨らんだ、丸い場所が引っかかり、少し力を込めて引くと、急に、抵抗が消える。解放された瞬間に、大きく開いた穴から、とろとろと、白濁がだらしなく漏れた。それは、ずいぶん長く続いた。股がどろりとなまぬるく濡れて、睾丸まで伝い、そこから床にぼた、と何度も垂れ落ちた。さっきまでゾロのものを犯していた、落とした金色が、精液の水溜まりに浸かっている。
「おいで」
サンジがスツールを回し、それに腰かけた。後ろに手を回そうとすると、そっちはそのまま、と言われた。のどが、鳴る。いやだ、とはやはり言わない。黒いボトムに覆われたままの太腿を跨ぎ、自分で尻を割り開いて、少しずつ埋めていく。痛みと違和感はあるというのに、先が浅く入ったところで、また達してしまった。すでにたっぷりと吐き出した性器は、もう、濁りの少ない液体をこぼすばかりで、漏らしてる、とサンジが言い、それを拭った指をゾロの口の中に入れた。形のよい指を、爪のあいだまで、夢中で舐める。こうしたいと、はじめから思っていた。
サンジが、下から腰を打ちつけはじめる。きつく締めながら、いい、とゾロは嗚咽する。すべて明け渡して、ただ揺さぶられるだけだった。背中と尻に、サンジの指が強く食い込んでいる。
「ゾロ、ッ、は、ゾロ、……ゾロ」
出されるときに、何度も、呼ばれた。呼ばれるたびに、搾りあげるように中が、腰がうねった。欲しいんだ、とサンジは繰り返した。目の前にある、眉根を寄せ赤らんだ顔はいつもよりずっと幼く見えて、まるきり、貪欲で聞きわけのない子供のようだった。
濁った激しい音に混じって、ときおり聞こえる涼やかな音は、二本が、そこで触れあうせいなのだろう。ここは、ゾロが座るいつもの席で、きっと明日からは、尻を着けただけで、思い出してしまうに違いなかった。
達したあとの性器が、ずるりと引き抜かれると、一緒に金色がゆっくり押し出され、ん、ん、と鼻から声が漏れた。大きく開いた、震える足のあいだから、白い糸を引いて、床にかちり、かちりと落ちる。股は、ゾロの体液に、サンジが出した精液が混じって、なお汚れた。てらてら光るそこを見て、ゾロは、息を整えてから、ふう、と大きく息をつく。
「……見ろよ、お前まみれだ」
そう言うと、まだだろ、とサンジは耳のそばで言った。



どうやら、弱みを見せた、ような気分になったらしい。ゆっくりと開いたまぶたの下、その目が焦点を結んだときに、かすかに眉を顰めたのだ。ゾロが先に目覚めたのが、不本意だったのだろうか。行為のときに見たのと同じに、やけに幼かった寝顔は、もう、見る影もない。
気がついたら控え室の、ソファベッドで眠っていて、隣からは静かな寝息が聞こえていた。サンジはこちらを向いていて、横たわったまま、首を捩ってしばらく眺めていたら、遅れて目を覚ましたのが、ついいましがたのことだった。もう少しこうしていたかったから、残念に思った。無防備なサンジを、見ることは今のところほとんどない。
射精の瞬間と、眠りのさなか、その二つだけ。
「……のど渇いてねえ?」
「渇いてる」
「水、持ってくる」
起きあがろうとするのを、首の後ろを掴んで阻んだ。まだいい。言ってから、そのまま、髪を乱すように頭を撫でた。なに、と、ますます嫌そうな顔をする。意地悪、をしたくなる気持ちがわかったような気がした。かわいがりたいのと、同じくらいに。
「どっか痛くねえか」
「そういやいろいろ痛えな」
「だろうな」
「けど、よかったが」
「だろうね」
く、と笑う。ゾロは目を見開いた。それが、悪ガキ、みたいな、見たことのない笑いかただったからだ。ふと視線が絡まって、なんかついてるか、と言われたが、べつに、とだけ言って、答えずにおいた。たぶん、今のは無意識だ。教えたら見れなくなるのだろう、と思う。黙ったまま、目尻にくちづけた。さっき、くしゃりと皺が寄った場所だ。
体から先に、ずいぶん深いところまで知り合ってしまったが、まだ知らないことはたくさんある、のだと思う。すべて、と言ったサンジの言葉の意味も、また少しわかった。無理なのに、望んでしかたない、その複雑なもどかしさの元を辿れば、案外、単純な感情一つに行き着くのかもしない。
「……やべえな」
「なにが」
「お前が」
言ってから、顔を近づけて、薄いまぶたを食んだ。ゾロ、と深い声がする。痛みが残るのに、性懲りもなくじんと痺れた場所を、思ってゾロはため息を吐いた。欲しいのが体だけなら、まだよかったのだろう。わかってはいたが、すっかり、深みにはまってしまったようだ。もう、たぶん、どうやってもやめることが出来ない、長く染みついた悪癖、みたいに。








(13.01.24)





リクエストフロム渦炎氏。お題は「マドラー三刀流」でした…
ほんとまさか寝た子を起こすようにまたアレの続きを書くとは思いませんでした。
お題ははじめ、華麗に却下しましたが(ギャグにしかならなそうだったから)、つい思いついてしまい書いてしまいました。