ため息つかせて 彼はひどくつまらなそうに見えて、それが、まずは興味をそそった。 広いフロアは正装した男女であふれている。 グラスを片手に持ち、立ったまま談笑する彼らのあいだを、ボーイが慌ただしく行きかっていた。軽くつまめるような食事も用意してあったが、需要があるのはもっぱらアルコールのようだ。少し遅い時間からはじまったせいかもしれない。嫌味のない笑顔を口元に浮かべゲストの注文に応じるその様子から、彼らがしっかりとした職業的教育を受けていることがわかる。 よく磨かれた細長いシャンパングラスを手に、壁に寄りかかって、サンジはゾロを見ていた。 有名なホテルチェーンの御曹司。年は同じ。いつも違う女、それもとびきりのを連れていて、派手に浮名を流している。そんな彼もいい年齢になり、つい先日、とうとう婚約をした。パーティーはこのホテルのオープニングセレモニーの一環だが、婚約者のお披露目も兼ねているらしい。今日までにサンジがゾロについて知っていたのは、これですべてだ。 ゾロの隣には、明るいオレンジの髪をした美しい女性が立っている。婚約者だろう。胸元の大きく開いた大胆なデザインのドレスを着こなし、薬指の大粒のダイヤが、彼女がグラスを傾けるたびにまばゆく光を放つ。酒に強いのか、けっこうなペースだ。その横で、ゾロは、ゲストと話をしていた。つくり笑顔に透けた退屈。喜ばしい場にふさわしいとはとても思えない表情だった。 光沢のある黒のタキシードに包まれた、均整が取れた男らしい肉体は、雄の色気を惜しみなく振りまいている。周りの女性たちがみな、うっとりとした目つきでゾロを見ていた。そんななか隣にいる婚約者だけが、友人のようにゾロに接しているのがおもしろい。たぶん古いつきあいなのだろう。すくなくとも、愛し合う幸せな恋人同士、には見えない。 サンジはグラスを口元に近づけた。さすがにいいシャンパンを出している。炭酸が、喉を、ちりちりと淡く刺激するのを感じる。ゾロがこちらに視線をよこした。目が合う。微笑むと、ゾロは目を逸らした。さきほどからもう何度か続いているやりとり。気配に敏いらしく、サンジがゾロを見つめだしてから、そう経たないうち、ゾロはサンジに気がついた。 婚約者らしき女性がゾロの横を離れ、サンジはそれを目で追う。控え室の方へ向かっているようだった。ドレスを変えるのかもしれない。タイミングを窺うまでもなく、ゾロのほうから、こちらへ向かってくるのが見えた。 「もう一杯、頂けるかな」 近くを通ったボーイにサンジは声をかけ、グラスを渡した。かしこまりました。男が頭を下げる。 ゾロはカクテルグラスを持ったまま近づいてきた。透明な液体の中に、レモンピールと、ピンに刺したオリーブが沈んでいる。サンジは、ゾロをしげしげと眺めた。 むせかえるような色気があるのにどこかストイックな印象を受けるのは、隙のない精悍な顔立ちのせいかもしれない。背はサンジと同じくらいだが、体格はゾロのほうがいいようだった。厚みのある体にぴたりと沿うタキシードの下の、引き締まったしなやかな筋肉を、サンジは想像する。猫科の大型肉食獣のような。しかも、野生だ。 「これじゃあ婚約者も心配だろうね」 目の前で立ち止まったゾロに、壁に寄りかかったまま、サンジは言った。 「俺を知ってるのか」 ゾロが口を開いた。いい声だ、鳴かせたくなる、と思う。 「いや、初対面。もちろん名前は知ってたけどね」 ジュラキュール・ミホーク氏の一人息子の名を知らない人間などこの界隈にはいない。そう言うと、ゾロは露骨に嫌そうな顔をした。幼いその表情に思わず笑ってしまう。 「笑うな」 「失礼しました、お坊ちゃま」 サンジがからかうと、ますますゾロは憮然とする。名前は、とゾロが訊くので、サンジ、とだけ答える。ボーイが、シャンパンを持ってきた。ありがとう、礼を言って受け取る。その様子を見ながら、なんで俺を見てた、とゾロが尋ねた。 「さっきからずっと見てただろう?」 「見てたね」 「ねちこいから、すぐ気付いた」 「ああ、感じた?」 首を傾け、ゾロの顔を下から覗き込んで、微笑んだ。ゾロは一瞬驚いた顔をして、けれどすぐに表情を元にもどした。冗談はよせ、と言うと、カクテルをひと口、飲む。喉が上下にこくり、と動いた。 「俺はこういう冗談は言わない」 「……男が好きなのか」 「きれいなものは何でも」 「きれい?」 「そう思うよ。それも、とびきりだ」 「きれいっていうのは、お前みたいな男に使うんじゃないのか」 言ってから、ゾロはあからさまにしまった、という顔をした。育ちのよさとまっすぐな性格が窺える素直さに、頬がゆるむ。サンジは、壁から背中を離した。 「どうして、彼女を選んだ?」 婚約者、とサンジは、ゾロの目を見つめて訊いた。 「周りにいる女で唯一、寝たことがないから」 「なるほどね」 「それになにより、あいつは俺に興味がない」 金が恋人なんだ、そういう割り切ったとこが気に入ってる、俺とは幼馴染でな。そう言って、ゾロは思い出すように笑った。ずいぶん無防備なその笑顔に、サンジは見とれた。不機嫌そうにも見える、常の表情とはかなりの落差があった。これではたいていの女性はひとたまりもないだろう、とサンジは思う。 「ゾロは、女が好きなの?」 サンジが尋ねると、ゾロは少し考えて、別に、と答えた。 「セックスでもしてないと退屈で死にそうなだけだ」 「セックスは好き?」 「それなりに」 「男に興味は?」 「ない」 「これまでは?」 「そうだな、これまでは」 目を逸らさずにゾロが答える、その、引きしまった腰に腕を回す。拒まれなかった。 「少なくとも、退屈な思いはさせないが」 微笑みながら、サンジは、ゾロの体を引き寄せた。口をつけていないシャンパングラスを、ゾロの胸元でゆっくり傾ける。じわじわと、薄い染みが、まっ白なシャツに広がっていく。ゾロは身動きもせずにぼんやりと、グラスから流れ落ちるシャンパンを眺めていた。 「――行こうか」 空のグラスをテーブルに置き、サンジがゾロの腕を引く。 ゾロは、抵抗しなかった。 テラスへの出入り口は閉まっていたが、鍵は開いていた。 人混みを掻き分けて進み、タイミングを見計らって、ゾロの手を取りテラスに出る。外の気温は室内より低いが、サンジは気にしなかった。どうせ、すぐに熱くなる。 内側から中途半端に引かれたカーテンの、陰に隠れるような位置で、ゾロを手すりに寄りかからせるようにして、後ろから抱きしめた。ガラスの扉越しに、フロアの喧騒が聞こえている。首の後ろのくぼんだところに、唇をそっと押しあてると、ゾロは身構えるように一度、びくりと震えた。息を吸い込む。夜とゾロの匂いがした。 「まさか、誘いに乗ってくれるとは思わなかったな」 言いながら、後ろから手を回し、ゾロの襟元の蝶ネクタイをほどいていく。ゾロは左手にグラスを持ち、右手で手すりを掴み、サンジに身をまかせるようにじっとしている。 シングルタイプのタキシードジャケットの、ボタンを外す。シャツのボタンは上から二つだけ、外した。指先で肌蹴させると、鎖骨と、なめらかそうな胸元が、わずかに覗く。 肩に手を置いて、唇を、少しずつずらして、うなじから首筋へとくちづけていく。ちゅ、ちゅ、という音に合わせるように、ゾロはふっ、ふっ、と小さく息を吐いた。 「中に、いるよりはマシだからな」 退屈はさせないんだろ?と後ろをふりむいてゾロが言う。少し、その瞳が潤んでいる。もちろん、とサンジは言い、ゾロと目を合わせたまま、胸ポケットから白いチーフを取りだした。 「びしょびしょだ」 片手をゾロの顎にかける。唇と舌を吸いながら、もう片方の手でゾロの胸を拭いていく。濡れたシャツはべったりと貼りついて、よく鍛えられ隆起した胸の筋肉のラインを浮きあがらせ、ぴんと勃った二つの乳首がはっきりと透けていた。そこを柔らかく刺激するように、交互に、拭く。何度も、だ。だんだんとゾロの息遣いが荒くなって、キスが深くなる。ねだるように胸が反っていった。 「誘うのがうまいな」 サンジが言うと、ゾロは言葉に感じたように、長く息をついた。誘ってねえ、と、応じる声が掠れていた。だろうな、とサンジは思う。誘われたことはあっても、自分から、というのは、なさそうな男だった。しかも、男相手だ。 シャンパンはウエストを覆うカマーベルトと、ボトムまで濡らしていた。胸から腹にすべらせ、下半身へ移る。ゾロのそこは布を押しあげている。あえて触れずに、周りから拭いていった。しばらく続けていると、ゾロが焦れてわずかに腰を揺らしはじめる。左手にもったままのカクテルが小さな波をたてた。 「これで、何人の女の子を泣かせてきたの?」 チーフごしに、ゆるく、掴む。あ、とゾロが声をあげる。 「……いちいち覚えてない」 吐息混じりの、とろりと滴るような声だった。 「妬けるな」 そこにあてた手を動かさずに、じっとしていると、ゾロがこすりつけるような動きをしはじめる。 「でも今日は、こっちはおやすみ」 囁いて、ゾロの尻に下半身を押しつける。びくりと引いた腰を引きつけ、そこに昂ぶりをすりあてながらチーフの上から前を強く掴むと、ゾロは驚いたように短い声をあげ、体を硬直させた。カクテルが、ぱしゃりと音を立てて零れる。手に、じわじわと伝わるなまぬるい温度で、ゾロが射精したことがわかった。 ゾロは耳たぶを赤くして、下を向き、荒く息をしていた。こんなことで達してしまったのが恥ずかしいのだろう。自分でも、混乱しているのかもしれなかった。男らしい風貌とその態度のギャップに、ひどくそそられた。 この男のすべてを暴いて、乱れさせ、自分だけのものにしたい、そんな思いが湧きあがり、サンジを熱くさせる。これほどの強い欲望を感じたのははじめてのことだ。 「ゾロ」 耳元で名を呼ぶと、背中をサンジの胸に預けていたゾロが、赤いままの顔でサンジを見る。たまらなかった。残り少ないカクテルに沈むオリーブを、サンジは摘まんだ。ゾロは、サンジの手の動きを目で追った。 「お前の、髪の色だね」 サンジは自分の唇に、それを挟んだ。カクテルピンをすっと抜くと、ゾロのグラスに戻し、オリーブを舌に乗せた。強いウォッカの味が口の中に広がる。絶頂の名残りに薄く開いた、ゾロの唇のふちを指先で辿った。熱い、息の湿り気。そのまま、顔を近づけ、舌を使って、ゾロにオリーブを口移した。 「噛んじゃだめだよ。舐めてて」 言って、サンジはゾロのボトムのボタンを外し、ジッパーを下げた。サスペンダーで吊られているから、ボトムが下に落ちることはない。左手でシャツ越しに、しこった乳首を弾きながら、右手を後ろからボトムの中に差し入れた。下着の上から、弾力のある丸い尻を撫でる。ゾロはそれだけで、また息を荒げはじめた。指で割れ目を上下になぞると、ゾロがさきほど出したものでじっとりと濡れて温かい。 ゾロは快感を追うように、サンジの肩に頭をもたれさせ、からだを反らせている。サンジは顔を横に向け、ゾロの耳に息を吹きいれるように名を呼んでやる。ゾロは口の中でオリーブを転がし、舌を慰めながら、サンジが指を滑らすたびに、くぐもった声を漏らしていた。 下着の横から指を入れる。直接そこに触れると、ゾロが身を強張らせた。 「ここをいじられたことは?」 ゾロは目を閉じ、黙ったまま首を横に振った。前から伝ってくる粘液を、ひくつく穴になすりつけた。 「光栄だね」 ゾロ、息を吐いて。ゾロが、言う通りにする。呼気にあわせて、中指を、ゆっくりと沈めた。とても狭くて、とても熱い。ゾロはきつく目を閉じたままでいる。 乳首をいじっていた指をゾロの口の中に入れ、唾液の絡んだオリーブを取りだした。ゾロが、目を開けた。ぼんやりとしたような表情だった。指を動かしはじめると、あっ、あっ、と小さな喘ぎ声を出し、中が指に吸いつくように絡んだ。口の端によだれが溜まっている。 「今日は、車?」 「運転手、が、外にっ、あっ、」 「そう。ちょうどいいね」 言って、サンジはずるりと指を抜いた。 すこしおあずけだよ、これで我慢してて。そう言って、サンジは濡れたオリーブを、ゾロに見せた。ゾロが目を見開いて、顔を赤くして、サンジを見つめる。サンジの手がふたたび、ゾロのボトムの中へと消えた。 「あとで、出してあげるからね」 「やっ、あ、……!」 ゾロの唇を、唇でふさいで、オリーブをそこにあて、つぷりと埋めた。吸いこまれていくたびに、ゾロの足ががくがくと揺れる。唇を離すと、ゾロの体を返しこちらを向かせた。羞恥のためか、それとも快感のためか、小さく震えているゾロの、服の乱れを直した。 ジッパーを上げ、ボタンを留め、ネクタイを結んでやり、全身を眺める。 「素敵だ」 涙の滲んだ眼尻を舐めた。チーフを丁寧に折りたたみ、胸ポケットに収めると、ゾロの手からグラスを取り、残りを飲みほして、サンジはテラスから中に入りボーイを呼んだ。 「君、コートをお願いできるかな」 テラスで待っているから、と言って、番号の入ったプレートとグラスを渡す。待つあいだ、震えつづけるゾロを抱きしめて、髪を撫でながら顔中に、くちづけた。睨みつけてくる眼差しは、刺し殺されそうに強いのに、抗わないところが愛おしいな、と思う。そんな目をされても燃えるばかりだ、と、あとでその体に教えてやろう。 お待たせしました、とボーイがテラスの外から声をかける。中に入ってくるのがはばかられたのだろう。このあたりも、教育が行き届いているようだ。薄手のロングコートを受け取り、ゾロに着せてやる。一番下までボタンを留めた。ゾロの前が張りつめて、形を変えていたからだ。 「ね、退屈じゃないだろう?」 うまく歩けないらしいゾロを、介抱するように肩を抱いて、サンジは、きらびやかなフロアを抜けた。 これから夜の街をドライブだ。 (09.02.13) →後編 20代後半〜30代前半か(てきとう)。ハーレクインぽいタイトルにしてみた。 ゾロがのんでるのはウォッカ・マティーニで、ジェームズボンドご愛飲カクテル。もともと007のダニエル・クレイグの、タキシード姿に萌えすぎて書きたくなった話なので。 ゾロ視点の後編につづきます。 |