◆ 海賊(ずっと先)



「老けたなてめえ」
あまりにらしいと言えばらしい第一声に、サンジは開いた口が塞がらなかった。
同じように年を重ねたはずの男の背後には、視界いっぱいの美しい青が広がっている。海流が混ざりあい、日によって色を変える夢の海。その崖の上にレストランを開いたのはもうずいぶんと前の話だ。目の前に立つこの男と、離れていた年月と同じだけの。
髪色は、少し褪せただろうか。浅黒い肌のせいか皺は目立たないが、それでも顔には相応の年輪が刻みこまれていた。当時から鍛えられていた体はさらに厚みを増し、隙なく研ぎ澄まされて、大剣豪らしい気迫を全身から醸し出している。
それでいて、笑い顔は昔と寸分も変わらず、常なら饒舌なサンジの言葉をしばし奪い取った。
呆然としたままのサンジの前に、武骨な指がすうと伸ばされた。軽く目尻の皺をこすられ、ようやくはっとしてその手を払う。
男は、ゾロは、にやりと笑った。
「あんまりぼうっとしてるからよ、もうボケたかと思った」
「るっせえ、このクソマリモ!」
「は、ひさびさに聞いたな」
「……あたり前だアホ! どんだけ、どんだけ離れてた、と、」
声に混じるものがあって、サンジは下を向いた。この男の前では涙を見せたくなかった。
昔から、そうだった。弱みは見せない。意地を張りあい、向かいあうよりは背中を合わせ、同じ場所に、違うものを見据えて立っていた。
理解しあえないのは、若さのせいだけではなかったろう。思いを持て余し、衝動のままぶつかりあうように体を重ねていた。肝心な言葉はいつも足らず、要らない言葉はいくらでも吐けた。繰り返し傷つけて、たぶん同じくらい傷ついて。そういうふうにしか在れなかったのだ。
やがて進む道が別れるときも、共にいることを選ぼうとは思わなかった。生きかたが違いすぎる。ひとところに落ち着く男ではないとわかっていた。
忘れようと、努力したのだ。命のかたまりのような、触れたただけで泣きたくなるような、硬い体の熱い感触を忘れようとした。だがどうしてもできなかった。
だから、それからはただ毎日祈った。
クソ忌々しくも愛しいあの男が、どこかできっと無事にあるように、と。
もう一度指先が伸びてきたが、今度は払えなかった。目尻に溜まった水を、荒れた皮膚が吸いとっていく。指の動きはたどたどしいが存外に穏やかだった。
やはり、この男も年を取ったのだ。
「ずいぶん、待たせたな」
「……待ってねえよ。相変わらず自信満々でむかつく男だなァてめえはよ」
「違うのか」
なあ、とゾロが言う。声はかすかな甘さを孕み、どうしようもなくサンジを波立たせた。
ちくしょう、今ごろになって甘えかた覚えやがって。熱い顔をごまかすように顰めてから、いや、この年になったからかもしれねえがと思い直す。
おれだって年を取ったのだ。
顔を見た瞬間、今ごろのこのこ現れやがってと、この男を蹴り倒さない程度には。
「お前よ」
「ああ」
「今日が何の日か、知ってんのかよ」
「いや、暦は近ごろ見てねえからな」
なんかめでてえ日か?
サンジの肩越し、店の中を覗きこむようにしてゾロは言う。氷で冷やしたシャンパン、ことことと煮られたスープの湯気、厨房からはケーキの焼ける香り、今日は友人たちを呼んでのパーティーの予定だった。
やはり、ゾロは知らずに来たのだ。
どうしようもなく笑いが込みあげて、サンジは、くつくつと笑い出した。訳がわからないのだろう、ゾロは憮然とした顔をしている。
年甲斐もねえ。
それがおかしくて、サンジはよけいに笑った。
「……まったく、おめえはよぉ。よりによって今日かよ」
そうだ、昔からこいつはこういう奴だった。
残念なとこが大半のくせ、キメ所だけはきっちりキメて、一瞬で、おれの心をわし掴みにしてしまう。
「なんだよ、笑うな。説明しろ」
「そのうちわかるんじゃねえ?」
「いま言え」
「んー、そうだな、まァ――」
めでてえ日には変わりねえかな。
言って、まっすぐに腕を伸ばす。
目の褪めるような眩しい海ごと、抱きしめるように。



もう離さねえけど、と囁けば、望むところだ、とゾロは答え、変わらぬ笑顔で鮮やかにサンジを攫った。






                                         (11.03.20)





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いろんな年齢、設定のサンジ・サンゾロでサン誕詰め合わせセット、みたいな本を作ろう!とふいに思い立ったのです。
かなり遊びました。おもにサンジで。とりわけハーレクイン風を目指したプリンスとか、敬語が楽しかった執事とか、ちんぴらとか。それが出来るサンジはすごいなーとしみじみ思います。お話は、いちおう年齢順に並んでます。