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purify - 番外編その2 …………




「そもそも、俺とお前では前提が違うんだよ」
 と、蕗原蓮は言った。どこか不遜を思わせるような、挑戦的な笑みを浮かべながら。恐らく、この男のこんな表情を夏野は、知らないだろうと七瀬徹は些かしらけた気分でその笑みを見返した。
 蕗原は、神経を損傷して動かなくなってしまった右足と右手を、どこか邪魔そうに投げ出してベッドの上に横たわっている。命に別状はないし、ようやく容態も安定してこうして見舞いも面会も許可されている程度には回復した。だが、重病人には代わりが無い。それでも、徹は蕗原に同情する気にはなれなかった。むしろ、忌々しいとさえ思う。恐らく、蕗原はこの傷を決して厭わしいものとは考えていないだろう。徹がもし蕗原の立場だったなら、同じように感じただろうと容易に想像がついて、それはすぐに同属嫌悪へと転化した。
 なぜ、夏野を庇って負傷したのが自分ではないのか。もし、自分だったなら、夏野を罪悪感でがんじがらめにして、決して逃れられないように縛り付けられただろうに。そんな仄昏い空想に囚われかけ、だが、それを振り払うように徹は軽く首を横に振った。
「もともと、日向に関しては、お前が100パーセントで俺が0だったんだよ。だから、お前はその100を維持しようとするし、俺は、0から少しでもその割合を増やそうとする。その差だろ」
 と、蕗原は言い切って、それから今度は自嘲するように苦笑いを零した。
「だから、別に、俺に余裕があるわけじゃない。全部を奪うのは不可能だと思ってるから、無理をしないだけ。ま、おコボレに与ろうってんだから、少しは恵んでやってくれよ」
 揶揄するような口調で言われて、徹は堪えきれずにフンと鼻を鳴らした。
「じゃあ、怪我を盾に夏野を縛る気は無いってことか? 随分と清廉潔癖なことで」
 嫌味たらしく徹が言い返せば、今度は蕗原が吐き捨てるように短い息を吐き出した。
「今はな。今は、盾に取る気は無い。そんなことをしてお前から引き離したら、益々、日向はお前に縛られる。だから」
 そこで一旦言葉を切って、蕗原は深く息を吸い込む。それから、目を細めて人の悪い笑みを浮かべて見せた。
「だから、七瀬。日向を抱けよ。そしたら、俺はこの切り札を使わせてもらうから」
 どこか気圧されたような気分で、徹はクッと下唇を噛み締める。射殺すような視線で睨んでみても、蕗原はまったく動じた様子など見せなかった。
「お前だって分かってるんだろう?」
 そう、分かっている。認めがたい、認めたくないと感情では拒絶していても。
「日向には、お前だけじゃダメなんだよ」
 蕗原の言おうとしていることは、全くの真実なのだ。夏野自身はきっと気がついていないだろうが。一番近くで夏野を見てきた徹と蕗原には分かっていた。分かりたくなくとも、分かってしまうのだ。
「お前と日向は近すぎる」
 そう。自分と夏野は近すぎるのだ。近すぎるから、蕗原が担っている役割を、どうしたって徹は代行できない。
「お前が日向を独占しようとしたら、絶対に、いつか破綻する。また、あんな風にキレて、どうなるか分からない」
 その通りだから徹は反論できなかった。夏野が自分に狂おしいほどの恋情を向けているのは分かっている。その感情だけについて述べれば、100パーセント嘘偽り無く、夏野の気持ちは徹だけのものだった。だが、それだけでは駄目なのだ。自分を肯定できない夏野を、安定させて、そして笑わせるには。徹だけでも出来ないし、蕗原だけでも出来ない。そのどちらともを、全く別の意味で夏野は必要とし、無意識に求めている。
 それは十二分に理解していても、それでも徹は我慢ならなかった。

 夏野は自分だけのもの。

 それはずっと長い間、二人の間の不文律で、徹にとっては息をするよりも当たり前で自然なことだった。だが、二人の関係がどうしようもなく捻じ曲がってしまった今、それが通用しないことも、また事実だった。
「…どうしても我慢ならないって顔だな。独占欲の強いことで」
「…お前は、夏野を独占したいと思わないのか。自分だけのものにしたいとは思わないのか」
「思うさ。だが、それがどうあっても不可能だって知ってるからな。だから、自分と折り合いをつけてる。それに、さっき言っただろう。お前と俺とでは前提が違う。本来なら、俺は0のままのはずだった」
 だが、今は0ではない。様々な出来事が夏野を痛めつけ、その結果、無自覚にしろ、夏野は蕗原の存在を必要としている。それが幸運なことだったのか、それとも不幸なことだったのかは蕗原にも分からないのだろう。ただ、複雑な表情を蕗原は浮かべた。
「俺は一旦消える。だから、その間にせいぜい日向を抱いておけよ。帰ってきたら、ツケは払ってもらうから」
 そう言って蕗原は、どこか自嘲的に見える笑いを浮かべてそっと目を閉じた。その申し出に否とは言えず、徹は黙り込む。ふ、と、疲れたように浅く息を吐き出すと静かに立ち上がり、蕗原の病室を後にした。










 もう、ずっと長い事、徹は夏野が好きだった。それが劣情を含めた恋愛感情であると徹が自覚してしまったのは、皮肉なことに、夏野が近所の高校生に監禁され、酷い陵辱を受けた直後のことだった。
 まるで犬のように裸で首輪に繋がれて、部屋の片隅で震えながら怯えていた夏野。後ろに卑猥な道具を入れられて、その白い綺麗な胸や足は精液でベタベタに汚れていた。けれども、それを汚らしいだなどとは思わなかった。生理的な嫌悪感さえも徹には無かった。
 ドクドクとはっきりとした自分の血流の音が聞こえたのは、明らかな興奮のせいだ。それでも、どうすれば良いのか分からずに、ただ、そっと近づき夏野の白い肩に触れたら、夏野は驚いてしまうほど体をビクリと震わせて、徹にすがり付いてきたのだ。
「ゴメンナサイッ! ゴメッ…ちゃんと…ちゃんとするから…」
 そう言われて、下半身に手を伸ばされて咄嗟に体を引いたのは、自分が完全に興奮しているのを自覚していたからだ。
 夏野はひどく錯乱して、誰のことも認識していないようだった。その色素の薄い茶色の瞳には徹の姿さえ映っていなかっただろう。けれども、その涙に濡れた、どこか幼さの残る綺麗な顔は、徹に痛ましさや、同情や、怒りよりも何よりも、性的な衝動と嗜虐心を一番強く与えてしまったのだ。

 徹は小さな頃から夏野が単純に好きだった。何よりも大事で、いつでも笑っていて欲しかった。だから、泣くなと言ったのだ。夏野は言われたとおりに、随分と我慢強く泣くのを抑え込んでいたようだった。実際、徹はそれまで夏野の泣き顔というものを殆ど見たことがなかった。だから、勝手に、自分は夏野の泣き顔が嫌いだと『思い込んで』いたのだ。

 けれども実際は違った。夏野の泣き顔は酷く綺麗で、そして更にその先を求めたくなるような、その無垢さとは相反する艶があった。
 もし、自分の理性を全てかなぐり捨てることが可能で、そして徹と夏野の間に幼馴染として築き上げてきた時間が無かったなら、恐らく、徹はその卑猥な玩具を夏野から抜き取り、自分の体を埋めて夏野を犯していただろう。夏野が嫌がろうが、泣き叫ぼうが、何の憐憫も感ずることなく、ただ本能のままに陵辱していた。
 だが、それを引き止めたのは他でもない、もう一人の自分自身だった。
 夏野を大切だと思い、その笑顔を守りたいと思っていた徹。それもまた、徹には真実だったのだ。だから、徹は体を微かに夏野から離した。自分と夏野との間に一本の線を引くために。その線は、決して越えてはいけない線なのだ。
 夏野を守り、大切にし、その笑顔を壊さないために、自分は決してこの線を越えないと、徹は一瞬の間に決意する。だが、その一瞬に、幸か不幸か夏野は『戻って』きてしまった。
「……徹?」
 と、ぼんやりとした瞳が見上げてくる。焦点が合い始めた瞳と、涙に濡れた青褪めた白い顔。ただ純粋に、その顔を綺麗だと徹は思ったが、夏野は離れた体を、たった今二人の間に引かれた線を『拒絶』と誤解した。引き攣るように歪んだ顔と、必死に遠ざかろうとする体を、それでも抱きとめようとした徹に夏野が喚いた「ごめんなさい」は、全く別の意味合いを含んでいた。
 夏野が謝る必要など、どこにあったというのだろう。責められるべきは、罵られるべきは自分の方だというのに。だから、徹はもう一人の自分を押し殺して、ただ、夏野に囁き続けた。夏野は悪くない。夏野は綺麗なままだと。










 もし、夏野に向ける感情がどれか一つだけだったのなら、ここまで事は複雑にならなかったのかもしれないと、徹は時折考える。
 独占欲と、強い執着。征服して自分だけの色に汚してしまいたいという嗜虐心、劣情。それとは対照的な、ただ、無垢なまま笑っていて欲しいという庇護欲。大切に慈しみたいという純粋な愛情。夏野に向かう、そのどれもの感情が徹にとっては真実だから、尚のことつらいのだと思う。
 そして、こんな馬鹿な行動に走らせる。

 夏野が蕗原のリハビリに付き添った後、家庭教師まがいのことをするのは毎週のことだ。たった一週間に数時間。それだけの時間でさえ、他人に明け渡すのが徹は我慢ならない。自分の見たことの無い表情を蕗原に見せているのではないかと思うだけで、徹の胸のうちには醜いどす黒い感情が湧き上がる。そして、それをどうしても抑えきれない。負けてしまう。負けて夏野を抱いてしまったのは先週のことだ。
 自分が夏野を抱けば、恐らく蕗原も遠慮はしないだろう。蕗原に求められて、決して拒絶できない負い目が夏野にはあるのだから、あの二人がセックスすることになるのは目に見えていた。

 それでも、夏野に触れて思うさま貪りたいという欲求には勝てなかったのだ。
 初めて抱いた夏野の体は、徹の想像を遥かに超えていた。頭の中で何度も徹は夏野を犯したことがある。その手の場所に行き、どこか夏野に似ている人間を探して夏野の代わりに抱いたことも一度や二度ではない。だが、本物の夏野はそんなものとは比べ物にならなかった。
 最初、抵抗ともいえない程度の抵抗をしていた夏野だったが、途中からは酷く素直で従順になった。どこに触れても可哀想なほど過敏に反応する体。自分の首に、足に、腰に絡まる細くてしなやかな腕や足。声を上げることを恥じて必死に抑え込み、それでも漏れてしまう嬌声。切なげに吐き出される吐息。感じてしまうことに嫌悪を感じているのか、どこか苦しげで、それでいて悦楽を隠せないその表情は、徹を酷く興奮させた。初めてセックスする余裕の無い中学生のように、ただ衝動のまま夏野を激しく抱いた後、押し寄せてきたのは充足感と同じだけの後悔だった。
 この艶めいた堪らない表情を、この後、夏野は蕗原に見せるに違いない。こみ上げてくる苦味とどす黒い感情を殺しきれずに、表情に出してしまったら、夏野はそれさえも、何か誤解していたようだった。
 徹が自分を戒めることをやめ、これほどまでに強くて激しい感情を向けているのに、夏野はそれを理解していない節がある。だから、そんな風に誤解するのだろうが、徹はそれを敢えて正そうとはしなかった。正さなくとも、その誤解はすぐにでも解消されるだろう。蕗原によって。

 ある意味、夏野の鈍さに自分も蕗原も救われているのではないかと思う。自分や蕗原が夏野に向ける、度を越した、ともすれば異常とも判断されかねない執着を夏野本人が理解したならば、夏野はこんな風に二人の間に留まっていないのかもしれない。もっとも、理解して逃げ出そうとしたところで、自分も蕗原も、もう二度と夏野を逃がしたりしないだろうが。














「随分遅かったな」
 待ち構えていた駅の入り口で、そう声をかけると、夏野は可哀想なくらいオドオドと視線を泳がせて、キュッとシャツの胸の辺りを握り締めた。それが無意識の行動なのか、それとも胸元の情事の名残を隠そうとする意図的な行動なのかは分からない。いずれにしても、徹の目には一目瞭然だった。夏野が蕗原に抱かれたのだということが。
 漂う空気がまるで違う。匂い立つ、夏野独特の色香のようなものが隠しきれていない。激しい嫉妬と、自分のテリトリーを犯されたような苛立ち。おそらくつい先程塗り替えられただろう夏野の体を、今すぐに自分の色に塗り替え直さねば何をしてしまうか自分でも分からなかった。
「来いよ」
 と強引に夏野の腕を引けば、戸惑ったような顔で夏野はただ徹を見上げた。不安げな表情は、未だ子供らしいあどけなさが残っている。ほんの数時間前には散々、蕗原に乱されただろうに、それでも無垢な部分を失わない夏野が徹には不思議だった。だが、その無垢さもまた夏野の魅力なのだろうと思う。惹かれて、手を触れずにはいられない。手を触れて無残に踏み荒らしたくなる。
 夏野を大切にしたい、守りたいというもう一人の自分と普段は上手に折り合いをつけてバランスを取っているけれど、こんな夏野を目にしてしまうと、天秤など簡単に一方に傾いでしまうのだ。

 場所などどこでも良いと、たまたま目に入った安っぽいホテルに半ば強引に夏野を連れ込む。終始、夏野は戸惑い不安げな表情で徹を見上げていたが、どこか負い目があるのか、無駄な抵抗はしなかった。部屋に入るなり品の無い大きなベッドにその華奢な体を放り投げて、強姦でもしようかという勢いで服を剥ぎ取りにかかると、さすがに夏野は抵抗を始める。
「何だよ! 突然、こんな場所に連れてきて! !」
「煩い!」
 暴れる手足を上から抑え込み、強引にキスを与える。顎を掴んで無理に舌を滑り込ませれば、夏野が喉の奥で「ンッ」と呻くのが聞こえた。唇を塞いだまま、薄いシャツの上から脇腹の辺りをさらりと撫でてただけで、夏野は切なげな吐息をキスの合間に漏らす。だが、言葉は無かった。
 蕗原に対しての罪悪感からなのか、未だに夏野は徹に「好き」だとは言わない。以前に一度、夏野が失踪してしまう直前に、恐ろしいほど真直ぐに、無防備に「好きだ」と告げてきたこともあるのに、今はその言葉を言わない。絶対に。
 それでも徹が夏野の気持ちを微塵も疑わないのは、夏野が言葉ではなく体で、表情で、その目で好きだと訴えてくるからだった。特にこんな風に触れ合っている時、それは顕著だ。抱かれ慣れた敏感な体だから、こんな風にどうしようもなく乱れてしまうのだとは思わない。むしろ、夏野は理性では感じてしまうのをどうにか抑え込もうとしているようにさえ見えた。けれども、感情の波に逆らいきれず、体の方が口よりも、理性よりも正直に反応してしまう。
 夏野の体をうつ伏せにして、後ろから覆いかぶさるように上から押さえつけて腰の辺りをまさぐれば、キスだけで反応しかけているのが分かった。ふ、と笑い混じりに耳の後ろに息を吹きかけて、
「セックスして良い?」
 とからかうように尋ね、返事を待たずに下着の中に手を滑り込ませる。確認するように、排泄器官に指を滑らせれば、そこはあっさりと徹の中指を銜え込んだ。柔らかく湿り気を帯びたその感触に、カッと頭に血が上るのを抑えきれない。
「何で、こんなに柔らかいの?」
 と責めるように問い詰めれば、夏野はギュッと目を閉じて首をフルフルと横に振った。夏野の色素の薄い、柔らかい髪が真新しいシーツを叩いて微かな音を立てる。
「なあ? なんで、こんなに柔らかいのかって聞いてるんだけど?」
 それでも夏野を許すことが出来ず、苛々としながら再び尋ねたが、夏野はその白い首筋を、可哀想なほど朱に染めて、ただ首を振るばかりだった。だが、そんな物慣れない仕草は徹の嗜虐心を煽る一方だ。
 些か乱暴に一本、二本と指を増やしても、さしたる抵抗も無く夏野の体はそれを飲み込む。ほんの少し前に誰かをそこに受け入れていたのだと疑いようも無かった。
 これは、自分のものだと思う。この体も、この心も自分だけのもののはずなのだ。夏野が自分以外の誰かを必要とするのも、求めるのも、受け入れるのも許せない。自分だけを求めれば良いのに、夏野は自分からは徹を求めようとはしない。それが歯がゆく、腹立たしかった。
 だから、前などろくに触りもせず、ただ昂ぶらせるためだけに前立腺の辺りを容赦なく指で刺激する。
「ヒアッ! やめっ……アアッ! アアアッ!」
 条件反射のように、夏野の腰はビクビクと跳ね上がり、内部は達する直前のようにザワザワと蠢く。けれども、徹は夏野が達くのを許さなかった。空いた手で、夏野の性器を握り塞き止める。
「ヒッ! 嫌だっいやっ…だめっ…ううっ…ううっ!」
 残酷なほど無造作に快楽の渦の中に放り込まれて、夏野は必死に首を横に振り、徹の手を何とか引き剥がそうとする。だが、震える手には力が入らないのだろう。それは叶わなかった。
「いやっ! いやだっ! 徹ッ! お願い…だめっ…もう、だめっ! !」
 目尻に涙さえ浮かべて懇願する夏野を、徹はそれでも許さない。残酷なほど優しげな声音で、
「何がお願い? どうして欲しい?」
 と耳元をくすぐる様に囁いた。そんな刺激さえ、塞き止められた敏感な体には辛いのだろう。夏野は激しく息を二度三度吐き出して、気を逸らそうとしたが、結局は堪えきれずに、
「イきたい……っ…お願い…イ…イかせて…」
 と自分を恥じるようにか細い声を吐き出した。
「じゃあ言えよ。なんで、お前の体はこんなになってるんだよ? さっきまで、何をしてた?」
 自分でも、どうしてこんな冷たい声が出せるのだろうかと不思議に思いながらも徹は夏野を追い詰める。夏野は、ヒュッと喘ぐように息を大きく飲み込んで、やはり首をフルフルと横に振った。その拍子に目尻からはらりと涙が零れ落ちる。それを見た瞬間に、ただでさえ血が集まっていた徹の下半身はさらにいきり立った。
 こんなときの自分は、本当に別人なのだろうと思う。夏野を守りたいだとか、慈しみたいだとか、そんな殊勝な感情はどこかへ吹き飛んで、ただ、もっと泣かせたい、喘がせたい、踏みにじってグチャグチャに犯したいとしか思えなくなる。
「夏野? 教えろよ。さっきまで、何してた?」
 飴と鞭を使い分けるかのように、今度は甘ったるい猫撫で声で尋ねれば、夏野は啜り上げるように泣きながら、観念したように、
「ふきっ…蕗原と…蕗原と寝た…」
 と途切れ途切れに答えた。
「へえ? 蕗原とセックスした?」
「し…した…」
「どういう風に?」
 意地悪く尋ねても、言葉では答えられないのか、夏野はただただ首を横に振ってすすり泣くだけだ。その間も徹は夏野が達しないように指でせき止め、グチャグチャと音を立てて後腔を犯し続ける。もう、限界を超えていて夏野は自分で自分をどうすることも出来ないのか、
「お願い、もうイきたい、イかせて、ゆる…許して…」
 と、うわ言のように力なく懇願した。
「じゃあ、ちゃんと答えろよ。夏野は誰のもの? お前が好きなのは誰?」
 ただ、激しい嫉妬と独占欲に駆られて徹は尚も問い詰める。それでも夏野は何かを捨てきれないのか、その問いには口を噤み、抑え切れない嬌声だけを漏らした。そんな頑なな夏野の態度は徹の苛立ちと嗜虐心を煽るだけだと気がつきもせずに。
 徹はおもむろに後腔を抉っていた指を抜き取り、前を塞き止める手だけは離さずに自分の性器を突き入れる。
「ヒアッ! アアアアッ!」
 甲高い夏野の悲鳴を無慈悲にも無視して、激しく夏野の後ろを犯しながら塞き止めたままの夏野の鈴口をグリグリと抉るように弄り回した。
「ヒッ…! …〜〜〜ッ! …〜〜〜ッ! ヤアアアッ!」
 ビクビクと体を跳ね上げて、狂ったように首を激しく振る夏野に尚も甘ったるい声で問いかける。
「夏野が好きなのは誰? 欲しいのは誰?」
 激しく腰を打ち付けて夏野の内部を抉りながら、夏野の体の一番深い所を犯しながら、感じているのは紛う事なき快楽でも、それでも徹は満足などできない。出来るはずもなかった。
 突然、夏野は一際大きく喘ぎ、これ以上は吸い込めないというほど深く息を吸い込むと、何かを手放したかのように、
「徹っ! ! 徹、徹、徹が、徹が」
 と壊れた蓄音機のようにその名を繰り返す。恐らく、何を言っているのか自分でも分かっていないのだろう。容易にそれが想像できても、それでも徹はようやく少しだけ満足して、夏野を戒めていた手を解いた。途端にビクビクと体を震わせて夏野は射精する。痛いほど内部が締め付けられて、促されるままに徹も自分を解放した。















「……こんな関係、おかしい」
 ポツリと呟いた夏野の声は完全な掠れ声だ。散々徹に喚かされて、泣かされてすっかり喉を痛めてしまったのだろう。
「どこが?」
「どこがって…そんなの…」
「まあ、それもそうかもな。夏野が二股掛けてるようなもんだしな」
 うつ伏せているせいで、無防備にさらされている夏野の綺麗な背中に指を這わせながら、からかうように徹が言えば、夏野はやはり体を震わせた。情事の後で、尚更体が敏感になっているのだろう。
 肉の薄い背中は綺麗に肩甲骨が浮き上がっていて、徹はそこに噛み付きたい衝動に駆られた。それに素直に従って、少しきつめに歯を立てると、夏野は小さな悲鳴を上げて体を捩った。
「ふた、二股なんて……」
「掛けてるだろ? 二人とセックスしてるんだから」
 夏野の意思でそうしているわけではないのに、徹はそんな風に論点を摩り替えて夏野を追い詰める。反論すれば良いものを、それでも、何かわだかまる罪悪感でもあるのだろう。夏野はキュッと唇を噛み締めて目を伏せただけだった。
「逃がさないし、降りることは許さないから…………もう絶対に」
 独り言のように、それでもその声の中に真摯な気持ちを含めて徹が呟けば、聞こえたのか聞こえなかったのか夏野は小さなため息を一つ吐いた。
 希望的観測だろうか?
 けれども、徹には、それが安堵のため息に聞こえて、ただそっと腕の中に閉じ込めるように夏野を抱きしめると、静かに自分も目を閉じた。





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