out of order - 10 …………… |
「忍、ミネラルウォーター飲む?」 「…いらない」 「じゃ、何か飲みたいものある?」 「…別にナイ」 「じゃ、食べたいものは?」 「…特にナイ」 「じゃ、シャワーでも浴びる?」 「…昨日の夜ちゃんと風呂入った」 「じゃあ…」 「もう! いいから、夏木は自分のことしろよ! 僕は別に具合が悪いわけでもなんでもないんだから!」 「そんなこと言って、昨日は突然ぶっ倒れたじゃないか」 ぶっ倒れたんじゃない。寝不足がたたって寝てしまっただけだ。それと、突然の展開に脳がついていけなくて思考がストップしたのが重なっただけ。 次の日の朝になって目が覚めても、夏木はいなくなっていなかった。しかも、いつのまにか、僕と夏木は『恋人同士』というヤツにどうやらなったらしい。 そして、夏木は壊れてしまった。ネジが三本くらい外れてしまったみたいだ。僕が言うのもなんだけど、鼻の下が一メートルくらい伸びているんじゃないかと思うくらい締りがない。しかもやたらと僕に纏わりついてはなにくれと世話を焼きたがる。一体、コイツはどうしてしまったんだ。それとも、もともとこういう性格だったのを僕が気がつかなかっただけ? 結局、きちんと勇気を出して話してみれば、馬鹿馬鹿しい。僕も夏木も似たようなことで思いつめて、グルグルと不毛な悩みに頭を痛ませていただけだった。 「一年の時から、ずっと忍の事が気になってた」 と、夏木は僕に告白した。確かに僕と夏木は一年の時同じクラスだったけど、基本的にグループが違ったからあんまり接点なんてなかったと思うんだけど。そう尋ねれば、夏木は、惚れた腫れたというのはそういう問題じゃないんだと真剣に語ってくれた。 夏木は最初、ものすごく悩んだらしい。さすがに、これまで同性に惚れたことなんてなかったから何かの間違いじゃないかと思った。それでも、僕の顔がどうしようもなく自分の好みのど真中で、大分長い間悶々としていたらしい。自分で否定しても思い切ることができず、お兄さんである坂田の所に行っては、数学準備室から美術室で絵を描いている僕をずっと眺めていたそうだ。さすがに、それを聞いた時は僕も驚いた。見られてたなんて全く、全然、これっぽっちも気がついていなかったから。 「…まあ、その鈍感なトコが忍の可愛いトコだけどな」 と、夏木は苦笑いを浮かべていたけど。 2年になって寮で同室になった時もかなり複雑だったらしい。自分の気持ちを持て余している上に、(夏木いわく)僕があんまり無防備に振舞っていたから。そんなこと言われても、普通、男が自分に邪まな思いを抱いているなんて思わない。僕には何の責任もないと思う。 しかも、冗談で挑発したら僕が、「男と寝た事がある」なんて言ったもんだから、理性の鎖がブッツリと切れてしまったそうな。いや、確かにあれは僕も馬鹿だったなと反省している。ちゃんと、本当のことを伝えたら夏木は安心したようなうれしそうな顔をしてたけど。 坂田の言葉じゃないけど、何事も順番というのは大事なんだなと身に染みて実感してしまった。やっぱり、カラダの関係から入るなんて不自然だし、不健全だし、無理があるんだよね。 一度、世話になったのになしのつぶてじゃ余りに不義理が過ぎるだろうと坂田のところに事の次第を伝えに行ったら、坂田はものすっごーく面倒くさそうな顔をして、 「お前はノロケに来たのか? 鬱陶しいからさっさと帰れ! こっちはネコの手も借りたいほど忙しいんだよ!」 と、追い返されてしまった。結婚式の準備やら、学校への報告やら、橋本の父親の説得やらでかなりてんてこ舞いになっているみたい。丁度、その時鉢合わせした橋本は、坂田とは逆にどーんと構えてて、却って橋本の方が肝が据わってたけど。もしかして、坂田は今から尻にしかれているのかもしれない。でも、橋本はとても幸せそうな顔をしていた。 そんな感じで、一時期あんなに思いつめていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、僕の悩みは綺麗さっぱり消えてしまったんだけど。 今度は別の問題が浮上してきた。 何かというと、夏木とセックスできなくなってしまったことだ。といっても、僕と夏木が不能になったとかそんなことじゃない。要するに、僕が、恥ずかしくて恥ずかしくて耐え切れないのだ。 今までは夏木が僕のことをダッチワイフ扱いしているんだと思っていたから、結構、投げやりな気持ちになっていたし、開き直っていた部分もあったから案外平気だった。 でも、今は違う。 夏木が僕のことを好きだから、キスしたりセックスしたりしたいんだと思うと、もう耐えられない。居たたまれない気持ちになって、どこかに飛び出して逃げてしまいたくなる。恥ずかしい。セックスするなんてとんでもない。 自分でも、何をカマトトぶってるんだと呆れるんだけど、我慢できないものは我慢できない。 そんな僕を夏木は面白がって、時々ちょっかいを掛けてくるけど基本的に夏木は無理強いをしないので、結局、まだ気持ちが通じ合ってからは一度もセックスしていないのだった。 「いいよ。また拗れるのはゴメンだからな。お姫様の仰せの通りにちゃんと手順を踏んで待ちますよ」 とか何とか夏木はふざけたことを言ってたけど。 ちゃんと最初からやり直しするのも、悪くはないだろうと思っている僕なのだった。 ---end. |