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カモネギ。C ………………………………
 トントンと佐々木のアパートのドアを叩く。いつもの慣れた行為で、普段は特に気に留めた事も無かったのに、今は、物凄く緊張していた。未だかつて、佐々木と会うのに、こんなに緊張したことがあっただろうか? いや無い。
「はーい?」
 だが、俺の緊張なんてこれっぽっちも知らない能天気な声がドア越しに聞こえてきて、そのまま、何の用心も無くガチャリとドアが開く。
 佐々木・・・お前、ドアを開ける前に相手を確認するとか、もうちょっと用心しろよ・・・。案の定、佐々木は、俺の顔を見るなり、とても驚いた顔をした。そうだよな。ここ暫く険悪だったからなぁ。俺が来るとは予想していなかったのだろう。
「えと。今、大丈夫?」
 緊張したまま一応、聞いてみる。今までなら何も気にしないで、ズカズカ入り込んでたんだけど、今日ばっかりはそんなことは出来ない。佐々木は、まだ、俺が尋ねてきた理由が掴めないみたいで、戸惑った表情をしている。で、何か、暫く玄関先で変な風に見詰め合ってたんだけど、いつまで経っても佐々木が返事をしないから、俺は痺れを切らした。
「俺・・・入っちゃだめですか?」
 うわ!「ですか」ってなんだ!「ですか」って! 佐々木に敬語使ってどうするよ! と自分の中でツッコミを入れたけど、声は変にひっくり返ってるし、やっぱり緊張は解けなくて、結局、佐々木が
「あ・・・散らかってるわよー?」
って言ってくれたから、そのまま敷居を潜った。でも、やっぱり佐々木もちょっと戸惑ってるみたいでぎこちない。うー。俺、こういう空気苦手なんだよなー。でも、マナトと約束しちゃったし。
 いつも座ってる場所に腰を下ろしてはみたものの、どうにも座りが悪くてそわそわしてしまう。佐々木も、なんだか気まずそうな顔をしてるし。
「それで・・・カモちゃんは何の用事だったのかしら?」
 作り笑いで聞かれて、何となくムッとした。だって、今までは、別に用事なんか無くたってちょくちょく遊びに来てたのに。
「・・・用が無いなら来ちゃ悪いのかよ」
「そんなことも無いけど・・・」
 そう言いながら、歯切れの悪い語尾だ。多分、何も聞かずに何も知らない時だったら、そんな佐々木の煮え切らない態度に苛々して腹を立てていたに違いない。でも、マナトとちゃんと約束したから。
 俺は、ここで、腹を立てちゃいけない。
「・・・あのさ。この間、ゴメン」
「この間?」
 俺が唐突に謝ると、佐々木は不思議そうな顔をして首を傾げた。何か、その仕草が子供っぽくてちょっとだけカワイイと思った。そう。佐々木は俺より一つ下で、どんなに寛容で、穏やかで、キャパが広そうに見えたって、やっぱり二十歳そこそこの男なんだ。俺は、佐々木に知らないうちに甘えすぎて、そんな事まで見えなくなってたんだって、改めて気が付いた。
「佐々木に、酷いコト言った。いい加減なヤツなんて言ってゴメンなさい」
 そうだ。こんな誠実なヤツに向かってそんなコト言うなんて。知らないうちに、傲慢になってた自分が恥ずかしくなった。佐々木の「好きだ」って気持ちの上に胡坐をかいていた。
 誰かを好きになって、傷ついたり、胸が痛んだり。そんな事が全く無いなんてありえない。だのに、何で俺は佐々木なら大丈夫だなんて思ったんだろう。
「・・ああ。別に気にしてないわよー」
って、佐々木は笑って見せてくれるけど。
 マナトとちゃんと話して、自分の気持ちが分かった今は、俺も、佐々木と同じくらい正直に誠実に接していたいと思う。
「・・・ヤキモチやいたんだ」
「え?」
 少しだけ自分の正直な気持ちを吐露するのが恥ずかしくて、俯きがちに、小さな早口で言ったら佐々木が聞き返す。
「・・・だから! 佐々木とマナトがキスしてたの見て嫉妬したの!」
 顔が火照って来るのが分かったけど、ちゃんと言った。佐々木は、最初、何を言われたか分からなかったみたいで、呆けたような顔をしていたけど、段々と、顔が赤くなって行った。こんな風になる佐々木は珍しい。俺のがうつったみたいだ。
「えっと・・・それは、ちょっと嬉しいかしら?」
 テレながらも、佐々木は正直にそう言ってくれた。佐々木はいつだって、こう言う所はストレートで衒いが無い。でも、それは、いつだって俺をちょっと上段において楽にさせてくれる為だって今なら分かる。
「それと!」
「はいはい?」
「佐々木が、マナトに相談してた事、聞いたから!」
 俺が、早口で捲くし立てると、佐々木は一瞬、「え?」と硬直した。それから、気まずそうに俺から視線を外してあらぬ方向に泳がせる。佐々木も気まずいかもしれないけど、俺だって正直言って恥ずかしい。何と言うか、恋愛における初期のぎこちなさ、みたいな不自然さが居心地悪いし。
 今まで、佐々木との関係がとても居心地が良くて、自然だと思っていたから尚更。
 でも、そんな面倒くさい手順を踏んでも良いから、佐々木と先に進みたいと思ったのも本当の気持ちなんだ。
「・・・そう言うのも、ちょっと嫉妬した。マナトには何でも相談するのかって」
 俺も、佐々木から視線を逸らして言う。佐々木は、前髪をぞんざいに掻き揚げながら苦笑した。そう言う仕草が凄く男っぽかったけど、少しも嫌悪感なんか無い。それどころか、格好良いと思ってしまうんだから始末に終えない。
「そうは言うけど、カモちゃんには言えないわよ」
「どうして?」
「だって・・・格好悪いじゃない?」
「佐々木なんかオカマなんだから、最初から格好悪ぃよ」
「あららー。カモちゃん酷いわ」
 茶化すようにおどけてみせて佐々木は誤魔化そうとするけど、その奥にある不安が今ならはっきり分かった。そうだよな。誰だって恋愛してるときは不安になると思う。そして、佐々木をそんな風に不安にさせてるのは紛れも無く俺なんだ。
「俺、佐々木が考えてるほど純粋でもないし、綺麗でもないよ」
 言いながら、佐々木の右手を掴んでぎゅっと握る。佐々木は、俺の真意が掴めないのか、訝しげな表情を見せた。
「好きな人とセックスしたいって言うのは悪い事じゃないし、普通の事だろ?」
 微笑みながら続けると佐々木は少しだけ驚いたような顔をして、それから、窺うように俺の顔を覗き込んだ。
「・・・でも、カモちゃんはホモじゃないでしょ?」
「さあ? でも、佐々木が好きだからホモかもね」
 あっさり答えてやったら、佐々木はぎょっとしたような表情で硬直した。いつもは穏やかで、結構起伏が無くて、ふざけてばっかりのヤツがこんなに動じているのを見ると、悪いと思いつつもおかしかった。
「俺、佐々木の事好きだよ? ちゃんとセックスしよ」
 思ったより、言葉がストンと出て、あんまり照れたり緊張したりもしなかった。それで、俺は、
(嗚呼、そうか。やっぱりこれが自然なのか。)
って変に納得した。
 たかがセックス、されどセックス。
 凄く曖昧で、中途半端な関係をずるずる引きずって、佐々木を不安にさせていた。ホントは、俺はもう、佐々木となら最後までやっちゃっても良いかって、どこかで決めてたのに。
 それで、この中途半端な関係を一歩進めて分かりやすく出来るなら、ちゃんとやりたいとその時は何の衒いも無く思った。
 佐々木は少しだけ疑うような目を俺に向けて、不安そうに、
「カモちゃん、本気? 途中で怒って蹴ったりしない?」
 茶化して予防線張ろうとしてきたけど。そんな佐々木が可愛く思えてしまって、俺は思わず噴出した後、佐々木の首に腕を回してキスしてやった。舌を入れた濃いヤツ。
 で、それが引き金になって佐々木は野獣と化した。



 基本的に、佐々木はやっぱり物凄く優しいんだと思う。それはセックスの時も同じだった。何と言うか、物凄く丁寧に宝物でも扱うみたいに体を弄り回されて、俺は倒錯した快感に足を踏み入れたような気がした。
 だって、今まではどっちかっていうと、そういう風に相手を扱うのは俺の方だったんだもん。
 でも、こう言う風にベタベタに甘やかされて、気持ち良くさせてもらうのも良いかなーとか思ってしまう。やっぱり、俺って垣根低いんかなあ。でも、他の男とヤれって言われても絶対出来ないから、やっぱり、それだけ佐々木がスキなんだ。
 佐々木はすごく優しくて丁寧だけど、ちょっと野性的って言うか情熱的で男っぽいトコもあって、それはそれで翻弄されてしまう。アチコチ弄られたり舐められたりしながら、今まで体触られてたのって、ホントに遊びの延長でしか無くて、佐々木は大分自分を押さえてたんだなって分かった。マナトの言ってた通り。
「カモちゃん平気?」
 俺の顔を心配そうに覗きながら佐々木は腰を止める。せっかく途中まで入ったものを抜かれそうになって、俺は慌てて佐々木の腕を掴んだ。
「アッ! 抜かないで! 抜く方がキツい!」
 涙目になりながら訴えると、佐々木は俺の上で男っぽい表情を歪ませた。今更なんだけど、コイツの顔って良い顔だよな、なんて、しみじみ思ったりして。おれも、何だかんだ言っていつの間にか佐々木に参っちゃってたんだなあ。
「・・・ゴメンネ。じゃ、ちょっと我慢して」
「ンッ。ちゃんと・・・奥まで入れちゃったほうが・・・ラク・・・」
 息も絶え絶えに伝えてやると、佐々木は意を決したように少し荒っぽく大胆にグッと奥まで突っ込んできた。物凄く丁寧に準備されてたから、痛みは無かったんだけど、胃がひっくり返りそうな圧迫感があって。でも、気持ち的には変にテンションが上がってた。
 佐々木が、耐えるみたいに眉を顰めてたりするのを下から見上げてると溜まんない気持ちになってくる。
「佐々木ぃ・・・気持ちいぃ?」
 どうしても気になって俺が聞いたら、佐々木はちょっとだけ口の端を上げて笑った。
「ん。すげえ気持ち良い。カモちゃん、大丈夫?」
「・・・多分」
「ごめんな。多分、あんま、持たないから」
 少しだけ腰をゆすり上げながら佐々木が言ったのを聞いて、俺は動揺してしまった。だって、佐々木が、普通に男言葉でしゃべってんだもん。それが、いつもの佐々木とギャップあって、俺は柄にも無く胸が跳ね上がってしまったって言うか。よーするにドキンとしてしまったワケだ。
 変に感傷的になって、切なくなってしまって、一生懸命佐々木の背中に手を伸ばした。ギュって力を入れて抱きつくと、佐々木が嬉しそうに目尻を下げる。
「キツかったらつめ立てて良いから」
「ンッ・・・アッ・・・」
 急にピッチを上げられて何が何だか分からなくなり始める。ただ、目の前にある佐々木の顔しか分からなくなって、突然、真っ白になった。



「カモちゃん、ゴメン」
「謝んなよ。そう言うの反則。合意の上でセックスしたんだから」
 終わった後に、謝ってくる佐々木が頭に来てムクれて言ってやったら、佐々木は嬉しそうに笑った。
「そうだったな。じゃ、謝らない」
「ん。・・・でも、俺、ヤバい?」
「何で?」
「だって・・・・初めてなのに、結構気持ちよかったし」
 正直に申告してやったら、佐々木はオヤジみたいにニヤニヤ笑った。
「そりゃ、俺とカモちゃんの相性が良いからだろ? 将来有望だな」
 一体、何の将来だよ、と思いつつも疲れ切っていたから反論はしなかった。それにしても、佐々木は言葉がオネエに戻らない。ソレを指摘してやったら、佐々木は自分でも気が付いてなかったみたいで、意外そうな顔をした。
「あらあ。あんまり意識してなかったけど。時々戻っちゃうのよね。マナトと話してても高校時代の感覚でしゃべるから戻っちゃうし」
 そう。マナトと佐々木は単なる高校時代からの親友。
 キスしてたのはマナトが中学まで在米で、しかもキス魔で気に入ってるヤツにはキスするのが挨拶代わりだから。
 マナトが教えてくれた。で、俺も何となくチュっと軽くキスされてしまったけど。
 聞いてしまえば何と言うことは無くて、何で、俺はあんなに苛々してたんだろうって不思議だけど、でも、佐々木とセックスした後だから、そう思えるのかもしれない。
「でも、やっぱり佐々木はオカマのほうがしっくりくる・・・」
 欠伸をしながら呟く。だって、佐々木がオカマ言葉を話し始めたのは俺のせいだし。今更、男言葉を話されて日常茶飯事にドキドキしてるのもなんか悔しい。
「そうなの? でも、アタシも普段はこっちの方が板についてるのよねえ」
「じゃ、それでしゃべってろ」
 命令しながら瞼が下りてくる。オカマ言葉の方が情けなくて、格好悪くて、虫除けにもなるし。嗚呼、俺にも一人前に独占欲があるんだなあ・・・やっぱりコイツの事スキなんだ、と思いながら意識が遠のいていく。
 頭の上で、佐々木が、
「じゃあ、そうするわー」
って言ってたような気がするけど。
 眠る直前だったから、空耳だったかもしれない。



 それから、何か変わったかというと全然何も変わらない。
 相変わらず、佐々木はオカマだし、研究はにっちもさっちも行かないし、しょっちゅう佐々木の家で飯は食うし、酒は呑むし。
 ただ、隙を見て佐々木がセクハラしてくるようになったのと、マナトの友達になったのが変わったこと。
 佐々木は、ホント、バカ。
 所構わず尻を撫で回してくるのはヤメロ! ボケ! 
 一回、成美ちゃんにそれを目撃されて、
「佐々木君、おめでとっ!」
って、物凄く嫌味な顔で言われてしまった。モトカノにそんなコト言われる俺って一体・・・。
 でも、まあ、とりあえず、日々は充実しているし、それなりに楽しく毎日を過ごしているから良いかな。



 ただ、実家からネギが来るたびに、佐々木が「カモネギ、カモネギ」と言って過度なセクハラをしてくるのが専らの悩みだ。







−END−



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