カモネギ。@ ……………………………… |
目の前のドアをドンドンと激しく叩く。今が午前一時過ぎだって、知ったこっちゃない。インターホンが壊れているのにいつまでも直さない佐々木が悪い。俺のせいじゃない。 しかも、このアパートには学生しか住んでない。大学生なんて昼も夜もあったもんじゃない。従って、俺の行動は間違っていない。 いや、常識的に考えれば間違っているのかもしれないが、今の俺にはそんな事を考える余裕などありはしない。なぜなら、今の俺は、世界で一番不幸だからだ。 反応が無いドアをもう一度、ドンドンと叩く。早く出ろっつーの。先輩を待たすなって。 「佐々木ぃーいるんだろー開けろよー」 怒鳴ったつもりだったが、出た声は涙声だった。くそ。鼻まで出てきやがった。ドアは開かない。なんだよ、アイツは。無視する気か? 人がこんなに不幸だって言うのに、なんて冷たいヤツだ、と思いつつ。 「佐々木ぃー開けてくれよぉー」 もう一度、情けない声で訴えたら、ガチャリとドアが開いた。 うわ、スゲ。 出てきた佐々木は髪の毛ボサボサ、髭ボウボウ。目の下には隈がくっきり。男前が台無しだった。 「・・・カモちゃん・・・・アタシ、今日、提出のレポートがあって三日ほど寝てないのよ・・・お願い・・・寝かせ・・・て・・・」 そこまで聞こえるか聞こえないかのか細い声で言うと、佐々木はズルズルとドアに掴まりながら落ちていく。 「おい! ちょ! 待てよ! 俺、お前みたいなでかいヤツ運べねえぞ! 寝るな! 待て! あと、十秒待て!」 沈没寸前の佐々木の姿に、俺はたった今まで自分が不幸だった事を忘れて焦りまくった。眠らせないように、ガツンと乱暴に佐々木を蹴り上げて無理矢理起こす。 「イテッ・・・酷い・・・ヒドイわ・・・カモちゃん・・・」 眠たいからか、痛いからか、恨みがましい目を俺に向け、それでも佐々木はヨロヨロと部屋の中に入り、バタリと万年床になっている布団に突っ伏した。一分も経たない内に、ガーガーと盛大ないびきが聞こえ始める。 なんつー寝つきの良さだ。お前はノビタ君っかっつーの。 何だか、どっと疲れてしまって溜息を一つ吐いた。つーか、それよりこの部屋、何かくせえぞ。 「うわっ。コンビニ弁当のカラが散乱してるじゃねえか。ったくもう、だらしねえんだからよ・・・」 ブツブツ言いながら勝手知ったる何とやら、で、ゴミ袋を取り出してきてペットボトルやら、弁当の空を適当に片付けた。で、水盤のところに溜まっていた食器もついでに洗う。溜まってた洗濯物を洗濯機に突っ込んで、回す。時計を見ると午前二時になってたが、騒音で文句を言われるのは佐々木だ。俺の知ったことじゃない。 ベランダに洗濯物を干して、部屋の換気をして、大分部屋がマシになった所でハタと我に返った。 「っつーか、俺、何しに来たの?」 自分自身に問いかけて横を見ると、情けないアホ面で佐々木がガーガーいびきをかいていた。その顔を見ていたら、ホントにアホ臭くなってしまった。 そもそも、なんで、こんなアホ面が女にウけるんだ。確かに髭をそって髪を整えて、ちゃんとした格好をすればそれなりに格好良いかもしれないけど、オカマだぞ、オカマ! そう。佐々木はオカマなのだ。俺がそう言うと、佐々木は、 「いやあねえ、オカマじゃないわよぉ。オネエ言葉が性に合ってるってだけよー。確かに男の人は好きだけどー」 とかワケの分からん否定をするが、オカマはオカマだ。 しかし、ヤツは、大学三年生の前半までは至極まっとうな男だったのだ。初めてヤツと会ったのは俺が大学四年に上がった春で、俺の所属する物理化学研究室に配属された三年生の中にいた。 第一印象は「背の高い男だな」位で、別にそれ以上は何とも思っていなかった。態度は割と真面目で、結構、優秀だったし、礼儀とかもちゃんとしてたから先輩には気に入られていた(特に女の先輩に)。 俺の彼女が、「佐々木君って格好良いよねー」と言っていたので、ちょっとムカついてはいたが、佐々木自身は俺に対して態度がちゃんとしていたので別に嫌ったりはしていなかった。 だのに。 夏休みが明けて再会した佐々木は別人になっていた。 両耳に合計六つのピアスをして、髪の毛はマッキンキンに染めていた。唖然としている研究室の連中を前にして、佐々木が発した言葉は。 「ゴメンなさいねー。コレが、ホントのアタシなの。自分を偽るのも、もう限界だから、正直に生きることにしました! あ、ちなみに、アタシは、男の人のほうが好きなのでよろしくお願いしまーす!」 でかい図体で、シナを作る姿は、それはそれは不気味だった。いや、ホントに。タイに旅行に行った時、ゴキブリのフライを見たのと同じくらいの不気味さだった。 研究室でも一番真面目だった、麹町先輩は余りの事に貧血を起こし(どうやら密かに佐々木に思いを寄せていたらしい)、助教授の澤田先生はその日熱を出した。俺も、もちろん空いた口が塞がらなかったが、不思議なことに、そのカミングアウトから一ヶ月も経たない内に、佐々木はそのキャラクターを定着させてしまい、偏見なんてなんのその、で、すっかり馴染んでしまった。つーか、俺も、それにあっさり馴染んでしまった一人なんだけど。 人間って、慣れる動物なんだよな。慣れてしまうと、その特殊なキャラも気にならなくなるっつーか。オカマで外見派手なだけで、別に、佐々木の(研究とか人付き合いに対して)真面目な性格は変わらなかったし。 だから、リチウムの素粒子研究を佐々木と共同でやることになっても全然イヤだとは思わなかった。逆に、一緒に研究をやる仲間としてはやりやすいと思ったくらい。今じゃ、一番仲が良いっつーか、一緒にいる時間が長いヤツだし。 「・・・だから、こう言う時にもここに来ちまったのかなー・・・」 ぼんやりと、数時間前に降りかかってきた悪夢を思い出しながら俺は膝を抱えた。何となく、また、涙がじわっと滲んできたが、隣でガーガーいびきをかいている佐々木を見ていたら、すぐに涙は引っ込んでしまった。 「アホくせえ。俺も寝よ」 体を丸めたまま、佐々木の横にゴロンと転がる。外は熱帯夜で暑いが、空調の良く効いているひんやりとした部屋の中では、ほんの数十センチ隣にある人の体温が心地よかった。 「・・・で? なんで、カモちゃんはここで寝てたのかしら?」 「うるせえよ。俺の自棄酒につき合わそうと思ったら、お前が沈没してたんだよ」 「あら、まあ。ゴメンなさいねー。構造有機のレポートが終わったばっかりだったのよー」 「構造有機って、洞口?」 「そうなのよー。相変わらずエゲツ無い課題だったわー」 「お前、去年、有機落としてたんだっけ?」 「そうなの。有機系と、生体化学系はどうも苦手で・・・」 「まあな。物化来るヤツって大抵そうだよな」 俺が、昨晩、つまみを作ろうと思って持参して来た食材で適当に作った朝食を二人でつまみながら、ポツポツと会話を交わす。 「でも、なんで、カモちゃんは自棄酒なんてしようと思ったの?」 不思議そうに首を傾げられて、俺はご飯を口の中に突っ込んだ。もぐもぐと力強く咀嚼しながら、佐々木の言葉を無視していると、佐々木は小さく笑った。そして、それ以上は何も聞いてこない。佐々木のこう言う所は好きだ。触れて欲しくないと思っている部分には絶対に触れてこない。逆に、聞いて欲しいと思っている事は、やんわりと、上手に聞いてくれるのだ。オカマだし、イッコ年下なんだけど、こう言う所は人間が出来ていると思う。 「カモちゃんは、今夜は暇なのかしら?」 「ああ、一応」 「じゃ、今晩遊びに来ない? 昨日のお詫びに、お鍋でもご馳走するわよ?」 「このクソ暑ぃのに鍋?」 「あらー。暑い時に熱いものを食べるのが良いんじゃないの。湯豆腐とかどう?」 提案されて、ちょっと考える。豆腐は好きだし、佐々木は料理が上手いし、空調が効いていれば暑くても関係無いだろう。以上の理由から、俺はその提案に乗っかった。 「そういや、佐々木って湯豆腐に野菜入れる派?」 「どっちでも良いわよ? カモちゃんは?」 「俺は入れる派。確か、ウチに実家から送られてきた大根とネギがあるから、持ってきて良いか?」 「あら? それは素敵ね。ポン酢で食べるとおいしそう。是非、持ってきて頂戴」 「了解」 佐々木の心遣いに少しだけ癒されて、気分が少し浮上した朝だった。 来週から行う、放射線照射実験の計画を考えながら渡り廊下を歩いていると、よく見知った顔がこちらに向かってくるのが見えた。一瞬、泣きたい気持ちになって、そのまま回れ右して逃げたくなったが、そんな事をしたら、相手が傷つくに決まっている。だから、俺は無理に笑った。 「成美ちゃん、おはよ」 「・・・鴨井君・・・」 俺の顔を見て、成美ちゃんは、戸惑ったような、どこか苦しいような顔をして見せたが、軽く肩を竦めて無理に笑って見せた。 「おはよ。寝癖付いてるよ?」 そう言って、小さな手が伸ばされる。俺は、その手をさり気なく、スイ、と避けた。瞬間、成美ちゃんは目を見開いて、それから、苦笑いした。 嫌がらせとか、そう言うんじゃなくて。この小さい手は、もう、俺のものじゃ無くなってしまった訳だから。成美ちゃんに対して、というよりも、自分にきちんと言い聞かせたいだけ。 「そっか。そうなんだよね」 溜息のように、小さな声がポツリと落ちる。成美ちゃんが決めた事を、彼女も、今、一生懸命噛み締めているみたいだった。 「・・・鴨井君、ゴメンネ」 「昨日も言ったけどさ。成美ちゃんが悪いわけじゃないんだから。もう、謝るのナシ」 なるべく、明るい声で言って見せると、成美ちゃんは泣きそうな顔で笑った。 「ん。実験、がんばってね」 「ありがと。成美ちゃんもね」 あっけらかんと笑って、手を振り、そのまますれ違う。角を曲がって、中庭をはさんだ反対側の廊下からちらりと盗み見た彼女は、決して俺のほうを見ていなかった。もう、前の方を向いている。真っ直ぐに伸びた白衣の背中が遠ざかる。 「・・・わかってんだけどさ。・・・チクショ・・・・」 やっぱり、胸の奥がシクシク痛む。一年間も付き合ってきたんだから、そんなに簡単に立ち直れるわけが無い。それでも、後ろばかり振り返っているのはイヤだから。 「佐々木に愚痴って、スッキリしよ」 誰に言うわけでなく、独り言を漏らして研究室に急いだ。 「カモちゃん、いらっしゃーい」 笑顔満面で迎えてくれるのは良いんだけどよ、何なんだよ、そのエプロンはよ。訝しげな視線をそのエプロンに向けていると、佐々木は、 「いやん。そんなにこの『フリル』のエプロン似あうかしら?」 とか、人差し指で自分の頬を突付いて見せた。いや、だから、お前みたいにでかくてムサイ男がそんなことしても不気味なだけなんだって。でも、この厚顔無恥なオカマにそんな事を説いたところで暖簾に腕押し、糠に釘。言うだけ無駄。 俺もいい加減、コイツとの付き合いでわかっているので、敢えて何も言わずに溜息を一つ大仰に吐くに留めた。 「昆布の良い匂いがしてるけど。もう、出来てんの?」 「ええ。あとは、カモちゃんが持ってきてくれたおネギと大根を切ったら下ごしらえはおしまいよ。あら? そう言えば、カモちゃんがネギだなんて、これがホントの『カモネギ』ね! いやん!」 あまりのオヤジギャグに俺は思い切り脱力した。オカマでオヤジ・・・最悪だよ、佐々木・・・。 しかし、当の佐々木は、最悪だったが、湯豆腐はとても美味かった。豆腐は近所の豆腐屋の一番高い豆腐を使ったと言うだけはあって、そこそこの味だったし。豆腐って、やっぱり値段なりの味なんだよな。高い豆腐って、舌触りと香りが全然違うと思う。俺が持ってきたネギも割と美味かったし。 途中からつまみの袋も開けて、チビチビと冷酒を飲みながらどうでも良い話をしていたけど、俺は何となく、成美ちゃんの話を切り出しかねていた。やっぱり、まだ頭の中で整理できてないんかなと酔いの回り始めた頭で考えていると、不意に、佐々木が真面目な顔で、 「カモちゃん、宮部さんと別れたんでしょ?」 と、突っ込んできた。佐々木が、こんな風に真面目に、しかも他人のプライベートにザクリと切り込んでくるような話をするのは珍しくて、俺は、意表を付かれてしまった。 答えられなくて、咄嗟に佐々木の顔を見上げたけれど、佐々木は至極真面目な顔をして、俺をじっと見詰めている。酔っ払って、俺をからかおうとしているようには見えなくて、俺は、つい、素直に頷いてしまった。 「うん・・・成美ちゃんに聞いた?」 俺が、尋ねると佐々木は、曖昧に、「ええ、まあ」と言葉を濁した。そう言えば、佐々木と成美ちゃんって仲良かったよな。映画繋がりで、結構、マニアックな話とかで盛り上がってたっけ。 「そっか・・・俺、甲斐性ないから・・・」 苦笑いしながら冷酒を呷る。せっかくの八海山吟醸だったけど胸の奥から苦さが込み上げてきて少しも美味しいとは思えなかった。 「成美ちゃん、来年、就職するだろ? 俺は、まだ、あと一年院があるし。急に、将来の事考えたら不安になったって」 「・・・まあ、学生と社会人になって別れちゃうってのは良くある話だけど」 相変わらず、真面目な顔で佐々木は頷いた。どこか、苦しそうに見えるのは俺の気のせい? バカだなあ。ツライのは俺なんだから、一緒にツライ気持ちにシンクロする事無いのに。ホント、バカ。バカお人よし。そう言えば、もしかして、フリルのエプロンも、俺を笑わそうとして態とやったのかな? そうかも。 佐々木は、言葉遣いこそオネエだけど、外見はあんまりオカマっぽくないし、ファッションとかも(今では少しは落ち着いた茶髪とピアス以外は)案外常識的で落ち着いてるし。 こういう弱っている時って、誰かの優しさってダメだ。なんか、すごく脆くなる。 「・・・佐々木、アリガトな」 俺は、もともと、こういうキャラでもないんだけど、なんか、しんみりしてしまって素直にお礼を言った。佐々木は何も答えずに、じっと、俺を見詰めてる。なんか、どこか痛いのを我慢しているような表情で。何だろう? って思っていたら。 「・・・カモちゃん。アタシじゃダメ?」 「へ?」 突然、ガッと腕を掴まれて俺は呆気に取られた。呆気に取られたまま床に押し倒されて、佐々木の顔が近づいてきたと思ったら、ぶちゅっと唇がくっついた。 え? 何? コレ? 佐々木? 何がどうなってんの? ハイ? 頭の中が真っ白になった状態で、硬直していると、抵抗しないのは同意の印だと思ったのかヌルッと舌が入り込んできた。そこでようやく、俺は自分の置かれている状況を理解した。 猛烈な勢いで、思考回路が回復し、佐々木の顔を何とか引き剥がして、 「ヤメロよっ! バカ! ふざけんのも大概にしろ!」 と、文句を言ってやった・・・のだが。 「ふざけてないわよ。大真面目。カモちゃん、アタシと付き合ってよ」 と、真剣そのものの顔で言われてしまった。 「・・・ハイぃ?」 「って言うか、カモちゃん鈍すぎるんだけど。アタシがカモちゃんのこと好きだって、全然気が付いてなかったでしょ?」 「・・・・知らない、何? それ?」 って言うか、お前はオカマでしょ? オカマなのに、なんで、俺が好きなの? 俺はオカマじゃないよ? 「今までは、宮部さんがいたから我慢してたけど、もう、ダメ。限界」 そう言って、俺のズボンからシャツを引き抜き、裾から手を突っ込んでくる。っていうか、佐々木、手際良いな、オカマの癖に。なんて、感心している場合ではなかった。 「ち・・・ちょっ・・・ちょっと待て! 待て! 話せば分かる!」 「何馬鹿なこと言ってんのよ。話して分からないからヤるんじゃないのよ」 ヤる? ヤるって、何をデスか? そうこうしている内に、あっさりとベルトが引き抜かれ、ズボンのジッパーを下ろされそうになって、あせってそれを防ごうとしているうちに、いつの間にか、上半身は裸にされてて、佐々木も上半身裸になっていた。 「うわっ! お前、何脱いでんだよ! ってか、何するつもりだよ!」 「何って。この状況ですることって言ったら一つに決まってるじゃない。カモちゃんも野暮な事聞くわね」 いや、だから、そういう問題じゃなくて。冷静に答えるなよ! もう、パニック状態マックスでワーワー喚きながらバタバタ暴れていたら、不意に、佐々木は動きを止めた。つっても、俺の両手を万歳した状態で床に押さえつけたままだったけど。 「・・・ホント、一生に一度のお願い。カモちゃん、ヤらして?」 直截な言葉を耳元で囁かれて、背中がゾクッとした。うわっ。俺、耳弱いんだって! 「ヤダよ! 何言ってんだよ! 離せって!」 腕を掴まれたまま、頭だけ上げようとしたらクラクラした。いかん。酒が回ってきた。日本酒って遅効性なんだよな。こんな事態に陥るんだったら、調子に乗って飲むんじゃなかった。 「ダメよ。どっちにしても、今日はヤらしてもらうから。人の気も知らないで無防備な顔で横で寝てたり、可愛い顔して弱音吐いてるのが悪いのよ。まあ、勉強料だと思って諦めて頂戴」 佐々木は、手前勝手なことを抜かすとさっさと俺のジッパーを下ろし、あっという間に下着ごとズボンを下ろしてしまった。いや、ほんと、コイツ手際良いわ。いや、だから、感心している場合じゃないって。 「うわっ!」 イキナリ握りこまれて、ちょっと強めに扱かれた。 「ちょ、ちょ、マジでやめろってば! 勃つって! やばいって!」 男の生理なんて、案外単純なんだって。しかも、酒が回って判断能力も低下してて、体が弛緩してる状態なら尚更。案の定、ちょっと裏っかわを親指でこすられただけで半勃ちになったのが自分でも分かった。 「佐々木! 本気で怒るぞ! やめろよ!」 怒鳴るって言うよりも、もう、殆ど懇願に近かった。酔いで体に力は入んないし、もし、力が入ったとしても、佐々木が本気出したなら、多分、俺のほうが弱い。背は、もちろんのこと佐々木の方が高いし、体格も佐々木のが良いし。佐々木はマッチョってワケでもないけど、骨太な感じで割とがっしりしてる。 半泣き状態で何度か訴えたが、無視されて、そのままキュッキュと扱かれる。 「佐々木ぃ・・・ヤメロってば・・・」 何だよ、コレ。涙出てきた。情けなくて、腹が立ってるのに気持ちが良い。嫌悪感は殆ど無いのが自分でも不思議だった。 「カモちゃん、可愛い」 煙草を吸うせいで、ハスキーになってしまっている声が耳元で囁く。だから、耳はダメだって・・・。背中をゾクリとした甘い痺れが走って、もう、引っ込みが付かないほど勃起してるのが自分でも分かった。そう言えば、ここ何日か、成美ちゃんの件で悩んでて大分抜いてなかった。溜まってたから簡単に勃ってしまう。 「カモちゃん、色白いわね。すぐ跡になっちゃいそう」 そう言いながら、鎖骨の辺りを強く吸われた。 「イッ! いてえよ!」 「あー、やっぱり簡単にキスマーク付いちゃうわね」 余裕のある言葉を零しながら、クチュクチュと先端を扱かれて、ホント、どうにかなりそうだった。 「ダ・・メだって・・・出る・・・出るから・・・離せって!」 切羽詰った声で訴えたが、佐々木は、 「良いわよ、このままイっちゃって」 と、余裕の表情で言っただけだった。何だよ! 普段はふざけた顔ばっかしてるくせに、急にそんな男みたいな顔して! 一生懸命我慢して、佐々木の顔を睨み上げてやったら、佐々木は凄く困ったような顔で笑って、俺にキスした。その時の表情が、妙に男前で変な色気があって、俺は動揺する。しかも、ネットリと口の中に舌を入れられて、上顎の敏感な辺りを舐められて、もう、どうにもならなくて、臨界点を超えてしまった。 「・・・・・・・ッ! ・・・・ハァ・・・ハァ・・・」 目をきつく閉じて、佐々木の顔を見ないようにしながら必死で上がった呼吸を整えようとする。出すもんを出してしまったら、急激に酔いと興奮が冷めてしまったみたいで、目を開けることが出来なかった。 どんな顔をすれば良いのかも分からないし、佐々木に何を言えば良いのかも分からない。それ以前に、今起こった事をどう捕らえれば良いのかが一番分からなかった。 「・・・カモちゃん・・・怒った?」 不安げな声で尋ねられたが答えられない。怒ったか、と聞かれると別に腹は立っていない気がする。 「アタシの事、気持ち悪くなった?」 こんなことされておいて何だが、別に佐々木に対して嫌悪感も無ければ、気持ち悪いとも思わなかった。って言うか俺ってソッチの嗜好もあったんかな、こんなことされて気持ち悪くならないなんて、とぼんやり考える。案外、俺って、性的なことに対しての垣根低い? 「・・・別に怒ってもいないし、気持ち悪いとも思ってないけど・・・どっちかって言うと困ってる」 目を閉じたまま正直に答えてやると、暫く沈黙があって、それから、小さな溜息が聞こえた。 「・・・そう」 不意に、ふわっと体温が重なって抱きしめられた。ぎゅって強く抱くんじゃなくて、逃げようと思えば逃げられるって余裕を残したゆるい抱き方で。 「・・・カモちゃん、アタシと付き合わない? ダメ?」 そんな事、急に言われても分からない。俺、昨日成美ちゃんに振られたばっかりで、それだけで一杯一杯だったのに。答えられなくて、黙っているとチュって乳首を吸われた。 「うわっ! お前、やめろよ!」 驚いて佐々木の頭を引っ叩いてやると、佐々木はあっけらかんとした態度でケラケラ笑った。 「だって、カモちゃんのココカワイイんだもの、舐めたくなっちゃう」 素面に戻った俺には耐え難いイヤらしいことを言われて、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。 「お前! それセクハラ!」 バチンと背中を叩いて髪の毛を引っ張ると、イタイイタイと佐々木が喚いた。自業自得だっつーの。でも、暫くしたら、また、やんわりと抱きしめられた。佐々木の裸の胸がすぐ目の前にあって、男と抱き合ってんだーって思ったけど、やっぱり、不思議と嫌悪感は湧かなかった。なんでだろ? 佐々木の懐の大きさに安心しちゃってるせいなのかもしれない。俺のが、年上だけど。 佐々木は、少しだけ俺を抱く腕の力を強くする。 「・・・カモちゃん。ホントに、アタシと付き合ってよ。アタシは、カモちゃんのこと大事にするわよ? 絶対、カモちゃんのこと捨てないし、浮気もしない。ちゃんと誠実にカモちゃんを一番に考えるから」 しっとりと落ち着いた声で、一生懸命俺を説得するように佐々木は告げる。根拠なんて無いんだけど、佐々木が言うのは本当だろうな、と思った。でも。 「・・・そんな事、急に言われても分からない。佐々木の事、嫌いじゃないけど、そういう意味で好きになれるかどうか分からないし」 佐々木の誠実さに答える為にも、今の正直な気持ちを伝える。すると、佐々木はクスッと笑った。 「じゃ、返事はすぐにとは言わないわ。アタシが男だからダメってのは無いみたいだし?」 や、佐々木は男じゃなくてオカマだから、と思ったが口には出さなかった。確かに佐々木が男だからダメとは思わなかったのも事実だし。っつーか、やっぱ、俺って垣根低い? それとも振られたばっかで寂しくなっちゃってんのカナー? ダメダメだなあ。 「返事待つの?」 「待つわよ? 悪いけど、アタシ、しつこいから」 「待っても良い返事じゃないかもよ?」 「あら? 断られても諦めないから平気よ?」 「ウヘー。マジかよー」 「本気よー。なんたって、一年以上片思いしてきたんですものー」 佐々木がサラリと言った言葉に、俺は反応する。一年以上って? 不思議に思って佐々木の顔を見上げると、佐々木はやっぱり苦笑いして、その顔が変に男前で、色っぽくて俺は思わずドキッとしてしまう。 「やっぱり気が付いてなかったのねー? そうだとは思ったけど。やっぱり、カモちゃんって鈍いわねー。そこもカワイイんだけど」 「・・・悪かったな。鈍くて」 「ホント、悪いわよー。宮部さんだって気が付いてたのに」 「へ?」 成美ちゃんが? ウソッ!? 俺が驚いて絶句していると、佐々木は今度はケタケタと楽しそうに笑った。 「ホント、カモちゃんってカワイイわねー。食べちゃいたいわー」 そう言って、チュッ、チュッ、と額に頬にキスされる。 「ちなみに、去年、アタシがカミングアウトしたのはカモちゃんのせいなのでアシカラズ」 更に、爆弾発言を落とされて。俺は目を皿のように見開いて佐々木を見詰めるしか出来なかった。 「・・・ダメだ。今日は思考がオーバーフロー。寝かせろ」 どっと疲れてしまって、それ以上考える事を頭も体も拒否していた。なので、佐々木に抱かれたままだったが、そのまま目を閉じてしまう。 「だから、そう言う所が無防備だって言ってるんだけど、分かってないのねえ・・」 呆れたような、困ったような声が頭上でしていたような気もしたけど。 面倒くさいので、そのまま寝てしまった初夏の夜の出来事だった。 |