『053:壊れた時計』@ ……………… |
忘れられない光景が、杉本啓(すぎもとけい)にはあった。十年も前の事なのに、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。高校を卒業する数日前の出来事だ。 柔らかな冬の終わりの日差しの中、空気の冷たさに微かに紅潮していた頬が、見る見る間に青褪めていった。驚愕に見開かれた瞳。困惑に震えていた唇。 ただの冗談にしてしまうはずだった。けれども、彼の表情がそれを許さなかったのだ。少しずつ、大事に大事に作ってきたはずの何かが面白いほどあっけなく壊れていくのを、啓は、ただ呆然と見つめていた。 彼の表情が、嫌悪と拒絶に歪むのを見るのが怖くて、弾かれたように踵を返した。走り出した啓の背に、呼び止める声はついぞ掛けられる事が無かった。 涙が溢れたのは、何に対する後悔だったのか。今でも啓には分からない。 ただ分かるのは、上手に終わらせることの出来なかった恋が、未だに胸の奥、しこりの様に残っていることだけだ。 *** バスルームから出てきた男が啓のうつぶせているベッドに座ると、ギシリと微かにスプリングの軋む音が聞こえた。無造作に頭をガシガシとタオルで拭いている姿は、普段の神経質そうな仕事振りからするとかなり意外だが、どこか野性的な男の色気を感じさせると思う。 実際、その手の店に行けばあちこちから声が掛かるのを啓は目の当たりにしてきた。だが、それに対して啓が嫉妬を感じたことは一度としてない。啓がそう言えば、 「そうだろうな。お前はそういうヤツだからな。ドライで良い」 と磊落に笑われた。確かこんな関係を始めて半年ほど経ったときのことだ。あれから既に5年が経過したが、その関係は変わらない。 「どうする? 泊まっていくか?」 尋ねられて啓はノロノロと体を起こすと気だるそうに首を横に振った。久しぶりだったからか、なぜかいつもより激しいセックスをされたせいで、鈍く疲れが体のあちこちに沈んでいる。けれども、 「いえ。帰ります。試験の勉強もしたいですから」 と啓が答えると、男は口元に薄い笑みを浮かべた。女が見たならば、きっと腰砕けになるような類の笑みだ。女でなくとも、そういう嗜好の男が見たら同じだろう。だが、不思議なことに、啓は未だに一度としてその男に、はまったことが無い。だから楽でいいのだと男は冷たい笑いを浮かべて言うが。 「セックスの後に勉強か。若いな」 そう言いながらくつくつと抑えるような笑い声を零す。啓はそんな男に肩を竦めて見せるとシャワーを浴びるために立ち上がった。 「絶対に次の試験で合格しろって言ったのは柴田課長ですけどね。それに、若いって言っても五つしか違わないじゃないですか」 「いや? 20代と30代には越えられない厚い壁がある」 そう言いながら柴田はベッドサイドにおいてあったプラチナリングを拾い上げ、左手の薬指にすっとはめた。何の違和感も無くその場所に収まる指輪に、啓は一度たりとも痛みを感じたことなど無い。初めて柴田と関係を持ったときから。 「まあ、勉強するのは結構なことだ。俺の期待を裏切らないでくれ」 そう言ってバスローブを脱ぎ捨て、柴田はホテルに入ったときと同じシャツに腕を通し、ネクタイもきっちりと締めた。 柴田が啓に上司命令として様々な資格を取れと言うのは今に始まったことではない。お陰で啓は27才にして、建築士、建築施工管理技師、土木施工の資格を持っている。柴田が次に取れと言った資格は造園施工だった。 柴田は会社では完璧な上司だ。仕事は出来るし、頭も切れる。社員教育も実にそつが無い。そんな有能な上司に目をかけてもらえて、一から教育してもらえたことは実に幸運で、ありがたい話なのだろう。 だが、プライベートでの柴田は別だ。 冷たい、と言うのとは少し違う。敢えて表現するのならドライなのだろう。ベタベタした付き合いを嫌う。左手の薬指に指輪をはめていながら、平気で啓とセックスする。だが、それなりに家庭は大事にしているのだろう。柴田が啓と一緒にホテルに泊まることは決してない。いつでも金だけを置いて、一人部屋を出て行く。別段、啓はそれに寂しさを感じたことなど無い。 仕事は仕事、プライベートはプライベートだし、第一、自分と柴田はいわゆるセックスフレンドと言うヤツでしかないのだと啓自身が十二分に承知しているからだ。二人の間に恋愛めいた甘い感情など一切存在していないのだと思っている。 「会計は済ませておくから、好きな時間に帰ればいい」 そう言いながら柴田は使われなかったベッドに放り投げてあったコートを手に取ると、何の躊躇も見せずに啓に背を向けた。相変わらずのドライな態度に啓は半ば感心してしまう。それでも、家に帰ったら妻に優しげな笑顔を向けたりするのだろうか。するかもしれない。柴田は何事においても完璧な男だ。セックスも上手い。家庭でも完璧な夫をこなしているに違いない。 柴田の優しげな笑顔と言うのはどんなものなのだろうかと、啓はぼんやりと考えて、不意にはっとしたように首を横に振った。いずれにしても、その笑顔が啓に向けられることは無いのだ。考えるだけ無駄なこと。 寂しさは、不毛な関係ばかりを続ける今の状況に対してで、決して柴田個人に対する感情ではないはずだ。 煩わしさは嫌いだ。だから、啓も柴田を選んだ。求めているものが同じだったから便宜上、一緒にいるだけの相手。くだらないことを考えている時間があるならば、資格試験の勉強の時間に当てたい。何しろ、試験は一週間後に迫っているのだ。 試験に合格したら。 啓を引き抜いてやる、と柴田は言った。個人で立ち上げる準備をしている、その会社に。 柴田は決して浮ついたことを言わない。現実的で、足が地に付いている。世間が同性愛者に対して優しくはないことも十分承知していて、だから啓に資格を取れと言うのだ。資格を取って個人で仕事をすれば無用に傷つかずに済むだろうと。 柴田は現実的な分、ドライだし、その場限りの偽物の甘い言葉など決して口にしないが、だからといって冷たい人間というわけではない。それが証拠に啓は柴田に、部下として随分と目にかけてもらい、可愛がってもらっている。引き抜きの理由にしても、お前が優秀で使えるからだと至極あっさり言ったが、それだけではないと啓は思っていた。いくらかの同情も、そこには存在するのだろう。 *** 啓が柴田を上司としてではなく、一人の柴田郡司(しばたぐんじ)という名の男だと認識することになったのは、実に意外な場所でばったりと出会ってしまったからだった。 啓は大分前から自分が同性愛者だという事を自覚していて、成人する前からそのゲイバーには良く出入りしていた。一晩の遊び相手を見つけるためだ。恋人が欲しいと思ったことは無い。惚れたはれただの、くっついた切れただの、そういう事をするエネルギーが欠如しているのだと自分では思っていた。 煩わしいことは嫌い。気が向いたときに適当な相手と寝て、適当に欲求が解消されればそれでいい。そんな風にしか考えていなかった。 その日、啓は久しぶりにその店に足を運んだ。就職して新しい環境に慣れるまでの数ヶ月間、さすがに毎日精神的にも体力的にも疲れていてセックスする気になどならなかったからだ。けれども、ようやく仕事にも慣れ、落ち着いてきたせいもあって何となくその気になった。カウンターに腰掛け、何気なく店内に目をやっていると、二つ椅子を空けた隣に座っていた男と目が合った。それが柴田だった。 もちろん啓は驚いたが、柴田も驚いていたようだった。それもそのはずだ。会社では机を並べてもっともらしく一緒に仕事をしていたはずの上司がゲイバーなどに出入りしていたのだから。 啓は一瞬、頭が真っ白になり、次に真っ青になったが柴田は驚いた表情のあと、不意に人の悪い、けれども奇妙に色気に溢れた笑みを浮かべて啓に近づいてきた。 「お前もそうだったとは知らなかった」 そう言いながら、柴田は啓に水割りを差し出した。そこで啓はようやく自分が青くなる必要など無いことに気がついた。お前『も』と柴田は言ったのだ。所詮は同じ穴の狢。何を負い目に感じることがあるだろうか。 啓は肩の力を抜き、差し出された水割りを受け取った。 「まさか柴田主任もそうだなんて夢にも思いませんでした」 その頃、柴田はまだ主任だった。そっけない口調で啓が言えば、柴田は面白がるように啓の顔を覗き込む。 「なぜ?」 「だって。ソレ」 啓は呆れたように肩を竦めながら柴田の左手の薬指を指差した。柴田は、ああ、と興味なさそうにそこに光るプラチナリングに目をやる。 「この年になると、世間体やら何やら、色々しがらみが多くてな」 そう言いながら柴田は苦笑したが、その頃まだ会社に入社したてで22歳になったばかりの啓にはイマイチ実感として理解できなかったので、はあと曖昧な返事を返した。 同じ嗜好の人間を身近に発見した気安さからか、啓は案外と何でもあけすけに柴田には話した。煩わしいことは嫌い、面倒くさいのも嫌い、この場所にはセックスの相手を探しに来ているだけだと。 そう言えば柴田はさもおかしそうに笑い、奇遇だな、自分もそうなのだと言った。それから、相手が必要なら俺にしろとも言った。柴田も煩わしい相手はおよびでなかったらしい。そもそも、結婚指輪をしているのだから、本気になるような相手は洒落にならないのだろう。自分の性的な嗜好を偽りながら結婚生活を送ると言うのは幸せなことなのか啓には分からない。分からなかったが、柴田の提案はいちいちもっともらしく、気がつけば言いくるめられるように頷いていた。 社会人ともなれば、学生時代以上に周りの目に気を使う必要がある。会社で歯車の一つとして上手に立ち回るためには、同性愛者だという事は知られないほうがいい。その点、柴田が相手ならば幾らでも誤魔化しはきくだろう。啓も柴田も煩わしいことが嫌いなのだから利害は一致している。これでセックスの相性がよければ、理想的なセフレになるだろうと言われて、とりあえず寝てみたが、見た目の通り柴田は実に巧みなセックスを啓に与えた。 柴田の適度な素っ気無さと不干渉はその時の啓には酷く居心地の良いものに感じられ、結局、啓は定期的に柴田と寝ている。 それでも、ドライな関係と言いながら5年も続いていることが啓には意外だった。啓は誰かと真剣に付き合うという事を殆どしたことが無い。何となく付き合ってみても、せいぜいがもって半年だった。そもそも、啓は誰かを本気で好きになるという事をこの10年間経験したことが無かった。 本気で誰かを好きになる。 それについて啓が思い出せるのはたった一人の人間だけだ。 それが最初で最後なのではないかとすら思う。 その人間を思い出すたびに、啓の胸はジクジクと詮無い痛みに侵食される。 *** 啓が宮島基(みやじまもとい)と初めて出会ったのは、高校の入学式、同じクラスの級友としてだった。特に第一印象が強烈だったわけではない。何となく同じグループにいて、何となくつるんでいるうちにいつの間にか親友というポジションに落ち着いていたのだ。 基は、決して目立つタイプではなかったが、どこか落ち着いていて、存在感のある男だった。誠実な男で、口数は決して多くは無かったが、人に信頼される性格をしていた。啓も基を信頼していたし、友人として慕っていた。どちらかと言えば無口なほうの基だったが、啓は基と一緒にいるときの沈黙が決して気詰まりではなかった。むしろ安心感があった。基といることは酷く居心地の良い事で、気がつけば啓は随分と長い時間を基と共有するようになっていた。 基は無口な分、聞き上手で、啓の話をいつでも真正面から聞いてくれた。どうでも良いテレビの話から、真剣な進路の悩みまで。基の方も無口ながら啓には何でも話してくれるようで、二人は確かに親友同士だった。 その頃、啓ははっきりと自分の性的な嗜好を自覚していたわけではない。基に対する好意はあくまでも友情の範疇だと信じて疑わなかった。 それが揺らいだのは、高校2年に進級してすぐ、啓と基がほぼ時を同じくして女の子から告白されてからだった。 啓は女の子に告白されたのは初めてではなかった。中学3年生のときに何度か同じように告白されたが、その時は受験勉強でそれどころではなかったので、それを理由に断っていた。 だが、その時は断る理由が見つからなかった。可愛らしく、性格もよさそうな1つ年下の女の子を前にして、けれども啓は嬉しさよりも戸惑いのほうを強く感じてしまっていたのだ。何かがしっくりこない。女の子と付き合う自分と言うのがリアルに想像できない。なにがしかの違和感が邪魔をして、結局、今は誰とも付き合う気にはなれないから、という実に曖昧な理由で断った。 啓は、そんな自分にうっすらと疑惑を抱いたが、あえてそれ以上は深く考えようとはしなかった。あるいは、無意識に逃げていたのかもしれない。だが、否応なしにそれを考えなくてはならない状況に啓は追いやられてしまった。基が告白してきた女の子と付き合うことにしたからだ。 当然、啓が基と一緒にいる時間は目に見えて減って行った。友人よりも付き合い始めたばかりの恋人を優先するのは自然なことだろう。仕方が無いことなのだと自分に言い聞かせつつも、拭いきれない寂しさと不快感が、チクチクと常に啓を責め立てるようになった。 親友を取られたことに対する寂しさでしかないと、啓は何度も自分を納得させようとしたがその度に失敗してしまう。それがどこまでも嫉妬に近い感情に思えて、そう考え始めると自覚してしまうのはあっという間だった。 自分は基が好きなのだ。啓に告白してきた女の子が啓に対して抱いていた感情と全く等しい意味で。 時折、目の端を微かに緩め、らしくもなく饒舌に、嬉しそうに彼女のことを語る基を見るたびに啓の胸はズキズキと痛み、誤魔化しきれない血を流す。だが表面上は親友を装い、それは良かったなと穏やかな笑みを浮かべる。それは啓を酷く疲弊させた。 何度か基から離れようと思ったこともある。だが基は決して鈍くは無かった。さりげなく距離を置こうとした啓にすぐに気がついた。それから、彼女が出来たからといって、啓との関係が変わってしまうのは嫌だと基は言った。誕生日だとかクリスマスのようなイベントの日以外はなるべく啓との約束を優先させようともしてくれた。だが、その中途半端な優しさは啓にとっては残酷なものでしかなかった。 そんな状態で神経をすり減らしながら高校の最後の一年間を啓は過ごしたが、今、その過去を思い出すと、苦しかったその日々ですらあえかな甘さを訴えてくるように思う。 そんな啓を笑うかのように、柴田は、よく、 「とかく、人間と言うのは過去を美化したがるものだな」 と言うが。 いつだったか、セックスの後にぼんやりと横たわっている啓の裸の胸を、柴田は軽くとんとんとノックして、 「お前は、ここに、後生大事に壊れた時計を抱えている」 と嘲笑したことがあった。柴田に基のことを話したことは一度もない。けれども、柴田は嫌になるくらい、なぜだか啓のポーカーフェイスを見破り、気がついて欲しくないことを見抜く。それだけが唯一の欠点だと啓は思っていた。 自分でも十分に自覚はあるのだ。まるで女々しい未練たらしい人間だと思う。10年も前の叶わなかった恋をいつまでも引きずっているなど。誰に対しても本気で好きになることが出来ないのは、あの時、きちんとした終止符を打たずに逃げてしまったせいだ。全く柴田の言うとおりなのだ。 止まってしまった壊れた時計。 持っていても仕方の無いガラクタを、自分はいつまでも大事に胸に抱えている。 *** あのときのことが無ければ、基とはずっと親友関係が続いていたのだろうかと、啓は考えることがある。今でも、時々会ったりして、酒でも飲んだりするのだろうかと。 啓は高校の卒業とともに地元を離れ、東京の大学に進学した。そしてそのまま建築関係の会社に就職したので地元には1年に1度帰る程度だ。もっと頻繁に帰って来いと親は言うが、既に兄が結婚して子供も生まれているので、実家もそう居心地が良いわけではない。それに、地元をうろついているときに、万が一でも基に出会うのが怖かった。同級会も今まで何度か開かれていたらしいが、啓は一度も出席したことが無い。 10年の間、一度として啓は基と連絡を取ったことが無かったのだ。それでも大学に進学してから数年の間は、基から年賀状だけは届いていた。だが、啓がそれに返事を書かないままでいたら、それもそのうち無くなってしまった。 基は地元の専門学校に進学して、その後は実家の雑貨屋を継いだと風の噂で聞いたが、それが本当の事なのかは確かめていない。 手元に図面を広げながら、啓は無意識に小さなため息を一つ零した。仕事に集中しなくてはならないと分かっているのに、思考が交錯する。頭に過ぎるのは過去の切ない思い出ばかりだ。 「杉本。飯島産業の仕様書は上がったか?」 少し離れた席から上司の声が聞こえ、啓ははっと顔を上げた。柴田が眼鏡の奥、冷静な瞳でじっと見詰めている。仕事のときにだけ柴田が掛けている眼鏡が、実は伊達なのだと知っている人間は意外と少ない。啓も、柴田とセックスするようになってから初めて知った。 啓は軽く頭を振り、席を立ち上がる。仕上がっていた仕様書を柴田に手渡すと、柴田はそれをざっと確認して、それから苦笑した。 「杉本。このページと、このページの奥行きの寸法が1桁違う」 そう言われて啓は自分のミスに気がつく。いつもは決してしないような馬鹿馬鹿しい初歩的なミスだ。 「……すみません」 自分を恥じて啓が謝ると、柴田はふ、と口元を緩ませて、トンと拳で啓の胸元を軽く叩いた。 「お前は、毎年、この時期になると府抜けるな」 からかうように言われて啓ははっとする。 毎年、この時期。 年度末を控え、学生たちは卒業式を迎え始める時期。 「使えないヤツは連れて行かない。来月までに、不用品の始末をして来い」 他の社員には聞こえない、小さな声で告げられて啓はきゅっと唇を硬く閉じた。そんな啓にちらりと視線をやり、だが何も言わずに柴田は立ち上がる。それからタバコを机の上から拾い上げると、啓の肩をポンと叩いて喫煙室の方に向かってしまった。 その場にぼんやりと立ち尽くしたまま、啓は何気なく窓の外に視線を移す。カラリと晴れ上がった空は、関東にはありがちな春の初めの天気だったが、その日差しは夏のそれに比べると随分と柔らかい。この柔らかな日差しが啓は嫌いではなかった。 あの日も、確か、似たような日差しが教室に差し込んでいた。感傷に急かされるまま、初めて触れた基の唇は、妙に冷たかったと記憶している。温かみに溢れた基の人柄とは対照的なその冷たさが、啓には意外だった。昔の笑い話だと言えれば良いが、そんな風に思い切れない。 もう、いい加減にしなくてはならないのだと自分でも思う。煩わしさや面倒が嫌いだと言いながら、啓は決して孤独を好み、寂しさを愛しているわけではないのだ。 不用品の始末をして来いと柴田は言った。それが、上手に終わらせることが出来なかった拙い初恋のことなのか、それとも、壊れてしまった時計のことなのかは啓には分からなかったけれど。 基に会いに行こう。 啓は窓の外を見ながらそう決心していた。 |