剣同志がぶつかり合う音、炎の上がる音。
けたたましい音は今日も変わらず鳴り響いている。
――運命に導かれし仲間たちが揃って一ヶ月。
僕達はいつものように魔物と戦っていた。
故郷を滅ぼされ、大事な人たちを失って、一人で旅を始めてからもう随分たつ。
あの頃はこんなにたくさんの仲間に出会えるなんて思っていなかった。
僕は一人だと思っていた。
でも、今はもう違う。僕にはこんなに仲間がいる。
そして、密かに、本当に密かに想っている人もいる。


あるヤキモチヤキのユウウツ



「危ない、ユーリル!」
アリーナの声が背後で響いた。はっとなって振り返るとそこには魔物の姿。
前に気をとられていた僕はとっさに剣を構え直そうとしたけれど、遅かった。
「――うわ…!!」
右の肩から腕にかけて鋭い痛みが走る。瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
目が霞む。息が乱れる。これは。
(毒だ…!)
それでも何とか剣を構え直し、目の前の敵目掛けて剣を突き立てる。
敵は倒れた。が、僕もその場に倒れてしまった。
「…ぐ、…うぅ…」
痛みと毒で意識が朦朧としてくる。視界が霞む。
まだ勝ったわけじゃないんだ、立たなきゃ。そう思ったとき。
「ユーリルさん!」
慌てて駆け寄ってくる人影が見えた。…クリフトだ。
霞んだ視界に僕ははっきりとその姿を見た。
左腕を押さえ、その下には赤い血が滲んでいる。
(あ、…自分も怪我してるじゃないか。なのに僕を真っ先に…?)
「きゃあっ!」
「…ひ、姫様!」

え?
何…?あれ?どうして足音が遠ざかっていくんだよ…?
僕は力を振り絞って体を起こし、その先を見つめた。

「姫様!大丈夫ですか?…ベホマ!」

痛みも何もかも吹っ飛んだ。僕の怒りが爆発したのは言うまでもない。


アリーナはかすり傷だった。どこをどう見たって僕のほうが重傷じゃないか!
毒まで受けて、死ぬかと思ったんだぞ…!
なのに、なのに!アリーナが先で僕は後回し。どう考えたっておかしいじゃないか!
何考えてるんだよ、あの大バカ神官はっ!
…だけどその大バカ神官こそが、僕の想い人なわけで。
どうしようもないんだ、もう。クリフトが好きで、しょうがない。
だから余計に腹が立って。その怒りは夜になってもおさまってはくれなかった。




夜。僕たちは町に入って宿をとった。
仲間が揃ってからというもの、僕とクリフトは二人で一部屋を使うことが必然的に多くなった。
年が近い同性ということで、ごく自然なことだし、誰も気にも留めない。
…僕はこっそり喜んだりしてるんだけどね。
だけど今日は違う。
食事を済ませ入浴も済んだ後でも、まだ怒りはおさまらない。…案外根に持つタイプだったんだろうか、僕は。
…わかってるよ、どうしようもない嫉妬だってことくらい。だけど、どうしようもなく悔しい。
もし僕かクリフトが女だったら、すぐに想いを伝えて、抱きしめられるかもしれないのに。
……この腕に抱いてしまえるのに。


いつもなら二人で他愛もないことを喋ったりしている時間だ。だけど今日はそんなことをする気にもなれなかった。
重苦しい沈黙。僕だってこんなの嫌だ。でも自分から話す気になんてなれない。
しばらくすると、沈黙に耐えかねたようにクリフトが僕に声をかけた。
「あの…ユーリルさん」
「……何?」
無意識に出てしまった「いかにも機嫌悪いです」的な声に、クリフトは怯んで俯いた。そして空気は更に澱む。
…しまった。どうすればいいんだろう、この雰囲気。
しばらくすると、彼は僕が腰掛けていたベッドの前に来て、意を決したように深く頭を下げた。
「――昼間は申し訳ありませんでした!」
「…え…?」
「私は…私にはパーティの回復役として皆さんをサポートする役目があります。戦闘を有利に進めるためにも。
今日もあの状況で…重傷だったあなたを真っ先に癒して差し上げなければならなかったのに……」
「……アリーナが魔物に傷つけられたと想ったら、いてもたってもいられなくなった、って?」
「……ほ、本当に申し訳ありません……」

心の底から反省しているみたいだった。
いつもならこんなことを言われようものならすぐに許してあげるところだけど
アリーナが絡んでると思うと、素直にそう言うこともできなかった。
「別にいいけどさ。アリーナは大事なお姫様なんだし。
クリフトやブライさんが必死になって守ろうとするのも当然だと思う」
「…え、それじゃあ…」
許してくださるんですか。
多分次に出てくるのはそんな言葉だったんだろう。急に表情が明るくなった。
「けど、今日みたいなことになっても困るから…とりあえず明日からはミネアさんに出てもらうことにするよ」
「そうで……え、ええぇっ!?」
思ったとおり。ほんっとーにわかりやすいんだから。単純というか、純粋というか、素直というか。
「…何?どうかした?」
「あ、いえ…!今日はあのような失態を犯してしまいましたが、明日は…
いえ、二度とあのような真似は致しませんのでっ!その……」
そうだよね。だって馬車の中にいるってことは、前線で活躍しているアリーナと少なからず距離ができるってことだから。
だからこんなに慌ててるんだろ?…わかりやすすぎだよ。
あぁ、なんだかますますムカついてきたかもしれない。
ヤキモチやきの本領発揮ってとこだろうか。
「けどなぁ、回復役ってのは大事な役割だし。その場に合った冷静な判断してもらわないと、全滅だってしかねないし…」
「そ、そんな……。……ど、どんな罰でもお受けしますので…っ!ですから……」

罰。
――あ、いいこと思いついたかもしれない。

「そういえば、クリフトは今まで戦闘でヘマやったことなかったから知らないかもしれないけど
僕たちみんなの決まりの中に、戦闘で何か重大なミスしたら、その人に見合った罰を課す、ってのがあるんだ。
これね、提案したのマーニャさんなだよ。意外だろ?」
「…マーニャさんですか?はい、確かに意外ですね…」
そう、これは僕がマーニャさんとミネアさん姉妹に出会ったときに決めた約束事。
厳しいようにも思えるけど、そうすれば、きっとそれに懲りてもっと戦闘に身が入るんじゃないかという考え方から、らしい。
「今日のあれは痛いミスだと思うから…確かにそういうのあってもおかしくないのかも」
「…は、はい!覚悟はできております!」
うーん、って考えるふりをして下を向いたら、笑いが込み上げてきた。
ちょっと考えてから顔を上げて
「…クリフトってさぁ」
「はい?」
「…アリーナのこと、抱いたりしたことって、ある?」
突拍子もないことを言ってみたりする。そんなことあるわけないってことはもちろん承知の上。
「な、なっ…!なにを…!」
初めきょとんとしていたクリフトの顔が、みるみる真っ赤になっていく。
「な、何を仰るんですかユーリルさん!そんなこと、あるはずないじゃないですか!…ほ、本気で仰ってるんですか!?」
いえ、本気じゃありません。
「けど、男としてさ。…やっぱアリーナのこと考えるとこう身体が火照ってきたりするでしょ。
そういうのもひょっとしてなかったり?」
「ありませんよっ、そんな恐れ多いこと…!!」
「…アリーナを想って、一人で、とか」
「ありませんってば!」
半ば悲鳴のようにもなってきた声が、僕の言葉を遮った。
「第一私は神に仕える身、そのようなこと許されるはずが――わ、わっ!?」
言葉の途中で突然腕を掴まれたクリフトは、簡単にバランスを崩してくれた。そのままベッドに引きずり込むと、僕はその身体を組み敷いた。
「じゃあ、クリフトの罰はこれに決定ね」
「…は…?これ…って、ユーリルさん……?」
ごめんクリフト。ちょっと職権濫用かもしれない。
でもこうしないと君に触れることだって、今の僕にはできはしないから。
「これって一体…、…っ!?」
組み敷いた身体の首筋に顔を埋め、そこを舌で軽く舐め上げてみせると
息を呑む音と一緒に、身体が硬直した。
「な、なにす…っ!ちょっ、ユーリルさん!?やめてくださいよっ」
あんまりじたばた暴れるもんだから、一旦顔を上げた。
見上げているのは驚きの表情を載せた君の顔。
「何って?罰だよ、ば・つ」
「罰、って…。…こんなこと、神の教えに反することです。私には…」
「だから罰なんだってば。簡単にできるようなことじゃ罰になんないだろ。
…けど、どうしてもできないって言うんなら別にやめてもいいよ?明日からミネアさんにお願いするから」
「……う……」
「どうするの?僕は別にどっちでも構わないよ。…続ける?やめる?」
「……………。
……お、お願い、します……」

うーん。なんって扱いやすい人なんだろう、本当に。
僕ちょっと悪役じみてきた…?ま、いいか。
普段のかっちりした服とは違う、部屋着用のシャツのボタンに手をかけ、ひとつひとつ外していく。
その間クリフトはただ黙って、泣きそうに顔を歪めて僕から視線を外していた。
服を肩から下ろして肌を晒させると、俯いたまま彼は言った。
「あの、…ユーリルさん」
「何?」
「…お手柔らかにお願いします…」
「ハイハイ」

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