「……あ…」
唇が解放されるのと同時に首筋に噛み付くような口付けが落とされ、クリフトの肩が小さく揺れる。
はだけた胸元を弄る指と、首筋に感じる熱が夜の冷たく澄んだ空気の中には驚く程熱く、無意識のうちに息を吐いた。
腕を回し、自分の胸元に散る細い髪を梳くように指を絡めれば、硬く尖った胸の先端を舌で転がし軽く噛まれる。
いつしか衣服の外されていた下腹部をピサロの指がゆっくりと滑り、僅かに熱を帯び始めたものに絡みついた。
ビクンと一瞬身体が震える。 絡んだ指が形をなぞるように動き、クリフトの身体を快楽が支配していく。
「…あっ、あ……んッ…」
堪え切れず身を捩ると同時に先端に爪を立てられ、荒く息をついた。
形を変えてゆくそれは何度も刺激を受け、先端からは液体を滴らせ始めている。
指にその液体を絡ませながら両脚を開かせ、これから身体を繋ぐための場所を露わにさせると何度も入り口を指でなぞり、液体の絡んだ指をゆっくりと挿し入れた。
「………っ」
初めて味わう痛みに目に生理的な涙が滲む。 身体を強張らせる彼にピサロは力を抜け、と静かに呟いた。
深く息をつき、力を抜く。挿入された指が中を広げるように行き来し、蕾をゆっくりと開いていく。
気持ちいい、などとは到底思えなかった。 身体の奥で広がる鈍い痛みが今まで感じていた快楽をかき消していく。
「息を吐け。少しずつだ」
表情を歪める彼に囁かれる言葉。 その声に、思わず逃げ出したくなる気持ちを堪えてクリフトは目の前の彼に微笑みかけてみせた。
「…大丈夫です。大丈夫…ですから」
不慣れな行為に浮かんだ涙が、うっすらと開かれた瞳を濡らしていく。 ピサロはその目尻から頬に伝った涙を、掌で拭った。
掌を通じて頬の温もりと、同時に涙の冷たさが伝わってくるような気がした。
そう―――あのときと、同じように。


護れなかった。
自分は、護れなかった。……誰よりも大切な人を。


最後にその身体を抱きしめて、涙を拭ってやることしかできなかった。
それでも、彼女は笑っていた。
涙に頬を濡らしながら、微笑んでいた。

何故、私のせいだと、そう言わなかった。
いっそのことそう言ってくれたほうが楽だった。
自分を責めて、怒りをぶつけて。…そうしてくれたなら。
こんな無力な自分を、最後までその瞳に映し続けてくれなかったなら。
そうだったなら…こんなに自分を呪うことなどなかったのかもしれない。
こんな痛みを感じることなんて、なかったのかもしれない。

どうしようもなかった。
自分への怒りをどこへぶつけたらいいのかわからなかった。
何かを傷つけたかった。それでも何かに触れていたかった。
・・・そんなことはできないということを知りながら。


自分が憎かった。壊したかった。消えてしまいたかった。
それでも自分にできるのは、その過去を背負い続けることだけだった。
あの時に戻ることができたのなら。 もう、何度そう思ったのか、それ自体も忘れてしまった。
時は、そんな叫びなど、願いなど、祈りなど、聞き届けてはくれない。
そんな優しさを与えてはくれないと、わかっていたはずなのに―――



雫を湛えた瞳は美しく、月の光に照らし出されて輝いて。
けれど同時に、それは闇夜に呑み込まれてしまいそうに儚くて。
そして闇に散る銀糸がそれを一層際立たせていた。
魔王という肩書きなど、もはや何も関係ない。
そこにいるのは、愛する者を失った、ひとりの男にすぎなかった。


「…あっ……」
不意に秘部を掻き回していた指が引き抜かれる。 同時に膝を抱え上げられ両脚を大きく開かれた。
濡れた先端が入り口にあてがわれ、その感触に僅かに身震いが起こる。 微かに残る不安にも似た感情。
指で解され濡れた蕾に熱いものが触れ、クリフトは湧き上がる感情を抑えるかのように静かに息を吐いた。
「……怖くはないのか」
ゆっくりとピサロの口が開かれる。 予想外の言葉にクリフトは自分を見下ろす魔王の瞳を見つめた。
怖くないと言えばそれは嘘になる。 でも、もう逃げられない。まして、逃げるつもりもない。
これから起こることを全て、受け入れようとそう決めた。
「言ったでしょう。私は……あなたにそんな顔をしてほしくないんです。  
あなたがこうすることで少しでも楽になれるのなら、それでいい。  
誰かのぬくもりが欲しいなら、誰かを傷つけることであなたの傷が癒えるなら。 
…私が、それを引き受けます」
確実に鼓動は速さを増していた。 それが恐怖のためか、それとも彼の痛みをほんの少しでも癒せるかもしれないという、微かな期待のためかはわからないけれど。
「だから。…ピサロさん」
そう言って微笑むと、覚悟を決めたように目を閉じる。 そしてピサロは、言葉を発することもなく、そのまま、自身を挿入させた。

「―――あっ……ああ…!」
身体を貫かれる痛みに耐え切れず、悲鳴のような声が音の消えた森の中に響いた。
指で慣らされたとはいえ、彼はこの行為に慣れてはいない。痛みは激痛とさえいえた。
「…くっ、……う……」
噛み殺そうとする声と共に、侵入するピサロの楔を絶えず締め付ける。
「…息を吐いて、力を抜け」
ギリ、と音をたて土を掻くクリフトの指先に手を重ね、ピサロは囁いた。 頷く余裕もないままに、ただその言葉どおりに息を吐く。
その間にも奥へと侵入していく楔はクリフトに変わらず痛みをもたらした。 苦しげに喘ぐ彼の頬を幾筋も涙が伝う。湿った音と共に呑み込まれていく自身を感じながら、ピサロは固く目を閉じる彼の藍の色をした髪を指に絡め、荒く息を継ぐその唇を自らのそれで塞いだ。
―――まるで、その悲痛な声を消してしまおうとでもいうように。
「……んっ…ぅ……ふ…、…んんっ……」
舌を絡め、吸い上げ、深くその唇を貪る。その口付けの中に、クリフトの唇から零れる声は全て吸い込まれていく。そして、そのままピサロはゆっくりと動き始めた。
「…んッ…く………あっ…はぁっ…」
中で熱い塊が行き来する感触に身体が反り返る。 それは身体を繋いでいるという、確かな証拠。
慣れない痛みに白んでいく意識の中で、彼は自分を抱くその身体に、自らもまた腕を絡めた。
彼のぬくもりを確かめるために。自分はここにいる、と彼に伝えるために。
何度も唇を重ね、深く口付けあった。
冷たく吹く風など気にもならないほどに深く、深くその身体を繋ぎ合わせたままで。

闇夜に輝くのは月明かりと星影。
そして、零れ落ちる、涙。
ただそれだけだった。
それだけで、よかった。



「……ピサロ、さん……」
長い口付けの後、解放された唇が紡ぎだしたのは、ただその一言。 掠れた声で、せわしく肩で息をしながら。
涙で濡れた瞳が開かれたとき、彼の口からはもう苦痛に耐えようとするような声は漏れなかった。
そのかわりに、濡れた瞳で真っ直ぐに目の前の顔を見上げると、彼の身体に回した腕に力をこめ、抱きしめた。
「―――わかっているんでしょう…?本当は、もう…戻れないと…いうことくらい…。 
どれだけ想っても、どれだけ自分を責めたって……  
…もう二度と、戻ることなんて、できないんです……」
そう言うと彼は自ら、自分の身体の更に奥へとその楔を深く突き刺した。
短い悲鳴のような声の後、身体を繋ぎ合わせた箇所から赤い雫がぽたり、と零れ落ちる。思いがけない彼の行動にピサロは目を見張った。
「…お前、何を」
「……いいんです。悲しくて、どうしようも、なくて……  
自分で自分が…見えなくなるときだって、あります……  
…どうしようもなくて…何かに触れていたくて、何かを傷つけたくなって……  
だったら…それなら傷つけてしまえば、いい」
言い終わるとぐっと歯を食い縛り、なおも自らの腕に力をこめる。
無理に突き刺し傷ついたその部分からは、つうっと赤い線を描くように雫が伝った。
「――もういい。…もういい、やめろ!」
「身体の傷なんて、すぐに消えてしまいます。  
だから…構いません。……でも……  
…でも、あなたに受け入れてほしいんです。ロザリーさんの…死を……  
あなたは…誰よりもロザリーさんのことを…わかってる、はずじゃないですか…」
途切れそうな意識を繋ぎながら言葉を紡ぐ彼を、ピサロはその腕に強く、抱きしめた。荒い息が肌を通して伝わる。
「ロザリーさんは、本当に…あなたのことを、愛していた…  
……ほんの少ししか会ったことのない私にもそれは…わかりました……  
だから、あなたにも、わかっているんでしょう…?
彼女が…あなたのそんな苦しむ姿を見て……どう思うかなんてこと…くらい……」
返事は、ない。
いや、言葉なんていらなかった。
「――もう、これ以上…自分を、責めないでください……
すぐになんて、言わない。少しずつで…いいから……  
私は、あなたのそんな顔、見たく…ありません。  
だから…ロザリーさんはもっと……もっとそう、思うはずです。  
悲しませないであげて…下さい。もうこれ以上、彼女の…ことを…――」

いつの間にか風は、止んでいた。 聞こえてくるのはただ、ふたつの息遣いだけで。その身体を抱きしめる音でさえもが、響き渡る気がした。
そして音にならない心の声でさえ、聞こえるような気が、した。


「――――…っ!!」
クリフトの身体を抱きしめていた腕に、不意に力がこもる。 そしてピサロは、今度は自分からその身体を強く抱き寄せ、その中に深く、自身を突き進めた。
声にならない声が、一瞬。 その瞬間、堪えていたものが弾けたかのように――その中に熱いものが溢れ出した。



―――傷は、消えてしまうことなんて、ない。
でもその痛みを少しだけ、癒すことはできるんです。
目の前にあることから逃げないで、受け入れて……そうすれば、きっと……
―――少しずつで、いいんです。
そうすれば、いつか…きっと―――



「―――ト……クリフト!……クリフト!!」
飛び込んできたのは、大きな声と、眩しすぎるほどの光。
重い瞼を持ち上げると、真っ先に見慣れた緑色が視界に広がった。
「――……あ。……ユーリル…さん……」
「あ、やっと起きた。おはよう、クリフト!  
珍しいね、クリフトが寝坊するなんて。もうすぐ昼だよ。  昨日僕が寝るときはまだ本読んでたけど、そんなに夜更かししてたの? 
しかもその格好のまま寝たわけ?」
「え……?…あ……」
身体を触ると服の感触がある。宿を出たときの、いつもの服の感触が。
「………夢……?」
夢、だったのだろうか。
あの森での出来事も、彼の涙も。自分がしたことも、全部…――
「―――…つッ!!」
ぼんやりと考えながら身体を起こそうとした瞬間、走る痛みに思わず顔を歪める。
それは間違いなく昨日の、あの痛みの名残りだった。
「……夢…じゃ、なかった………いたた……」
まだ痛みの残るその場所に手を当て動かなくなった彼を、ユーリルは心配そうに覗き込んだ。
「何、どうしたの?……そこ、痛いの?
まさか、クリフト……もしかして……」
「…も、もしかして…?」
ごくり、と思わず唾を飲み込む。まさかこの少年は気づいたのではないかと、そう思いながら。

「………痔?」
「…じ……は……はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げると、真面目だった目の前の顔がふっと笑顔に変わった。
「なーんてね、冗談だよ、冗談!  
ほら、早く準備準備!僕は先にみんなのとこ行ってるよ。じゃ、また後でね」
悪戯めいた顔で笑いながらそう言い残して部屋を出て行く少年を見て、彼は思った。
―――いつの間にかこの少年はこんなにも笑えるようになっていたんだ、と。


「……あれ…?…ピサロさん」
部屋を出るとそこに彼はいた。いつもと変わらぬその表情で。
「おはようございます、ピサロさん。  
あの…昨日はすみませんでした。私、途中で気を失ってしまったみたいで……  
ここまで運んでくださったの、あなたですよね。お手数おかけしました」
少しだけ高い位置にあるその顔を見上げるようにしながら言うと、彼は表情を崩すことのないままゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
それはいつもとはほんの少し違う言葉だった。
「―――身体は、平気なのか」
「え?…あ、はい。大丈夫です。……ありがとうございます、ピサロさん」
いつもと少し違うその言葉に、少しだけ驚いたような表情を浮かべ、クリフトは答えた。
そしてその彼に背を向け、ピサロはその場を離れようとして、そして立ち止まった。
「……昨日は…どうか、していた」
呟くような声で一言。そしてその銀の髪が波打つ。
「―――私は……逃げていただけなのかも…しれぬな…――」

顔は見えなかったから表情はわからなかったけれど。
…けれど少なくともそれはもう、自分を嘲う声ではなかった。


「……今日はいい天気ですね、ピサロさん。ほら、風も全然なくて」
背を向けていた彼の傍に歩み寄り、そっと声をかける。
「こんな日は皆さん、とても張り切るんですよ。  
…ピサロさん、今日は私の分まで頑張ってくださいね。…やっぱり身体、痛いですから。 
あ、そうそう。さっきユーリルさんには痔なんじゃないかって言われました。もしかしたら、昨日の…あのときのせいで」
「…なっ……」
驚いたような、そして申し訳なさそうな複雑な表情になる彼を見ると、さっきの少年の表情を真似て、笑った。
「……なんて。冗談ですよ、冗談。  
さあ、今日も頑張りましょう。皆さんきっと待ってます。…行きましょう、ピサロさん」

言葉は、返ってこなかった。
けれど、そこには。初めて見る彼の微笑んだ顔が、あった。



―――消えることのない傷なら、背負い続ければ、いい。
目をそらさずに、真っ直ぐに前を見ていれば それでもいつかきっと、笑える日はやって来るから。
―――少しずつで、いいんです。
辛くなったら、そのときはあなたの傍にいるから。
だから、一歩ずつ、真っ直ぐに前を見据えながら―――


風はなく、光は溢れ。
今日もまた、生き続ける。
心の中に、消えない傷を抱えたまま―――


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ピサクリという激烈マイナーイバラカプ。ゲームと設定も違い、何気にSS処女作。
なのにエロ有という大バクチ…いろいろと思い出深い作品です(笑)
孤高の魔王×博愛神官、イバラだけど推奨カプだったりします。

2002年冬頃?執筆