「え?ユーリルならだいぶ前にどこかに出かけてったみたいだけど?」

夕暮れ時も近い頃、私はふとユーリルさんがいないことに気がついた。
街の中はもうとっくに探し尽くしてしまった。
ここはブランカの城下町。周りには鬱蒼とした森が茂っているだけだ。
宿にも街の中にもいないのなら、一体どこへ―――
「すみません姫様。少し外を探してきます」
主君・アリーナ様にそう告げると、私は宿を後にした。

森の中といえどこのあたりの魔物ならば大したことはない。
そう思ったことを後でどれほど後悔することになるのか、この時は知る由もなかった。
In The Deep Forest



ユーリルさんが、一人きりでいなくなることは珍しい。
いつもなら、必ず私にも何か一言声をかけて下さるのに。
このあたりで彼が行きそうな場所はと、記憶の中で辿る。
そして城下町から出た瞬間、私はあることを思い出した。
「そうか、今日は―――」


「もうすぐ僕が旅に出てさ、一年になるんだ。」
一週間ほど前、確かに彼はそう言っていた。
「もう一年だよ、一年。  
早いよな、時が経つのって。もうすぐクリフトたちに会ってから半年だもんな。 
どう?僕もだいぶオトナになったって感じする?」
そう言って悪戯っぽく笑う。彼がよくする表情。
伝説の勇者。そう言うにはまだまだ幼さが抜けきらない。
見ていて危なっかしいことも多いし、その上気分屋なところもある。
ある時はとんでもないことを言い出したり、ある時は妙に不貞腐れたり。
でも仲間の皆に支えられて、長い間旅を続けて、魔物達と戦って ふと思うことがある。
ああ、やっぱりこの人は勇者なんだな、と。
彼は皆の前では決して弱みを見せようとしない。どんなことがあっても、何が起こっても。
きっと彼がいたから、私達はここまで来れた。
ユーリルさんはどんな時でも、誰よりも前向きだったから。
―――心には、誰よりも深い傷を負っているのに。

彼が…ユーリルさんが旅に出てちょうど今日で一年。
彼が旅に出たその日、彼の村は、両親は、そして愛する人は―――


彼は私に絶対に真似できないところをたくさん持っている。
だからすごく尊敬できるし、憧れる。
だけど、たまにふと見せることがある悲しそうな顔。
皆と一緒の時には決して見せない、弱い一面。
それを自分に見せてくれることが何よりも嬉しかった。
そして思う。何があっても側にいよう、と。
ある時は一番の友達で、ある時は弟みたいで。
そして何よりも彼は、私達にとって大切な勇者様なんだから。




ブランカから北の大きな森。心当たりはこの森の先にあった。
今日はユーリルさんの大切な人たちの命日。だからきっと彼は、自分の村のあったところに行っているはずだ。
あの村に行くにはこの森を抜けるしかない。
それにしても、せめてもの救いは魔物にあまり出会わないことだ。
仮に出会ったとして、武器なしでも苦戦するようなことはまずない。
できることなら、意味のない殺生はしたくない。
……それは綺麗ごとなのかもしれないけれど。

森の中はかなり薄暗くなっていた。きっともう日も暮れかけているんだろう。
早くユ―リルさんを探さないと、これでは道に迷いかねない。
そう思った、ほんの矢先だった。
「…迷った…?」
気がつけばその先に道はなかった。
…どこをどうやってここに来たんだろうか。
さっきまでは確かに一本道だったはずだ。…薄暗くなったから道を見落としてたんだろうか。
一旦戻った方がいいかもしれない。そう思い、元の道を引き返そうとした時。

「…こんな時間にこんな所で、何やってんだ、あんた」
背後で人の声がした。驚いて振り返ると、道の脇の木の陰に一人の若い男性が立っている。
こんな時間に、こんな所で。それは相手にも言えることではないのかと思ったが、ふと思いついて、私は尋ねた。
「…あ、あの。人を探しているんです。ここで誰か見かけませんでしたか?緑の髪の少年なんですが…」
「緑の髪の男?…いや、俺は見てないね」
見ていない、ということはやはりユーリルさんは別の道を行ったということだ。
とすると、道を逸れてしまったことは間違いないのだろう。
見回してみれば確かに、人の通る気配もない。夜になれば視界の悪さも相当のものになるに違いない。
「…あんた、旅人か?…道を一本逸れたんだな。
 たまに…そう、あんたみたいにふらっとな、迷い込んでくる奴がいるんだ」
男性はそう言って笑った。その時、ふと違和感を覚えた。
たまに迷い込んでくる旅人がいる?…何故、そんなことを知っているのだろう。
何か目的があって、ここにこうしているのか。
頭の中に浮かんだ疑問符が、何故か胸をざわめかす。
男性は丁度私の正面に立ち、じろじろと私を見ていた。まるで値踏みでもするように。
「あんた、その格好…ひょっとして神官か?…随分若いな」
「…はぁ。…まだ修行中の身ですので…」
「…へぇ。…暗くてわかりにくかったが、よく見ると顔立ちも整ってるな。…いい顔だ」
妙に静かに言う男の声に、何故かぞくりと寒気が走った。
「…あの、ありがとうございました。…人を探しているので、これで…」
言葉を遮るようにして立ち去ろうとすると、その男性は私の腕を掴んだ。
「あの、まだ何か…?」
…何をニヤニヤしているんだろう、この男は。
「随分鈍い兄ちゃんだな。
こんな時間にこんな森の奥に人がいる。おかしいと思わなかったわけ?」
「え…?うわ…ッ!」
そこまで言った瞬間、男は私の身体を後ろにあった大木に押しつけた。
「痛…っ!な、何するんですかっ!?」
私の両手を押さえつけたまま、またしても男はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あんたみたいなのが、自ら迷い込んできてくれるとはな。
ここにいるとな、たまに来るんだよ。道に迷った旅人が。たまに、そういう奴らの身ぐるみをはがしてやるんだ」
男はそう言って笑った。そして、すぐに笑いを潜めた。
「でもあんたなら…そうだな。……身包みはがすよりも、こっちの方がよさそうだ」
どういうことか、と。
問いただすより先に、顎を捉えて上を向かされた。


「――っ!…んん…ッ――!」
突然、唇を塞がれた。驚いている間にもその隙をついて舌が侵入してくる。
頭の中が真っ白になった。…一体、何が起こっているのか。
「…や、めっ……んっ……」
舌に舌を絡め取られ身を捩ろうとしても、それは執拗に口内を犯していく。
息が、できない。…苦しい…!

「――っつ!」
息苦しさに思わず舌を噛んでしまい、唇が離れた。
――逃げなければ。今のうちに。
「…っ、は…ッ、ゴホ、…っ」
咽そうになるのを抑えて、辺りを見回す。逃げられそうな道は、どこか。
そう思った次の瞬間、乱暴に胸倉を掴まれた。
そして、一瞬後。大きな鈍い音が辺りに響き渡った。

「……ッ…」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
けれど、すぐに左頬に鈍い痛みを感じ、自分が何をされたのか悟った。 触れると、熱を持っている。
口の中にじわりと血の味が広がる。
生温かい液体が一筋、唇の端から流れ落ちるのを感じた。
「大人しそうな顔して結構やってくれるじゃねぇか。なぁ、神官さま」
「…あ…」
「…逃がさねぇ。最も、こう暗くなっちゃ余所者には逃げ道すらわからねぇよ」
「…!」
――怖い。
本能的にその場から逃げようと走り出そうとしたが、すぐに腕を掴まれた。
振り返ることもせずただ逃げ出したい一心で、強張った喉からはほとんど無意識に掠れた声が上がる。
「放して…くださいっ…!やめ……!」
腕を振り解こうともがいたが、再び思いっきり身体を木に叩きつけられた。
一瞬呼吸ができなくなり、軽く視界が揺れたと思った瞬間また頬を殴られる。
気がつけば身体は恐怖に震えていた。
「……な…何で……こんなこと……」
「…怖いか?なら大人しくしてろ。
あんたが言う事聞けばこっちも手荒なマネしなくて済むんだよ」
男は私の顎をつまみ上を向かせると、流れた血を舐めとった。
「別に命取ろうってわけじゃねぇんだ。じっとしてな。大人しくしてりゃすぐ終わるから」
そう言って上着のボタンに手をかけそれを外すと、その下の服を左右に引き裂いた。
「―――!!」
「…怖がらなくていい。
いい目見せてやるよ。金目の物も盗りゃしねぇ。…大人しくしてな」
―――嫌だ。
逃げなければ、このまま、ここで…?
頭の中で警鐘が鳴る。けれども、あまりの恐怖に身体が動かない。
こんな時に限って身を守るための武器も何ひとつない。
どうして宿を出るときに気づかなかったんだろう。
時として一番恐ろしいのは魔物じゃない、人間だということに―――




「…い…ッ」
震える身体を地面に倒されもがくと、乱暴に腕を引っ張り上げられて頭上で縛り上げられた。
抵抗すれば、戒めは手首や腕に食い込んで痛みをもたらす。
必然的に強い抵抗が不可能になった身体に、男の手が伸びた。
裂かれた服を左右に開かれ、金属音を立てながらベルトを外される。
その間もずっと、男の目は私の表情を楽しむように見下ろしていた。
…何を、されるんだろう。
からからの喉に、冷たい空気が流れ込む。ろくに声も出すことができずに、ただされるがままになるしかなかった。
全身を舐めるように見渡した後、ふと男の唇の端が歪んだ。そう思った刹那。
「――んぅっ…!」
下半身から突き抜けるような刺激が走る。見れば、男の手に服の上から股間を掴まれていた。
声が上がったのに気を良くした男は、やわやわとそこを刺激する。腰を引こうとしても、執拗に追いかけて揉みしだいた。
「…ぅう、…んんっ…、やめ…ッ」
「……感度いいな。ほら、もっと声上げてみな」
「…はッ…!…く」
無防備になった胸を掌が滑る。時折指先で先端を摘まれ揉みしだかれ、夜の空気の冷たさも手伝って弄られたそこは少しずつ硬くなっていく。
首筋を吸われ、わき腹を撫で回され、身を捩っても自由を奪われたままの腕が痛むだけで、抵抗にもならない。
精一杯力を込めても、押さえ付けられて難なく動きを封じられてしまった。
「…やめろ……放せ…っ…」
「いいから大人しくしてろ」
「……っ!」
抵抗するより先に、一息に下半身に身に着けていたものを全て下ろされる。
羞恥で顔がかっと熱くなり、咄嗟に足を閉じようとするが許されなかった。
股間に手を伸ばされ、直に自身に触れられる。そしてすっと撫でたかと思うと、男は慣れた手つきでそれを扱き始めた。
じわじわと下から滲み出るような快楽に抗うこともできず、せめて口から零れる声を抑えようと唇を噛む。
それさえも男の興奮を煽るだけでしかなかったが、そんなことを考える余裕なんてもう残ってはなく。
前を扱きながら、太腿の内側を、全身を撫で回していく。
否応なしに性感帯を刺激され、自身が熱を帯び始めているのが嫌でもわかった。
「声上げろ」
「…………」
「そうか。…なら、上げさせてやる」
「…ひ、っ!?」
生温い感触に身体が竦んだ。大きく開かれた両脚の間に顔を埋められ、音を立てながら舌で自身を愛撫されている。
信じられない光景に 、思わず掠れ声で叫んだ。
「…やめ…!そんな…ところっ…」
声を無視して、舌が滑る。裏筋を舐め上げられ、先端の窪みを舌で抉られ、唇で咥えられ、ビクビクと身体が硬直した。
意思に反して、息が上がる。身体に熱が充満する。
熱くなった身体に吹いてきた風の冷たさが沁みた。背中に感じる湿った土の感触も。
「…やめろ、…ぃ、やだ…!」
「嫌?…嘘つけよ。濡らしてるじゃねぇか、ほら」
言葉を証明してみせるように、指先で先端をぬるりと撫でられた。
「―…ッ!」
――嘘だ。
どうして。気持ちよくなんてない。
吐き気がする位の嫌悪感と、何も考えられなくなる位の恐怖。今あるのは、それだけなのに。
「…何も知らないふりして、なかなかの淫乱じゃねぇか。
神に仕える者ともあろうお方が、無理矢理犯られて感じるなんざ。なぁ?」
投げつけられた言葉に、頭の奥を殴られるような錯覚に襲われる。
違う、そうじゃない。そう言い聞かせても、言葉は消えることなく何度も何度も響いては胸の奥を抉った。
「…っ、…違う…!……あぁ、はぁっ…!」
自由が利かない両腕の代わりに思いきり身体を捩る。
脚をばたつかせ、首を振り、出来うる限り全身で拒絶した。
すると、ふと愛撫が止んだ。
「…大人しくしてろって言ってんだろ!」
声と共に頬に重い痛みが走る。 何度も頬に圧し掛かる衝撃にぐらりと意識が揺れ、それを引き戻すように男の声が耳元に響いた。
「…これ以上痛いのは嫌だろ?
じっとしてれば痛ぇことはしねぇよ。暴れないで大人しくしてろ」
「……っ…、う…っ…」
痛みに萎えてしまったものを再び掴み、ゆっくりと扱き出す。
心の中には恐怖しかないのに、それでも手馴れた愛撫にまた声が漏れる。
溢れた涙でぼやけた視界に、夜の森の風景が広がった。
…暗く冷たい、夜の森が。


「やっと大人しくなったな。…そうだ。すぐ良くしてやるからじっとしてろよ」
耳元を掠める声。欲望に濡れた声。
その声にただ従っているだけの自分への嫌悪感と、先の見えない恐怖に、まだ痛みの残る頬に涙が細い線を描く。

…怖い。
早く、この苦痛から解放されたい。
力のない自分には、振り切って逃げることは最早不可能だろう。
どんなに暴れても、殴られて押さえつけられるだけだ。
それなら、方法は一つしかない。
…確実に、一瞬で、息の根を止めてしまえる…あの呪文。

…逃げられる。
今ここで殺せば。…殺してしまえば。

「……生と死を司りし、我らが神よ。……この者を…冥界へと誘いたまえ」

辺りの空気が変わった。澱み、歪み、渦を巻く。
これでいい。
たった一言でいいんだ。それだけでいい。そうすればすぐにでも逃げられる。
だから、早く。
…弱い自分には、殺して逃げるしか方法はないのだから。

殺すしか。
……殺す。…殺す?

…人を、殺める…?

言葉を紡ぐ唇が震える。
途切れ途切れの言葉を、それでも必死に並べ続けた。

「……願わくばこの者に、永久なる、眠り…を……ッ」

声は途中で嗚咽に変わった。
…唱えられない。たった、…たった、一言なのに。

できない。……人を殺めるなんて、そんなこと、…私には。

集まったその力をかき消し、深く息をつく。嗚咽を堪え、意識を集中させた。
そしてもう一度。掌に全ての力を集めて、そして。
「マホトーン」
他の誰でもない、自分自身へ向けた呪文。
このままだと、いつあの呪文を口にしてしまうかわからない。いつ間違って命を奪ってしまうかわからない。
…それならいっそ、先の見えない恐怖に心を呑まれてしまうその前に。

「…っ、く、…うぅ…ッ」
耐えることしかできない自分の弱さが悔しくて、涙が溢れる。
殺して逃げることもできない。
振り切って逃げることもできない。…何も、できない。
力があれば、力さえあれば。そうすれば振り切って逃げられたのに。
もっと強かったなら、そうだったなら…どんな手を使っても、逃げることができるのに。

…どうして。
どうしてこんなに弱いんだろう。
……どうしてこんなにも、私は。


next