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[将譲]ソフトクリーム

「おっと、手が滑った」
「なっっっ」
 何をするんだ!!
 大声で怒るには、周りに子供が多すぎる。
「譲くん、大丈夫?‥‥拭くもの、拭くものっ」
「いえ、そこの水道で顔を洗ってきますから、いいですよ」
「うん? 使ってくれるでしょ?」
 先輩の差し出したものがハンカチじゃなくてスポーツタオルだと確認して、少し柔らかい気分になる。
「クッ。しかしイイ顔だな。女だったらAVに出られそうだぜ?」
 腹立たしく見上げた笑顔に、恥ずかしげもなく浮かんだ欲望の色。
 このクソ暑い最中に何を考えてるんだ、万年発情期め。
「そーいや、あっちでリズ先生が呼んでたぞ?」
「あ、いっけない!! 譲くん、タオル明日返してくれればいーからねーっ」
 慌ただしい後ろ姿を見つめていたら、いつの間にか距離を詰めた唇が、耳元で囁いた。
「‥‥嫉妬させて、楽しんでるのか?」
 馬鹿言うな、と見上げた顔が妙に真剣で、噴き出しそうになる。
 まったく。‥‥勝てそうな気がしない。

「ほら、早くアイス食べちゃってよ。‥‥責任持って着替えさせてくれるんだろ?」
 ふう、と大きな溜息。
「それでも誘ってないとか言うんだろ?」
「あたりまえだろ」
 ツンとすまして歩き出すと、大人しく後ろを付いてくる。
 こんな時はちょっとだけ気分が良い。
 ナチュラルに王様で俺様な奴‥‥だけどなんだか俺を求める時だけ気味悪いくらい素直で、初めの頃はそれが気持ち悪くてたまらなかったのに。
「譲‥‥」
 玄関の扉が閉まった途端、後ろから強く抱きしめられる。
 バカだな、俺は男だぞ。
 呆れかえって吐いた溜息を笑いながら、髪に何度もキスをして、首の付け根に擦り寄ってくる。
 本当にバカだ、しかも血の繋がった弟だってのに。
 こんな時、ふと考える。

 兄さん‥‥‥本当は、京で何があった?

 俺達とはぐれた空白の3年間が兄さんを変えた。
 あの時空で再会した時から感じていた違和感。それはイキナリ老け込んだせいだと思ってたけど、違う。今なら判る。あの時感じた違和感は。
「‥‥‥ぅん‥っ」
「また、何考えてんだ。‥‥‥アイツのことか?」
「違‥‥、‥んぁあっ」
 このバカは、こともあろうか先輩に嫉妬してたんだ。
「お前が誰を想おうが何を考えようが、そんなのは俺の口出しできることじゃねーけどな‥‥せめてコンナコトしてる時くらい、俺を感じてろよ」
「うああああああぁっっ」
 余裕な仮面。
「熱‥‥っ」
 一皮剥いたら、嫉妬深くて、心が狭くて。
「あ、あ‥‥あ、兄さ‥‥」
 俺の顔をチラリとも見なかったのは、心配してなかったからだと思ってたのに。
「‥‥‥悪ぃ、キツかったか」
 俺がその腕に落ちた後も、こんなに、こんなことすら、焦って‥‥上手く運べないほど焦って。
 バカみたい。
 カッコ悪い。
「いいよ‥‥早く、動け‥よ‥‥っ」
「サンキュ」

 今 の 兄 さ ん は、ま る で 俺 の 下 僕 み た い だ。

「ア、其処‥‥んっ、イイ‥ッ」
「譲‥‥譲‥‥!!」
 ちょっとでも反応した所をバカの一つ覚えみたいに打ち抜いて、俺の反応を待ってる。
「アー‥‥」
 声でも出してやろうかとか。わざとらしく反応してやろうかとか。
 バカみたいなこと、考えるくらいには‥‥絆される。


 力が抜けた身体を大事そうに抱える腕を好きにさせて。
 見知った階段も廊下も、まるで他人事に眺めながら通り過ぎる。
「置いてくな‥‥よ」
「バカ。ここにいたら俺がサカるぞ?」
「‥‥‥いいんだ、よ‥」
 なんだか現実味のない二人。
 それは兄弟として積み上げた時間より、あそこで壊れた分がデカかったからだと決めつけて、背中に爪を立てる。
「ハ‥‥‥ッ‥‥」

「‥‥暑さのせいってことにしとくか」