待ち合わせに遅れたことなどなかった。
こんな日に限って、電話は通じず。
なんとか外へと飛び出した私の目に飛び込んできたのは、真っ白の雪景色。
イノリ‥‥!!
どうか先に帰っていてくれと願う心と、それでも私を待っていてくれたならという期待と‥‥そうだ、ここ十日も顔を見ていない。
お前に会いたくて気が触れそうな私は、身が空く確約もないというのに、こんな約束をして。挙げ句、お前を裏切って。
どうか‥‥罵る一言でいい。
お前の声を、聞かせてくれないか。
目が合った途端、怒りに燃えるようにぶつかって消えていったイノリが‥‥愛しくて、恋しくて。フラフラとその家に辿り着いた。
合わせる顔など無い。
謝る術もない。
ただ、その気配を感じられる場所に立ちたかった。‥‥それだけだ。
「頼久‥‥‥オマエ、なにやってんだよ、こんなとこで!!」
「‥‥‥すまなかった、イノリ‥‥」
温かい声が心を溶かしていく。
「なんでオマエが謝んだよっ。こんなに冷えて‥‥バカ‥‥」
泣き出しそうな肩を、抱き寄せて良いのかと悩みながら。
手を引かれるままに風呂場へと招かれ。
「オレはもう入ったから。その冷たい手足が溶けたら出てこい。その後で話そう?」
困ったように微笑む。
「イノリ‥‥?」
「言うこときいたら、なんでも許すから」
優しさが指の先まで沁み渡り、凍えた心を溶かしていく。
堪えきれずその身を掻き抱いた私を笑うように、口付けが下りて。
「んんんっっ」
乱雑に服が剥ぎ取られる。
そんな、何をっ‥‥‥‥イノリ!?
押されるままに後ずさると、踵が湯船に当たって、ようやく意図を知った。
心配性の、恋人。
「とにかく温まれ。そんな冷たい身体を抱いてたら、オレが寒いだろ」
普段は望んでもなかなか手を出さぬくせにと、笑いを噛み殺す。
「待っていてくれるか」
照れるのかと決めつけていた私を、悪戯な瞳が捕らえる
「ん。‥‥和室にいるから」
まさか。
赤くなった私に気付かず遠ざかる足音を聞く。
どうやら、そういう心づもりらしい。
それは喜ぶべきことだが‥‥さて、どうしたものか。
いつものように服をかっちり着付けて出ては、その気がないものと思うだろうか。‥‥かといって、何も着けずに出ていくのは‥‥あまりにも、はしたない。
私を待つというイノリに、どう応えるべきなのか。
イノリがその気であることが嬉しいように、私が求めればアレは喜ぶだろう。
しかし‥‥どんな顔で‥‥。
長く考えているうちに、頭がやられていた。
立ち上がることが困難なほど。
「わあぁ〜っ」
様子を伺いに来たイノリが、泣きそうな顔で飛び込んでくる。
「イ‥‥ノリ‥‥、‥‥その‥‥‥‥」
何を伝えればいいのかとウロウロ言葉を探す私に、何かを誤解したようで。
「いいからっ、無理に抱いたりしないからぁっ」
もしや‥‥‥これまで、お前が惑っていたのは、私を気遣ってのことだったのか?
ふっ。
困ったものだ。お前は、私を幾つだと思っているのか。
「これで許してやるよ」
額に落ちた唇を、愛しく思いながら‥‥。
足りない。
「‥‥イノリ」
「うん?」
ザ‥‥ッと湯を払うように立ち上がって、その目に私を晒す。
「和室に行くか。それとも‥‥ここで、構わないか」
あからさまな誘いに頬を染めるくせに、目尻が欲情に染まる。
「頼久、誘ってる?」
「ああ」
「そっか」
パーッと明るくなった顔が、それは幸せそうに微笑んだ。
「嬉しい。なんか俺、お前のこと、今までよりもっと好きになったぜ!」