・みんな九弁なのを知っている
・みんなのキャラ崩壊と扱いがひどいので注意です主にヒノエ
・2章の設定で書いてしまったので将臣くんと敦盛さん入れられませんでした残念です特に敦盛さん
ひらり、と、風を踏みつけているかのような動きで彼は飛んだ。
軽くはないはずの黒衣が翻って明るい色の髪が覗く。
女人ならば見惚れてしまうだろう綺麗な笑顔で、右手が鋭く弧を描く。左から右へ水平に、びゅんと空を斬る涼やかな音と共に、どすんと場違いな音がして、ぎぎゃああああああと耳をふさぎたくなるようなおぞましい絶叫があがった。
彼はなおも止まらなかった。右手を再び逆に薙ぐ。手にした薙刀が容赦なく怨霊を三体も同時に再び斬り裂いた。
彼は武の心得がある。荒法師で、源氏の大将である九郎の右腕で、だからといって、薙刀をこんな風に振り回せるほどではなかったはずだ。
八葉と神子は茫然と彼の背を見つめていた。そんな中ですとんと地面に降り立った彼は、外套をぱさりと払い整えながら振り返ると、やはり美しいとか柔らかだとか形容するしかない笑顔で微笑んで、麗らかに言った。
「さあ望美さん、封印してしまってください」
「はっ、はい!」
彼が、弁慶が馬鹿力を発揮、もとい、いつもよりも5倍増しに張り切って怨霊退治をしている理由は、ここにいる誰も知らない。
けれど原因は知っていた。
(九郎(さん)、一体なにをしたんだ)
皆一様に、心の中でここにはいない仲間に毒づいた。
春。京の街は麗らかで、怨霊は蔓延っていて五行が乱れていても空は青くて花は綺麗で暖かで、春日和だった。
桜も見ごろで望美はせっせと花断ちの練習を……しているのかと思いつつ、最近はそれよりもむしろ怨霊退治にせいを出していて、八葉も譲を筆頭に彼女を守るべく日々共に戦っていた。
この日もそんな、ごくありふれた普通の日になるはずで、朝は実際爽やかで、おはよう今日もいい天気だねーうんいい天気だね私も嬉しい天気の話とかじじくせえオレは姫君の寝顔でも覗きに行こうかなふざけるななんてありふれた会話を交わして、譲と朔が作ってくれた今日も美味しそうな朝餉を前に、九郎と弁慶まだかなーなんて待っていた、そんなごくごく至ってありふれた日だったのだ。
なのに。いつもの時間に弁慶がおはようございますと顔を出すなり、空気がぴしゃりと凍った。特に景時とヒノエは察した。
おはようございます弁慶さーんと、健気で可憐だから気付けなかったのかあるいはわざとなのか望美が明るく挨拶して、ところで九郎さんどこですか?迷子ですか?と、聞いた瞬間にそれは明白になった。弁慶、気が乱れてる、と無邪気で可愛い白龍が指摘する程に歪んだ。何かが。
そして当の本人はにっこりと量産でもされそうな美しき笑顔で微笑んで言った。
何ですかそれ、と。
やっだー喧嘩ですかもー仲良しなんですからーと、弁慶の背中をばしばしと叩きながら妙に楽しそうな望美を見た時、ああこれは確信犯だったんだな神子姫様とんだ小悪魔だぜと、やはり神以外の誰もが思った。
そして今に至る。
日中、弁慶はそれはもう張り切って薙刀を振りまわした。だいたい彼と望美の二人でいつもの2倍の怨霊を倒しきってしまった。譲の心配もいらないほどだ。先生も今日は疲れただろう早く休みなさいと積極的に休息を促す程だった。当の二人はまだやれるのにーねー弁慶さんそうですねあと50体くらい倒してやりたいですねこの手でああ僕も封印ができればいいのにそうすればもっと話は早いのにえー弁慶さんも神子デビューですかー試しに呪文唱えてみてくださいよポーズも決めてくださいよーふふっ君にそんな風に可愛らしくねだられると弱いですねじゃあとか妙に意気投合していた。実際に神子姫様の真似をするのはヒノエがその身を持って止めた。彼の尊い犠牲は忘れない。たぶん、景時くらいは忘れない。
それでも、夕餉が始まり腹が膨れればいくらか機嫌もよくなるだろうか、と、淡い期待を、特に白虎組の二人は期待してみたけれど、そんなものは浅はかだった。いや、実際はもしかしたら、なにもなく穏やかに夕餉がはじまり進み終わっていれば彼はいつもの調子を取り戻してくれたかもしれない。そして今日はお見苦しいところをお見せしてすみませんでしたと少し頬を赤らめながら謝罪でもしてくれたかもしれない。別に他に何も要らなかった。それだけでよかった。
けれど不幸にも、彼はそんな風に平静を、素敵な薬師で軍師な弁慶さん25歳に戻ってくれはしなかった。全ては泡沫の夢だった。
夕餉の途中で、たぶん現れてはいけない人が現れたからだ。
「邪魔する」
声がした時、空気が凍った。ぴきっと凍った。完全に朝の再現だった。
あ、九郎さんだこんばんは九郎さーんお務めだったんですかお疲れ様です!と、優しくいけない望美が挨拶をして、ところで朝はどうしたんですかせっかく九郎さんの好きな甘い卵焼きだったのにと聞いた瞬間、みんなどうしたの気が乱れてるよと少し怯えて白龍が譲にしがみつく程に歪んだ。空気が。ぼきっと箸が折れる音がした。
そんな中、ああ、今日は朝早くから見回りに行っていたからな、と、ごく真っ当に望美に返した九郎と、九郎さんたらさすが真面目さんですねじゃあ夕飯は食べてってくださいね今日は九郎さんの嫌いなニンジンのなますですと笑顔で九郎の腕を取った望美を少し感嘆を込めつつ八葉たち(三人)はどうしたいのこの二人と思った。
この運命を選んでしまったのかとか先生が嘆き悲しむように呟いた言葉がとても印象的だった。
そして夕餉は再開された。といっても、約半数の者は食事どころではなかった。何を思ったのか望美は九郎を弁慶の隣に連れていったのだ。いや望美ちゃんそれはと景時が止めかけたけれどどうしましたかなんて望美と弁慶両方に不思議そうに言われてしまえば景時が黙らない訳がない。兄上しっかりしてくださいって朔が言いつつどうにかしようと目を泳がせたけれど九郎本人に何だお前たち変なやつだなとか言われてしまえばもうやはり引き下がるしかなかった。朔ちゃん頑張った、とヒノエは彼女を慰めたけれど八つ当たりのようにキッと睨まれやはり彼も口を閉ざした。
その上、隣り合ったんだから前を向いて黙々と飯を食べとっとと六条堀川に帰って痴話喧嘩でも仲直りでも勝手にやってくれればいいのに何故かまるで付き合い始めの恋人か何か(実際彼らは付き合っていたけれど)かのように見つめあって火花を散らしているのだから手に負えない。九郎殿お疲れでしょうたくさん食べてくださいね、と朔が優しく椀を差し出そうとも弁慶ほら新しい箸ね〜と景時が明るく箸を差し出そうともありがとうありがとうございますと礼は言うのに二人の目は互いに互いがらずれなかった。外れたと同時にいただきますと言って、ああやっと話が進むと思ったら今度はすごい勢いで食べはじめた。平時だったらそんなに慌てなくてもまだありますよ余程お腹が減っていたんですね九郎さんも弁慶さんも仕方のない人だなとか言いつつ譲が喜ぶかもしれないかもしれないところだろうけれどそれどこではなかった。そうしている間にも二人の箸はどんどんと進んでいった。自分の分を食べつくし、おかわりをねだり、ついでに互いの皿へ箸をのばした。
九郎これ嫌いでしょう僕が貰いますと言って九郎がおかわりを貰ったばかりの焼き鳥を弁慶が奪い、お前こそ残すんじゃない譲と朔殿に失礼だと弁慶が大事に取っておいた菜の花のおひたしをかっさらう。やだこの主従、とうっかり景時が零したらそこは仲良く耳聡く睨んでくるのだ。弁慶はともかくどうして九郎にまでそんなことされて景時は心が折れそうだった。一緒に10年もいると似てないって思っても似るもんだねあははーと景時が懲りずに零すと、えっ私と譲くんのことですかそうなんです実は私も譲くんほどではないんですが料理上手いんですよ今度景時さんにもごちそうしますねって気高くいけない神子様がしゃらりと微笑んで、それに景時は意味わからなかったけれど癒された。ヒノエも蘇ってその時はオレも混ぜてくれよ姫君って言ったけど真顔でヒノエくんは嫌って言われてまた乾いた笑いを浮かべつつふっと遠い目をせざるを得なくなっていた。譲はますます頭を抱えていた。そうこうしているうちに、主従件腐れ縁件親友件恋人とかいう設定盛りすぎな元凶二人は馬鹿とか阿呆とか天然とか腹黒とか単純とか陰険とか根暗とか長髪とか寂しがり屋とかエロすぎとか何が何だか分からない言葉で罵りあっていた。九郎、そういう事を公の場で言うものではない、と、先生の言葉に、漸く九郎は止まり、すみません先生、と謝罪したけれど、ほらお前のせいで先生がご立腹だ少し黙れとか黙るのは君の方でしょう叱られたのは君ですとか、違う先生はお前に黙れと言ったんだとか続け出して、でも先生はもう一度、二人を窘めようとした、したけれど、先生こういう時は気が済むまで喧嘩した方がいいんですよ。将臣くんと譲くんもそうだったんです。もう小さい頃なんて二人してお祭り会場の真ん中でだから兄さんは駄目なんだとかお前がきちんと守ってなかったのが悪いとか大喧嘩してわんわん泣いて結局知らない人にまた貰ってきてもらってたんですよ、配ってた風船とか尤もらしく譲とまだ彼女たち以外は知らぬ兄将臣の恥ずかしい過去をばらし出してしまったので結局窘めることはできず、そのまま夕餉は粛々と珍妙な中で進んでいった。みんな楽しそうだね私も嬉しいよ譲、と白龍がまとめていたのでそれでいいことにした。少なくとも、譲と朔は。
夕餉が終わって、さあこれでやっと開放される明日?明日なんてしらね休みでいいじゃんおおげさだなあと皆が晴れ晴れしく眠くなって来た頃にも、しかし安眠は訪れず悪夢の白昼夢は続いた。僕今日はここに泊まりますと身勝手な弁慶が言いだした。えっいやでもうちそんなに布団ないよーと景時がかわそうとしたけどそうかじゃあ雑魚寝だな弁慶頼んだぞ景時景時に任せておけば安心だななにせ優秀な戦奉行だからなと後半いつもの満面の笑みで全く悪意ない風に放り投げてきたから何も終わりはしなかった。果てしのない闇はどこまで続きそうだった。わー九郎さすが鎌倉殿の弟だねーわー人使い荒ーいと、もう声に出さずに景時は心の中で喝采を送ったのに、景時は物分かりがいいですねさすがですどこに出しても恥ずかしくない戦奉行ですねとか弁慶まで嫁のような事を言いだした時はさすがにうんざりして、ここ、京なのに、と、がっくり肩を落とした。
そして九郎は颯爽と帰っていった。あまりにも颯爽としていた。まるで彼女が不在で羽目を外したい彼氏のようにヒノエには見えた。九郎に限ってそれはないと思うけど、いっそそこまで行っちゃえば面白いんじゃねえのと思った。その時に弁慶の苛々のはけ口にされる可能性を滅却して思った。
しかしこの後どうしようというのが一行の懸念だ。弁慶はお泊り楽しそうですねわーい弁慶さんといっしょーと、やはりなんでこんなに意気投合してるのか謎なほどに望美と楽しそうにしていた。ちっと譲が舌打ちした気配がした。兄上、と、朔が景時を呼んだ。こうなったら酒でつぶしてしまえばいいんだわ、と、彼女にしては兄に同情的な目を向けて提案した。それしかないよなあ、と、景時は諦めた。よーし弁慶、今日はとことんのもう!と駆け寄り、肩を抱くと、ふふ、そんなの久しぶりですね、今日は負けませんよ景時、と、もう酔ってるんじゃないのっていうあどけない笑顔で答えた。弁慶さんの酔ったとこ見てみたいー!と望美が喜んで、支度してきますね待っててください!と、譲を引っ張って台所に消えた。やーほんとに勝ってほしい先に意識を飛ばしてしまいたい、と、景時は思った。
兄上いいですね、目的は分かってますね。朔が念を押す。うん、任せてそれくらいは頑張るよ、お兄ちゃんだからね、と、景時がへらりと笑うのに一抹の不安を覚えるけど最後最悪私と譲殿で頑張るしかないわねと朔も覚悟を決めて、景時の背をどーんと押した。うわわわっとと慌てて景時は、弁慶の待つ風の通り抜けて月も見えて綺麗に整えられた庭に面した濡れ縁に転がり込んだ。
景時はいつも賑やかでいいですね、と、肩越しに振り返った弁慶が笑みを零した。はは〜酒は死守したよ任せて〜と、転がろうとも頭上にしっかりと掲げておいた盆を誇らしげに見せた。そして並んでどうぞと怯えながら景時は盃を渡し両手を添えて酌をした。ありがとうございます、と穏やかに告げる声に、あれ、と景時は顔を上げて、弁慶を見つめた。そしてああ、と脱力した。演技だったんだ、と問うと、君には見抜かれているかと思いました、と、外套を背に落とし髪を風に揺らしながら悪びれも無く弁慶は微笑んだ。あんなの分かるかよーと景時はがっくりと肩を落とした。ふふふっとやはり楽しそうに弁慶は笑みを零した。で、なんでこんなことしたの、と、弁慶のついでくれた酒をぐいっと一気に飲み干しながら景時は聞いた。喧嘩したのも、九郎に腹を立てていたのも本当だったんですよ、と、手酌でぐいぐい飲みながら弁慶は口にした。九郎が帰って少し我に返りましたと言う彼にうんもう少し前に我に返って欲しかったなって景時はもう包み隠さずに言うと弁慶は敵を騙すにはまず味方からですからともっともらしく言ったけど、それ意味微妙に違うんじゃないかなと思ったりした。正確には九郎が帰ったからますます頭に来て冷静になったんですと弁慶は月を見ながらゆったりと語った。髪を指で梳くその姿は絵になるようだった、けどいやいやいやさっき演技って言ってたじゃんどっちだよって突っ込んだ景時にどっちですかねえはははとか笑ったからやっぱり本気だったんじゃん適当な事言ってるだけじゃんやだこの軍師と思えばますます景時の酒が進んだ。朔が弁慶殿はいい人だけど信用できないわと言っていた意味が分かった気がした戦奉行としてはいい収穫だったかなとか開き直ることにした。九郎、連れて帰ってくれなかった。続けた言葉に感情が滲んでいた。弱弱しい声だった。嫌な予感がした。ヒノエくん後から来るって言ってたけど来ないねどうしたんだろうねーとか本気で早く来いよ来てくれヒノエと景時は少し声を張り上げて呼んでみたけど構わず弁慶はいつもは帰れる時は絶対一緒に帰るのに酷い許せないあんまりだしかも少しも引き下がらないでなんですか僕がいない間に羽を伸ばそうっていうんですか九郎のくせに!とどんどん語気を荒げてくのを見て誰だよ弁慶に酒飲ませようとか言ったのはと恨んだ。自分だった。あーそうだねーでも九郎にも九郎の考えがきっとあるんだよ君のこと嫌いだなんて思ってないよーと、適当になだめながらこうなったらもう後には引けないんだから本気でつぶしてしまえつぶれろと寝ろとぐいぐいとこぼれんばかりに酒を注ぐ。こういうの得意なんだよねははは〜と景時は心の中で誇ってみたりして空しくなったけど幸か不幸かそんな猶予なんてなかった。九郎に考えなんてあるわけないでしょう、と、どん、と大きな音をたてて弁慶は盃を床に置いた。あるわけない特にこういうことに限っては絶対にない空気も読めない馬鹿九郎!と語気を荒げる弁慶に景時はひたすらいやいやいや九郎だって昔は知らないけど今は立派な総大将だよあの後白河院とも謁見したりしてるんだよ大丈夫だよ弁慶だってほんとは知ってるでしょ?というとうん、とこくりとなんか妙に素直に頷いて勘弁してくれと思った。ヒノエじゃないけど景時だって同僚のしかも同性の同僚の恋愛事情なんて詳しく聞きたくないていうかヒノエはまだか!とそんな景時の事情なんて弁慶が考慮するわけもなく惚気話は続く。でも九郎色恋になるととんと駄目だから。全然駄目だから。あでもだからこそたまに強引にされると嬉しいですとか言われてへーよかったねー意外に景時はなんて言えばよかったのだろう。分からないけれど、だから今日も手を引いて連れて帰ってくれると思ってたのに!!と目を潤ませだした弁慶を見て選択を間違ったのかなとは思った。一緒にいなければ仲直りもできないでしょ、と真っ当な事を言われてうんそうだねと同意するしかなかった。でも距離をおけばほら、九郎も君のありがたみが分かるかもよって言って誤魔化してみようと景時は試みたけれど九郎は僕のありがたみなら知ってるんですよって断定された。知ってるくせにこの扱いなのがまた腹立たしいんですちなみに僕も九郎のありがたみは知ってますとかやっぱり惚気出したのでじゃあ帰れよと言おうとしたけど景時より先にじゃあ帰れよと声がした。やった助かったと声の主、ヒノエが来た方を景時は笑顔で振り向いた。ヒノエは酒を持っていた。はい姫君からと手渡されたそれを早速弁慶の盃に無理矢理注いだ。もー遅いよヒノエくん来ないかと思ったよーと景時がつつみ隠さず恨み事を言えば来ないつもりだったけど姫君に懇願されちゃったからね景時あんたのためじゃねえよと早速暴言吐いたヒノエにじゃあ僕のためですね嬉しいな僕の愚痴を聞いてくれるために来たなんて感心ですねとか言いつつばさりと外套を払ったかと思うと目にもとまらぬ素早さでヒノエの鼻をつまみ驚いたヒノエが開いてしまったその唇に、今景時が注いだばかりの弁慶の盃をぐいと押しつけ中身を放りこんだ。一瞬だった。翻った黒衣がしゃらりと再び弁慶の肩に腕に落ちる間の出来事だった。そして呻いたヒノエがそのまま崩れ落ちるのも同時だった。というかなにこれ、と、さすがの景時も目の前の光景にあんぐりとした。身構えた。それはこちらの台詞かな僕の薬で僕を屠ろうとは浅はかにも程がありますよヒノエとか平静に冷やかな声音で弁慶は告げるけれどいやいや屠るって何何が起きてるのと顔をひきつらせる景時に変わらぬ涼やかさでさあ僕の薬箱から強力な睡眠薬をこっそり持ち出したみたいですね。これで寝かしつけようとしたのかな。そんな……まだまだ寝るわけにはいかないですよ、夜ははじまったばかりじゃないですか、と、あーほんとに外見いいなあ弁慶はーとは現実逃避したくなるような台詞を吐く同僚を見て景時は思った。で、なんの話をしてましたっけ?と、まるで猫でも撫でるようにヒノエの髪を随分と優しく撫でながら弁慶は続けた。にゃーんと本物の猫の声までした。とその時第二の救世主が現れた。九郎さんの話じゃないんですかーと現れたのは酒樽ごと現れた望美だったマジ神子姫様だった。しかも後ろからは譲と朔まで付いてきた。もう一人にはしません!と二人の目が物語っていて、景時はやっと救われた気分になった。あとは自分は酌だけしていようと思った。おや望美さんまで付き合ってくれるんですかと穏やかに弁慶は笑った。駄目ですよ君みたいな可憐なお嬢さんがこんな酔っ払いに近づいちゃと尤もらしいことを言って、でも私弁慶さんのこともっと知りたいんです大事な仲間ですからと尤もらしい事を返して、そんな事を言われたら男は勘違いしてしまうものですよいけない人ですねとか、まあ、普通と言えば普通な事を返したところで、もう弁慶殿ったら望美にそんなこと言わないでくださいと朔がまとめた。あ、おつまみも持って来ましたじゃーんと梅干を差し出して差し出して望美が率先してそれを食べてすっぱーいとのたうちまわってそして九郎さんも弁慶さんおいてっちゃうなんてひどいなーといきなり本当に聞いていたかのように話を元に戻した。弁慶さんお酒もどうぞと朔が差し出して受け取りつつ二人の神子に囲まれてさすがにいたたまれなさを感じたのか弁慶も苦々しく笑って九郎は強情ですからねと大人しく零した。ヒノエがいたらあんたもだろと言ったのだろうけどすやすやと寝息を立てていて弁慶に鼻をつままれても起きないから譲がでもやっぱり仲直りしないと、九郎さんの部下の人も困るんじゃないですかと正論を言うと九郎見たいな事を言うと弁慶が途端に拗ねて挙句膝を抱えてしまった。君もほんとに九郎が好きだねーと景時は朔に注いでもらった酒を飲みながら言った。けど同時に(幸いな事に庭に向かってだったけれど)吹き出してしまった強かった酒すごい強かった。途端先生がどこからか持ってきてくださったの美味しい酒よねと朔が言った。目が兄上しっかりしろと刺すように言っていた。景時だって分かってる何でもないふりして飲まないと弁慶つぶせないの分かってるでも酒の強さもひどいけど何食わぬ顔してこれ持ってきたこの三人特に望美もひどいと思った。敵にまわすような状況にはなりたくない絶対にできれば極力わーオレがんばろうかなーと後ろ向きに思った。そんな景時の目の前でまあまあ弁慶さん飲んでくださいよと清浄な神子姫様が更に酒を注いでいた。そして弁慶さんと九郎さんて喧嘩してたんですか?とものすごい爆弾を投下してさすがにそれには景時だけじゃなくて望美の後ろでひっそりと控えていた譲も吹き出した。先輩何言ってるんですかえっだって先生に強い酒ください弁慶さんの本音が知りたいんですとか言ってたのは仲裁のためじゃなかったんですかとかあっさり種明かしするもうん本音知りたいよ私はいつだって弁慶さんのこと知りたいよあ、譲くんもねだって私は白龍の神子だからねとか言う斜め上発言に朔も含めて持って行かれてしまっていた。ただ一人弁慶だけがふふっ僕の事を知りたいなんて後戻りできなくなっても知らないですよとか楽しそうに笑い、そんな大人な話までしてくれるんですか任せてください女子高生なんでとかヒノエの髪にみつあみを増やしつつ望美も受けてたっていた。せっせんぱい何言ってるんですか!!!!!と譲の叫びが屋敷に響き渡った。どこまでも正論だ。こういう時常識人が損をすると相場が決まってる。常識をちぎって投げ捨てる旅に朝日を拝んだら譲と向かおうか。段々意識が遠くなってきたところで朔がぴしゃりと場を鎮めた。もう、変な事言ってないで望美!弁慶殿も、九郎殿がお好きなことはよくわかりました。だったらどうして九郎殿と喧嘩してしまったの?と、景時に本来与えられていた役割を妹がしっかりとこなした。さすが黒龍の神子だ。その言葉でみつあみでみつあみまではじめていた望美と弁慶が同時に手を止め、顔を見合わせた。そうですよ弁慶さん喧嘩してたんですよね一体どうしたんですか普段あんなに口が悪くて言葉の足りない九郎さんの言う事を翻訳する弁慶さんが怒るなんてそれに九郎さんだって日頃からあんなに弁慶さんに遠まわしにひどいこと言われてるのに怒るなん…ん?九郎さんが怒るのはいつものことですよねなんだやっぱり喧嘩なんてなかっありましたよ勃発してましたよ先輩とかそんな会話を押しのけて朔が原因が分かれば私たちきっとお手伝い出来ると思うんですいえさせて欲しいわ弁慶殿にはいつもお世話になっているんですものとじっと見つめて言うと弁慶はきょとんと眼を丸くした。月のように丸くした。
「喧嘩の原因……なんでしたっけ?」
一行はもっと丸くした。望美だけが弁慶さんやっぱり九郎さんとラブラブですね天然お揃いとかこっちが照れますーと言いながら弁慶の背中をばっしーんと叩いた。衝撃でヒノエが起きた。
そして舞台は六条堀川へ移った。とはいってももう夜半。宴の片付けもあるから、と、弁慶、望美、景時、先生の4人で来た。
いいですかちゃんと九郎さんに聞いてくださいよと望美が念を押す。はい分かりましたお手数おかけしてすみませんと弁慶も漸く謝罪を口にして、いよいよ4人は屋敷に踏み込んだ。すぐに門番が気付いて駆け寄ってきてあっ弁慶殿お帰りなさい!それに梶原殿と、もしかして神子様ですか!?と気付き駆け寄ってきた。特に望美の前で神子様はじめましてオレ九郎殿の郎党ですお会いできて光栄ですうわーオレついてるーとはしゃいだので、なんだなんだと屋敷の中はちょっとした騒ぎになり、門番と望美がにこやかに握手しているうちに奥から九郎がどうしたんだと顔をしかめてやってきた。けれど一行の姿を見るなり、望美それに弁慶と目を大きくして驚いていた。どうしたんだこんな夜更けにと聞く九郎の声はだけれどやはり固かった。そりゃいくら九郎でもまだ喧嘩したことを忘れてないよなあと景時はぼんやりと思ったけれど弁慶はそんな九郎の前にこちらがひやりとするほど簡単に躍り出てただいま戻りました九郎と膝を折った。泊ってくるんじゃなかったのか?となおも九郎は追い打ちをかけた。最悪間に入らなければ駄目かなと景時は身構えた。望美もぎゅっとスカートの裾を握った。でも弁慶が次に顔を上げた時浮かんでいたのは満面の笑みで寂しいから帰ってきちゃいましたとかさらっと言った。えっと景時が思う間もなかった。九郎もさっきまであんなに顔を強張らせていたのにそうか、とか言って簡単に笑顔になってお帰り弁慶とかいいつつ手を引いて立ち上がらせた。二人の視線が至近距離で交差した。きらきらと嬉しそうな二人を見て、神子がやったあと歓声をあげた。でも先生が駄目だ神子、と呻いたので、我に返ったようだった。そうだ駄目だよ駄目弁慶さん、理由を聞いてくださいって言ったじゃないですか!と催促した。九郎は理由なんのことだ?と首を傾げて弁慶もこれはこれでもういいかなって思ったんです僕もうすっきりしましたしとかいよいよ身勝手な事を言いだしたので景時もそれはさすがにないでしょって言えば望美が全力で頷いてそうですよ勝手に解決して私たちはただ絆の深さを見せつけられて終わりですか巻き込まれたんだから原因くらい知りたいよ教えてよ私神子なんだから!と食い下がった。九郎はやはりだからなんのことだと首を傾げていて、弁慶もですがここでそれを掘り返してもまた喧嘩になるんじゃないですか、と、さっきまでとは裏腹にまともっぽい事を言ったけれど望美はそれじゃ納得しない。喧嘩すればいいじゃないですか!喧嘩しないと仲良くなれないんでしょう!弁慶さんは!!とむしろ今度はここで争いが起きるんじゃないかみたいな勢いでまくしたてて、現に弁慶も面倒な事言うなみたいないつもの猫かぶりどこ行った的な目で望美を牽制しはじめたので、景時が慌てて仲裁した。いやでも弁慶、一応オレたち、結構振り回されたし、それにまた同じことで喧嘩するかもしれないし、だから、ね、原因ははっきりさせておいた方がいいんじゃないかな、と、ここで引きさがったら原因を楽しみにしていた朔にまた冷たい目で見られると必死に景時は両手を鳥のようにぱたぱたとさせながら説得にかかった。どうせいつものくだらないことですよ。夕餉の芋の数とかそんなんじゃないですか?とかさらっとしれっと言われてもそれはそれで納得はできるじゃん、ね、と食い下がった。そんな三人にだから何の話だ!と、強引に九郎が割り込んだ。喧嘩の話ですとすぐさま望美が斬り返して先生が小さくよくやったと呟いた。九郎はそんな二人を交互に見ながら、でも、喧嘩などしていないぞとか言いだした。それに斬り返したのは意外にも弁慶だった。喧嘩してたでしょう?とよほど悔しかったのか自ら掘り返しに言ったでも九郎がそれで折れるわけがなく、何の事だ勝手に人を怒らせるな何言ってるんですか君なんていつも怒ってばかりじゃないですかほら今だって怒ってるそりゃ怒るだろ勝手に怒った事にされてるんだからと言い争いをはじめた。こりゃあ芋の数で喧嘩ってのもありうる話だ……景時は思った。また夕餉の時のように、あるいは互いに薙刀と太刀を握りしめ出したからそれ以上になるのかもしれない、二人の諍いを見ていればむしろ掘り返したのは失敗だったかなと思った。世の中そっとしといたほうがいいことってたくさんある。大人になってたくさん知った。でも神子姫様は勇猛果敢だった。でも気になる!と脇目もふらずに叫んで動きを止めた九郎にキッと詰め寄って高らかに告げた。九郎さん今のうちに思いだしてくださいそうしないと私は昨日の夜くらいから九郎さんと弁慶さんの行動を鮮明にありありと覗かなくちゃいけなくなるんですそれはさすがにしたくないんです女子高生ですからだから思い出してください!という凛とした妹弟子の訴えに兄弟子はかあっと顔を赤くしてそれは困る!!とうろたえた。先生がまたうんうんと後ろで頷いていた何にたいして頷いてるのか景時は分からなかった。けれど効果はばつぐんだったようで九郎は必死に何かを思いだそうとしていて弁慶も邪魔をせずにもう無言で九郎を見守っていた多分見守りながら彼もまた静かに思いだしていた。そして二人は同時に仲良くあっと声をあげた。思いだしたの?景時の言葉に仲良く頷いて、そして一気に険悪な声音で同時に言った。
「「後白河院に京の治安を守るために人員を増やせと言われて」」
ん?と景時は瞬いた。更に二人は同時に言った。
「だけど人手が足りないから平家に備えて南西に展開している部隊から少し人員を増やすのが無難だと僕は提案したのに」
「そんなことして攻められたらたまったもんじゃない!むしろだから京を巡る小隊の編成を見直して小回りが利くように」
「けれどそうやって一小隊あたりの人数を減らせば大勢に囲まれた時に不利になります危険です」
「そんな大勢で襲われるか!不定の輩がいても3人ひと組で回らせればどうにかなるだろう」
「なるもんですかそんなことできるの九郎だけですよだから言ってるじゃないですかきちんと部隊の戦力は把握してください」
「あいつらだってやればできる! やるしかないんだ! 外の部隊を減らせるか!」
ちょちょちょっと待ってと景時は二人の間に今度こそ本当にしっかりと割り入った。なんだなんですかと二人の声がまた重なった。ぜえぜえと、息を荒く吐きながら景時は双方を見据えた後、言った。なんでそんな大事な話であんな馬鹿な喧嘩してるの、と。天然が許されるのは可愛い女の子だけだ呪いとかかけるぞ陰陽師だぞこんちくしょーと、盛大に溜息を吐いた。
その後、二人の喧嘩の懸案は丁度景時の物資を運ぶ部隊の仕事が一段落するので、そこから人員を裂くと言う事であっさりと蹴りがついた。一番最初に相談してくれればこんなことにはならなかったのに、と愚痴をこぼしたくて仕方がなかったけれど、提案するなり九郎も弁慶もさすが景時!と揃ってきらきらと目を輝かせて褒めてくるものだから、言いにくくなって、結局苦笑いで終わってしまった。なんだかんだ、二人のそういうところが景時は好きだった。
そして夜が明けて。
昨日の一軒が嘘か戯れごとか夢幻かだったかのようにすっかりと元通りになった弁慶と九郎は星空を眺めながら景時の家の濡れ縁で肩を並べていた。甘いなええ甘いまるで君みたいですそれを言うならお前だろほらこんなになめらかで舌ざわりがいいやだな何の話をしてるんですか九郎はえっあっえっ!それは!この!譲のはちみつぷりんの話だ!!!とかいちゃいちゃしてるのを見てるとちょっとは自重しろよ主にそこの軍師とか思うしヒノエあたりは口にしてやはり返り討ちにあってて可愛いなあ微笑ましいなあとか思うけどなんにせよ、めでたしめでたし、だ。昨日頑張っておいてよかった平和っていいなあ最高だ〜と、白い洗濯物を眺めながら景時はゆっくりと息を吐いた。
と、そこから離れた遠いところでやはり仲良く並んで微笑ましくプリンを食べている二人がいた。
「先生、私無事プリンを食べれました!」
「うむ、頑張ったな神子」
「はい先生!」
メモ:九郎さんと弁慶さんが喧嘩しても放っておこう。だけど仲直りした後に喧嘩の理由を聞いておかないとプリンが食べられないよ!
的な感じでいいんじゃないのって途中で思って後付けした
(03/30/2013)