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朝出かけた僕が昼に戻ってきたら、やはりどこかに出ていたらしい九郎も丁度戻ってきたところだったようで、家の入口あたりで出くわした。
「ただいま、九郎」
僕は軽く九郎にくちづける。そんな僕から九郎は慌てて離れる。
「ば、馬鹿! こんな所でなにをするんだ!」
「何って、したいと思ったからしただけですが……いけなかったですか?」
「いけないに決まってる!」
九郎は僕を振り払うとばたばたと家の中に駆けこんでゆく。逃げるようだ。そして、それは間違いじゃない。最近はつい、九郎をからかいたくなってしまうから、困る。
九郎がいつもの真面目で気易い九郎に戻ったように、僕もふてぶてしく強気な僕に戻ってしまっていた。
「九郎、待って」
僕は九郎を追いかけて、九郎はけっこう本気で逃げていたと思うのだけれど、こういうときは動転しているのだろう、見知った家の中でも袋小路にはまってしまって、結局僕に追いつかれる。
「いましたね」
「弁慶」
僕は大胆に近づいて、そして九郎の答えも聞かずにもう一度口づけた。今度は顔を傾け、唇を、舌を吸う。九郎はなおも顔を背けようとしたけれど、それは僕が許さずに、がっしりと頭をかかえて甘い感覚を、強張る九郎をしばらく堪能したあとで、彼を解放した。
そういうとき、たいてい九郎は顔を真っ赤にしている。
「だから……やめろ」
「どうして」
僕は素直に首をかしげる振りをする。答えなんて決まってる。
「……そういうことは、昼間からすることじゃない」
「そういうこと、って、接吻くらいだれだって朝でも昼でもするでしょう? それで照れるなんて、九郎は別な事でも考えているみたいですね」
「そっ、それは!!!」
あんな接吻を昼間から皆がするはずない!と、きっと冷静な時分なら彼はそう言っただろうに、九郎は髪の毛が逆立ちそうな勢いで動揺して、言葉を詰まらせて、拗ねたようにぷいと横を向く。
「…………もっとしたくなるに決まってる、馬鹿」
「だったらすればいいでしょう?」
僕は悪乗りしてもっともらしく顔を近づけて、にこりと微笑む。と、いい加減、九郎が怒って僕を突き飛ばした。
「こんな明るいうちからできるはずないだろう!」
僕は知っている。それは道徳心なんていう、彼が普段十全に持ち合わせているものから来るんじゃなくて、
「……こんなに明るかったらお前が見えすぎる」
という理由から来ていることを、知っている。
ので、僕は敢えて返したくなってしまう。
「……てっきり、君は僕の外見まで含めて好きと言ってくれたと思っていたのに、違ったんですね」
すると九郎は目を伏せていても分かるほどの勢いで僕に向き直って、
「そうじゃない!! 抑えがき……、き、きかなくなるから、困るんだ」
詰まりながらもまっすぐに言うから、僕はたまらなくてもう一度彼の微かに下からくちづける。
「抑えなくていいのに」
今度は素直に最初から応じてくれた。温い感触は確かに、九郎が言うように、止まらなくなる。もどかしくて僕は九郎の腕にしがみつく。九郎の腕が僕の肩にまわって更に近づく。息を吸うために刹那離れても、またすぐに求めあう。思考は溶けて、体の力も抜けてゆくのに九郎を掴んだ指先は力がこもってゆく。そんなことをしばらく繰り返して、九郎がぐい、と更に強く僕を引き寄せたあたりで、僕はやんわりと九郎を押し返して、そのまま動きの止まった彼の腕からするりと抜けだした。
「弁慶!」
「ふふ、これ以上続けたら、僕もどうにかなってしまいそうです」
「お前は……」
九郎は心底恨めしげに僕を見た。それでも襲いかかってこない九郎を唇をぺろりと舐めながら見やる僕も、
「悔しかったら、せめて動じないようになることですね」
からからとそんな言葉を返す僕も酷いと、自分で思う。
実際に九郎が堂に入ってしまうようになったら、今度は僕ばかり恥ずかしくなるに違いないから悔しいのに、僕は微笑む。
僕はこうして彼を翻弄して、彼に言葉を紡がせて、そうして彼の僕への思いを確認する。
彼に僕への思いを認識させる。
僕は我が侭だ。僕の愛は身勝手だ。
サソ