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 彼と自分のこの関係は、名付けるとしたら恋仲、ということになるのだろうか。
「腑に落ちない、という顔ですね」
 迷いが顔に出ていたのだろうか。しばらくの間、くすくすと息を漏らしながら九郎の耳を舐めることに夢中だった弁慶が、こちらを覗きこみながら言った。
「嫌ですか?」
 尻餅つくような姿勢で、間近から彼を見上げつつ、くぐもった声で九郎は返す。
「そういうわけじゃないんだが…」
「では、僕を犯すのに理由が欲しい?」
 甘い声音で穏やかでない内容、ぎょっとしたが、実際自分が今からするであろうことは全くその通りなので、頷いた。
「嫌じゃないなら、いいじゃないですか」
「そう簡単にすることでもないだろ」
「僕は君が気持ち良さそうにしているのを見るのが嬉しいですよ」
「……そう言われても」
 九郎だって、たとえば今の、非日常な、悦欲に染まる弁慶の瞳をみるのが、それがただ九郎に向けられてる事にぞくりと、かきたてられるようだったけど、けれどそれだけで片付けて、欲に流されるのは、なんか安易な気がしてしまうのだ。

 いつからか、九郎は親友であった彼が好きだった。明らかに、誰よりも好きだった。
 彼と並んで過ごすのが楽しくて、彼を見ているのが楽しかった。でもそれは友としてだと思っていた。
 転機が訪れたのは十数日前の事。
「君が好きです」
 唐突に、たしか本当に唐突に弁慶が言った。
 九郎も即答した。
「俺も好きだぞ」
 でも彼は、目を伏せ首振り否定した。
「僕が言うのは、別の意味です九郎」
 そしていきなり唇を押し付けられた。それに九郎はこの上なく驚いたが、
「……九郎」
 離れた時の弁慶の、見たことない程に切ない顔に、更に目を見張った。息をのんだ。
 だから再び迫ったそれに、応えるように夢中で舌を絡めていた。そんな行為ははじめてで、特に今まで意識していたわけでもなかったのに、なのにずっとそうしたかったかのように指は止まらなかった。彼の肌をまさぐり、舌を這わせる。けれど、具体的に何をどうするのまでは分かってなくて、途中からは大体弁慶のいうとおり、跨がる彼を貫き繋がった。次の日も、その次の日も、そんなふうに彼の望むままにまぐわいあった。九郎の上やら下やらで腰揺らし果てる弁慶は至極満たされた顔で、九郎にとってもどうしようもなく、もはや他に代えがたい時間でもあった。
 でも。

 腑に落ちない。そう、弁慶が言った通り、何かがひっかかり続けている。

「意外ですね。君はそういう細かいこと気にしないと思ってた。やっぱり君は真面目ですね。そういうところも好きですけど」
 言いながら彼の指はたもとに差し入れられてゆく。ぐい、と強引に肩が出る。指先が肌を這う。じわりじわりと降りてゆく。
 上擦った声が出そうになる。慌てて九郎は言葉を紡いだ。
「お前こそ、気にすると思ってた」
「勿論、相手が君だから、ですけれどね。あとは些細なことです。生けるものの本能でしょう?」
「だが俺もお前も男だ」
 それは、やっぱりただ事ではないと思う。なのに弁慶が、
「ですよね。僕の体では、満たされないですよね」
勝手に勘違いするから慌てる。九郎は即座に否定した。
「それはない!」
 すると、ふわりと和らぐ気配。
「ふふっ、では信じましょうか、体は正直ですしね」
 同時に指先が裾を暴いて内股に、もっと熱いところに伸びて、一度だけ触れた。それだけでたまらなくて、九郎は肩を揺らす。と同時に流されては駄目だと拳を握る。
「頑なだなあ」
 弁慶はするする九郎を脱がせにかかりつつも、うーんと一度考え、
「じゃあ、主従の証だとでも思えば」
と九郎が嫌がる事を言う。当然怒りをあらわにした九郎、けれど
「やっぱり怒りますよね」
確信犯な彼は、こちらが反論するより先に、あらわになった九郎のものを遠慮なく、はむ、とくわえた。
「っう」
「じゃあ、結構体力使いますからね、鍛練の一部にしてしまうとか」
「……なんか違う」
 喋りながらされるとくすぐったくて、でも慣れない刺激は九郎をずるずるとさらう。いつしか握った手の平が緩んでいて、だけど、
「気がそぞろですよ九郎、物足りないですか?」
「ばっ…」
 違う、このままじゃ駄目だ、こんないい加減なことをいつまでも!
 そう言いたかったのに、言葉はふがいなくも喘ぎまじりになるものだから、説得力が全くない。どうしよう。唾液が絡む。ぬるぬると生暖かい感触が彼を攻め立ててゆく。
「もうやめ」
「駄目ですよ。あとで僕に入れてもらうんですから、しっかり濡らしておかないと、ね?」
 ただでさえ堪えるのに必死なのに、悪戯な台詞に、弁慶の中にすっぽりと九郎のものを収めたときのきつさがよぎり、ますます歯止めが千切れてゆく。
「よかった、僕で欲情してくれるなんて」
 上ずり気味の言葉を否定さえできぬほど、九郎は追い詰められていた。
 突き放せればよかったが、それは九郎の言いたいことと違う、拒絶じゃないんだ、でもどうしようもできない腕は、床にゆったりと孤を描く弁慶の髪に伸びる。ぎゅっと掴む。
「九郎?」
 強いて言うなら、怖かった。このままでいたら、今彼の口に精を放ってしまったら、よくやるように、弁慶がけだるげに微笑みながら口元を拭う様を見たら、止まらなくなって彼を組み敷き犯すだろう、それこそ訳もわからぬままに。
 たとえ望まれているのだとしても……その自分を思えば指先が震えた。
 すると弁慶が顔を、指を、九郎のものから離し、かわりに掌が頬に触れた。
「……では、枷になってくれませんか?」
 吐息がふわりと九郎の前髪を揺らした、
「僕が無茶しないように、僕が君から離れなれなくなるように」
言葉はゆらりといつかの切なさを含んだ、それでもふるふると九郎は首を振った。
 違うんだ、そういう言い訳が欲しいんじゃなくて、
……許されたいんじゃなくて。
 俯く九郎に、今度は溜息が降った。
「もう、強情ですね君も」
 飽きれ、よりは諦めを含んだ声。傷つけた、と、思った。
「……すまない」
 それでも頷けはしなかった。というのに。
「九郎も僕を好きになってしまえば簡単なのに」
 ふう、と、切なく零れた、きっと独り言。
 けれどそれには九郎は顔を跳ね上げた。
「おっ、俺だって、お前が好きだぞ!」
 すると弁慶は目を丸くして、随分驚いた後、ふふっ、と、いつものように微笑んだ。
「だったら僕たち、両想いだったんですね」
 見知った笑みだった。けれど……多分九郎の勝手な思い込みだと思うけど、言葉はどこか華やいで九郎に届いた。それが今までの九郎の戸惑いを、一瞬で押し流した。
 そう、九郎は彼が好きなんだ。間違いなく好きなんだ。だから弁慶も同じだというならきっと、
「……ああ、そうだ、両想いだ」
紡げば甘い感情が九郎をぐるりと渦巻いた。嬉しいやら苦しいやらで、九郎は目の前の体に腕を回す。多分、はじめて抱き寄せた。
「っ九郎!?」
 それに弁慶が息をのんだ。そんなことで、やっと思った。
「……お前の言葉の意味が分かった」
 だって今まで散々、もっと大胆なことをしていたくせに、抱きしめただけでこんな反応をされるなんて。かすかにとはいえ、身を強張らせるなんて。それを見て、今度は自分の意志で、仕種で彼を乱し溶かしてしまえたなら、幸せに違いないと、今更だけど明確に思った。
 まさに最初に弁慶が言った言葉通りで。
「お前は俺を好いてくれていてくれたんだな」
 疑ってたわけじゃない、でもやっと言葉にできた九郎がいえば、弁慶もくすりと笑む。
「ええ大好きですよ、九郎」
それを見て、ああ、恋仲なんだな、と、嬉しくて、笑った。





(23/03/2010)

サソ