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ゲーム本編の台詞多用してる上に、
弁神子ルートを思いきり九弁←神子に利用してるので苦手な方は注意です


「君は、本当にいけない人ですね……」

 伝承に残る白龍の神子と弁慶が知り合ったのは、丁度今年が始まった頃、薄く雪舞う宇治川の戦場での事だった。
 最初はただの何も知らない少女にしか見えなかった。けれど、過去の神子たちがそうであったというように、望美と名乗った彼女もまた、気高く、強く、怨霊を封印してまわる姿は美しく……弁慶の甥であるヒノエが彼女を姫将軍と称したが、その通りだと思った。
 可憐な姿で剣を持つのが常である彼女だったが、戦場から離れるとよく笑った。その笑顔は清らかで、八葉は皆それに癒された。
 その上、頭もよく、好奇心も旺盛で、なにか気になることがあると調べずにはいられない性質のようだった。そういうところも弁慶からすれば、とても好ましかったのだけれど……、それが今回は仇となる。

「好奇心を持つのもいいことですが……、僕への質問はここまでにしておいてください。これ以上知ってしまうと本当に引き返せなくなってしまいますから」
 敵方平家に寝返り、内側から壊す。
 そんな計画を誰にも知らせずに、また、知られぬように進めていた。今もその為に平家側の間者と会っていたところだった。なのに、こんなところで、……よりにもよって、もうすぐという仕上げの段階で、まさか彼女に出くわしてしまうとは思わなかった。

「君は、僕を知らなさすぎる。僕はそんな純粋な気持ちに応えられるような人じゃないんですよ」
 実際望美がどれほど弁慶の言葉を捉えたかは、知らない。まっすぐに「今のは誰ですか?」と問いかけてきた彼女は、何も聞いてはいないのかもしれないとも思う。
 それでも、聞いてはいけないと、帰りなさいと繰り返した。けれど彼女は聞かずに、曇りなき空を背に、美しい瞳でこちらを見上げるばかり。
「でも…知りたい気持ちは、抑えられません」
「君自身が、引き返す道を閉ざしているみたいだ…」
 ……他の誰かだったら殺してしまっていたかもしれない。けれどいくらなんでも彼女を巻き込む気にはなれず、仕方ないと弁慶は息を吐き、笑った。

「実は僕、平家に寝返る計画を練っていたんです」
 誤魔化しても無駄だろう、敢えて信じられないような事なのだから、本当の事を言った。
「だから、正直言うと、今の話を聞かれて困ってしまったんですよ、君が僕と一緒に源氏を裏切るとは思えないですから」

 言えば彼女は愛らしく驚いてくれるかと思った、凄い嘘言いますね、なんて、目を丸くしてくれるかと思った。そうしたら、後は他愛もないことだったのに……、
けれど彼女はただ、秋の、収穫が終わったばかりの広々とした景色を抜ける風に髪をなびかせながら、身じろぎもせず、ただ一度だけ瞬きして、じっと弁慶を見上げていた。
 ああ、その顔を弁慶は知っている、それは九郎が仕方ない時に、どうしても、悲しい選択をせざるを得ない時にする顔だ。
 平たく言うならば……諦める覚悟を決めたという顔だ。

「……こういうわけなんです。皆には話さないでくださいね。僕の身が危なくなってしまいますから」
 彼女は、まるで全てを知っているかのような、静かな眼で弁慶を見上げて、
「わかりました…」
「僕を困らせないでいてくれると嬉しいです。……君の身まで、危険にさらしたくないんですよ」
「はい」
と、聞きわけのいい子供のようにこくりと頷いた。

 言葉を紡ぎながらも不思議だった。疑うような場面を見られてしまったことは確かだったが、ヒノエや景時のような聡さやずるさを持つならともかく、望美がさっきの…具体的なことはなにひとつ話していないやりとりで、気付いたとは思えない。
 それが、どうしても不思議で……ここで問いかけるのは、怪しいことこの上ない、自滅行為だと分かっていたのに、弁慶は問うてしまった。
「意外と冷静なんですね もっと驚いてくれてもよかったのに」
 すると彼女は、静かな声で言った。
「…あんまり途方もないことだから、声も出なかったんです」
 彼女はこんな言葉を、笑いもせずに言える人ではない、嘘なのは明確だった。
 けれど気にはなったが深追いはできない。
「そうですか。君を驚かすことができて、少し嬉しいですね……では、この話はおしまいにしましょう」
 顔を近づけ、瞳を覗きこんで、弁慶が笑って、それで流してしまうつもりだった。

 なのに、
「だけど、弁慶さん」
と、望美はさっきと同じ冷静な声で、けれど言葉とは裏腹な熾烈な瞳で弁慶を呼ぶ。
「死なないでくださいね」
 ありきたりな言葉だった。なのに、その瞳が、その声音が、妙に弁慶の心を抉った、焦がされるように、心がひりりとした。
「突然…どうしたんですか? 死んだりしないですよ、まだ君の花の笑顔を見つめていたいですからね、それに」
 返しながらも、心が早なった。どうして……そこまでも見抜かれた?
 当然死にたい訳ではない、ないけれど、確かに今の策では無事でいられる可能性は低い。それでも、
「僕は、誰かに殺されるなんて、そんなのごめんです、負けず嫌いですからね。悔しくて怨霊になってしまう」
この言葉だって本心で……、
だというのに、その一言で今更のように気付いてしまった。

 黒龍の逆鱗を破壊する方法ならば、他にいくつもやり方があるのに、それでも自分があえて、九郎をこっそりと置き去りにするのではなくて、彼を切り捨てる方法を選ぶのは、
その先に、瑠璃色の太刀筋が見えるからかもしれなかった。

 きっと九郎は、こうして目的のために誰かを平気で傷つける弁慶のことなど、永遠に理解しないだろう、
ならば、あのあまりにも鮮やかな刃で切り裂かれ、あの目に射抜かれ命を断てるならば、それこそが至上に見えたのだ……それだけが唯一相容れぬ二人が交わる術に思えたのだ。けれど、
「……でも、そんなことありえないだろうな」
「弁慶さん?」
そして弁慶がそれ以外の人間に殺されることもまた、今のところありえないから、きっと、今思い描いている通り、最期は清盛と戦い怨霊になってしまうとしか思えない。
「だから、もし未練を残してしまったら、その時はお願いしますね」
「……お断りします!」
 微笑んで弁慶が言うと、望美はその可憐な瞳できっ、と弁慶を睨んで、綺麗な長い髪を揺らし踵を返し、先に一人で景時の屋敷の方向へ歩きだしてしまった。





(03/02/2009)